●リプレイ本文
●お菓子講座
『お電話代わりました、モア・ブランシュです』
「あ、こんにちは、椎野です。依頼の件で確認したいことがありまして」
『はい、なんでしょう』
「目立つ古傷があるんですが、リミンさんが怖がらないように隠したほうがいいですか?」
『ああ、あまり気になさらなくて大丈夫ですよ。リミンの体にも大きな傷痕があるせいか、そういったものからのショックは無いようで』
「そうですか、わかりました」
『ご配慮いただきまして、ありがとうございます』
「いいえー。それじゃ、また後程」
『はい、お待ちしております』
しつれいしまーす、と椎野 のぞみ(
ga8736)が電話を切る。終夜・無月(
ga3084)が尋ねた。
「医師は何と」
「気にしなくて良いそうです、リミンさん自身にも傷痕があるそうで」
「そうですか‥‥」
頷く終夜に頷き返し、先頭に立って歩を進めるのぞみ。
「今日は、楽しんでもらえるように頑張ろうっ♪」
「そう、ですね」
後ろから相槌を打つのはエルレーン(
gc8086)。(お菓子作りか、えへへ‥‥私も結構好きなんだ! よろこんでくれたら、うれしいなぁ‥‥)と胸中で呟く。
そんなことを話しながら、一行は依頼で指定された場所へ向かうのだった。
大きな公民館のような建物に到着し、早速調理室に通された参加者たち。調理室では既に、今日の生徒であるリミンが車椅子に座って待っていた。エプロンを着け、準備万端である。
「えと、こんにちは、リミン、です」
たどたどしい言葉の挨拶。
「はじめまして。椎野のぞみです。宜しくお願いいたしますね」
のぞみはいつもより『元気一杯』を抑え気味にして挨拶を返す。
「初めまして‥‥リミン」
「よろしくね」
口数少なくも微笑みながら終夜やエルレーンも挨拶。また、二ないし三度目の対面となる者たちも居た。最上 憐 (
gb0002)と、智久 百合歌(
ga4980)の両名だ。憐が軽く手を挙げた。
「‥‥ん。リミン。久しぶり。元気?。沢山。ご飯。食べている?」
こくり、と頷き、
「ここの、ご飯、おいしいよ」
と答えたリミンの言葉を聞き、それぞれ興味深そうに頷く憐と百合歌。どんな物が出るんだろうかと興味津々な憐の横で、人と関わることを拒否していたリミンが会話出来るようになったことに感慨深く思う百合歌。
「こんにちは、リミンさん。その後、ハーモニカのほうはどうかしら?」
彼女がリミンにプレゼントしたハーモニカのことである。
「あのね、楽譜買ってもらって、練習してるの」
「もう? ふふ、色々なことに興味が出てきたみたいで嬉しいわ」
今日はよろしく、と百合歌は微笑んだ。
調理室には、長机のように下にスペースのある大きな調理台がいくつもあり、面々はそのうちの1つに集まった。順番に、今日作る菓子について紹介する。
まずは終夜。
「俺が作るのは、アイスケーキ−SNOW WHITE FAIRY−‥‥俺のオリジナルです。サクサクしたスコーンに、甘く冷たいアイスや果物達‥‥冷と温の甘さが奏でるハーモニーを、楽しめます‥‥」
「アイス、冷たいのに、ソースあったかいの?」
事前に渡されていたレシピを見ながら不思議そうに首を傾げるリミンに
「その通り‥‥」
と頷く終夜。
「ソースがアイスを溶かし、2つの味が果物を包み、更に新しい味を生み出すんです‥‥」
次は、百合歌。
「私が作るのは『ツィームトシュテルン』。シュテルンという名前の通り、星型をした、スイスのお菓子なの」
「スイス‥‥」
満足な勉強もできず育ったリミンにとっては未知の国。しかし百合歌にとってはもう一つの母国、馴染み深い場所だ。
「クッキーに似てるけれど、しっとりとした食感でアーモンドの風味が豊かね。甘いお菓子だけど、お砂糖の量を調節して甘さ控えめにも出来るわよ。リミンさんは甘いのとどちらが好きかしら?」
「甘いのっ」
即答したリミンを楽しそうに見ながら、
「じゃあ、甘くして作りましょうね」
と頷いた百合歌だった。
続いて菓子の紹介をするのは、のぞみ。
「私からは、お饅頭です。日本のポピュラーなお菓子の一つで、作り方も簡単なんですよっ」
「いろんな味が、あるの?」
簡単なのに、様々な材料がレシピに書かれていた。
「あ、そうそう! これはアレンジのしがいのあるお菓子、とも言えるね。今日は餡子を2種類、生地は3種類作る予定だから、お楽しみにっ」
そして憐の紹介。
「‥‥ん。チョコバナナ。シンプルだけど。素材の味を生かせる。菓子」
「おいしそうっ。どこの、お菓子? 甘い?」
「‥‥ん。多分日本のお菓子?。凄く甘い」
至極真面目にチョコバナナの説明をする少女と、目を輝かせてそれを聴く娘の姿がそこにあった。
最後はエルレーン。
「私が作るのは、チョコレートムース、です」
「ムース‥‥?」
「あ、えぇと‥‥。泡みたいに、口の中でとろける、というか‥‥そんな、感触が楽しい洋菓子の一つ。その、チョコレート味を作ろうかな、って」
なかなか説明の難しいあの感触。伝えられる言葉を探し、紹介とした。
そして面々は席を立ち、それぞれ自分が使う材料と道具の用意された調理台に散らばる。ようやくお菓子作りの時間である。
●お菓子作り
最初、リミンを呼んだのは終夜だった。
「リミン‥‥アイスケーキのスコーン作り、手伝って下さい」
車椅子のリミンだが膝は長机状の調理台の下にうまく入るようになっており、彼女はそこで指示を待つ。
「このカップの中身を全部、篩にかけましょう‥‥」
リミンが薄力粉などを篩っている間に終夜がバターを小さく切り、篩い終わった粉類にバターを加える。
「ここに溶き卵とヨーグルトを。混ざりましたか、では牛乳も‥‥」
「こう?」
「そう、手で触って、生地が手にくっつかないくらいになるまで混ぜる‥‥」
「‥‥まだくっつく‥‥あ、つかない、できた」
「おつかれさまです。ではこれは暫く寝かせます‥‥」
ラップに包んで冷蔵庫に仕舞った終夜にリミンが尋ねる。
「ね、生地って、寝るの?」
「寝る子は育つ、ってやつでしょうかね‥‥」
例えとしては間違っていない。
「とりあえずここまで。アイスの盛り付けの時、また来て下さい‥‥」
「うん」
ふん、ふふん、る・らら‥‥♪というのぞみの柔らかな歌に、リミンが振り向いた。のぞみはそれに気付いたが、特に声をかけるでもなく歌いながら作業を続ける。気になったリミンがやってきた。
「ね、今、なにしてるの?」
「これはね、餡子を生地で包んでるの。これくらい取って、こうやって、きゅっと止めて、1個完成♪」
「わぁぁ」
リズミカルに包まれていくのを興味津々に見つめているリミン。彼女がやりたがるのを待っているのぞみはニコリと笑う。
「簡単でしょ?」
「私も、やりたいっ」
「よしきたっ! じゃあまず、このスプーン使ってね」
「どれくらい、取るの?」
スプーンで2回分、と餡子の分量を教えると見よう見まねでリミンが続き、生地を破いたりしながらなんとか作るのを見守りつつ、隣に立って3倍くらいの速さで餡子を包み終えるのぞみなのだった。
ひととおり包み終え、後は蒸すだけ。
「はい、これでおしまい。おつかれさま、ありがとうねっ」
「私の、ぼろぼろ‥‥」
「最初はそんなもんだよ、練習すればできるようになるから大丈夫!」
その頃エルレーンは、砂糖入りの卵白をかしゃかしゃ、一生懸命泡立てていた。十分ほど頑張り、完成する綺麗なメレンゲ。そこへやってきたリミンに、少しくたびれた様子のエルレーンが説明する。
「ふぅ‥‥こういうのがお嫌いな方は、電動の泡立て器を使うのも手ですなの」
そして生クリームと溶かしたチョコレートを取り出し、メレンゲと混ぜて冷蔵庫へ。
「不思議な食感は、簡単に作れちゃうんです。面白いでしょ?」
「どんな、お菓子なんだろう‥‥」
「あぁ‥‥食べたことないと、わかんないよねえ。あ、そういえば、リミンちゃんはどんなお菓子が好き?」
「チョコレートのお菓子が好きっ」
「あれ、そうだったんだ?」
「うん。チョコだけでも、ケーキでも。だから、ムースも楽しみ」
好みを最初に聞いておけば良かったかと思っていたエルレーンだったが、それも杞憂に終わり、蓋を開けてみればリミンの好物のレパートリーを増やすことに貢献していたのだった。
「チョコと言えば、憐ちゃんが、チョコバナナ作るって言ってたね」
「!」
そうだった、とキョロキョロし始め、溶かしたチョコ入りのボウルを持つ憐を見つけ一直線に車椅子を走らせたリミンを
「あ、そんなに好きなんだ‥‥」
と笑いながら見送るエルレーンだった。
憐は、やってきたリミンに声を掛ける。
「‥‥ん。リミンも。やる?。バナナを。むいて。チョコに。浸すだけ。簡単だよ」
「うん、やる」
リミンと二人で、バナナをむいてはチョコに浸し、むいては浸し。途中、憐が指先をチョコにつけてひと掬い。そして指先のチョコをペロリ。あ、という顔で見ているリミンに
「‥‥ん。リミンも。舐める?。今なら。特別に。少し。分けてあげるよ?」
「‥‥」
こくり。真似してペロリ。
「‥‥っ」
好物のつまみ食いほど美味しい物は無いかもしれない。
そんなことをしつつ、二人は用意した2房分を使い切って、冷蔵庫へ。そして彼らの前には少しチョコレートの残ったボウルが1つ。
「‥‥ん。そして。余った。チョコを。ボウルごと。舐めるのが。堪らない」
言うや否や、両手でつかんだボウルを持ち上げ、内側に付いたチョコレートをそれはもう綺麗に舐めてしまった憐の早業にはリミンも目を丸くする他なかった。
他の場所の手伝いでもしようかとうろうろし始める二人。終夜が使う調理台に着くと、そこでは果物を切り終えて今はソースを作っているところ。(ソースに)熱い視線を送る憐。終夜が気付いて尋ねる。
「どうしました‥‥?」
「‥‥ん。私の。事は。気にしないで。見てるだけ。見てるだけ」
「そこのリミンさん?」
「? 何?」
冷蔵庫からツィームトシュテルンの生地を取り出しつつ、声を掛けた百合歌。
「良かったらこっち手伝ってくれるかしら」
「うん。何してるところ?」
「今この生地を伸ばすから、星型で抜いて欲しいの」
「おもしろそうっ」
百合歌が、生地を1cmもない厚みに伸ばす。リミンが星型に粉砂糖を付け、型抜きに挑戦。ぽこぽこと星形に穴の開いた生地を百合歌が丸め、再び伸ばす。リミンが型抜きをして、百合歌が丸めて伸ばし‥‥というのを3回ほど繰り返して、生地を使い切った。オーブンの皿に並ぶお星さま。
「いっぱい!」
「沢山出来たわね。これを焼いて、上にグラスロワイヤルを塗ってからもう一度焼くのよ」
わくわくと見つめるリミンの横で、生地をオーブンに入れる百合歌だった。
その後リミンは終夜の所でアイスや果物の盛り付けを手伝い、エルレーンのムースが完成し、のぞみの饅頭各種が蒸し終わり、憐のチョコバナナは1本減っている気がしないでもないが無事完成(ふらふらと冷蔵庫に近付く憐を見たというのぞみの目撃証言や、「‥‥ん。試食会まで。耐えられるかな。餓死しそう」という呟きをエルレーンが聞いたという証言があったのでつまみ食いの犯人は大体割れている)、百合歌のツィームトシュテルンも焼き上がった。
さあ、お待ちかね。試食会が始まる。
●試食会
百合歌がモア・ブランシュ医師も一緒にと呼び、試食会のめんつは7人となった。出来上がった菓子の数々を、隣の多目的室へ運んで大きな丸テーブルに並べる。
「これは壮観‥‥」
終夜が感心しながら、皿やカップを並べ終わったテーブルを眺めた。
「色々出来たわね」
飲み物を用意した百合歌がやってきていった。チョコレートムース、ツィームトシュテルン、チョコバナナ。果物の載ったアイスケーキはアイス3種にソースを2種類から選べて、饅頭は2種の餡に3種の皮。お茶とコーヒーも並んで、まるでパーティか何かのテーブルのようだ。
「すごい、沢山っ」
わくわくキラキラしているリミンの隣で、お菓子の大軍を前にそわそわギラギラし始めている憐が居るのだった。
「それじゃ、始めましょうっ!」
のぞみの言葉で皆、いただきまーすと思い思いに菓子へ手を伸ばし、試食会が始まった。
「和菓子は馴染み深いわね」
そう言って百合歌はのぞみの饅頭をひとつ手に取った。
「美味しそう、いただきます」
手を合わせる百合歌の向かい側では、憐がやっと食欲を解放することが出来て元気に両手の菓子を頬張っている。
エルレーンはコーヒーと共に菓子を堪能していたが、そのコーヒー、大量の砂糖が投下され、砂糖入りコーヒーというよりはコーヒー味の砂糖になっていた。しかしそれを平然と飲み、なおかつ菓子を楽しむエルレーンは超甘党と呼ぶしかあるまい。
終夜は、アイス選びソース選びに迷っているモアにアドバイスしながら、ツィームトシュテルンを齧る。
のぞみが美味しそうに皮の破れた饅頭を食べつつリミンに言った。
「最初からうまく作れないときもあるかもだけど、心をこめて作れば、必ずうまく作れるから」
「‥‥うん」
「あとは練習あるのみっ! リミンさんのお菓子、楽しみにしてるねっ!」
「うん! がんばるっ」
試食会の途中、百合歌のバイオリンの音色が響いた。クリスマスならではのファンタジックなワルツ曲。部屋を音楽で華やかに飾った。
その後、百合歌はリミンの所へ来て
「手を出してくれる?」
「?」
なんだろう、と差し出されたリミンの右手の上に、百合歌がのせたのは幸運のメダル。
「少し早めのクリスマスプレゼント」
「ありがとう‥‥っ。あ、お礼、お返し‥‥」
何もない、と悩み始めたリミンに微笑みかける百合歌。
「あら、気にしないで良いのに。‥‥じゃぁそうね、もし今度会えたらハーモニカで何か1曲聞かせてくれる?」
「うんっ」
そうしているうちに菓子がテーブルから消え、お茶もダダ甘コーヒーも消え、試食会は終わり。モアとリミンが今日の礼を述べ、お開きとなった。
帰り道。
「今日の、お菓子作りは‥‥うまくいったなぁ」
エルレーンが嬉しそうに呟く。聞き返すのはのぞみ。
「え、うまくいかないことがあるのっ?」
「キッチン、めちゃくちゃになることもあって」
すぐ後ろの調理台で作っていたのぞみは、今日じゃなくてよかったと心から思ったり。エルレーンはマイペースにぽつり。
「クリスマスのプレゼントにお菓子‥‥うふふ、きっとみんな喜んでくれるよねえ」
「そうだね、手作りお菓子ってやっぱり嬉しいもん!」
「うんうん」
ホワイトフェアリー作戦。
この日、作戦、などという殺伐とした雰囲気とは程遠い仕事をこなす傭兵たちの姿があった。
傷ついた人々の心に楽しみを、癒しを。
そっと祈るような、温かい仕事であったことをここに記す。