●リプレイ本文
レオポール宅INバスルーム。
「‥‥ん。レオポール。起きて。起きないと。噛み付くよ」
最上 憐 (
gb0002)が注意してもレオポールは、ひんやりしたタイルと一体化し、起きてこなかった。
楊 雪花(
gc7252)が持参してきた特別覆い付きの虫かごを、彼の耳元に近づける。
「仕方ないネ。ここはワタシが叩き起こしておくかラ、憐サンは家捜ししテ、レオポールの備品をかき集めてきておいてヨ」
了解のサインとして頷いた憐は、事の次第を眺めていたレオンにこう告げ、出て行く。
「‥‥ん。ちょっと。レオポールを。借りて行くね。夜までには。返すよ」
長男は父親の休日出勤について、特にこだわるところはない。
「うん。別にいいよ。パパさっき昼ごはん食べたからお弁当も要らないし」
雪花は自分だけ耳栓をし、虫かごの覆いを取る。
途端、中に詰め込まれていたアブラゼミの声が、浴室内に響き渡った。
シャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワ!
反響し増幅する騒音に、レオポールも飛び起きる。
そんな彼の前に雪花は、紙切れを差し出した。
『大人しく我々に付いて来ないト、このセミを解き放つネ』
その間憐は、レオポールの部屋から武器だの装備だの――宇宙服はなかったので諦め――持ち出し、ジーザリオに詰め込んで行く。
「まあ、憐さん。暑い中ご苦労様です。麦茶でもどうぞ」
「‥‥ん。かたじけ。ない。奥さん」
と、表からフェンダー(
gc6778)の声。
「おおーい、レオポール殿。お迎えに来てやったでな、さあさあ、遠慮なく乗るがよいぞよ。アラン・プロストの再来と呼ばれる予定の我のドライビングテクニックを堪能させてやろうぞ」
「やめろ! お前の運転は走る棺桶‥‥いやあああああ!」
「オー。見事にアクセル全開だヨ、フェンダーサン。しかしセミキメラて地味に迷惑デ効果的だナ。敵ながらやるものダ」
ジープとバイクの発進音と悲鳴が遠ざかって行く。本人の輸送は無事終わったらしい。
空になった麦茶のコップを返してから憐は自車に乗り込み、落ち着いてエンジン始動。
「‥‥ん。安全運転。一番。二番。三時のおやつは。文明堂」
●
ミーンミンミンミンミンミンミンミンミン
「ヨーロッパではあまり見かけないため馴染みがないと思うが、羽ではなく発音筋、発音膜で音を出し、腹部の空洞で増幅しているのだよ〜。先に胸部や腹部を破壊しておくといいかもね〜」
ミーンミンミンミンミンミンミンミンミン
「なお捕まえられたときに尿をかけるというが、あれは狙ってやっているのではなく、飛ぶために重量を少しでも減らそうとしているから、という説が有力だね〜単に膀胱が弱いから、というのもあるけど〜」
ドクター・ウェスト(
ga0241)の講義もほとんど聞いていないアザグ=トース(
gc4976)は、詰め物をした耳を押さえた。
「なんて糞喧しいんだ、こいつらは」
鼓膜からというより、頭蓋骨に直接響いてくる。
うめく彼の横でエレナ・ミッシェル(
gc7490)は、耳栓の代わりにウォークマンを装着、お気に入りのポップスなど鑑賞している。どうせ会話出来ないんだし、という割り切りのもとに。
「今回はセミ退治だねー♪ アブラゼミの翅は火を点けると燃えるんだけど、キメラの翅とかどうなのかな?」
ジョージ・ジェイコブズ(
gc8553)が以下のように言っていても。
「えー、こほん! 本作戦の目的はセミキメラの退治である! もちろんその過程での人的被害阻止でもある! そして己の実力を確認することでもある! 数えられるかぎり、撃った数と敵に当たった数を覚えておくのであーる!」
全く聞こえていない。あさってな返答をする。
「あ、うん、試してみる価値はあるよねー♪ 今日は暑いよねー♪」
しかし彼も耳栓をしており、ほとんど聞こえてないので、丁度よいといえば丁度よい(その耳栓を探すのに手間取ってしまったので、レオポール回収には付き合えなかった。そこが少し残念ではある)。
「さあ、頑張りましょう。よろしくお願いしまーす! あ、忘れてた。セミは食べない。繰り返す。セミは食べない!」
逢坂 アカネ(
gc8985)はジョージの宣言を放置し、パイロットスーツ越しに伝わってくる空気の震えにぼやく。
「こんな街中に現れるなんて、ホンマ鬱陶しいセミやね」
とはいっても、もとから人見知りが激しく無口な性分の彼女。会話しなくて済むミッションのほうが気分的には楽。
「おおーい、待たせたのう」
そこにレオポール回収班が到着した。
降りてきたレオポールは早くからふらついている。防音のつもりか、耳を下に三角に折り、ガムテープではっつけている。アカネの目は一瞬、毛の逆立った尻尾に吸い寄せられた。しかしすぐに視線をそらす。そんなものに興味を引かれてしまった自分が、ちょっと恥ずかしくなってきて。
ウェストは犬男に同情の眼差しを向ける。
「君も災難だね〜」
「おお、分かってくれるか‥‥」
続けて雪花たちに顔を向ける。
「ところで彼、必要かね〜?」
「何気に酷いねウェストサン。そゆうこと言うのよくないネ」
「そうじゃ、犬のしつけ上非常にマイナスじゃ」
「なあ‥‥オレ帰っていい?」
「ほれ見い。早速いじけてしもうたではないか」
「いや、本当に帰りたいんだけど。騒音で頭が割れそうに痛えしさ。ていうかオレ休暇中‥‥」
弱々しい抗議をするレオポールの背中を、憐がそっと叩く。足元に剣だのアーミージャケットだの置いてやって。
「‥‥ん。武器や装備。後。騒音対策の。宇宙服はないけど。他は拉致して来た。コレで。言い逃れは。出来無い。一緒に。頑張ろう」
ゆっくり右拳を握り親指を持ち上げ、すっと上下逆さにし、地をさす。
「‥‥ん。この。サインは。レオポールを。投げ。敵が。群がったら。そのまま。一網打尽にする。サイン」
「頑張れねえよそんな扱いで!」
ミーンミンミンミンミンミンミンミンミンミーンミンミンミンミンミンミンミンミンミーンミンミンミンミンミンミンミンミン
「あーもうセミうるせー! 静かにしろよワンワンワンワンワンワンワンワン!」
「あんたも十分うるさいよ、犬のおっさん!」
レオポールが吠え、アザグが吠える。
そんなこんなの情景にエレナが、感想を述べる。
「それにしてもレオポールさんおいしい立ち位置してるなぁ」
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圏内に入った一同は最終確認を行う。
セミキメラはもう間近だが、直近にまでは近寄れない。耳栓、パイロットスーツ、AU−KVでそれぞれ防護していても、体に響く。
レオポールの毛はすでに真っ白だ。ガムテープの上に耳あてして頬被りしてなお足りないものらしい。
フェンダーが意志疎通ツールであるスケッチブックをめくる。サインペン片手に。
『静謐と平安を好む我はちょっとご立腹じゃ、ぷんすか』
という吹き出しの下、少女マンガ的な自画像が描いてある。
それいらないと誰しもが思った。
『基本班分けは A ドクター・ウェスト殿 逢坂 アカネ殿 ジョージ・ジェイコブズ殿 B エレナ・ミッシェル殿 我 アザグ=トース殿 C 楊 雪花殿 最上 憐殿 レオポール殿』
ぱらりと次のページ。
『ハンドサイン 援護をくれ(右腕を回転させる) 突っ込み(拳を握って前方を突く) 退く(左腕を回転させる) 中指を立てて人に向けてはいけません』
決まり事を確かめたので、それぞれ展開し位置に着く。
セミキメラはビルの3方に張り付き鳴いていた。仲間がいることで鳴くモチベーションが募るらしく、エンドレスな合唱を続けている。
ミーンミンミンミンミンミンミンミンミンミーンミンミンミンミンミンミンミンミンミーンミンミンミンミンミンミンミンミン
まず攻撃を始めたのはC班。
憐は切り込み隊長として「ハーメルン」を構え一気に至近距離まで肉薄、背中に生えている羽を狙う――ひとまずは逃がさないことを最優先に考えて。
セミキメラは飛行能力を失う。
だが落ちては来なかった。今のを正しく攻撃と受け取り、しかとビルにしがみつき、一気にボリュームを上げる。
ミーンミンミンミンミンミンミンミンミンミーンミンミンミンミンミンミンミンミン!!
思わずたたらを踏んだ憐は、急いで離れた。一瞬意識が遠のきかけるほどの衝撃だったので。
ビルに新たなヒビが入った。ばかりか、とうとう看板が落ちてきた。空を飛んでいたカラスさえも。他の建物の外装もはげていく。
(コ、コレはもう騒音公害とかいうレベルじゃないネ、爆撃ヨ!)
声を上げ(欠片も聞こえないが)雪花は、サブマシンガンでセミの腹部を狙い撃つ。心なし音量が下がった。
それを好機と見た雪花は、腹を決めて突撃を図る。
(サア名犬レオもダッシュダッシュ!)
言いながら傍らを見れば、レオポールが泡噴いて倒れている。
一寸考えた雪花は犬耳のガムテープを剥がし、大声で怒鳴った。
(パンダが来てるヨ!)
レオポールは即効で起きた。恐怖による錯乱で彼女を追い抜き、セミキメラに向かって駆け出し飛びついた。ひっつかれてびっくりしたのか、キメラは飛ぼうとした。驚き紛れに失禁しつつ――それは離れていた雪花たちにも、ちょっと散った。
だが残念にも羽がないので、そのまま落ちる。
ブブブブブブブブブブブブ!
レオポールを下敷きに仰向けとなり、焦って回転する体を、「ティルフィング」そして「ハーメルン」が分割する。
B班も行動を開始。
エレナが「百花繚乱」で弾頭矢を構え、セミキメラの羽を狙って撃ちまくる。フェンダーもまた「雷上動」で、エレナの射線と重ならないよう、攻撃を仕掛ける。
アザグは彼女らに「練成強化」を、セミキメラに「練成弱体」をかけ、援護。
全員遠距離攻撃を旨としている。従って、直接被害を被る確立は低い――音を除けば。
ミーンミンミンミンミンミンミンミンミンミーンミンミンミンミンミンミンミンミン!!
死に物狂いの喚きに頭痛を起こしながらも、アザグはうそぶいた。
(こんがり焼いてやるぜ)
一方フェンダーはたまらなくなってきたので、早く黙らせようと、先に済んだらしいC班に向け援護要請。
その時、セミキメラが飛んだ――いや、飛ぼうとした。当然の帰結として大量の水分が頭上から。
(‥‥あっ! こらっ! 逃げんじゃねぇー!)
アザグは頭から水滴を垂らしつつ、「魂鎮」で地面に落ちたセミキメラの行く手を阻んだ。
エレナとフェンダーはというと。
(あ、危なかったあ‥‥)
(レディを守れて光栄に思うのじゃ‥‥む、もふりにくくなったのう)
レオポールを覆いにして攻撃から免れていた。
彼からの反応はない。気絶しているところ憐から増援として、投げてよこされただけだったので。
エレナは、手近なビルに上り直そうとするキメラ目がけ、残った分の弾頭矢をありったけ撃ちこんだ。その結果は、顔半分と腹部が全部もがれた残りかすが、活発にぴくぴくする姿である。
「昆虫採集の枠組み作るだけで大変だぜ、こいつは」
アザグは格別引きもせず眺めているが、フェンダーは。
「いやじゃあああ虫グロいのじゃ虫キモいのじゃああ」
マジ泣きである。
A班は、他より騒がせる事なく退治出来た。
(ここまで軽減できれば十分だろう〜)
耳栓の透き間を通して伝わってくる音にひるまず、覚醒したウェストは、「白鴉」でキメラの羽のみならず、胸、及び腹部をも同時に狙った。筋肉を痺れさせ、鳴かせないようにしようという配慮だ。
アカネもまた長弓を取り、胴を狙う。
(重要なのは足手まといにならないこと、いざというときに逃げないことなのだよ。だよだよ)
ジョージは移動を繰り返し、羽部分を受け持つ。弱っているとはいうものの、結構な音量に耐えながら。
キメラセミは壁にしがみつく力を失い、へたり落ちた。
その際漏れてきたものについて、アカネは特別気にしない。パイロットスーツを着ているのだから、直にかかったわけではないと、冷静な受け止め方をして。
(‥‥これEPSだったら失点になるのかな‥‥)
ジョージはなんとなく微妙な気分。
ウェストは気にしなかった――というより、眼中にない。その目に映るのはキメラだけで、心にあるのは奴らを葬り去るという感情だけだ。
(‥‥‥‥! ‥‥‥‥!)
落ちたものの上に駆け上がり、機械剣で刺したおす。己の体を顧みず。
アカネは至近距離から「長弓」で撃ち、頭部を徹底的に破壊する。二度とは起き上がれないように。
ウェストはいつまでも攻撃し続けていた。意志のない体が反応を示している間、ずっと。
●
レオポール家の、庭先。
「キメラなんて、よく食すことができるね〜」
口元をハンカチで覆うウェストは、さもさも嫌そうな顔をした。
ビニールプールに浸かっている犬男に向け、適当な励ましをし、そそくさ場を離れる。
「君も能力者の力をきちんと受け入れれば巻き込まれなくなるだろうにね〜。まあ、頑張りたまえ〜。それじゃ我輩はLHに帰るよ〜」
急ぎ足で去って行く姿を見、雪花は、納得しがたいように言う。
「セミは食用にも薬用にもなる伝統的食材なんだけどネ。素揚げ、炒め物、煮付け、燻製etc。今や昆虫はオーガニックな食材として注目の的でス」
パリパリ音をさせながらスナックのように素揚げを齧っている憐は、近くにいたエレナに一本差し出した。
「‥‥ん。セミ。見た目は。良く無いけど。意外と。美味だよ?」
「私は虫は食べない虫は食べない虫は食べない虫は食べない!」
ジョージはその光景を見、ゲテモノを勧められないようにと離れた。
アカネも興味なさそうに眺めながら、コーヒー牛乳を飲む。食してみる気は微塵もない。
アザグは好機心ゆえか、恐る恐る佃煮的なものを口に入れてみている。
「フェンダーサン、どうネ、おひとツ」
「い、いや‥‥一応セミ料理は遠慮しておくのじゃ」
「蝉の抜け殻は古くから漢方に使用されるのコトヨ。であれば、本体は尚更薬効が高いハズ‥‥バストアップとか美容にも効くの効かないのという噂ガ」
「‥‥なら挑戦してみるのじゃ」
「毎度有り難うのコトヨ。とりあえずワタシ、このモニター作業が終われバ、コレをお店の商品として展開するつもりネ。奥サン、皆にお風呂とワタシにハ台所モ貸していただいて、まことに有り難うネ」
「いいえ、いつもレオポールを助けていただいてますから」
プールの中でレオポールは鳴いた。
「違うよ、助けられてないよ絶対!」
体をぶるぶるして濯ぎ水を跳ね飛ばしながら。