●リプレイ本文
「‥‥うーむ」
ルーガ・バルハザード(
gc8043)は唸る。
普段相手の見た目などに心動かされぬ彼女も、眼前に繰り広げられる光景には、流石に絶句してしまう。
「マッスル!」「マッスル!」「マッスル!」
ビルの谷間で雄叫ぶぴちぴち黒ハイレグのANIKI集団。歯を光らせポージングを繰り返しやっさもっさの肉カーニバル状態。
周囲に不運な犠牲者たちが転がっている。
泡を噴いてるだけのようだから死んでいるわけでもなさそうだが――屍ではある。
「てかてかして気持ち悪いな。何故だ? 汗か?」
日の光をあび、テカる姿に眉をひそめる彼女の隣では、鈴木 一成(
gb3878)が本気で脅えていた。
「スキンヘッドのゴリマッスルボデー‥‥なんて恐ろしいキメラでしょうか」
履歴書で標準体型と見栄を張っているものの、痩せ型の彼。あの厚い腕と胸板に挟まれたら脱出不可能なのではという予感がひしひしとし、身震いを禁じ得ない。見知らぬ世界に拉致されそうだと。
ルーガは別に恐怖しないが、気には入ってない。絶対に。
「力強そうではあるが、もう少し‥‥何というか、押しつけがましさがない方がいいな」
そんな彼らとは裏腹に、燃えている人々がいた。
「何と言う事だ‥‥奴等は、筋肉を勘違いしている。此れは、正さねばならねえぜ、な、イオグ! 奴らは筋肉使いとしてなっちゃいねえ!」
バランスよく引き締まった肉体を持つサウル・リズメリア(
gc1031)。
「ああ、奴らは‥‥奴らは本当の筋肉使いじゃねえ!」
アニキストにして筋肉馬鹿一代を地で行くイオグ=ソトト(
gc4997)。
「む。筋肉なら‥‥負けんぞ‥‥」
そしてムエタイと軍で鍛えた体を誇る國盛(
gc4513)だ。
「‥‥あのさーサウルくん、筋肉使いって何?」
偵察用の双眼鏡を降ろし、夢守 ルキア(
gb9436)が質問する。
サウルはふっと髪をかきあげる。
「それは説明できない‥‥なぜなら筋肉とは考えるものではなく、感じるものだからだ!」
なにかちょっといいことを言ってるようで内容スカスカな回答だった。
特に期待していたわけでもないので、ルキアも落胆はしなかったが。
ミレーユ・ヴァレリー(
gc8153)は興味津々、繰り広げられているマッスルカーニバルに目を見張る。
「‥‥なんだか野生の王国ですわね〜」
エレナ・ミッシェル(
gc7490)は思ったままを口にした。
「うわぁーキモーい」
続けてごそごそ荷物からカメラを取り出し始める。
「何を撮影されるんです? エレナさん」
「んー、ポーズ対決とか、切れゲイとか、嘲笑とか。依頼の記念写真にもなるんじゃない?」
かくのたまう本心はこうだった。
(ガチムチマッチョの写真は一部ファンの間で高値で売れるはず‥‥ふふふふふふふふふふふふふふふふふ‥‥これだけの男祭り、撃撮すれば間違いなくマニア垂涎の的‥‥多分ヤフ○クとかで売ったら物好きな人が高く買ってくれるはず! とりあえず写真が撮れたら出品してー、1万C台から始めてー、そこからどんどん吊り上げてー)
狸を捕る前からあれこれ画策するエレナは、そそくさ物陰に身を潜めた。
目標は300枚。近寄ってきたら触られる前にゴールデンボールを「CL−06A」で吹っ飛ばす所存。
「そだ、ゴールデンボールなくしたやつとそのまま残したタイプをセットで売ったらどれくらいの値段付くんだろう、気になるー!!」
能力者たちに気づいたアニキメラたちが寄ってきた。
一成はつい、悲鳴を上げる。
「‥‥っうわあああああ!? 来ないでくださいぃぃぃ!! ‥‥って、あれ‥‥?」
彼らは明らかに一成の存在を認識していた。その上で相手をせず通り過ぎた。
何故か。
【貧弱‥‥笑止!】
通り過ぎて行くアニキメラの憫笑は、明らかにそう語っていた。
「‥‥哀れまれた‥‥キメラに‥‥」
一成は膝をつき、ぎりぎり歯軋りする。言いようのない敗北感と苛立ちに苛まれながら。
「‥‥はっ。いつのまにか私たちこんなに囲まれて」
慌てるミレーユ。
だが次の瞬間彼女もまた、アニキメラから避けられた。
彼らの顔に浮かんでいるのは憫笑ではない。もっと屈辱的なもの――嘲笑である。
それが己のふくよか体型に向けられたものだと、ミレーユも一瞬で理解した。
柔和な笑みが凍りつく。
そんな彼らを背景の一部にし、イオグが大音声を張り上げる。
「待てーい」
学ランをばっと宙に投げ、ジャングルブーツに赤ふんどしだけの姿になる。
「貴様らの筋肉はプロテインでの筋肉。おいらの筋肉こそが真の筋肉、一切の薬物を使用せずに鍛えに鍛え、今なお鍛え続けてのこの筋肉、しかと見よ!」
天地が裂けるかと思うぐらいの重低音に、一般人を追っていたアニキメラたちも反応する。顔を見合わせ鳴き交わす。
「マッスル‥‥」「マッスル?」「マッスル!」
(あいつら会話出来るんだ)
多少驚嘆しつつルキアは、指折りでキメラの数を数えた。細身なせいか一成と同様スルーされているが、彼女にとってはそれも別にどうってことない。侮らせておいて畳みかけるというやり方が好きなので。
「‥‥30匹か。1分で6体以――」
彼女の呟きは、イオグの獅子吼によって完全に消される。
「ダブルバイセップス・フロント!」
國盛が続ける。歯を光らせて。
「ラットスプレッド・フロント!」
キメラが対抗してきた。
「サイドチェスト!」
どうやら彼ら、マッスル関係の単語なら扱えるらしい。
筋肉争い圏内にうっかり入り込んでしまったルーガは、真顔で彼らを見返している。
「‥‥? 何だ、何を伝えようとしているんだ、貴様?」
キメラたちは言葉を要しない。イオグたちもまた要しない。筋肉のみでの会話を続ける。
「ダブルバイセップス・バック!」
「ラットスプレッド・バック!」
止めようとして止められない狂乱の【筋肉愛】そして【筋肉美】フェスタ。
ルキアはなんだかくらくらしてきた。
「う‥‥悪酔いかな。ねえサウルく」
任務に誘ってきた同僚の動きが気になりふいと視線を向ければ、彼は服の前を緩め、熱くキメラに語っていた。
「あんた達の筋肉は、確かに見た目は綺麗だ。だが、バランスの取れない筋肉は、決して武器にはならねぇ!」
半眼になりつつも、一応注意だけしておく。
「‥‥サウルくーん、脱いだらKVにおいてるイカガワシイ本捨てるから」
ノルマだけは先に達しておこうとルキアは、いの一番に動いた。注目されないのをいいことに肉の群れから抜け出し背後に回り、手近な一体の臑を蹴る。
アニキメラはたちまち全身に血管を浮かせ、筋肉を膨らませ、バトルモード『超ANIKI』へと変貌を遂げた。
その肉々しい腕から飛び出す強烈な一撃をルキアは、「カルブンクルス」の銃身でいなし、かわす。
「やっぱりね、パワーはあるけど動きが遅い。避けるには向いてないボディだし、急所は狙い易そう」
小柄な体とスピードを生かしルキアは、アニキメラの体を踏み台にし、一気に頭上まで駆け上がる。そのまま「バラキエル」で頭頂に銃弾を撃ち込む。うまいこと手で顔を隠して。
「あ、私、一応アイドルだから、撮影禁止ね!」
血を吹き華々しく倒れるアニキメラをばっちり撮影しているエレナは、残念そうにぼやいた。
「えー、勿体ないよー。折角万人受けするのも撮っておこうかと思ったのにい」
●
「サイドトライセップス!」
上腕三頭筋を強調しながらイオグは、アニキメラたちへ説く――真の筋肉道を。
「筋肉を愛する者たち、プロテインに頼るな。そんな物に頼らずとも我が肉体を見よ。この筋肉体こそがプロテインを使わず鍛えぬいた証。今からでも遅くは無い‥‥おいらと共に真の【筋肉体】を目指そうではないか」
國盛が、アニキメラたちが、咆哮を轟かせる。
「アドミナブル・アンド・サイ!」
熱気が場にいや増して、体感温度急上昇。
「モスト・マスキュラー!」
どよめきを耳にしつつ一成は、隅でよどんでいる。
「日々の努力と鍛練により、作り上げた完璧な肉体、逞しい筋肉は確かに素晴らしいと思います。ポージング勝負をしようという仲間の心意気には称賛を送りたいです‥‥ただしキメラ、テメーらはダメだ‥‥」
そこで、「プッ」という声を耳にした。
振り向いてみれば一匹のアニキメラがミレーユを指差し、せせら笑っているではないか。
一成はキレた。猛烈にキレた。必要以上にキレた。
「チャーミングな癒し系の女性に向かってなんて失礼なことを!!
元来覚醒したらそうなるたちなのだが、今回はいろいろ積み重なって普段にも増しキレた。
「ィイヤッハァァーーー!!! その偽りの筋肉、片っ端からぶち割ってやんぞクソッタレ!!」
目を血走らせ「クレタ」を振り回す一成。警察通報レベルの覚醒ぶりだ。
だがしかしその前に、当のミレーユもキレていた。
「スコーピオン」でアニキメラの足元を乱射している。張り付いたほほ笑みを絶やさずに。
「あはは、踊れ踊れっ! ‥‥ああ、その図体じゃロクに踊れもしませんか?」
そこに一成が突撃、軽率なアニキメラに斬りかかる。
「撫で切りぞ、根切りぞ、こん場所んキメラは皆殺しじゃああ!!」
彼がアニキメラの腱をぶった切り倒したところ、今度は彼女が「レイピア」でざくざく突きまくる。
「筋肉なんて所詮は筋繊維の集まり。こんな風に剣を突き刺されては脆いものですね!」
もはやどの辺りが癒しなのか気弱なのか分からないことになってきた2人である。
●
「わ、すごいな鈴木さんヴァレリーさん」
早々にノルマを終わらせたルキアは、外へ手伝いに回るのも後回し、一般人の誘導、回収に回る。ハミングで「ほしくずの歌」をなど歌いながら。
まずいことに、それによってアニキメラたちが次々『超ANIKI』化し始める。
危険な兆候を見て取ったサウルは、戦闘に入る。
「ふっ。お遊びはこれまでだ。見えるだけが筋肉ではない。その筋肉は重いだけ、筋肉ダルマ、勝負しろ!」
アニキの鋼鉄筋に向けてサウルは、「オセ」での蹴りを放つ。まずは急所である腹を狙う。
だが敵は倒れなかった。作り物とは言え分厚い肉鎧は伊達でないもようだ。
「へへっ、やるじゃねえか‥‥」
やはり狙うは頭か。あそこなら筋肉もへちまもない。
思ったところサウルの目に、ルーガに抱擁をかまそうとしている別のアニキメラの姿が映った。
瞬間彼の体は動いていた。
ルーガの前に飛び出し、身代わりとなって抱擁を受ける。
向こうでエレナが歓声をあげシャッターを切っているが、極力無視しておく。
「俺が止めてるから、今のうちに攻撃しろ!」
しかしサウルが言うまでもなく、ルーガは攻撃態勢に入っていた。
「烈火」で猛然とアニキメラに斬りかかる。
「私に触るなッ、汚らわしいッ!!」
斬って斬って斬りまくる。
「貴様らのようなッ、バランスの取れていないッ、力ばかりの男などッ、私の趣味ではないわあああああッ!!」
「ちょっちょっちょっ! 待って俺まで斬れる斬れる!」
サウルの悲鳴をものともせずルーガは、アニキメラに止めを指す。尻から刃を突っ込むという、苛烈極まりない方法で。
尻から血を吹き苦悶しつつ倒れるアニキメラ。
だがこれでは終わらない。ルーガはさらに非道にも、黒ハイレグに隠された絶対鍛えられない部分を、思い切り、力を込めて蹴り潰した。
「ひいいいいいい!?」
思わず縮み上がるサウルを前にルーガは、すごく――すごく駄目な方向に輝いた表情をしていた。
「次、私の刀の餌食になりたい奴はどいつだぁッ!」
●
「よし、これでデータ収集はバッチリ。ガチムチも細マッチョも渋マッチョもより取り見取り。抱擁シーンから苦悶シーンまで‥‥お高く売れるよ、うふふふふふふふふふふ♪」
目的を終え満足げにカメラをしまい込むエレナは、やっとのこと戦闘に参加するとした。
「M−121ガトリング砲」を居並ぶアニキメラたちに向け撃って撃って撃ち倒している國盛のもとに合流し、「CL−06A」で――狙うはむろん鍛えられないゴールデンボール。
そこから順に上の部位へ撃ち込んでいく。
「自慢の筋肉を吹っ飛ばされて削られていくのってどんな気持ちなんだろうねー♪ うふふふふふふふふふふ♪」
かくのたまうエレナの表情は、心なしかルーガに似ていなくもなかった。
「よし、次は貴様か! 尻を出せえッ!」
いや、ミレーユにも似ている。
「さあもっと、もっと踊るがいいですわうふふふふあはははは!」
女というのは恐ろしい。
中年男はついそう思って汗をかく。
●
ほどなくして戦いは終わった。
累々たるアニキたちの屍を前に、國盛は一服。エレナは画像確認。
一成は遠い目をしている。拳をブルブル震わせて。その頬には涙が伝っていた。
「‥‥ヒョロ細くて何が悪い!!」
ルーガとミレーユは話し合っている。
「ふう‥‥どうせなら、もう少し見目麗しい敵を相手にしたいものだな」
「けったくその悪い連中でしたね。イライラしたらお腹が空いちゃったわ。この後カフェにでも一緒に行きません? ミルクティーと甘いデザートなんかがいいでしょうか」
「そうだな。それもいいかも知れない」
その2人を眺めるサウルは、ミネラルウォーターを飲みながら一人ごちた。
「ふ、強敵だったぜ‥‥」
兄貴抱擁のダメージがまだきちんと癒えないサウルは、誰かに慰めてもらいたくて仕方なかった。
だが先程の戦いを見るに、彼女らが怖くなってきてしまっていたので、次善策として友人に当たってみる。
「ルキア、手当、してく」
そしてひざ蹴りを腹にぶち込まれた。
「脱ぐなって言ったじゃん」
との冷たい言葉つきで。
戦いは終わってみればいつも空しいものだが本日は特にそうだ。
そんな気分が漂う中、突如野太い重低音の雄叫びが響き渡った。
「アニキィィィィ!!!」
皆は一斉にそちらを向く。
そこには、サイドチェストをしているイオグがいた。
そう、彼はまだポージングをしていたのだ!
誰しもその事実に愕然し、疑問を抱く。
この人‥‥今日は何しに来たんだろう。