●リプレイ本文
雪の庭にたたずむ前衛彫刻――もといキメラ。
幡多野 克(
ga0444)は何を差し置いても、脱力感に襲われる。
「特に攻撃はしてこなさそうだけど、あのトゲで突進されたら危険そうだな‥‥」
(確かにバリキモイ‥‥)
謎キメラにそれだけの感想を抱く鐘依 透(
ga6282)は視線を外した。意味不明な生命体より犬を見つめているほうが、精神衛生上はるかにいいと思えたので。
(そんなことより、わんこかわいい‥‥依頼終わったら撫でられないかなぁ‥‥)。
克が、なおぶつぶつ言っている。
「うん‥‥なんだろうね‥‥これ‥‥。情報も掴み所なかったけど‥‥見てもあまり‥‥よく分からないよ‥‥」
クレミア・ストレイカー(
gb7450)は対象の姿形を言語化しようと試みる。
「何だか、ヘアブラシみたいなものに亀頭でも付けたような‥‥」
無駄な努力とすぐ悟り、黙る。
夢守 ルキア(
gb9436)は散文的な感想を口にした。
「何だか、食べるトコなさそうだよね」
「いや、これは食ったらいけない部類のものだろ‥‥」
即突っ込みを入れたヤナギ・エリューナク(
gb5107)も目の前にいる対象をどう把握したものか悩む。
そこでキメラがサササと前進した。
特に強敵とも思えないが、一同びくっと身構える。犬も一瞬びくっとし毛を膨らませ小屋に逃げ込み、そこから唸った。
キメラがまた動く。そのまま姿勢を変えず、サササと後退。
透は再度思う。バリキモイと。
「う〜ん、こいつどこかで見たことがあるんだよねぇ‥‥」
眉根を寄せて考えていたルキアは熟考し、やっと思い出す。
(あ、そだ。前見た図鑑に)
これとそっくりな生物の図が載っていた。カンブリア時代の生物とかなんとか。
(ええとあれは、確か名前は‥‥ハルキゲニア‥‥表記が、genus Hallucigenia)
ラテン語の学名を思い出したついでに意味をも訳してみて、なお眉間を狭める。
「夢想、って言われても、なぁ――」
むしろ悪夢では。悪夢の産物では。
思いながらルキアは今見た動きを元に提案する。
「前後どちらにでも走るんだったら、両方切ったらいいんじゃないかな? 私があいつだったら、体当たりしての攻撃にするなー。ほら、固いし刺さりそうじゃん」」
透が賛同を示した。
「そうだな。前後どちらにも動けるようなので‥‥仲間と前後で挟む布陣はどうだろう」
クレミアも我に返ったように頷く。
「そ、そうね。それじゃあ私は前方‥‥いえどっちが前か分からないけど、とりあえず頭っぽい方に仕掛けてみるわ」
彼女が(多分)前に回ると同時に、ヤナギも移動する。
「了解。じゃあ、俺は真横から行かせてもらう」
ルキアもまた、そろそろと位置を変える。キメラの(恐らく)後ろ側へ。
「なら私はこっちを受け持つよ」
克はルキアを護衛するように、後方(っぽい側)へついた。
「害はあまり‥‥なさそうだけど‥‥。なんか‥‥トゲとかあって‥‥危ないし‥‥。さくっと終わらせたいな‥‥」
最後に残った透は、ヤナギと逆の方向につく。
「なるべく障害物がない方向へ誘導しますか。こんなのでもこれまで被害を出してるみたいですし‥‥すいませーん、庭先お借りしまーす」
心配そうに窓から見ている住民に呼びかける彼の目は、犬小屋にいる犬へと向く。
(かわいい‥‥すごくもふもふしてる‥‥触りたい‥‥)
●
「では、行きます!」
クレミアは『S−02』をキメラに向け、制圧射撃を浴びせた。
銃撃音で小屋にいた犬が恐れをなし、出していた鼻先を引っ込める。
弾を受けキメラは猛スピードで前進(もしくは後退)した。
見た目でしかないのだがその体、あれだけ近い距離から撃たれているのに、傷がほとんどついていない。
「今よっ!」
動きを鈍らせるためルキアはハミングを歌う。
盾として直進体当たり攻撃を引き受けた克の『月詠』に、ガチンと刺が当たってきた。
衝撃は予想外に強かった。踏ん張った姿勢のまま克は、庭の塀まで後退させられてしまう。
刺は、鋼鉄をも難無く切り裂く刃先と、互角に競り合っている。
形こそイロモノっぽいがこのキメラ、侮れない。
認識を新たにし彼は、目を鋭くさせる。
「一点集中で破壊する!」
ヤナギも『ガラティーン』で、側面から躍りかかった。
「フルボッコにしてやるよ!」
正面に立たなければ突進攻撃を受けることもないと睨んだ透は防御を二の次にし、攻撃だけに意識を注いだ。人家やわんこに被害が出るのを避けるため、早いところ決着をつけようと
移動手段を奪うため触手っぽい足目がけ連打を打ち込む――目はどこを見てもそれらしいものがないので、狙わないとして。
こちらもかなり硬く出来上がっていたが、刺ほどのことはなかったようで、なんとか数本切り取ることに成功する。
それを見てクレミアも、援護射撃を脚部に向けた。
「うーん‥‥繋ぎ目見つからないねえ。節足動物じゃないからかなあ」
引き続きハミングしているルキアは、いくら目をこらしても弱点となりそうな繋ぎ目を見つけられないので悩む。
足を多数もがれ棒にトゲという形になりつつあるキメラだが、驚異的にもまだ粉々になっていない。
普通これだけ直接攻撃を複数から浴びせられれば、既に細切れとなってしかるべきところなのだが、なかなかよく持ちこたえている。
「一体何で出来てるんだよこいつは‥‥硬すぎるだろうが。あー、何か手が痛くなってきた」
ヤナギがうんざりした様子で零したその時、キメラが驚異的な動きを見せた。
いきなりくるっと上下逆さまに引っ繰り返り、背中の刺を足として、カタカタ走りだしたのだ。
ルキアは目を丸くし、叫んだ。
「そんな‥‥旧式復元図は正しくなかったはずだよ!」
学術的な戸惑いをよそに透が追いすがり、胴へ太刀を浴びせた。
「行かせるかあ!」
その時である、これまでの積み重ねにより、ようやくキメラの表面にひびが入った。
いい加減腕も手もだるくなっていたヤナギも、後ひと踏ん張りと連打攻撃を続ける。
「潔く往生しろよ、こっちはなんか刃毀れしてきてんだぞ!」
透もまた彼にタイミングを合わせ、これまで攻撃していた箇所を狙い再度の切り付けを行った。
ついに刺の先が欠け始める。中程から折れ始める。
しかしそこからがまた長かった。
クレミアの『S−01』、ルキアの『カルブンクルス』という援護を受けてなおキメラはしぶとく形を保っており、結局最終決着がついたのは1時間後のことだった。
「‥‥な‥‥長かった‥‥」
克は細かにこぼれている『月詠』の刃先を眺め、大きく息をついた後、あ、と額を叩く。
「写真‥‥撮っておけば‥‥良かったかな‥‥。他の人に説明しようと思っても‥‥ちょっと難しそう‥‥だし‥‥」
透は早々現場から離れ、家の住人に犬と遊んでよいかどうかを聞いている。
「すいませーん、わんこを撫でてもよろしいですか?」
「え、ええ。でもうちのは噛み癖がありますよ?」
「いえいえそのくらいならなんてことないです」
ルキアはキメラの欠片を取り、パクリと口の中へ。
ヤナギが呆れ顔で言う。
「おい、腹壊すぞ。大体そんなもん食っても、味なんかないだろ?」
噛み砕いたら歯が折れそうな故舌で転がすに止める彼女は、首を振った。
「‥‥殻ダケの、エビみたいな味がする」
だからダシは取れると続け残骸部分を回収して行くルキアを横目に、クレミアはまだ考えていた。この生物をどう表現すればいいかを。
「亀頭のついたヘアブラシではなく、むしろヘアブラシのついた亀頭‥‥」
透はもうそんな事には一切かかわらず、わんこと戯れている。
「あー。もふもふだー。わんこは無邪気で良いな‥‥癒される‥‥」
思い切り噛まれているように見えるが、本人は何ともないらしい。
「ほーらボールだぞ、取っておいでー。こらこら、僕の足を噛むんじゃないよ、ボールだよ、ボール」
こうして町に平和が戻った。
その数日後。
ヘアケアグッズ専門店へ訪れたクレミアは、入ってすぐ右にある陳列棚に目を奪われた。
『ただ今人気急上昇! 頭皮と髪に優しいキューティクルブラシHARUKI。天使のモテ髪を手にいれよう♪』
ずらっと並んでいたのは、例のキメラに瓜二つなヘアブラシたち。
様々なカラーバーションがあるが、とにかく造形はあれそのもの。
「なんでこんなのが‥‥」
絶句する所、大勢の女子学生たちがきゃいきゃいやって来て、謎ブラシを購入していく。
「HARUKIいいよねHARUKI」
「うん、すっごくいい。さすが口コミナンバーワンだよね」
「あたし、友達にこれ勧められてさあ。形がカワイーよねー」
女子学生らがカウンターに去って行くのを待ち、エルレーンも棚に近づいてみた。
「は‥‥はやっているのか‥‥これが‥‥カワイイ?」
数分考え彼女は、買い物カゴにコーラルピンクのHARUKIブラシを1匹ほうり込む。以下のように一人ごちながら。
「まあ、試しにな、試しに‥‥」