●リプレイ本文
「揃ったでしょうか? 今日はようこそおいで下さいました」
自然に囲まれた療養施設の前。集まった傭兵たちを見回し、ブランシュ・モア医師はリミンの座る車いすに手を添えながら笑顔で歓迎の言葉を述べた。そんなモアに小さく笑い返したのは智久 百合歌(
ga4980)。
「ステキなお誘い、有難うございます。リミンさんもモア医師もお元気そうで何よりです」
「こんにちは。先日はお世話になりまして‥‥本当に有難うございました」
以前、リミンのリハビリに参加した百合歌へ、モアは心から礼を述べる。
「いいえ。今日はのんびりさせて頂きますね」
「えぇ、楽しんでいってください」
そんなやりとりの後、クリア・サーレク(
ga4864)がモアとリミンに声をかけた。
「今日は、お誘い頂きありがとうなんだよ。あとで、木陰でティーパーティをするから、良かったら来てね」
久しぶりに知らない顔に囲まれ緊張し、感情が少々不安定なリミンに配慮し、ゆっくりと微笑んで話すクリア。モアが頷き、
「ありがとうございます。それじゃ午後、お邪魔しても?」
「ぜひぜひ」
そんな様子を少し離れたところから眺めているprime(
gc7861)は、知り合いに持たされた弁当を持参しての参加だった。誰にともなく呟く。
「まあ‥‥たまにはこんな安息があっても構わない‥‥か」
モアとリミンを先頭に、緩やかな山道を進む一行。その中で、二人組が何か言い合っていた。白藤(
gb7879)と、ロベルト・李(
ga8898)である。
「な、な。あの子んトコ行こや」
つんつんと上着を引っ張られたロベルトは白藤に尋ねる。
「知り合いなのか?」
「ちゃうで?」
きょとん、とした顔で小首を傾げ即答する白藤。
「なら、どうしてまた」
「お話、してみたいやんv」
「そりゃ構わんが、俺は行かないほうが‥‥」
「ほな、ご挨拶行っくでーっ」
「おい白藤?」
腕を取られ、ついていくしかないロベルト。白藤はロベルトを連れてリミンとモアの所へ来ると、
「えーと、はじめましてやろかな? 白藤言うねん、よろしゅうに♪」
と、ぴょこんと礼をする。ロベルトも、どうも、と二人に軽く会釈。白藤はリミンに近付く。リミンはぴくっと驚いたように一瞬身じろぎしたが、くるりと辺りを眺めてからこちらに向けられた屈託無い白藤の笑顔に、ふっと体の力を抜いた。
「こない天気で素敵な場所や、こっそり食べてなv」
決して、ソソッと渡されたチョコレートクリームのケーキに釣られただけではない‥‥はず、と、散策に出かけて行った二人を見送りながら思うモアだった。
彼らの他にも、一行から離れた二人組が居た。クリアと、彼女の婚約者、守原有希(
ga8582)である。
「遅い夏休み、ですね」
「うん、最近はお仕事で会うことばっかりだったものね。有希さんも、お誘いありがとう」
にこっ、と笑って礼を言うクリアを見て、同じく笑顔になる有希。
「喜んでもらえて嬉しいです。今日は羽を伸ばして楽しみましょう。さて、この辺でいいかな」
「それじゃ、お先にー!」
頭にかぶった麦わら帽子をおさえ、白いワンピースをひるがえし、ブーツを脱いでパシャパシャと川に入っていくクリアを見ながら、有希は水温を確かめる。
「これなら‥‥」
水筒の1つを開け、中身を竹筒に移し蓋。それを水に浸けて石でおさえた。
「よし、準備完了」
「有希さーん、早く早くー!」
その声に顔を上げると、クリアが膝まで水に入りながら手を振って呼んでいる。
「今行きますよー!」
手を上げて答え、腕まくり、裾まくりした有希もバシャバシャと川に入って行った。
見ると、クリアは膝より上まで浸かる深さのところまで歩いていっている。ワンピースの裾をまとめて持ち上げてはいるが、端が水に付いてしまっていた。
「あっ、服、濡れちゃってます」
「いいの、いいの」
「良くないでしょう、透けちゃいますよ?」
「大丈夫っ 中に水着を着てるもの♪」
「なるほど。準備万端だったんですね」
「そのとおり☆」
言うや否や、ワンピースの裾を放して両手で掬った水を、有希にパシャン!とかけるクリア。わっ、と驚いた有希が
「やりましたねー?」
と言って軽くやりかえし。歓声を上げながら逃げるクリアが川の流れの中に小魚を見つけ、もっと居ないかと二人で探し。童心に帰ってはしゃぐひとときを過ごす。
百合歌はモアに代わってリミンの車いすを押し、川辺を目指した。
時折、答えは求めずリミンに話しかける。
「ほんと、良い天気ですこと‥‥」
と空を見上げ、
「この間ね、迷子の女の子探しをしたの。お掃除とか。周りの喧騒がそれはもうすごくてね、なんだかこことは別世界みたいに思えちゃうわ」
と、静かな山道をのんびり進む。相槌を打つわけでも、返事をするわけでもなかったが、先ほど白藤にもらったケーキをもぐもぐとかじったりしながら、リミンは百合歌の話を聞いていた。
そして、有希とクリアが水遊びに興じているのが少し遠くに見える川辺へ到着。
「あらあら楽しそうねぇ。‥‥あ、そうそう」
百合歌は可愛らしいフリフリ傘を車いすに固定した。リミンが見上げると、頭上に白とピンクのフリルが陽光に透けながら踊っている。
「ふふ、可愛い可愛い♪ 木陰でのんびりするのもいいけど動ける範囲で散策もしたいでしょ? だから日除けに」
さすがに34歳でフリフリはね、と、百合歌がぼそりと付け加えた言葉には敢えて触れず
「えーと、良かったじゃないリミン、あちこち見てみたいものね?」
モアがリミンに声をかけ、百合歌に説明する。
「この子施設の周りとか、よく一人で出かけちゃうんですよ」
車輪を段差にひっかけて動けなくなってたりするんですけどね?と笑うと、リミンはプイとそっぽを向いた。思わずくすくす笑った百合歌だったが、
(‥‥随分、反応を返すようになったのね)
と感慨深く微笑んだ。
primeは川辺の場所をざっと確認できると、1人気ままに彼も散策を開始した。
緑豊かな景色に、川の流れる涼やかな音。
「似たような景色でも、銃持って眺める時とは、全然違う‥‥」
鳥の声が聞こえてきたことに気付き、primeは緩やかで平穏な時間が流れているのを実感する。硝煙の匂いが付いていない茂み、花が満開の低木。戦場には無いものを全身で楽しみながら、しばらく散策を続けることにした。
同じく散策していた白藤とロベルトの二人は、有希らが居る川辺の少し上流に着いていた。
「ふぁ‥‥えぇとこやなぁv」
「ほう、浅めで流れも適度だな。依頼人たちから少し離れすぎかもしれないが‥‥白藤?」
白藤は水辺へ駆け出して、一抱えほどの大きさの岩の上に乗って屈みこみ、キラキラ光る水面を眺めていた。大きすぎる岩の少ない、遊びやすい場所だ。
「目を離すとすぐ何処かへ行くのは変わらんな‥‥」
昔よりは可愛げもあるが、と無表情気味な顔に小さく笑みを浮かべながら白藤のほうへ行く。彼女は、やってきたロベルトを振り返って、宣言。
「白藤、ここで遊ぶわー♪」
「そうだな。さて、そろそろ昼時だがどうする?」
「あ、せやな、一旦戻ろか」
岩から下り、タタッと駆け出し山道に戻る。二人はまた仲良く来た道をてくてく下った。
気の済むまで水遊びを楽しんだクリアと有希は、手足を拭いたり服を着替えたりしたあと、木陰の大きな岩の上へ。平らな岩に、有希手製の弁当が並べられる。
「こっちに菜飯とか、紫蘇のお握りです」
弁当を開け、献立を説明する有希。
「これは?」
「それは、夏野菜の焼き浸し。あと鶏の唐揚げですね」
「美味しそう、頂きます!」
「召し上がれー。本当は魔法瓶に冷や汁詰めようかとも思ったんですけど」
「わ、おいし‥‥v ‥‥でも、汁物まであったらもうお弁当ってレベルじゃないよね」
「あはは、確かに」
「でも飲んでみたいなっ。今度作ってくれる?」
「もちろんです」
そんな二人から少しだけ離れた場所では、百合歌、モア、リミンがシートを広げて弁当を広げていた。百合歌の用意したサンドイッチ、お握り、色とりどりのおかず。モアが焼いてきたバターロール。
「リミンさんはおにぎりって珍しいんじゃないかしら? 沢山食べてね」
百合歌の言葉に、小さく小さく1回だけ頷いて、お握りに手を伸ばすリミン。
弁当を広げて食べたり喋ったりしていると、そこへロベルトと白藤が顔を出した。モアが声をかける。
「おかえりなさい、良い場所ありました?」
「ん、上流のほう、えぇとこあったでv 後で遊ぼか思て」
ぺろんと長い袖を口元にくっつけて機嫌の良さそうな白藤へ、百合歌が
「お弁当、一緒にどうですか。多めに作ってきたんですが」
「ほんま? ほな、少しご相伴にあずかってもかまへんやろか」
「どうぞどうぞ」
横に居たロベルトの服をくいくいと引っ張って座らせようとする白藤。
「いいのか?」
「えぇらしいで? ま、白藤たちはすぐ移動してまうけども、ひとつふたつ頂いてこ♪」
賑やかなピクニックの風景があったり。
「この辺、良いな」
散策を楽しんでいたprimeは、少し開けた場所の静かな木陰を選んで、木の根に腰を下ろした。弁当を広げ、知人の作った献立を楽しみつつ、木々の間から見える景色を眺めつつ、昼を過ごす。
そんな、ふらりと気楽に楽しむ昼食風景があったり。
ランチタイムが終わり。再び一行は思い思いに午後を過ごす。
クリアと有希は、やってきたリミン、モア、百合歌を加えてティータイム。クリアは持参したポットセットで湯を沸かし、紅茶やコーヒーをふるまった。お茶請けにクリアの手作りクッキー、百合歌の作ったケーキも振る舞われた。有希は、川の水から上げた竹筒からゼリーを取り出し、モアやリミンに渡す。
「川で冷やしたゼリーです、どうぞ」
「まぁ、良いんですか? ありがとうございます」
「お口に合えばいいんですが‥‥ん、これ、美味しかです、クリアさん」
クリアのクッキーをかじった有希が呟く。普段は出てこない長崎弁の混じった、心からの言葉。
「ほんと?」
なかなか聞けない感想を聞くことができ、クリアの笑みが深まるのだった。
「はい。今度、作り方教えてくれませんか?」
「いいよー、一緒に作ろっ」
白藤とロベルトは、先ほど見つけた川辺へ。
靴をぽいっと脱ぎ捨てた白藤は、足を濡らして涼む。先の大規模作戦で重傷を負った白藤を心配していたロベルト。殆ど完治しているしこれくらいなら‥‥と考えていると、パシャッ、と冷たい感触が顔を襲った。
「お前な‥‥あまりはしゃぎ過ぎると転b」
バシャン!!
「‥‥言っている傍から器用な奴だ」
ちなみに、しゃがんだ白藤が片手で水をすくって飛ばした反動で足を滑らせ、病み上がりの体は体勢を保てず水の中へ豪快に転んだ、という次第である。
「ふぇ‥‥べしょべしょになってもうた‥‥」
情けなくなってべそをかきそうになった白藤だが、
「ほら掴まれ」
と抱えられて驚き、べそが引っ込む。
「兄さ‥‥!? 濡れてまうて、あか‥‥っ」
「どうせ何処かの誰かが濡らしてくれたしな、変わらんよ」
白藤の背と膝の裏に腕を通し、浅瀬に倒れこんだ白藤をひょいと抱え上げる。そのまま、日向で温まっている岩の上に移動。
「怪我の次に風邪でも引かれたら参るからな」
と言ってロベルトは有無を言わさずわっさわっさと白藤の髪を拭く。初めは、に゛ゃぁぁぁー、などと悲鳴のような声を上げていたが、途中で、
「っくしゅっ」
「‥‥早速風邪か?」
ぺた、と額をくっ付けて熱を測ろうとする様子は、完全に小さい妹の世話を焼く兄の図である。白藤がわたわたとくしゃみを誤魔化そうとしているが後の祭り。
「や、ちが、これはっ‥‥もう、エミタ入ったし、昔みたいな体弱い子供やないんやからぁ‥‥」
ふい、と顔をそむけたのは『兄』への照れくささと、バツの悪さから。ロベルトは白藤の好きにさせながら、低く呟く。
「‥‥俺からすれば、まだまだ子供のようなものだがな」
「ぅ? 何か言うた?」
少々意固地になって自分で髪を拭いていた白藤が聞きなおしてきたが、そろそろ怒らせそうな気がして、
「ん? なにも言っていないぞ?」
しれっと誤魔化すロベルトなのだった。
primeは、木々の音に埋もれるような感覚に陥りながら、穏やかな日差しに意識が朦朧としてきた。どこからか、ヴァイオリンの音が柔らかく響いてきているような気もする。冷たい壁でも戦場の味方でもない、暖かな木の幹に背を預けてゆるゆると目を閉じた。忘れていた心地よい昼寝の時間というものを久しぶりに堪能することにしよう。
‥‥数分か、数十分か。
「ッ!!」
ふと、眼前に何かの気配。意識が急激な速さでまどろみの底から浮上し、一瞬のうちに傭兵としての自分を自覚した。そしてその次の瞬間には緊張の糸で出来た警戒の網を張りつめ終え、‥‥自分の昼寝の邪魔をした敵の正体が、無防備な寝顔を窺いに来た小さなリスだったことを知る。
数瞬、primeは目をしばたいた。その間にリスはその身を翻し、あっという間に姿を消す。それを見送ってから、彼は大きく息をついた。それが溜息だったか、深呼吸だったかは彼のみぞ知ることであるが、緊張の糸がぷっつりと切れたのは明らかで。
やはり自分は、既に平穏や平和というものから随分遠いところまで来てしまったようだ、と苦笑しつつも、安堵から生まれてきた眠気には抗わず、その穏やかさに再び身を任せるのだった。
川辺近くの木陰。
暫く、即興演奏、つまり思いつくままのメロディで、ヴァイオリンを弾いていた百合歌だったが、その後ちょっとしたプレゼントを広げ始めた。隣に並んで座っているのはリミン。モアは向かいでのほほんとお茶をいただいている。
「この前、ハーモニカをあげたでしょう。その使い方を教えてあげようと思って」
そう言って百合歌がリミンに見せたのは、1枚の図。
「これね、音階の図解。字や記号だと難しいから、絵で表現してみたの」
ハーモニカの吹き口や、音の高さを図にしたシンプルな絵が1枚の紙の上にわかりやすく描かれていた。リミンはそれを見て、車いすに積んでいた荷物へ手を伸ばしがさごそ。取り出したのは、木製のハーモニカ。
「持ってきてくれたの‥‥?」
驚きのこもった百合歌の呟きに返答は無かったが、図を見つめている。しばらくもごもごしていたが、少しだけ顔を上げ、小さな声で言った。
「‥‥‥これ、知りたい、‥‥おしえて?」
「! もちろんv」
自分の金属製のハーモニカを取り出し、百合歌は絵をひとつずつ示しては音を出し、音の並びやその名前を教えていった。
ハーモニカの独特な音色がひとつずつ、追いかけっこをするように繰り返されているのを遠くに聞きながら、クリアと有希は川辺で和やかに涼んでいた。
「ゆっくり話すの久しぶりですねぇ‥‥もっと一緒に居たいんですけど。あ、あの櫛ありますか? お誕生日に贈った‥‥」
「ん、あるよ?」
出された櫛を、借りていいですか?と受け取り、クリアの髪をそっと梳き始めた。
「本当、一緒に居て嬉しいんです。ラストホープも戦場になって‥‥それでもラストホープは在って、今うちらは此処に居られて‥‥。それがすごく嬉しいんです」
「そうだね。それに‥‥そろそろ夏は終わっちゃうけど、秋が来て冬が来て‥‥秋や冬の楽しいこともいっぱいあるから。また、二人で楽しもうね?」
「そうですね、楽しみです」
「うん♪」
「あ」
一言発した有希は、身を乗り出すとクリアの顔を覗き込む。
「うん?」
「離したくも帰したくもないから、今日は泊まっていきませんか?」
ふふ、と頷いたクリアにキスを贈り、またゆっくりと髪を梳いてゆっくりゆっくり、二人の時間を過ごすのだった。
上流の川辺で、ずぶ濡れになった服を乾かしながら涼んでいたロベルトと白藤。
「白藤?」
「‥‥‥ん‥‥」
返ってきたのは、ぐずるような、眠そうな声。
「やれやれ‥‥」
本当に子どものようだな、と軽く溜息をついてからロベルトはうつらうつらとしている白藤に膝を貸した。
「まぁ‥‥偶にはこんな日があっても良い、か」
今日の初めに誰かが言ったようなことを、今日の終わりにも誰かが言う。そして恐らく誰もが思ったことでもあるだろう。
みんなでのんびり、みんながのんびり。忙しなく、騒々しく、悲哀や怒りや不安が横行するこの御時世だが‥‥まぁ、そんな日があっても良いのである。