●リプレイ本文
あまりに乾燥し熱気に満ちているがため、風が吹いても涼しいどころではなく、かえって皮膚がヒリついてくる。
キア・ブロッサム(
gb1240)は今一度周囲を確かめた。
似たり寄ったりな高さの箱が並んでいるみたいな、赤っぽい泥レンガの集落。屋根が崩れ落ち壁だけになっているもの多数。
一番高い建物といえば、あの斜面に沿って建てられている奴。
さっきあそこで、きらっと何かが光ったのが見えた。銃眼みたいな窓から。
(いるはずですね、あの中に‥‥)
偵察・警戒は最も見晴らしのよい場所から行うのが鉄則。こちらの存在には気づいていると見て間違いない。
それなのにアクションが起きないのは、たかをくくっているからに相違ない。
そうなる理由は十分ある。これまではキメラの警戒により、守られてきたのだから。誰も廃集落に立ち入り出来なかったはずだ。
だからこそ、軍が助力を求めてきた。
「‥‥ゲリラについては、基本生死問わないということでしたね」
確認のつもりでキアは、隣にいる杠葉 凛生(
gb6638)に尋ねる。凛生は物憂げに頷いた。
「‥‥死者を出している以上、見逃すわけにはいかないが‥‥可能な限りの数を生かしておいてくれとは言われたな」
といって、別に人道目的からではない。情報を引き出したいがためだ。戦場を知る傭兵であれば、そんなことすぐ見当がつく。年期が入っていればいるほど尚更。彼らを軍に引き渡せばどうなるかくらい。
待っているのは緩慢で残酷な死だ。
「仕方ありません。それは、彼らがこれまで他人に与えてきたもの‥‥順番が回ってきただけでしょう」
にべもなく言い放つキアに凛生は、かつての己の姿を見、苦笑する。視線を目標から外さないまま。
(暗黒大陸‥‥かつてこの地はそう呼ばれ、長らく見捨てられてきた。故に、バグアに救いを求めたとしても、責められはすまい‥‥手段は罪であっても‥‥)
彼らを犯罪に至らしめた責任は我々にもある。黙って見過ごしてきた咎が。
思い、凛生はムーグ・リード(
gc0402)を見る。
「ムーグさん、どうする」
背の高い青年もまた自問する。
(彼等も、アフリカを復興したい自分にとって救うべき人達、なのだろうか)
答えは、解らない。彼等がした事は間違いなく罪なのだろう。生死不問。それすらも、頷ける程の。
(ただ、彼等がそうした理由も、解らなくはない。どれだけ求めても、手を差し伸べられなかった。どれだけ願っても、救いなんてなかった)
今のことだけではない。バグアだけではない。それ以前からずっと、アフリカはそのような境遇に置き捨てられてきた。
(怯懦かもしれない。怠惰かも、しれない。だがここで彼等を一顧だにせず殺してしまうならば、自分たちはバグアと同じバケモノだ。ヒトではない。だからこそ、軍‥‥法と、社会の判断に任せたい)
たとえそれが同じ結果を招くものでしかなくても。それでも。
「‥‥生きテ、償イ、ヲ‥‥ココ、デハ、死なせ、マセン」
痩せたナツメヤシの影に隠れなんとか日光をしのいでいるエレナ・ミッシェル(
gc7490)は彼の呟きについて、特別思うところなどなかった。
だって仕方ないことだ。彼らはすでに奪う側から奪われる側に落ちたのだから。この期に及んで何を言うことがあるだろう。
(キメラだけはどうしようもないから、軍は私達を呼んだんだもんね。しっかり仕事しましょー)
ペロリと舌を出し乾いた唇をなめ、エレナは、ほうっと息をつく。それからくるりとフール・エイプリル(
gc6965)に顔を向ける。
「ねえフールさん、そのワニの仮面暑くない?」
「いいえ。むしろ涼しいくらいよ」
「えっ、そうなの。なら私も欲しいなあ‥‥あーあ、タオル持ってくるんだったな。乾燥してるから汗だらだらって感じにはならないけど、肌が塩噴いたみたいになっちゃって‥‥」
愚痴るエレナをよそに、濡れタオルで口を塞ぎ喉を保護している宵藍(
gb4961)は、同じく口元を防護しているスーザンに囁いた。
「頼むぜ、スーザン」
首を立て周囲を睥睨しているキメラ。その堅そうな頭部にスーザンは、照準を合わせている。一個の機械みたいに。
「お任せください。いい的ですよ。大きさも手頃で」
抑揚のない答えに頼もしさを覚えつつ、宵藍は聞いた。なんとなく。
「ゲリラはどうする? スーザン」
「‥‥それはもちろん必要があるなら撃ちますし、なければ撃たないだけですが――助けたいですか、宵藍さん」
「まさか」
宵藍の肩がすくめられた。
今までは親バグアとしてしか生きられないという事情があったかしれないが、時代は目まぐるしく変わっているのだ。それなのにいつまでも『そっち側』にしがみついては、こうなってしまうのが当然だろう。
暗殺に誘拐、人類側でも許される事ではない。おまけにバグア絡みときたら、更に弁明の余地がなくなる。
「‥‥時代の犠牲者だとかそんな感傷は持たないから。さっさと捕まって、罪相応の仕打ちを受ければいいさ」
傭兵の仕事はあくまでもキメラを倒してゲリラを逃走させる事。それ以上でも以下でもない。
「捕まった奴らの行く末なんて悩んでたら、地図の色なんて変えられない」
その言葉にスーザンが、うっすら笑った。
次の瞬間引き金が引かれる。
パシュっと気が抜けた音と同時に、キメラが倒れた。まるで至近距離から張り飛ばされたように転がり、砂煙を立てて激しくもがく。
神経と連結しているものなのか、肩にある機関銃が乱射を始める。地面に当たった銃弾は砂煙を起こし、壁に当たった銃弾は穴を空け食い込む。
沈黙のうちにあった廃墟集落に轟音が反響した。
エレナが明るく叫ぶ。
「さー張り切ってキメラ殺そー! 最優先はキメラがゲリラと一緒に逃げないようにすること!」
フールは敬虔に祈りを捧げる。
「セベク神よ 加護を与えたもう」
飛び出したのは凛生と宵藍とムーグだった。
彼らは脳を損傷し立てなくなったまま、羽をもがれたセミの如く暴れているキメラへ、止めをさしにかかる。
まずはムーグが一番先に接近し、「ケルベロス」を発砲。キメラの注意を引く。
横倒しになったままキメラは、銃口を彼に向けた。ムーグはそれを避けつつ挑発を続ける。
その隙に凛生が「ケルベロス」を数発急所に打ち込む。蹴られると危険なので、神経の走る脊髄当たりを狙う。
「撃って傷つけて追撃、逆にやられる気分はどうよ?」
続いて宵藍が柔らかな腹部を狙って、「月詠」をぶち込んだ。
腹が割け、臓物が飛び出す。
こうして1体は速やかに沈黙させられた。しかし廃墟集落の陰から、奇声を上げ、新手が飛び出してくる。
●
キアは「バラキエル」で、前衛にいる仲間の援護を行った。顔、および最大の武器である機関銃を狙撃する。
不意をつかれた1匹と違い残りの2匹は、最初から敵の存在を把握しているため、より用心深かった。ステップを踏むように前進後退を繰り返し、なるべく近寄らず、遠距離攻撃を主としている。
だがそんなものに手間を取られるわけにはいかない。
(目標は2、3分‥‥!)
エレナは「百花繚乱」を構え、弾頭矢を打ち出す。
「弾けちゃえ!」
1匹の肩でそれが弾け、肉に連結した銃器を片方吹き飛ばした。
そこに「ピクシスアックス」を持ったフールが突っ込む。
キメラは素早く銃口を向け、至近距離から乱射した。
皮膚が破れ血が流れる。だがそれをものともせず、スピードを少しも緩めないまま、フールは敵の首に刃を食い込ませた。
「生きながら黄泉に下るがいい」
グゲエエ!
キメラは逆方向に頭を引き、そのまま首が切り落とされるのを免れる。
「なかなかにすばしっこい敵ですね」
フールはいったん退いた。宵藍が追加攻撃をする邪魔にならないように。
宵藍は脚部目がけて「ブラッディローズ」を撃ち込む。
たださえ出血に耐えられなくなっていた体は膝を折り転倒してしまった。そこへ凛生が、脳天目がけ続けざまに鉛玉をぶち込む。
残り1匹は急に後じさりし、踵を返し集落へ向け走り始める。
「おっと、逃がしはしませんよ!」
エレナの弾頭矢がキメラを背後から襲う。爆風に吹き飛ばされるようにつんのめるそこへ、キアの、ムーグの銃弾が浴びせかけられた。
後は他と同様、袋叩きとなって息絶える。
「終わったみたいですね」
フールがそう言った直後、銃声が響いた。
今し方倒されたキメラのものではない。もちろん味方のものでもない。
宵藍はひゅうと高く口笛を吹く。
「お出ましか。おたくら遅いじゃん!」
宵藍はキメラの体を持ち上げ、とっさに盾にした。近場に投げ込まれた手榴弾からの爆風を防ぐため。
エレナは砂を吸い込んで、けほけほ咳き込む。
「もう、髪の中ざらざら! 私、怒っちゃうんだから!」
エレナは残っていた弾頭矢をあるだけ放った。細かく目標はつけていない。ただ潜んでいるゲリラをおびえさせ、逃走させればいいだけだから。キメラと比べたら彼らなど、能力者にとって、本物の脅威にはなり得ない。
爆発で地面が震え、なお砂煙が舞う。
凛生が眉をひそめ、エレナに注意を促した。
「あまりやりすぎなさんな。住民が帰還してきたとき、家なしじゃ困るだろう」
「えー‥‥帰ってくるの? こんなところに」
いまいち釈然としない様子のエレナに、重ねて彼は言った。
「ああ、帰ってくる――故郷だからな」
彼らがそうしている間にキアは、スーザン、宵藍、ムーグとともに、最初目星をつけておいた建物へと向かった。
恐らく彼らの本拠地はそこにあるはずだ。
「こちらUPC。キメラは殲滅しました。目下ゲリラを捜索中です――」
包囲している軍と連絡を取りつつ進む。
フールも同行しているが、要請がない限り手出しはせず見学する所存だ。むやみと戦いたいわけではない。
(ゲリラも直ぐに投降すればいいのですが)
と、そこで爆発するようなエンジン音と銃声が響いた。
狭い道からジープが躍り出てくる。2台。
傭兵たちが咄嗟に身を引いたところ彼らは、そのまま驀進し逃走を図る。
それぞれの車に3人。運転席以外の2名は黒光りする機関銃を構え、窓から身を乗り出し前後を威嚇していた。
ゲリラたちはそのまま集落の外へ逃げて行こうとする。無論、放っておいてよい。どうせ網にかかるだけだから。
割り切りつつ宵藍は、行き掛けの駄賃と、タイヤ目がけて数発撃っておいた。
「拜拜(バイバイ)」
キアもまた車両の機動力を殺ぐため、同様の処置を行う。
――ムーグが咄嗟にスーザンの前に出た。スーザンの銃口を握り、軌道を逸らす。追いついてきた凛生も弾道に入り、己の身で防いだ。彼女が確実に人間を狙っていると察したので。
銃弾はゲリラの頭部を破壊せず、バックミラーを壊すに止まった。そのまま彼らは逃げて行く。
それを見届けたムーグは、スーザンに問う。
「‥‥コノ、殺人、ニ、意味、ハ、在ル、ノ、デス、カ?」
スーザンは覚醒状態の凍りついた表情で応じる。
「‥‥辛い事だと思いますよ、拷問のあげく嬲り殺しにあうのは。誰も見てない知らないところで、助けなど来ないまま。ここで死んだ方が、彼らにとって楽ではないでしょうか」
ムーグが押し黙る。代わって凛生が首を振った。
「能力者の力は対バグアのもので、非能力者の罪を裁く権限は無い」
スーザンはゆっくり銃を降ろす。
砂を乗せ、いがらっぽい風が吹きわたった。
エレナが膨れた声を上げる。
「もう、オアシスでちょっと顔洗ってくる。なんでここはこう埃っぽいのよ!」
キアは凛生とムーグを見比べ、物思いにふける。
(彼等は恐らく最後まで付き合うのでしょう、ね‥‥)
このアフリカの地と、その運命と。
(ただムーグさんには「故郷」と理由があれ、日本人である杠葉さんは違う)
そこに、いささか疑問を感じる。
(長く同隊であり、幾度も肩を並べた男であれ、案外深い所は知らぬ‥‥)
知らず声が出る。凛生に対して。
「貴方は‥‥この地での仕事‥‥終えた後どうなさるのやら、ね‥‥」
その言葉で凛生も実感する。アフリカ解放戦の終わりを――そして、新しい戦いの始まりを。
「‥‥私が知るべき事でも無い、かな‥‥」
キアは離れて行く。2人から。
「縁と命がありましたらまた、ね」
凛生は思い定める。これからの道を。
遠くで沸き起こる銃撃戦の音を聞きながら、目を閉じる。
(これはゴールではない。復興に際しても、今回のような混乱はあるだろう。この身が朽ちるまで‥‥責任を果たし続けよう)
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任務後、ムーグは結果を軍に報告すると併せて、小星章の提出と昇進手続きを行い、新たに中尉の階級を得ることとなった。
与えられた階級章を見ながら彼は、ぽつりと漏らす。
「‥‥重い、デス、ネ」
(これで、誰かを、救えるのだろうか)
解答は、これから見つけて行くしかない。