●リプレイ本文
「オンリーイベントとは‥‥何なのだ?」
そもそものところが今一つ分かっていないリュイン・カミーユ(
ga3871)は、首をかしげる。
「ああいう格好の奴は、見覚えがあるな‥‥」
リュックを背中に紙袋を持つ男たちの姿については理解出来るのだ。アイドルグループImpalpsに所属しているということで、コミレザの企業ブースに出る機会があったのだから。
その際かような輩から握手を求められた経験数知れず。
(‥‥なんとなく皆手が湿っぽかったな‥‥)
あまりよろしくない感触を思い出しつつ樹村・蘭(
gb1798)をふと見やれば、準備万端デイバッグをしょい、入り口で渡された会場マップをマーカーチェックしていた。
「コミケかあ。興味あったんやけど、来る機会なかったんや。任務と兼ねて参加なんて、ラッキーもんや♪ ‥‥おお、充実しとるやん、BLコーナー! よし、ここからいこ。こうやって反時計回りに行けば、無駄なく巡れる‥‥ん、なんや用かいなリュインさん」
「いや、少し確かめたいのだが、これは小規模なコミレザと考えて良いのだろうか」
「‥‥んーと、まあ当たらずとも遠からずって感じやな。コミレザ出たことあんの?」
「ああ。しかしあまり会場内を歩き回る事が無かった故よく分からんのだが」
「あ、そんならこれがええ機会や、あちこちじっくり見て回ったらええよ。そらもうクセになんで、薄い本のイベントは!」
親指を立て蘭は駆け出した。会場に来ていながら人気のブツを買い逃すという、悲しい思いをしないように。
残されたリュインは仕方なく、1人ぶらぶら歩き始める。
コスプレ客の装束を眺めるに、やはりUPC軍人の割合が多い。制服を見慣れているので、作りやすいというのもあるのだろうか。眺めているとそれぞれ制作者の意気込みというか嗜好というかそんなものが伝わってきて、品評会を見ているような面白さがある。
と、彼女は足を止めた。眼前にあるものに目を奪われたのだ。
その衣装は実に精巧だった。完璧と言っていい――だが生地が横に引き伸ばされ過ぎている。
広い背中には汗染みと透けてるブラジャーの紐。
ためらったあげくリュインは、コスプレイヤーに話しかけてみた。
「つかぬことを尋ねるが‥‥これはマウルか?」
すると相手が振り向いた――薄々そうじゃないかと思っていたが完璧におっさんだった。
「乙ww もれの愛するマウルたんだぉww」
テヘペロする姿にリュインは錆びた笑みを浮かべた。マウルへの限りない同情を胸に。
(‥‥肖像権侵害とかで訴えられないんだろうかな‥‥ああいうの‥‥)
急いで離れた後口直しとして、適当に本を取り眺める。なるべく絵柄がかわいらしいのを選んで。
だがそこでも驚くべき物を発見する。
『きみのプライドと厚化粧の仮面を剥ぎたい。そして犬にしたい。15R指定』
高速で中をパラ見したリュインは一筋の汗を垂らす。
「オリム本‥‥命知らずめ」
この蛮勇、ある意味感心しなくもない。
思いながら呼吸を整えている彼女の前に、きゃっきゃと騒ぐ御名方 理奈(
gc8915)がやってきた。
「よく分かんないけど賑やかなイベントだね! いっぱい楽しんじゃうぞー!」
理奈を誘って連れてきた雁久良 霧依(
gc7839)もはしゃいでいる。
「んふふ、そうね。楽しみましょう♪ こうして親密度を上げていずれペログri‥‥」
「雁久良さん、どうしたの? 息が荒いよー?」
「いえ、何でもないわ。気にしないでね」
霧依のうちで天然誘い受けに分類されているなど微塵も悟らない理奈は、売り出されている同人誌に目をつける。
「えーと、一杯並んでるこの薄い本ってなにー? 読んでもいいのかなー?」
「もちろんよ。理奈ちゃんは薄い本は初めてみたいね♪ 私はこの手のイベントは結構来てるのよ。此処にしかない本がある、っていうのは大きいわ‥‥あら、このサークル新刊が出てるのね。チェックしておきましょうか」
どこになにがあるか見当がつかない理奈は、霧依と同じ本を手に取ってみる。
『中野くんとアルザードくんの穏やかでラジカルな日常』
「わー! 男の人同士でキスしてるよ♪ これ、バグアの人だよね雁久良さん」
「ええそうよ理奈ちゃん。こんなのもあるのよ」
『ことすず!』
「こっちは女の子同士だ! あははは!」
まだ萌えの何たるかを知らない年頃ではあるが、それはそれで面白がれるものらしい。コメディやギャグの要素が強いものを選び、読んでいる。
「この『GOGOスチムソン博士』っていう四コマ本おもしろーい。買っちゃお♪ え、500C? ふーん、いべんとの本って結構高いんだなあ」
霧依は売り子に聞き確かめている。
「あの、サークルHPで告知していた新刊はどちらに‥‥ああ、18禁ブースですか。理奈ちゃんちょっとここで大人しくしてちょうだいね。私、向こうで買い物があるから。ぜひ手にいれなければならないのよ‥‥『縛ってエミタん』を!」
「はーい、なんだかよく分からないけど分かったよ。行ってらっしゃーい」
結局分かってないのでは。
発言内容を疑いながら、リュインの足は動く。
「‥‥18禁の方も調べた方が良さそうだな‥‥ところでブライトン総受けとはどういう意味だ?」
●
18禁ブースにいる蘭は17歳。本当は法令違反だが、いいや数えでは18だという屁理屈をつけ場に居座っている次第。
彼女はさっきから文句をたれ通しであった。『ブライトン総受けアンソロジー シブセン』について。
「ジジイ受けはあかん。華がない。きしょい」
とはいえ隅々までガン見している。
これはこれでおもろいんやけど‥‥総受けにするならハードなもんでないとあかん!
そう、うちが求めているBLはあくまでも熱く激しいガッツリ系。竹内力みたいなコワモテワイルドバグアがイケメンUPC軍人をあーんなことやこーんなことして辱めたおす話。
甘い言葉など要らない。むしろ罵倒がいい。
愛し愛されより支配欲と独占欲。手錠目隠し猿轡もどんと来いな‥‥鬼畜系が欲しい!
探せばどっかにあるはずや!
「‥‥あの、全部声に出てますよ?」
売り子さんの言葉で己を取り戻した蘭は、よだれの出ていた口元を拭く。
「‥‥興奮し過ぎたわ。まあこれも1冊戴いてくさかい」
お金を払いそそくさ移動する蘭は、早速念願のものを見つけた。
そのサークル近辺には、特に若い女性客がむらがり大盛況。
宣伝ポスターにては、鎖と首輪を着けられあられもない肢体をさらしている眼鏡の美声年と、その美青年の鎖を引っ張り顎を持ち上げて婉然とほほ笑む金髪美声年。
並ぶ品目は。
『MADLOVE』
『弱肉狂食』
『隷属願望』
『ミンナのSくん――学園パロ――』等いかにもなものばかり。
「おおお! 佐渡総受けとジャック×佐渡花盛りやんか! こらあかん、買うとかんと!」
何故か佐渡は攻ポジションに回れないキャラクターであるらしい。
UPCにおいてそれと同じ憂き目を見ているのは。
「ん? ソウジ‥‥だと?」
沖縄軍の旗印、リュインの広告塔である婚約者ソウジだ。
『因縁のバグア・ラルフ×沖縄軍・ソウジ アンソロジー』
彼の名を冠した本を発見した彼女は、腐向けの知識もないままページを開く。
読み始めて1分もしないうち、羞恥と怒りで顔が真っ赤になった。当然だろう。婚約者が憎きバグア・ラルフに1ページ目から剥かれているとなったら、平静でいられるはずもない。
「な、な、な、何だこれは!? あいつがあんな事やこんな事に‥‥くっ、他の奴に見せられるかっ! 全部出せ! 全部買う!」
我が愛しの婚約者は我が独り占め、もとい我が守る。
使命感に燃えごっそり本を購入する彼女には、当然他の客から苦情が殺到した。
「ちょっと、なんなのよ! 大人買いなんて迷惑じゃないの!」
「そうよ、私だって買おうと思ってたのに!」
「あんた非常識よ! ソウジ様はみんなのものなんだから!」
「せやせやずっこいわ! 皆がその本待ってたんねんで!」
いつのまにか蘭も加わっている。
「ええいやかましい! ソウジの全ては我のものだ、貴様ら散れっ!」
そうやって悶着している一角を、ほくほく顔の霧依が通り過ぎて行く。
「ただいまー」
「あ、おかえんなさーい。いっぱい買って来たんだねえ」
「ふふふ‥‥やっぱりクオリティ高いからねえ、つい手が伸びてしまって‥‥エミタ×ソフィア、オリム×エミタ、オリム×ソフィア‥‥色々買っちゃった♪ さて、私もコスプレしようっと♪」
「あ、それならあたしもそろそろコスプレしようっと♪ ちゃーんと作って来たんだもんねー♪」
会場を出て更衣室に消えて行く2人。
先に戻ってきたのは霧依だった。
「フ‥‥」
髪を背後で一つに束ね、燕尾服にステッキ。大きな胸が服の下から存在を猛アピールしていても、姿形は完全な紳士。
他のコスプレイヤーは動きを止め、ざわ‥‥とやりだす。
「ねえ、あれ‥‥」
「ああ‥‥まさか‥‥」
彼らの不安をあざ笑うかのように霧依は、凛とした声で言い放った。
「ミーはリーク。イゲンあるバグアだ。愚昧にして哀れな大衆よ、汝らの前に姿を見せてやったこの恩に対し尻を持ち上げ土下座する自由を与えてやろう」
うわあやっちまった。
そんな空気が満ちるも彼女は気にしないどころかむしろ興奮する。すっと懐から茨城産の太いネギを取り出す。
「汝等下々の者に、イゲンの何たるかを教えてやろう」
この流れはもしや。
戦慄に似たものがコスプレイヤーたちの間を駆け抜ける中、彼女はそれを具現化した。
「Foooooo!」
奇声を上げ、あらかじめ作っていたズボンの尻にあるネギポケットにネギを突き刺す。
それはまるで、尻自体にネギが刺さっているように見える姿。霧依は大きく両手を広げ飛ぶ(気持ちだけで)。無差別に並み居る客を追いかける。
「ふははは! これで茨城の空はミーのものよ!」
恐怖に駆られた人々は会場内を逃げ惑った。
動じない人間もいるにはいたが、大抵のものが悲鳴を上げる。
「ひいいいいい! なんか怖い!」
「おい、誰か警備員呼べ警備員ー!」
会場入り口の扉がバンと開いた。
叫びが通じて警備員が駆けつけて来たのか――いや違った。
「じゃじゃーん!」
下は紙オムツ、上は黒ビキニ。顔には紙で作ったカイゼル髭。髪形そのまま(かつらは時間がなくて作れなかった)な、確実に親を泣かせるだろういで立ちをした理奈だった。
一体誰のコスプレをしているのか。彼女の台詞を待たずして、皆悟る。
「朕はタッチーナバルデス三世、何気にスノーストーム所有AKBも真っ青な超エリートアイドルだにゃー! 凡俗共め、隠しても隠しきれぬ毛穴から吹き出す美貌の前にひれ伏すにゃー! 朕の輝かしき尻は燦然たる光を放ちビッグバン級のホワイトホールへと進化を遂げもはや向かうところ敵も味方もいないのにゃー!」
「何故だ‥‥何故よりにもよってHENTAIバグア2巨頭を選ぶんだあいつら‥‥」
嘆きの声も聞こえぬげに彼女は、高らかに天を指さした。
「朕の前にも後にも朕はおらず朕の右左にも上下にも朕はいないのにゃー! 無知蒙昧な大衆はよろしく朕を崇め奉りロウソクを垂らし鞭をうならせ奉仕するのにゃー!」
(うん、なかなかうまく出来てる。皆感心してるよ)
静まり返る場に誤信を抱いた理奈は、素に戻る。霧依が近づいて来たので。
「あ、雁久良さんだ♪ どう、似てるでしょ♪」
親しく話しかける少女に彼女は、厳しい目を向けて言った。
「む、タッチーナか。君が本当にタッチーナなら‥‥尻を痛めつけねばならぬ!」
「‥‥えっ、お尻を!? うう‥‥そうなんだ‥‥これもなりきるためだもんね! どうぞっ」
理奈は四つん這いになりお尻を高く上げる。
もう少し人間を疑った方がよいのではと思える天真爛漫さだ。
「うむ、コスプレはそういうものだ!」
言うが早いか霧依は平手打ちをかわいいお尻に打ち込んだ。超高速で平手が行ったり来たり。振動でたちまち理奈のつけ髭が落ちる。
「ぎにゃー! 朕のプリティな尻が17分割されちまうにゃー!」
「ははははは! さあ、皆さんに恥ずかしい姿を見てもらうのだタッチーナ! 全くこんなに浅ましく物欲しげに尻を持ち上げて、この卑しいメス犬め! わんと鳴くのだよ、わんと!」
「わんわ‥‥ふぎゃああ! これだと17じゃなくて34分割にゃー! みぎゃあああ!」
「さあ鳴け、もっといい声で淫らに鳴くのだよタッチーナ!」
騒ぎなど一切眼中にないリュインは、両手一杯の紙袋を下げ小休止。
「他に残って無いだろうな‥‥」
買い占めをしているうちに本の刺激の強さで、目眩を起こしてしまったのだ。
「何という破壊力‥‥これがオンリーイベント、か‥‥」
我の知るソウジから我の知らないソウジまでめくるめくソウジがこの薄い本たちの中に。
そこを改めて意識すると、アドレナリンが急上昇してくるのを押さえられない。いろんな意味で。
とりあえず今回学んだのは、左側が攻めで、右側が受けだという事。そして婚約者は圧倒的に右側だったという事。
(やはりあれか。ソウジは見た目がソフトな感じだからその役を割り当てられて‥‥理不尽な、たまには左にいたって減るものでも‥‥いや待て。ラルフに××するソウジなどその逆より更に受け入れがたい。ソウジは愛でられるべき存在なのだから‥‥あああ、何を考えているんだ我は)
あれこれ浮かんでくる妄念を断ち切らんとリュインは頭を振る。
「買った本、どうするかな‥‥」
隣で蘭が突っ込みを入れる。
「せやからケチケチせんと分けてくれたらええねんて」
「黙っていてもらおうそんなこと我はしない。そうだ最後に内容を確かめて焼却処分しようそうしよう。よし決めた帰ろう」
紙袋を下げ出口に向かう後ろ姿に、蘭は思った。絶対全部は捨てないなと。
「ま、うちはうちで戦利品確認しよか」
その場にしゃがみデイバッグと紙袋の中身を確かめる。
どれもこれもBLしかも18禁という最強のラインナップ。
今日は帰ったらごろ寝してじっくり鑑賞。楽しみに胸躍らせる彼女の耳に、理奈の泣き声が響いた。
「‥‥痛い! ほんとに痛いって! うわああああん!」
とうとう尻叩きに耐え切れなくなったらしい。紙おむつの後ろ部分がボロボロになっていては無理もないが。
十分スパンキングを堪能した霧依は手を止め、泣き出した理奈を抱っこし、頭を優しくなでなでし始めた。
「あらあら‥‥理奈ちゃんよく頑張ったわよ♪」
泣き止みついでに何か勘違いした発言をする理奈。
「ううっ‥‥コスプレって厳しい世界なんだね‥‥」
そこで両者警備員に肩を叩かれ、即会場から連れだされた。
「‥‥当然ちゅうたら当然やね‥‥あ」
財布の中も確かめた蘭は顔をこわばらせる。
いつのまにやら紙幣が後一枚という寂しい有り様になっていたのだ。
「‥‥しもた。調子に乗って買い過ぎてもうた‥‥もろた報酬で何とかなるやろか‥‥」
面白うて、やがて悲しきコミケかな。