タイトル:百年後へマスター:KINUTA

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/11/24 23:36

●オープニング本文




 それは今日、世界の片隅でひっそり行われる儀式。
 戦いの終わりを記念して建てられた政治的モニュメントの下、地底深くに埋め込まれるのは、実に雑多な品々だ。
 手紙、写真、絵、DVD、ぬいぐるみ、生活用品‥‥。
 全て今この瞬間から百年先の未来に向けて手渡されるメッセージ。
 それを見た人々がどんな反応を示すのか知ることは出来ない。また、そのときどんな世界となっているのか分からない。今年生まれた人間だって、百年もたてばいなくなっているだろうから。
 だけど彼らはそれがあることを信じ、雑多な希望を託す。生きた証を残す。このタイムカプセルに。
 イベント関係者であるペーチャが慇懃に、集まった人々に向けて言う。埋められる手はずになっている、録音機を指差して。

「さて、それでは皆さん、メッセージをどうぞ。この録画映像も百年後、封を開けたとき再生されることになりますからね。撮り直しはききませんから、十分気をつけて吹き込んでください」

 空は青く雲は白く、丘は緑。
 百年後に残すのにはうってつけな、いいお天気だ。



●参加者一覧

/ ヘイル(gc4085) / ミシェル・オーリオ(gc6415) / ルーガ・バルハザード(gc8043) / エルレーン(gc8086

●リプレイ本文



 調和と安定を表す巨大な円の形をしたモニュメントは青空の下、輝いている。
 列席している知事が「これは特殊合金製であるから100年先までも今と全く変わらぬ姿でここに立ち続けているであろう」と退屈な祝辞を述べていた。
 ミシェル・オーリオ(gc6415)は会場の隅で気ままに腰掛け、くすくす揶揄する。

「ふぅん? 今から100年後を考えるなんて‥‥。ハゲるわよ? ‥‥なんてね。もうハゲてるけど」

 彼女は手持ちのスケッチブックをめくった。
 そこにはさまざまな人の文字が書かれている。
 ここまで来る道すがら、多種多様な人々から拾ってきたコメントだ。
 100年後に向けてというテーマに限らず、日常のささいな夢とか希望とか、そういった呟きも書き留めてもらった。
 公園で鳩と遊んでいた小さな男の子などは元気一杯自分の名前を書いてくれたし、女の子は「お姫様になりたい」という抱負をイラストつきで示してくれた。
 お年寄りからは一句、カップルなんぞは相合い傘、奥様方から姑に対する苦情、姑連から嫁に対する批判、夫たちからは会社と妻と親と子供に対するなんやかや――まあ、言い合えているうちが華だ。

「ま、さすがに人数いないのはアレだしと思ってきたけど、結構人はいるものね」

 居並ぶ列席者の頭数を数える彼女のもとに、ペーチャがやってくる。

「や。あなたはビデオメッセージに参加されますか?」

「んー、そうね、そろそろ。でも、100年後にビデオなんて再生できる機器が揃ってるかしら?」

「ああ、そこは抜かりないですよ。再生機も一緒に残しますから」

「それ100年もほったらかして壊れないわけ?」

「どうですかね。まあ壊れていたとして、どうしても見たいと思うなら後の人がどうにか考えるでしょう。ところであなたは何をされているんです?」

「‥‥念のためってやつかしらね。結局は紙とペンが一番長持ちするかと思ってさ。絵や字なら再生が不要だし、ページをめくればすぐ読めるじゃない? ――あんたも何か一筆書いておく?」

 ペンを相手に渡し彼女は、ここに来るまでに会えたUPC関係者の事を話した。
 戦いが終わったとはいえ忙しいことに変わりはないのだが、この行事に何らか意義は感じてくれたのだろう、快く書いてくれた。
 ただし中身は極秘扱いで、そのページだけホチキスで綴じられてしまうという次第となった。
 従ってミシェルも何が書かれたのか知らない。だが彼女に不満はない。

「100年後まで秘密っていうのも、それはそれでさ、なんかロマンがあるじゃない?」

「残念。ちょっと読んでみたかったですけどね‥‥おや、ミーチャとレオポールさんも書いてますね」

「ええ、偶然会ってね」

 ペーチャが口にした2人は、こんな言葉を記していた。

 ミーチャ『100年後も200年後も、人間自分のことは自分でやれるよう努力しろ』

 レオポール『オレ今すごくがんばってる。見習って皆もがんばれ』

 その下に新しい一行が書き足される。

 ペーチャ『稼げなければ負け犬です』

「露骨ねー」

「いえいえ、これはこの先人類がいる限り永遠に変わらない真理ですよ。それより早くおいでください。メッセージ収録に間に合わなくなりますよ」

「あら、それは困るわ。折角来たんだから参加しないとね」



 気持ちのいい丘の上。
 遠景にうっすら紅葉に染まる雑木林が見えており、空はたかだか青い。
 据えられた固定式カメラの前で人が入れ替わり立ち代わり喋っていく。
 早く終わるのもあれば時間がかかるのもあり。なんとなく照れてしまって一言も言えずに終わる人もいる。
 タイムカプセルはというと、少し離れたところにでんと構えられている。こちらのほうが参加者は多い。
 それを見てエルレーン(gc8086)は声を上げた。

「わあ! ルーガ、たいむかぷせるだって! うふふ、ろまんちっくだねぇ‥‥!」

 彼女の師匠であり母親役であるルーガ・バルハザード(gc8043)は、微笑ましげに聞く。

「お前は、何を入れるんだ?」

「えへへー、宇宙食ですよ。もしかして100年先には、普通に地球の食べ物が宇宙のどこでも食べられるようになってるかも知れませんから、こういうのも貴重だと思うんですよ‥‥」

 カプセルに品を預けたエルレーンはルーガと一緒に、カメラの列に並んだ。

「あ、も、もう次が私?」

 出番が来たものの緊張してしまい、カメラの前で数秒間もじもじする。

『ええっとお、あの‥‥』

 しかし意を決し、手持ちの宇宙食を掲げる。

『えっと、カプセルに入れたのは、宇宙食です! こういう奴です!』

 一度喋り出すと勢いがつき、すらすら言えるようになる。

『これからもじんるいはばんばん宇宙に出ていくんだ‥‥だって、バグアもたおしたもんね! だから、こういうものをたべてたんですよーってことで‥‥100年後でもたべられるかな? うふふ』

 再生される画像の前にいるのは果たしてどんな人達なのか。
 照れ笑いが止められず再度もじもじする彼女。
 後列にいるヘイル(gc4085)は空を見上げている。心地よさげにトンビが輪を描く空を、物思いに耽って。

『100年後の世界は、しあわせですか? また、悪い宇宙人が攻めてきたりはしてないよね?』

 前方にいたヘイルが、彼に話しかけた。

「あんまり前からあれこれ考えてると、喋れなくなるわよ?」

「‥‥ああ、そうだな‥‥」

 エルレーンはひときわ力強く、カメラを前に語りかける。

『でも‥‥きっと、だいじょうぶなんじゃないかな、って、私は思うんだ。私や、おししょうさまのルーガみたいな、能力者が! きっと、悪い敵を倒すんだからね!』

 顔を真っ赤にして言い切った彼女は、素早く画面から退く。胸に手を当てぜえはあ息をつき、ルーガに尋ねた。

「あー、きんちょーした。どうだったかなあ?」

「うむ、なかなかよかったと思うぞ」

「わっ、本当。うれしいな! じゃあ私、向こうのタイムカプセルのところで待ってるね!」

 駆け出して行く背にほほ笑んだルーガは歩を進める。
 カメラの前に出たときその表情は、何処か寂しげなものとなっていた。

『‥‥100年後の、これを見ているだろうあなた方。あなた方の世では、100年前のこの戦争は、どのように語られているのだろうか。そして、そこで使われた傭兵‥‥能力者は?』

 彼女も空を見る。赤い月を無くし広くなった空を。

『いま、ちょうど侵略者‥‥バグアたちを撤退させ、この戦争は終わった。だが、そのために力をふるった私たち、エミタを埋め込まれた能力者たちは‥‥どのように処されたと、あなた方の歴史では書いてある。もしかしたら、かつての核兵器のように葬られたのだろうか。それとも、形を変えて、あなた方の世にも存在し続けているのか?』

 畳み掛けるように続けた後、息を吐く。

『私には、わからない』

 独白のように聞こえる言葉の後、また語りかけに入った。

『だけど、記憶にとどめておいてほしい。人類は、宇宙から侵略をもくろんだ異星人を撃退するため、人間を『兵器』に改造する道を選び、それは成功した。それは、紛れもない事実‥‥だった。願わくば、この事実が‥‥あなた方の世で抹消されていたり、捻じ曲げられて伝えられていないことを祈る』

 言うべきことを全て終え立ち去っていく彼女の後に、ミシェルが続いた。
 彼女は画面に手を振り、軽い調子で始める。

『や、みなさんお元気? この映像は100年先にちゃんと流されているかしら。そこが心配。電子機器って劣化が早いから。っていうか、良く考えたらビデオ機械ごとカプセルに突っ込んだらどうかしらね? ふふ。盲点ね。ともあれ私が未来に送るのはこのスケッチブックよ。たくさん寄せ書きしてるから、ぜひ見て欲しいわ』

 胸の前に差し出したスケッチブックを降ろしミシェルは、人差し指をカメラのぎりぎりまで近づける。
 眼差しは真剣だった。

『さて、アタシはこの先も楽しくやっていくわ。バグアだろうがエアマーニェだろうが何だろうが、それを含めて楽しむ事ね。悲しければ泣けばいい、楽しかったら笑えばいい、ただただ、人間であることを恐れるな』

 だが、すぐおどけたものに変わる。

『はは。説教臭くなったわね? 後悔はするなって奴ね。100年後は何が敵なのか分からないけど、アタシ達は打ち勝った、らしいわ? ふふ。諦めて叶う夢が在ったらアタシが叶えて欲しいわ。それじゃ、アタシはこれをカプセルに入れに行くから、バイバイ』

 最後に手を振り離れる彼女の後は、ヘイル。
 彼は大股でフレームの中へ入っていく。

『これを見ている100年後の誰かへ――まだ空は蒼いだろうか。君達に空を見上げる余裕はあるだろうか』

 淡々とした声は静けさの中、よく通った。

『恐らく俺は君達の時代まで生きてはいまいが、もしかしたら数人くらい、知り合いの誰かが生きているかもしれないな』

 幾人かの顔を思い浮かべほんのわずか表情を緩め、そこからまた引き締めた。

『まぁそれはともかく‥‥まずは一つ、謝っておく。俺達の代でひとまずの戦いは終わったが、太陽系にはまだバグアが存在しているだろう。俺達で全てを終わらせられず、未来の君達へ課題を残してしまったことを申し訳なく思う。状況によってはまた戦争になっているかもしれないが‥‥』

 カメラには映らないところの手が、ぐっと握りこまれる。

『だが、今は君達が平和な時代を生きていると信じさせてほしい。俺達が、いや、それよりももっと前から人々が戦い、傷つき、命を落し、時には人類同士ですら殺しあいながらそれでも手に入れた平和が100年程度で尽きてはいない、と』

 これまで見て来たさまざまな苦い記憶を反芻し訴えかける。そこにいると信じて止まない人々へ。

『重たいと思うだろうか。知ったことではないと打ち捨てるだろうか それでも良い。だが、どうか聞き届けて欲しい。世界は穏やかで安らげる日々を願っている――争いは悲惨だ。日常という陽だまりは侵され、踏みにじられて、しかもそれが『よくある事』と一括りにされてしまう。君達が今を幸せだと感じているのなら。不幸であると思っていないのなら。ほんの少しでいい。それを大切にしてやってくれ』

 祈りにも似た心情で。

『顔も知らない、未だ存在しない誰かへ。以上が100年前に生き、恐らくは数十年前に死んだ誰かからのメッセージだ』

 瞳を閉じ、そして開く。

『もう一度問おう。――まだ、空は蒼いだろうか――君達に空を見上げる余裕はあるだろうか』

 次に場を譲り歩きだす。人だかりしているカプセル作業現場のほうへ。復活のための埋葬を同じ傭兵たちと見届けるために。
 タイムカプセルは全てを収納し終わりクレーンでたかだか地面から吊り上げられ、縦穴にゆっくり降ろされて行く。晴れ渡る晩秋の空を背景にして――。