●リプレイ本文
●朝10時、物品保管倉庫
場所は、グリーンランドホスピス。
今日は新入職員と滞在者たちの懇親会の当日だ。
さて、台車に乗せられたコンテナが複数運び込まれる倉庫へ、職員に伴われて一人の青年がやって来た。
職員とその青年‥‥森里・氷雨(
ga8490)は、積み上げられたコンテナの中を歩き回り、手元のメモと見比べながら目当ての物を探す。
「こちらで間違いありませんかね」
職員が見つけたコンテナの中身を確認すると、
「えーと、はい。間違いないです。‥‥ふふふ、これでかわういおにゃのこ達と‥‥」
空想・妄想に浸り、ボソボソ呟き始める氷雨。よく聞き取れなかった職員が首をかしげるものの、全く気にせず鼻歌混じりに台車を押し、氷雨は荷物を運び出した。
何はともあれ、彼の最初の行き先はホスピス内の植物園。台車に乗っている荷の半分は、花や農作物の苗である。
彼はかつて、このホスピスが強化人間たちの『家』『生きていくための場所』となるよう働きかけたことがある。そしてこの植物園も、その一環で作られた場所だ。植物の世話をする役目を負っているのは、ここに住まう強化人間たち。自分たちが食べる野菜、自分たちが楽しむ花。そういった物を、彼らが育てている。
ホスピス内の他の施設も、多くがこのような仕組みであるため『強化人間の住み込み職場』と呼ばれていたり、いなかったり。
何はともあれ、『残る時間の少ない彼らへ、生きる目的を与える場所であれ』と氷雨が思っているのは確か‥‥だが。
「午後は食事、夕方は温水プールで‥‥ふふふ、ここが氷に閉ざされた監獄? 楽園じゃぁないですか‥‥」
台車を押しながら垂れ流されていく呟きが、色々とぶち壊しにしていた。
セキュリティ担当の仕事をしていたハーモニウム・セカンドたちが、監視カメラで(にやけ顔の)氷雨を見つけ、
「植物園に、不審人物‥‥」
「一応、利用連絡は来てる人だが‥‥」
「‥‥要チェックでいいよね」
「‥‥そうだな」
と話していたことを彼は知らない。
●昼13時、レストラン
大きなレストランの厨房の一角には、大量の食材が運び込まれていた。最後の包みを抱えて、智久 百合歌(
ga4980)がにこやかに声をかける。
「リミンさん、お待ち遠さま」
「あ、百合歌、ありがとー!」
「どういたしまして」
「あ、憐も来た!」
リミンは厨房の入口で手を振る最上 憐 (
gb0002)に気付いて手を振り返す。
「‥‥ん。リミン。元気?。頑張ってる?。援軍に。来たよ」
「ありがとー! 元気だよ。ちょっと忙しくて、たまに寝不足なくらいかな」
ところで、と言葉を続ける。
「どうしたの? 入っていいよー?」
憐は厨房の入口から入ってくる気配が無い。
「‥‥ん。うっかり。入ると。そこの果物とか。滅ぼしそうだから」
「あ。ああー‥‥」
なるほど、お腹すいてるんだね‥‥と納得。確かに、厨房の中では既に菓子だけでなく様々な料理が作り始められていて、良い香りが数歩ごとに鼻をくすぐる。人一倍どころか十倍くらい食欲旺盛な憐にとっては、つまみ食いを我慢するのも苦労しているに違いない。
それなら、と百合歌が会場飾り付けの用意を憐に要請。
「‥‥ん。了解。もし。味見が。必要なら。いつでも。呼んでね。飛んで来る。全力で」
どこか力のこもった言葉を残し、名残惜しげに厨房へ背を向ける憐であった。
暫くすれば手伝いが来る、そのうち2人はこの前百合歌たちのお世話になった子だよ、というリミンの話に相槌を打ちながら、百合歌はてきぱきと粉や砂糖を測り取る。スイスの菓子「エンガディーナ」‥‥キャラメルコーティングされたクルミを、サブレ生地で挟んだ焼き菓子‥‥に使う生地作りの準備を済ませる。
今度はチョコレート・フォンデュの材料や作り方をリミンに説明だ。
「フルーツ、マシュマロは定番ね。他に、小さく切ったバームクーヘンやプチシューに付けても美味しいの」
「へええ。あ、チョコは湯煎?」
「そうね。その後、お鍋でクリームと混ぜてしっかり温めるわ」
「はーいっ」
「‥‥味見は少しだけよ?」
ぎくっ
「は、はーい! あっ来た来た、こっちこっちー」
ハーモニウム・セカンドの5人が厨房に到着し、警戒心丸出しではあったが百合歌やリミンのそばまでやってきた。
あれを切ってこれを並べて‥‥と教えたり指示を出したりする様子に、百合歌は小さく笑う。ついこの前まではわたわたしている学生だったのに。四国での経験が生きたのだろうかと思うと微笑ましい。
ふと気付けば、3人くらいから一度に質問され、てんてこ舞いになり始めたリミンの姿が。百合歌は、
「ふふ、頑張ってね」
とエールを送るのだった。
さて。
厨房を後にした憐は、持参したパーティグッズや飾り付けの道具、百合歌から預かった花飾りの材料などを抱え、レストラン前の多目的広場に来ていた。噴水の周りに椅子とテーブルがいくつも置かれ、ここに住む者たちや来訪者のちょっとした憩いの場となっている。
憐はテーブルを4つほど寄せて広いスペースを作った。なんだなんだ、と周りの視線が集まり始める中、テーブルの中央に荷物を広げ、自分は椅子の上に仁王立ち。
少し静かになった広場で話し出す。
「‥‥ん。3時から。懇親会。美味しいものが。たくさん出るよ。食べに行く。予定の人?」
幾つかの手が挙がる。
「‥‥ん。その会場準備を。手伝ってくれる?。働かざる者。食うべからず。と言うし」
そう言って憐は、椅子からポンとおりた。見知らぬ少女の言葉に対して少し戸惑っているような空気を感じ、憐はもう一言だけ付け加えた。
「‥‥ん。強制はしない。けど。労働の後の。食事は。格別」
常に淡白な口調で話す憐であるが、最後の言葉には熱がこもっていた。その熱は数名の胃袋をつついたようだ。ふわふわした紙を数枚重ね折り曲げ始めた憐の近くに、段々人が集まってくる。
飾り作りの輪は徐々に広がっていった。色紙を折って切り込みを入れ、ひと繋がりの綺麗な紙飾りを作る者がいたり。花飾りの色を数えてバランスを考える者がいたり。
そこへ、氷雨率いる植物園チームから本物の花も届いて、これはどこに置こう、この鉢もう無い? などなど賑やかになりながら、準備は着々と進んでいった。
●午後3時、会場
人が集まってざわつくレストラン。テーブルには、ドレスアップしたミリハナク(
gc4008)の姿も見えた。
「あら、可愛らしいお花飾りですこと」
生花と紙の花が上手い具合に組み合わされた会場の飾り付けを、誰が作ったのかしらと楽しげに眺めている。その横で、今彼女が見ている壁飾りを作った少女が、少し嬉しそうに顔を赤らめた。
スピーカーから職員の声が流れ、ざわめきが小さくなった。
「今日は懇親会にお集まり頂き、ありがとうございます」
アナウンスが会場に響く。
「初めに5分ほど、新入職員たちからの挨拶があり、その後は自由な歓談時間です。5時からは音楽の生演奏会がありますのでお楽しみに。それでは挨拶をお願いします」
3人が挨拶を終えて、最後のリミンとなった。
「こんにちは。リミンと言います。私はいろんな人に会いたくて、ここに来ました」
緊張した声は、深呼吸で一旦途切れる。
そして、笑顔がこぼれた。
「今日はお菓子作りのお手伝い、飾りつけのお手伝い、みんなありがとー。一緒に出来て楽しかった! コックさんたちのお料理も、私たちのお菓子も、いっぱい食べよう。実はお昼抜きで色々やってたからお腹すいちゃった‥‥というわけで挨拶おわり! お話とかはテーブルで! これからどうぞ、宜しくお願いしまーすっ」
明るい笑い混じりの拍手が響いて、料理・菓子のお披露目と共に歓談時間が始まった。
午前中から忙しく働いた氷雨は、空きっ腹を抱えてバイキングコーナーから料理を集める。「いやはや、タダ飯美味しいです‥‥でもこれは労働の対価かな? まあいいか」
と笑顔でテーブルを確保し、様々な料理を頬張った。植物園で知り合った強化人間たちが近くの席に来た。氷雨が青年に声をかける。
「この野菜って、さっき温室で育ててたやつですかね?」
「そう。トマトも、カボチャも、そのイチゴジュースもだ」
「イチゴまでやってたのか‥‥しっかし、手間かかったでしょう。すごく美味しいです」
氷雨の言葉に、無表情な青年は少しだけ頬を緩めたようだった。
百合歌は、目の前で口をもぐもぐさせ続けている憐に
「相変わらず流石の食べっぷりねぇ」
と感心しつつ、よそってきた菓子をつまむ。ちなみに、現在大盛りの皿を2つほど並べている憐だが、これでもかなりペースを抑えている。遠慮なしのペースであれば、文字通り食べ物が胃へ流れ込んでいくからだ。懇親会ということで今日は我慢我慢、ともぐもぐ咀嚼速度も落として頑張っているようだった。
少し経って百合歌は、クッキーのトレイ片手に歩き回っていたリミンを呼び、隣のテーブル席を勧める。一緒にいた二人のハーモニウム・セカンドにも席を勧めた。娘三人の話題は紙の花飾りについてだったらしい。リミンが百合歌を指して
「このお姉さんが提案してくれたの」
などと話している。
「予算が少ないなら、ティッシュペーパーの花飾りは鉄板よ」
色々作れたでしょう? と百合歌は三人に微笑んだ。
「‥‥ん。リミン。お疲れ様。良い挨拶だった。甘いの。取って来たので。糖分補給すると。良い」
セカンドたちが席を立ち、見慣れた顔触れになってから、新たに皿を用意していた憐がリミンに声をかけた。
「ありがとーっ。挨拶、最初、緊張しちゃった」
「‥‥ん。でも。その後の話。会場が。和んだよ。大活躍だったね」
「そ、そうかな?」
「‥‥ん。リミンと。最初に。会った。依頼を。思い出した」
「ええと、音楽とご飯のときのこと、かな?」
当時は精神的なリハビリの最中で、初対面を覚えていないリミン。後から聞かされて知ってはいるが、なぜだか思い出せないままだ。
こくり、と憐は口の中の物を飲み込みながら頷いた。
「‥‥ん。あの時は。リミンが。背中を。押して貰う。立場だったのに。今は。押す側に。なったんだね」
「まだまだ、手が届かないんだけど、ね」
「‥‥ん。届いてない。と。わかってるなら。いつか。届くよ」
「そ、かな」
「‥‥ん。大丈夫。この。美味な野菜カレーを。賭けてもいい」
「あはは、よくわかんないけど、ありがとう元気出た」
そうして周りを見渡せば、ホスピスの強化人間たちは自ら話しかけてくることは少ないながらも、この会場の雰囲気、喧騒、菓子や料理、そして先程流れ始めた音楽を楽しんでいるようだ。良かったなぁ、とリミンは心から思う。
そして、楽しんでいるのは強化人間に限らない。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるわね」
席を立ったのは百合歌だ。
すらりと背筋を伸ばして、愛用のヴァイオリンを手に、レストラン中央の仮設ステージへ向かった。私の演奏の時間よ、と、その足取りと微笑みが語っている。
チェリスト、ヴァイオリニストと礼を交わし、数秒チューニング。
そして、ストリングスが音を織り始めた。ゆったりした曲から明るい曲へ、時には手拍子も起こり、優雅なソロには拍手が贈られ、即興が始まると聴衆の手拍子までもが演奏の一部に。
「あーー‥‥面白かった!」
演奏が終わり、最後まで聴いていた氷雨は、笑顔で近くの席に振り向いた。白いワンピースの女の子が気付いて、数拍おいてからちょっとだけ微笑む。好感触か。
「あ、ねぇ遊びにいきません? 今日、最新モデルの水着をいろいろ用意してもらったんですよ〜」
荷物の残り半分は、最新モデルの女性用水着のひと揃いだったらしい。
「あたらしいの?」
「ええ。おしゃれなもの、かわいいもの、シックなもの、たくさんです」
「みたい」
まだ幼く、柔軟な思考であるらしい少女は、きらきらした目でそう言った。ふへへ、と笑いが漏れそうになりながら氷雨はサムアップ、
「お安い御用で‥‥す?」
‥‥したのだが。突如テーブルに影が差し、妙な威圧感を覚えて振り向いた。そこには、植物園で知り合った無表情な青年が、よく似た姿の少年を2人従えて『ズモモモモ』と効果音がつきそうな様相で腕組みして立っている。よくよく見れば、青年と白ワンピの少女は目元が似ていた。
「おぅ‥‥おにーさまデシタカ」
「‥‥‥妹に贈り物をありがとう。礼に、俺の小温室を案内しよう」
「あ、いや、お気になさら‥‥」
「遠慮はいらない」
男3人にばっちり拘束され、あぁぁぁ‥‥と悲哀に満ちた声を垂れ流しながらレストランを辞する羽目になった氷雨だった。
「最新モデルの水着? 私も着させて頂こうかしら。ね、お嬢さん、一緒に遊びに行きません?」
結局白ワンピの少女は、暇を持て余していたミリハナクによって華麗に連れ去られたのであった。