●リプレイ本文
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カランカラーン。
ドアベルの音が響いて、よく知った気配を感じたアサキ。ケーキを食べていた手が止まり、口元が楽しげに微笑んだ。
「こんにちはアサキちゃん。ご機嫌いかが?」
ベルの音をバックに艶っぽく流れたのは、ゴシックドレスに身を包んだミリハナク(
gc4008)の声。足を組んでテーブルについているアサキが、手にしたフォークを軽く振ってみせながら振り向いて答える。
「ありがとう竜の嫁。私のほうは上々よ。とりあえずお茶でもいかが?」
「そうさせて頂きますわ。何がありますの?」
「大体なんでもあるみたいよ」
しばらくメニューを覗き込む二人。ドアベルの音が鳴ったが、あれやこれやと話に花を咲かせ始めた二人は気にしていない。
「これとケーキ頼むなら、何が良いですかしらね」
「その紅茶、このケーキと合いs‥‥。あら」
アサキが少し右によけておいたケーキ皿。そこへ伸ばしたフォークは、載っていたはずのケーキに刺さらずカツンと皿を叩いた。いつの間にか食べ終えていたようだ。
次の注文をするため店員に向かってアサキが手を挙げる。
「お喋りに夢中になりすぎたみたい」
「楽しんでくださってるなら何よりですわ」
嬉しそうなミリハナクに、そうねとアサキが笑う。
「今までに無い経験で楽しいわ」
姉さんには内緒にしとかないと羨ましがって大騒ぎしそうだけど、などと言いながら、アサキは店員にケーキの追加とお茶を注文。
「ふふっ、和やかなお茶会というものもいいですわね。ディアフレンド」
「ええ全くね、マイディア」
含みも何も無い、ミリハナクの軽やかな笑い声が店内に響いていた。
店のキッチンでは智久 百合歌(
ga4980)が腕をふるっていた。
「さてと、こんなもんかしら」
ふう、と腰に両手をあてて、出来上がったお菓子の大群を満足げに見回した。
店員に手伝ってもらいながら、カート3台分に及ぶ量のチョコレート菓子をミリハナクたちの居るテーブルへ運んできた百合歌。様々な種類のチョコレート菓子が並んでいく。ブラウニーにザッハトルテ、オペラ、フォンダン・オ・ショコラ、トリュフ、ムース、チョコチップクッキーにガナッシュ等々‥‥。アサキが眼を丸くした。
「こんなに頼んだ覚えは無いんだけど」
と首を傾げるアサキに、百合歌が笑って言った。
「こんなに食べる子たちが居るんですよ」
それは言うまでもなく、最上 憐 (
gb0002)と、百合歌によってドレスアップされたリミンのことである。今は百合歌の持ってきたチョコレート菓子の山に目を輝かせているが、百合歌が出てくるまでは次のアサキの皿を虎視眈々と狙っていた。
実は、先ほどアサキのケーキがいつの間にか無くなっていた、というのは彼女たちの仕業だったのだ。一体全体どういう経緯かというと、話はリミンがアサキを追いかけ店に入る頃まで遡る。
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「‥‥ん。リミン。こんにちは」
「あ、憐こんにちは!」
「‥‥ん。怖い顔して。どうかした?」
と憐が尋ねるとリミンはウンと頷き、
「私に、たっかい食事代を押し付けた人が居てね、今この店に入ったの」
「‥‥ん。なるほど。じゃあ。押し付け返すのが。良い。倍返しで」
「‥‥なるほど!」
ふと見ると店の入り口には、誰でも参加可能なお菓子パーティ開催中の旨が書かれていた。憐が、こんなのはどうかと提案する。
「‥‥ん。食べまくって。費用を。アサキに。押し付けよう」
「賛成!!」
「‥‥ん。あと。アサキの。食べてる物を。横取りする。というのも。アリ」
憐とリミンは、スキルも使わないとね、隙を突くのも大事、などと打ち合わせしながら、出来るだけベルを鳴らさぬようそっと店のドアを開けた。
店内では、ミリハナクとアサキが何を頼もうかとメニューを開いたところだった。ケーキの皿を横によけ、メニューを挟んで盛り上がり始めたのを見て、フォークを構えた憐が動いた。
「‥‥ん。早速。いただき」
食べかけのケーキ目指して瞬天速。大人の拳大ほど残っていたケーキに音も無くフォークを刺し、再度瞬天速で戻ってきた。お見事、と見ているリミンの前で、奪取してきたケーキをぱくん。
そんな二人のところへ、先に来ていた百合歌が声をかけた。ケーキを食べているがケーキの皿は無い憐を見て、何事? と首を傾げる。リミンが事情を話し、なるほどね、と得心した百合歌が
「リミンさん、ちょっとこちらへいらっしゃい」
と言って店員用の更衣室へリミンを連れて行った。
更衣室で百合歌が取り出したのは、白いロング丈のワンピース。レースやフリルでふんわりと膨らんだ、ドレスのような一着だ。怒られるかな、などと思いながらついてきたリミンは、突然登場した服に驚き、
「これ、着ていいの?」
と眼を白黒させながら尋ねる。
「もちろんその為に持ってきたのよ。リミンさん、おしゃれってあまりしないでしょう?」
「う、うん」
「折角の『パーティ』だし、ね♪」
「うん!」
リミンは初めて着る華やかなワンピースに胸をときめかせ、頷いた。百合歌は服を着替えさせると、リミンの髪を編み込みにして綺麗にピン止めし、ブルーのリボンで飾る。
「はい、榊原さんに負けないお姫様の出来上がり☆」
刺繍や、フリル、レースで飾られたふわふわなワンピースに、編んだ分だけ髪がいつもより短く感じる自分の髪型。鏡を見たリミンが
「わぁぁあ可愛い‥‥! 知らない人みたい‥‥!」
と声を上げた。そんな感想に笑いながら、百合歌は一言注意する。
「お菓子で汚さないようにね」
「はぁい!」
二人は更衣室を出て、百合歌はキッチンへ。リミンは憐の居る席へと戻っていき、ミリハナクやアサキの様子を再び窺うのだった。
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百合歌の菓子が出来上がって席に届けられ、百合歌に呼ばれた四国復興NPOのヨツモト・アンリも到着し、パーティが本格的に始まった。
「リミンさんも憐さんもこちらへどうぞ、皆さんでお菓子召し上がってくださいね」
お茶、コーヒー、軽食、お菓子が並んだテーブルを賑やかに囲み、それぞれに楽しみ始める淑女たち。ミリハナクは店員に言ってチェス盤を用意。
「アサキちゃんにチェスのお誘い。いかが?」
「ボードゲームかしら、いいわよ。ルールは貴女から教わることになるけど」
「構いませんわv」
お任せあれ、と言ってどこからともなく眼鏡と革表紙の本を取り出し、先生スタイルでルール説明を開始。時折お茶や菓子をつまみながら、駒の動きやルール、ゲーム展開やチェックのルールなどを伝えていった。
「ふむ‥‥つまり色んな手段を使って、自分のキングを守りながら敵のキングを奪いに行くってわけね」
「そういうことですわ、何か質問はありますかしら」
「ルールは把握出来たから大丈夫よ」
「黒の先手どうぞ。それでは、よろしくお願いいたしますわ」
「ええよろしく」
初回は動きの確認としてのんびりやりましょう、ということになり、時折雑談を交えたり、菓子をつまんだりしながらゲームが進んでいく。
「あ、こういう手は‥‥ああもう無かったのね」
アサキの手元のケーキがまたもや無くなっている。だが菓子は手近にいくらでもあるので、あまり気にせず別の皿を引き寄せ、温かいフォンダン・オ・ショコラをつつきながら駒を動かした。
「さぁいかが?」
「素敵。アサキちゃんらしい、面倒くさい陣形ですわ。さぁどうやって華麗にぶち壊しましょう」
「言ってくれるわね、簡単にはさせな‥‥あら‥‥あっ!」
今度は皿ごと消えたケーキの行方を追って、ようやく事態に気付いたアサキが小さく叫ぶ。少し離れた席で憐がフォンダン・オ・ショコラの皿を手にしており、その横ではリミンがさっきのケーキをぱくっと口に入れたところだった。
「‥‥ん。油断大敵。料理は。全て。頂く」
「あんた達ねぇ‥‥っ」
軽く怒りの声を上げるアサキに対し、ふっふっふー、とでも言いたげな顔で二人はアサキが食べていたケーキをもぐもぐ。視線を転じて向かいに座るミリハナクを見れば、気付いているんだかいないんだか、盤面を眺めて楽しげに
「どうしましょうね〜♪」
などと呟いているのだった。
百合歌はといえば、完全に我関せずでアンリと世間話に興じていた。話題は主に四国のその後の様子について。
注文したサンドウィッチとコーヒーをお供に、百合歌は彼の地の現状を尋ねる。
「あれから、向こうはどんな様子かしら。何か変化とか」
「そうね、通行止めになっていた場所が減って、物流が安定してきたわね」
地図の通りに道路が使えるって重要なのよと語るアンリ。
「物流の安定は生活の安定。生活が安定すると、段々気持ちの余裕もできるのよね。その中で、復興の手伝いをしたいと申し出てくれたり、募金活動のチームが生まれたりしていて」
まだまだやることは山積しているが、少しずつみんなで歩き始めているのだと言ってアンリは微笑んだ。ふと彼女は、そうそう、と言って身を乗り出した。
「小さな音楽会を開催しているチームがあってね」
「音楽会?」
「ええ。路上や公園で小規模に、定期的に開いては募金や情報収集、情報提供をしてくれてるの。その方々、ヴァイオリンとハーモニカの演奏会を見たのがきっかけでその活動を始めたそうよ」
アンリは百合歌を見て笑む。その話を聞いて、その意味に気付いた百合歌は嬉しそうに笑い返した。演奏会とやらのヴァイオリン奏者は百合歌のことだ。ハーモニカは(百合歌が誘った)リミン。
百合歌たちの行動が、市民の行動へと繋がり、縒り合わさって四国の復興を紡いでいるのだった。
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チェスのキングを巡る攻防が2戦目となり激化していた。
そして、それに平行してアサキのケーキを巡る攻防も激しくなっていた。アサキが席を立てば憐もリミンもすばやくケーキを奪取し、隙が無ければ(しっかりと代金はアサキにつけるよう伝えた上で)料理を頼みまくり食べまくる。もちろん、百合歌の作ったチョコレート菓子もしっかりと平らげていく。
「‥‥チェックメイト」
拮抗し、時間のかかった2戦目は、アサキの勝利に終わった。
「あー、よく遊んだわ、楽しかったわよミリハナク」
「私もですわよ、アサキちゃんで遊べてとても素敵な時間でしたわ♪」
「どういう意味‥‥手加減でもしてたの?」
「そんなことありませんわ?」
滅相も無い、という顔で言うミリハナクに、訝しげなアサキ。
「ま、いいわ。新しい遊びを覚えられて有意義な時間だったし、お菓子も美味しかったわよ」
横取りする子たちが居たけどね、とジト目。横取りする子たちは素知らぬ顔。
「まったく‥‥それじゃ、またどこかで遊びましょう」
その言葉を合図に席を立つ面々。
楽しかったわ、またね、と口々に言って、店を出て行った。
「余韻もへったくれも無いのねぇ」
カランカララーンと響くドアベルを聞きながら、少し呆れ顔のアサキ。自分も店を出ようと、まだベルの音を小さく残しているドアに足を向けた。
店員に呼び止められ、とんでもない額の支払いを求められた彼女の怒声が上がるまで、あと1分足らず。