●リプレイ本文
ジーザリオの中でルーガ・バルハザード(
gc8043)は目を細めた。
開いた窓から見えるのは夜を背景にどこまでも続く青白い砂丘。
冷気が流れ込んでくる。
じーんと耳の奥が痺れてきそうな沈黙。それ以外には何もない。
「静かだな‥‥不毛の地では、夜は全くの無音、なのか」
「この環境に適応した生物も、いくらかいるはずだけどね〜ワームがいるから逃げてしまったかも知れないね〜」
寒さしのぎのため毛糸のマフラーを巻き、白衣を引き寄せるドクター・ウェスト(
ga0241)は、寒暖計を確かめた。
ただ今気温は摂氏2度。冬と言って差し支えない温度だ。
「わーむーわーむー♪ あー初めて見るなーわーむ♪」
エレナ・ミッシェル(
gc7490)が歌っている。小声で。今回のキメラは振動と温度を探知するらしいということで、大きな声や物音を出さないようにと言われているのだ。
彼女は戦いに臨んで何も心配していない。報告によれば6m級と(ワームにしては)小さい方、おまけに本能以外行動の指針を持っていない。つまりアホ。
どの観点からも情報を引き出せない存在。であれば抹殺あるのみ。
何かを殺すのはエレナにとって苦な作業ではない。
「ウェストさん、それだけの装備で寒くない?」
「覚醒すれば影響は出ない気温だから、我輩にはコレで十分だよ〜そもそもバグアに対するときは、多少のことで暑い寒いなど言っておれないね〜」
ウェストとエレナの会話を耳にしながらD‐58(
gc7846)は、少し離れたところに停まっているもう1台のジーザリオを見る。
「バグア? キメラじゃなくて?」
「我輩からすれば、キメラも強化人間もバグア派も、全て『バグア』だね〜」
幌が外されたそれには、ラルス・フェルセン(
ga5133)が乗っている。
今回は、彼がキメラのおびき出し役だ。「アルファル」に弾頭矢をつがえ、ひたすらにワームの気配を待っている。
(‥‥確りと引導を渡してあげましょう)
日暮れ前この場に待機を始めてから4時間は過ぎたかと、足元に転がっているミネラルウォーターの空ボトルに思う。
夜がより濃く冷えていく。
ウェストはまだ話を続けている。
「大かたアフリカ戦線のどこかで使用されていたものが〜逃げ出したか〜放棄されたか〜だろうね〜」
ルーガが嘲笑を交え、一人ごちる。
「ワームか‥‥ふん、命ずる者もなく、ただのたうっているだけか」
その間にもD‐58は引き続き、考え込んでいる。目的もなくただ生きているだけの疑似生物に、我と我が身を重ねてしまって。
「本来の役目を忘れたはぐれキメラですか‥‥。私は‥‥正しい道を進めているのでしょうか‥‥?」
呟いてから我に返り、頭を振った。漆黒のAU−KVのマスクを被り、目的の遂行のみを考え意識を集中する。
夜空が冴え渡っている。星の瞬きと月の輝きが地上に影を落とす。
兆候を探り続けていたラルスの目が細まった。
「――!」
さりさりという細かな音が聞こえてきたのだ。地上からではない。そこには何もいない。
既に覚醒しているため、ラルスは淡々と舌を動かす。
「野良キメラとは厄介ですね‥‥制御する者のない存在は、本能のままに生者を襲う」
これ以上の被害を出さぬのもそうだが、余所へ逃げられて被害が増えるのも阻止しなくてはならない。
さりさり。さりさり。
速度を増しも衰えさせもせず、音だけが微かに動いている。
こちらについて認識出来ていない模様だ。日暮れ前現地に到着した自動車のエンジンがとっくに冷えきっているため、捕捉の対象にならないのだろう。車中にいる人間の存在も感知が難しいらしい。
ラルスは無線機を取り、仲間に簡単な予告をする。
「目標が現れたようです――始めます」
弾頭矢を車上から30m程度離れた地面に向け、放つ。
爆発が静寂を突き破った。
一瞬さりさりいう音が止んだかと思いきや、ゆっくり近づいてきた。
ざざざざ。
しかしある線まで来てまた、ぴたりと止まる。
持続して振動が続かないことで戸惑っているのか。用心しているのか。
ウェスト側のジーザリオにいる傭兵たちは息をひそめ、いつでも攻撃が可能な態勢に入っている。
ラルスがもう一度矢を射る。
砂地に再度、振動と熱が弾ける。
ワームが再び接近してきた。
ぞぞぞぞ。
砂の中から躍り出る。
がばあっ。
節のついた、妙に柔らかそうな生白い体だ。円形の開口部に触手が無数に生え、蠢いている。醜悪そのもの。
付け根あたりにある小さな複眼。
薄らぼんやりそこにいる傭兵たちを認識しかけた瞬間、ワームは身を反らせる。
腹部にラルスが残り一発の弾頭矢を放ったのだ。
しかし次の瞬間、その衝撃など吹き飛ぶほどの痛みがワームを襲う。
白熱の光がか弱い視力を焼いたのだ。
●
「はっ‥‥消え失せろ、醜いキメラめ!」
ルーガが閃光手榴弾を投げた。ワームの頭部目がけて。
「行きます!」
弾けた光が消える暇を与えず、D‐58も同じく閃光手榴弾を炸裂させる。
続けてはウェストが照明銃を放つ。
まるでストロボの乱射。砂漠が影も何もない真っ平らな空間になる。
「まぶしっ♪」
エレナはワームが眩んで硬直状態にあるところに、「兵破の矢」を立て続けに打ち込んだ。
それは相手の周囲を覆っていたFFを難無く貫通し、目標に届く。
口内を狙った分は触手が邪魔してうまく入らなかったが、頭部には刺さった。
刺激で我に返ったワームは、大急ぎで身をひるがえそうとする。これは餌ではないという認識だけは持ったらしい。
だが、ラルスがそれを遮った。
ぶよついた体表の上に駆け上がり、口腔内へ直にSMG「ターミネーター」を押し当て、引き金を引く。
「この手のワームは弾幕系が効果ありましたよね。卑しい口にサービスですよ」
無数の弾丸をたたき込まれたことにより触手が千切れ、歯が折れる。
ワームは大きく身をくねらせ、のたうった。
ラルスは「天照」を突き立て、そのまま駆け降りた。ワームの体に一直線の切り込みが出来る。
「哀れだな‥‥光に目を焼かれてのたうち苦しむか?」
その側面からルーガの「烈火」が襲いかかる。
ぶよりとした皮膚を裂くと、青い液体がぶわりと吹き出す。
チチチチチ。
声でなく残った歯を打ち合わせる音。
ワームが踊る。地面に向けて体をローリングさせる。
潜ろうという魂胆だ。
見て取ったウェストは「エネルギーガン」で、今しも入り込もうとしている頭部を痛め付けにかかった。
「ここで逃がすわけにはいかないね〜」
エレナもまた有らん限りの弾頭矢を撃つ。撃って撃って撃ちまくる。ワームの体が爆発により次々えぐれ、弾ける。
「そうですよ。ちゃあんと塵となってもらわないと。巨大ミミズさんには♪」
D‐58が肉薄する。
「エネルギーキャノンMk−II」が撃ち込まれる。
「照準セット‥‥。サルース・ラディウス‥‥!!」
救済の光と銘打つ電撃がワームを襲う。
びくびくっと巨体に痙攣が走った。
潜りこみかけていたワームの頭部が浮き上がり始める。そこにまた、弾頭矢が。
とうとう全身を地上に戻し、ワームは地響きがするほど踊り回った。無目的な乱舞。無理やり土から引きずり出されたミミズの如き動き。
舞い上がる砂を「ガード」で防ぎつつ、ルーガは吠える。
「安心しろ、すぐに終わるさ‥‥その苦痛は! お前たちキメラの居場所など、この地球上に一片も残しはしないッ!」
ルーガの刃がワームの頭部に食い込んだ。
半分以上の切れ込みだ。
ワームは大きく跳ね、どう、と地面に倒れる。
まだ生きている。だがもう戦える状態ではない。
ちぎれかけた頭部を、ラルスは「ターミネーター」の乱射によって完全に切り離す。
転がるそれは、まだ触手をひくつかせていた。口をすぼめたり開いたりしている。
ウェストは念には念を入れ「エネルギーガン」と「機械剣α」とでダメージを与え続ける。倦むことなく。原形を留めなくなるまで。
「もし再生能力があったらことだからね〜そういうことよくあるんだよね〜こういうワーム系には〜ちゃんと確かめておかないと危ないからね〜」
と彼は言うのだが、『憎悪の曼珠沙華』を周囲に浮かび上がらせる横顔を見る仲間には、それだけが動機と信じることはちょっと難しかった。
「ウェストさん、なんかこわーい」
おどけも交えて言いながらエレナは、残っている胴体を眺めた。
無数に損傷した部分から流れ出る体液が、砂を濡らし染み込んでいく。
切れた部分から内部組織が覗いている。見ている限り、再生する気配は無さそうだ。
ワームというのは実に悪趣味なデザインをしているとの感想しか、エレナは抱かない。
「さむっ」
沈黙が戻ってきたと同時に冷気が染みてきたので、車内に戻っていく。
「‥‥」
それを見送り、D‐58は砂丘に佇む。ワームの残骸を前に。
(‥‥この先バグアが去っても、恐らくこういったものたちは、地上に残されてしまうのでしょうね‥‥)
彼らには過去というものがなく、目指すべき場所もない。世界における異物として、植え付けられた本能のまま、戦い滅んでいくだけ。
(‥‥いえ、もう失った記憶のことは考えないと決めたはずです。未来のために私は戦います)
ルーガは細く空にかかる月を見上げている。冷えきった、命の気配のない砂を踏み締めて。
人類の存亡をかけた戦いは終わろうとしている。終止符が打たれるのも近い。
(その後、我々は何処へ行くのか)
悲願であった敵を殲滅させた後来る世界が一体どんなものなのか、今一つイメージが描けない。
戦いの場にいない自分についても。
口元に苦笑が浮かぶ。
「私は‥‥何処へ行こうか?」
覚醒を解いたラルスがのんびりした口調で、皆に呼びかける。
「みなさあん。車に戻られませんかあ〜」
ルーガはふっと息をつく。地上に視線を移して。
「安心しろ、終わらせてやるさ‥‥私たちが、な」
それから砂丘を下って行く。まだやっているウェストを連れ戻すために。