●リプレイ本文
雪のちらつく荒野には、白と灰しか色がない。
ナイトフォーゲルGSS−04タマモ、愛称『Huckebein』に搭乗している黒羽 拓海(
gc7335)は苦笑する。高度からの眺めに新鮮さを感じている自分に気づいて。
彼はここ一月ほどは故郷に戻り、新居で普通の生活を送っていたのだ。
(戦場に出るのは久しぶり、だな。そしてコイツに乗るのも、あの決戦以来か‥‥。不思議と、随分経ったように思えるな。それだけ平和な時間に浸っていた、という事か)
「少々頼りなくなったかもしれんが、頼むぞ相棒」
彼はモニタ画面を眺め、改めて疑問を覚える。
(それにしても、何も無い場所にたった一機で何を‥‥?)
空虚な広がりに動いているゴーレム。遅々とした歩みで真っすぐ北へ北へ――どう考えても何もないし、誰もいない場所へ向かっている。
時折未処理の地雷を踏み爆発を起こしているが、皆目止まる様子がない。
ナイトフォーゲルYACS−002Cクラーケン、愛称『電動しびれイカ』に乗る雁久良 霧依(
gc7839)が首を振る。
「あのゴーレム‥‥飼い主がいなくなったワンちゃんみたいね‥‥死にどころなく歩きけり、か‥‥」
ルーガ・バルハザード(
gc8043)はナイトフォーゲルS−02リヴァティーの席から、応じるように呟いた。
「意思がなくとも、自分の終焉へ向かいたいのか」
現地部隊から聞いたところによれば、この一帯では幾度も激戦が行われたのだという。
町や村は焼かれ、人もいなくなった。森も林も跡形なく消えうせた。戦争が終わった今は基地の残骸と地雷、不発弾等が残るばかりの一大荒廃地と成り果てている――細々ながら回復させようという試みもなされているようだが。
「あのゴーレムの幸福なトコは、決して結末へと辿りつかないコトだね。幸福な悪夢とも言う」
ナイトフォーゲルH−223B改骸龍、愛称『イクシオン』の夢守 ルキア(
gb9436)が茶化す。
「結末が分からなければ、希望は忘れないからさ」
ナイトフォーゲルXF−08D改2雷電のドクター・ウェスト(
ga0241)は一切の感傷をもたず、モニタに映るゴーレムの姿をズームし、子細を調べた。
「う〜む、似たようなゴーレムと生身で戦闘したことがあるがね〜」
肩にある一対の砲。
形からして前後左右動かせるはずだが、ずっと観察していても動く気配がない。こちらの存在に気づいていないということもないはずだ。時折空を見上げてくるからには。
各部位から蒸気が吹き出しているのは、明らかな劣化の故。
だとしたら砲について導き出される結論は故障。
後持っている武器といえば、盾。それとビームの出てないビームサーベル‥‥つまりただの棒。
「アレは射撃武器が使えないようだし、格闘戦主体ならば、同じように上半身を支える腰、脚の関節や、肘裏、膝裏、わきの下など装甲の薄いところを狙えばいいだろう〜」
「あ、そのことなんだけどさデューク君、先に爆撃しちゃおうよ。近接戦を挑む前に、手傷を与えている方がいい。空対陸のアドヴァンテージを捨てたくないし」
「うむ、それがよかろうね〜大分痛んでいるとはいっても、ゴーレムの装甲は強力だ〜キメラよりもね〜」
「じゃ、お掃除からいくってことで。霧依君、組んでやろっか」
「‥‥いいわ、楽にしてあげる!」
『イクシオン』と『電動しびれイカ』が高度を下げて行く。
拓海はそれを見、嘆息した。
「‥‥まだまだ、この力を手放せそうにはないな‥‥厄介な置き土産だが、早々に倒すとしよう」
『Huckebein』のアサトライフルが地上に向けられ、引き金が引かれる。
ウェストは『雷電』を人型に変形させる。
「さて、始めるとするかね〜」
地表は爆撃と地雷の誘爆によってたやすく炎に包まれる。
地の果てまで響くほどの轟音。恐らくは対人だけでなく対戦車用の大型地雷も埋まっているに相違なく、地表がすっ飛ばされ黒煙が吹き上がり、火の粉が飛び散る。
ルーガも『リヴァティー』を人型に変じさせた。
「久々のナイトフォーゲルだな‥‥しばらく放りっぱなしだったからな、さび付いてないだけマシか!」
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「デューク君。無茶しないようにねー!」
クギを刺しておきながらルキアは、霧依と共に、ゴーレムの周囲を旋回する。
ゴーレムは盾で防御の姿勢を取る。モノアイが赤く光り、巨体がぐぐ、と背を反らした。両腕が持ち上がった。進路を妨害されたことでようやくKVたちを敵と認め、戦闘態勢に入ったらしい。
その姿はルキアにとって、心なし楽しそうに見えた。自分側の勝手な思い入れであると分かってはいても。
このゴーレムに『希望』はプログラムされているんだろうか。
されているとすればそれは『バグアの勝利』だろう。しかし肝心のバグアはもういない。戦場もない。今行われているのはただの消化試合。戦いは彼を残して終わってしまった。
「‥‥個人的には、結末に狂ってくれる方が面白いケド」
『ロケット弾ランチャー』が盾とビームサーベルに向く。
「そうなりそうにないから、潰しちゃおっか」
ロケット弾は棒切れとなっているビームサーベルよりも、盾をより大きく破損させた。全体の2分の1程が吹き飛び、身を守る武器としての意味をなさなくなる。
「何気に大気圏内の空中戦は初めてなのよね〜足引っ張らない様に頑張らなきゃね♪」
防備不能になったのを確認し、霧依は、一気呵成の攻撃に出る。
『ホーミングミサイルD−N2』、『GP−9ミサイルポッド』を全弾使い、足と腰の関節部分を狙い撃ちした。
プラズマの電流により周囲の空気が熱を帯びる。ちらちら降り続いている雪も大気中で蒸発した。
ゴーレムはガクンと片膝をつく。
合間を置かず『レミエル』が撃ち込まれた。
灼熱の白。
「どうかしら?」
ゴーレムの装甲が剥げ落ちた。剥き出しの鋼鉄と人口筋肉、電送チューブが、ところどころで丸見えになる。
それでもなお倒れない。動いている。先へ進もうと。
ウェストが前に立ちはだかる。『ヒートディフェンダー』で手首を狙う。
「物分かりの悪いことだね〜お役目は既に終わっているのだよ〜」
刃となる熱が各種コードの見えかくれする左手首に食い込んだ。盛大に火花が上がる。千切られたコードはそれ自体生き物のようにうねり、『雷電』の機体に接触した。
一際大きい火花が走る。
「むっ」
ゴーレムが右手からものの役にも立たないサーベルを落とし、『雷電』の肩を掴んだ。
みしみしコクピットにも軋みが伝わってくる。
ウェストは焦らない。嗜虐的に笑う。
「ふふん〜愚かなものだね〜そうすると君側も、我輩から距離を取れなくなるのだよ〜?」
己の機体がダメージを受けるのに頓着せず、至近距離から『ヘビーガトリング』を、相手側の首間接目がけ乱射した。
『レーザーカノン』で、左肩を押さえる腕を撃つ――相手は離さなかった。むしろ一層強く押さえ付けてくる。
ウェストは、やはり焦らない。モニタ一杯に広がるモノアイにますます笑みを深くするだけだ。
息を吸って彼は叫ぶ。
「バ〜ニシング、ナッコォ〜!」
瞬間『雷電』の腕が外れ、モノアイの首元にぶち当たった。
押さえていた手が離れる。
同時に『雷電』も引っ繰り返る。
よろけたゴーレムが体勢を立て直す背後から、拓海の『Huckebein』とルーガの『リヴァティー』が息を合わせ、足を狙う。
霧依は『ブラストテンタクル』で上半身を狙い撃ちし、ルキアは『重機関砲』で、既に傷んでいる腕を狙う。
練機刀『陽』と『陰』が右の膝関節を切り、『シルバーブレット』が左の膝裏をへし折る。
ゴーレムは前のめりに倒れた。
腕の力で起き上がろうとするが損傷が出ているため、なかなかうまく体を支えられない。
相手の手が届くぎりぎりの範囲からルーガは、『C−66マシンガン』で狙撃した。
千切れかけとなっていた左手が取れる。
「今、終わらせてやる」
拓海は間合いが短くなったのを見計らい、首関節を何度も切りつける。大きな半円形の頭が持ち上がらなくなった。
そこで肩の2門がかすかに動く。警戒し一旦離れる拓海とルーガだが、砲は何事も起こさぬまますぐ止まってしまった。
「撃ってこない? 故障しているのか?」
拓海の言葉を受け、援護していたルキアが言う。
「そんじゃ、止めといこうか。離れておきなよデューク君。一緒くたにやられちゃうからね。キメラが憎いのはいいけど、心中しちゃなんにもならないよ?」
ウェストは距離をとり、ロケットランチャーを構え撃った。こうぼやきながら。
「ありがたいと言えばありがたいが、一挙手一投足すべてを観察されているようだね〜‥‥」
ゴーレムの剥き出しとなった頭部に大穴があく。
目の光は――まだちかちか点滅している。
拓海が一人ごちた。
「何も考えないまま、か。哀れなもんだな」
ウェストはその意見に反論する。
「プログラム通りにしか動けないから『哀れ』? 違うね〜、『バグア』であることが『哀れ』なのだよ〜!」
上空から霧依のアナウンスが響いてきた。
「みんなー、レミエル2発目行くわよー。離れててー」
一同急いで距離をとる。
地に伏す鋼鉄の背に霧依は、別れを告げる。憐憫を頬に浮かべて。
「さようなら、迷子のゴーレムさん」
白い灼熱が過ぎ去った後、もうゴーレムはいなかった。鋼鉄の塊があるばかり。
ルーガは無言で残骸を見下ろす。どこか浮かぬ表情で。
「‥‥」
●
能力者たちは虚空にKVを駆り、戻って行く。
「やれやれ〜最寄りの基地に戻ったら、まず整備に行かねばね〜」
ウェストは振り向きもせず先を急ぐ。
彼の次に帰路を急いでいるのは、霧依だ。
「うちの可愛いペットも私がいなくなったらあんな風になるのかしらね‥‥なんだか、急に恋しくなっちゃったわ。帰ったらたっぷり可愛がってあげないと♪ 念入りに、じっくりね‥‥ふふっ」
拓海は多少遅れている。考えるところがあるもので。
(‥‥たとえバグア本体がいなくなっても)
ああいうものが、まだこの地上には残っている。能力者でなければ抗し得ない脅威が。
(大切なものを護る為には、まだ力を捨てる訳にいかないな‥‥)
ルキアもまたゆっくり帰っている。KVに話しかけながら。
「もし、きみに自我があるとして、私が消えたら、狂ってくれるかな? ね、イクシオン」
最後列のルーガは、インカムに入らぬほどの小声を発した。
「狂う‥‥違う、そうではないな」
あのゴーレムは狂っていたのではない。
むしろ正常に動いていたのだ。最後の最後まで指令に忠実だったのだ。
「達成すべき金科玉条を失っても、ただただひたすら戦いに向かって、前へ進むのみ‥‥か」
彼女は自嘲する。まるで、バグアとの戦いが終結した今もなおこうしてエミタとともに戦う自分のようではないかと。
「‥‥結末は所詮、このようなものか」
諦念の混じる瞳に外の光景が映る。
ずっと大人しかった雪の降りが激しくなってきた。まるで、沈黙を強いようとでもするみたいに。