●リプレイ本文
2月14日。
キョーコ・クルック(
ga4770)は両手をぐっと握り締め、うきうきした声を出す。
「結婚して初めてのバレンタインだもん、がんばらないと」
現在朝の7時。場所は実家の台所。真っ白いエプロンをつけた彼女の前には、割チョコレートと生クリーム、ピスタチオにチェリー、ボール、秤とかきまぜに使うゴムべら、包丁等が揃い踏み。
先にも言ったように、結婚して初めてのバレンタイン。そんな日にレンジでチンして溶かして固めるとかいうお手軽なものではいけない、気合を入れなければ。
かくいう思いのもと彼女は、チョコレートを刻むところから始める。
「分量よし、湯せんの温度よしっと」
温度計を突っ込んで確認した湯に、チョコレートを入れたボールの尻をつける。固体はとろとろ液体に変じ、甘い匂いを放ち始める。
「久志に喜んでもらえるといいな〜♪」
結婚しようがしていまいが、恋心の可憐さは、女性誰しも変わりがない。
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「今日は恵まれない人に愛の手を差し伸べたい気分。ほんの少しのお金(当社比)でナ。お金デ愛は買えなくトモ、愛デお金は買えるのヨ!」
朝の太極拳を終えた楊 雪花(
gc7252)は、早速本日のお仕事に取り掛かる。
まずは雪花軒のシャッターを開け、開店準備。『バレンタインデー特別セール』の告知を大々的に張り出した後、昨日の晩に大かたすませておいた内装の仕上げ。
「何時ものように金儲ケ。但しちょとだけサービスサービス」
漢方薬の棚を脇に寄せ、長机を正面に置きパイプ椅子を並べ、ついでに花も飾り、なにやらサイン会でも開くみたいな様子。
店先に、花柄をペイントしたバンが止まる。
「すいませーん、雪花軒さーん! スイーツショップノワールから、チョコレートの納品ですー!」
「あ、ご苦労さんネー! 搬入はこちヨ!」
続いて制服コスプレをした娘――多分女子大生くらいだろう――の一団がやってくる。
「あの、すいません。雪花軒はここで間違いないでしょうか?」
「そうネ、間違いないヨ! 皆よく来てくれたネ、今日は皆で営業頑張るのコトヨ!」
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本日演劇部は、調理教室貸しきり。
「さあ、今回はチョコづくりですわよ!」
『総指揮』という腕章をはめた日下アオカ(
gc7294)は居並ぶメンバー3人へ、声高らかに宣言した。考えてみれば毎年似たようなことをしているなと思いながら。
メンバーその1である藤堂 媛(
gc7261)は、ほんわりと表情を緩ませる。
「ほぁ、アオちゃんらも‥‥ウチもチョコ作るんー? うんうん、かまんよー、アオちゃんのお手伝いしたらえぇん?」
「ええ、お手伝いしてくださってかまいませんわよ。チョコレートが溶けて再び固まるところまで」
即時戻ってきたツンな返事に媛は、微笑ましさを覚える。溶けて再び固まるとか全部ではないか、手伝い越えてるじゃないか、という突っ込みなどしない。
(あぁ、アオちゃん料理とか苦手やったもんねぇ‥‥うん、任しといてぇね!)
ぐっと心で親指を立て、早速作業に。
「ウチがアオちゃんの分も作ったんでかまんのー?」
「かまいませんわよ」
了解を得、はたと考えこむ。
「ほしたらー、何作ろかいねぇ?」
人数もいるから皆で食べられるケーキなどいいかもしれないが、それだと丸まるオーブンを占領してしまう。
「バレンタインといったらチョコレートだよね。友チョコ作るよ!!」
と、やる気を出している月居ヤエル(
gc7173)や。
「バレンタインに女の子が男の子にチョコを贈るって、法律で定められてないもん。男の子がプレゼントしてもいいよねっ」
など呟いている星和 シノン(
gc7315)が何を作りたいか、そこをまず確かめてみなくてはならないだろう。
「なあ、2人も何作るん?」
「えーっと‥‥私はトリュフを作るつもりなの。ほら、あれだと多少形が崩れても、おかしく見えないでしょう?」
「しぃはえーと、チョコマドレーヌと、フォンダンショコラ、それからチョコクッキ−だよ。どれも同じ材料で作れるんだ♪」
ヤエルはともかくシノンは天火を使うものばかりだ。
とくると、邪魔するわけにいくまい。
(どうしよ‥‥あ、生チョコタルトとか挑戦してみよか! これやったらオーブンも使わずに作れるしー)
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起きたら妻がいなかった。
狭間 久志(
ga9021)は首を傾げつつ、パンをトースターへ入れる。
(なんだろ。急ぎの仕事でも入ったかなあ)
焼き立てを噛みながらぼんやり考え、はたと思い出す。昨晩さんざ聞かされたのだった。明日11時、公園の時計台で待ち合わせしようねと。
「あぁ、そっか。外で待ち合わせだったっけ」
現在9時になっている。
ご飯も洗い物も手早く済ませた久志は、ジャンパーを羽織って家を出た。
今日に限ってなぜ外で待ち合わせか――その疑問も、町のあちこちに溢れるバレンタインの文字で氷解した。
「‥‥あぁ、今年もそういう日か」
事情が分かれば、口元も緩んでくる。
(結婚してもこういうイベントは参加できるもんなんだねぇ‥‥いや、うちの嫁さんの性格のせいか…?)
見れば行く手に行列が出来ている。
大勢の男たち。そこはかとないアキバ臭の漂う人々。
雪花がメガホンを手に整理している。
「ハイハイー、押さナイ押さナイ。高いチョコを多く買た人には売り子ト握手する権利が与えられるネ。一回握手した人ハもう一度チョコ買えば再度握手可! 貴方がチョコを買ただけ売り子には票が入るのヨ! 皆押しメン応援してネ!」
何だろう。
つい立ち止まってしまった所、目ざとく雪花が近づいてきた。
「オヤ、久志サン。横入りは駄目のコトヨ」
「あ、いや、僕はそういうわけじゃないんで‥‥それにしても、一体誰が来ているんです?」
「アア、今売り出し中のアイドルグループ『モノクロクローバー』ネ。聞いたことナイカ?」
「‥‥知らないなあ」
「‥‥ま、無理ないネ。今のところ顧客層も限定的ダカラ。でも近いうち必ずあの子タチはブレイクするネ。ワタシにはその未来が見えるのコトヨ。きと将来この時期に出たモノはプレミアがツク‥‥ダカラこのブロマイド買わないかお兄サン?」
「い、いや、あんましいらない‥‥」
迫っていたところ雪花は、向かいの通りを歩く犬人間を発見した。
早速ダッシュで捕獲にかかる。
「レオポールここで何やてるノ? 動物タレントの仕事かネ? 暇なら手伝てほしいのコトヨ。今日うちは犬の手も借りたいほど忙しいネ!」
チャンスと見て久志はその場から逃げる。
せっかくの待ち合わせ、間に合わなくなってはことなので。
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「‥‥つまんないですわね」
総指揮という腕章をはめ椅子に座っているのも、すぐさま飽きた。
なのでアオカは製作現場を巡回にかかる――実のところ、暇つぶしだが。
まずはヤエルの台。
「生クリームを鍋に入れ、中火にかけて暖めて、刻んだチョコレートを一気に注ぎ‥‥まぜるべしっ!」
ガガガガガガガ!
豪快な音と一緒にチョコの滴が飛びちる。
隣のシノンが急ぎヤエルのボウルを押さえなければ、全てが飛散していたことだろう。
「あわわヤエル、ボウルはしっかり持って! 力入れ過ぎだよ!」
「あ、ご、ごめん! あぶなかったあ」
相手が落ち着いたのを見計らい、シノンは自分の作業に戻る。卵に砂糖を入れ泡立て機で混ぜ、程よいところで手を止める。そこにココアと小麦粉をふるい、投入。
アオカが興味津々で見ているからか、口数が多い。
「バターは焦がしちゃだめだよ。粉はちゃんと篩にかけないと膨らまないんだー。生地はしっかり混ぜてね」
「こっちはなんですの?」
「ああ、そっちはクッキーの生地だよ。バターを馴染ませるために、冷蔵庫で寝かせるんだ」
媛はというと、砕いたビスケットを、タルトの型に敷き詰めた上に、生クリームとチョコレートの混合物を注いでいる。
「後は冷やすだけやね」
彼女は手持ち無沙汰にしているアオカを手招きで呼ぶ。包丁を使うのは苦手でも、デコレーションならなんとかなるのではないかと。
「これなあ、出来たら仕上げはアオちゃんにお任せするけん、自由にやってみてや〜」
「え、私がして大丈夫ですの?」
「大丈夫や。冷えたら表面堅くなるし、デコもしやすいんよ」
冷蔵庫にしまわれるタルトを見て、アオカも何事か考えたらしい。腕組みし、視線をそらして言ってくる。
「‥‥チョコ、余ってませんの?」
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冷やして固めたチョコレートを、レース紙に包んで小箱に入れて、リボンをつけてラッピング。
「OK、パーフェクトっ♪」
我ながら素晴らしい出来だと見ほれるキョーコは、ふと時計に視線を移した。
現在10:45。
「‥‥って、待ち合わせの時間ぎりぎりじゃんかっ!」
彼女は大急ぎでエプロンを脱ぎ、ハーフコートを羽織り、贈り物を懐にしてバイクに飛び乗る。
「せっかくのバレンタインデートに、遅刻するわけには‥‥!」
交通規制に引っ掛からないぎりぎりの所までかっとばし、公園に一直線。
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久志は、ただのんびり待っていた。元来自分の方が時間にルーズなので、時間3分前に向こうの姿が見えなくても、特に焦らない。
(時間間違えたかなー)
など考えながらいたところ、けたたましいブレーキ音。
思わず首を巡らせれば、公園入り口にバイクを乗り捨ててきたキョーコが、全速力で駆けてくる。
「はぁっ‥‥はぁっ‥‥ごめん‥‥遅くなっちゃった‥‥」
はあはあ息を整えて彼女は、改めて頬を赤らめる。
「朝から出かけちゃって、ごめんね? ‥‥きょうが何の日かわかる‥‥?」
久志は、とぼけた顔を作って答える。
「これで外してたら間抜けだけど、バレンタインデーって事で呼び出して貰ったって事でいいのかな?」
その鼻先に手作りチョコが差し出された。はにかんだ笑顔付きで。
「ハッピーバレンタインっ♪ 久志、愛してる♪」
戻ってきたのは、照れ隠しの軽い皮肉。
「‥‥今日ってコレを渡してくれる為にわざわざ外で待ち合わせしたのに、最初に一番大事な用事済ませちゃって良かったのか?」
2人手を握って歩きだす。自然に。
今日は風もなく、外にいても暖かい。梅の花がほころんでいる。
噴水近くの時計は11:30。
「その様子だと、朝、食べてないんじゃない? 僕もまだだし、どっか食べに行こうか?」
程よく腹の虫の声。キョーコは耳まで赤くなる。
「あっ‥‥これは‥‥その‥‥お腹‥‥空いた‥‥」
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「なー。もう昼なんだけど帰っていいか?」
旗持ちしているレオポールの申し出を、雪花はにべもなくはねのけた。
「何言ってるネ。稼げるときが稼ぎ時ヨ」
それから自分の客に顔を戻し、流れるような営業トークを始める。
「ワタシが中国四千年の漢方の秘薬を配合した特製チョコを販売するヨ。これを意中の人に食べさせれバ、最早彼は貴方の虜。ああソウソウ、ついでにこの漢方茶も購入していくとヨロシ。美肌効果抜群ヨ。宇宙農園で栽培されタ、スーパーアセロラ茶なのヨ」
バイトたちにも気を配る。
「チョコの売上が一番多かった人にはボーナス出すヨ。但シ勝手に「特別サービス」しテ小遣い稼ぎは許さなイ。長くのし上がるためにハ、王道を歩むしかないのコトヨ」
本日彼女は、とにかく忙しい。
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ココアにまぶされたトリュフ。
クラッシュナッツを入れたトリュフ、
外側に粉砂糖をかけたトリュフ。
デコペンとアラザンでデコレーションしたトリュフ。
アーモンドを載せたトリュフ。
抹茶味のトリュフ。
バリェーション豊かなトリュフ尽くしを、ヤエルは小分けにして箱に入れる。
こちらアオちゃん、こちらシィちゃん、これは藤堂ちゃん、後のは今日来られなかった友達の分。
「よし、出来ました!」
他のメンバーも、次々チョコを完成させていた。
シノンはオーブンの中で膨らんで行くフォンダンショコラを、うっとりと眺め呟いている。
「生地が膨らむみたいに、愛も膨らむといいね」
媛は、彼のと一緒に焼かれている自分のフォンダンショコラから視線を外し、アオカに顔を向けた。
生チョコタルトをホイップクリームとチェリーで飾り立てたアオカは、自作のチョコレートを冷蔵庫から取り出している。
数粒ほどしかないが、ホワイトソースでマーブル模様を入れたり、細工をして花の形にしていたりと、芸が細かい。
「わあ。かわいいやん」
「藤堂さんのお陰ですわね」
オーブン終了のチンという音。
ミトンを手に媛が扉を開け、焼き立てフォンダンショコラを取り出した。
部屋一杯に広がる香りに、誰の食欲もそそられる。
時刻はちょうど12時。
チョコクッキーも既に焼き上がり、タルトは切り分けられ、皿の上に並んでいる。
「今日はみなさんご苦労様でしたわ! さあ、試食会と行きましょう!」
アオカの呼びかけで、皆席に着く。
彼女に媛は、ほかほかのフォンダンショコラを差し出した。
「はい、コレはアオちゃんに〜♪ アオちゃんにはいっつも遊んでもろたり、お世話になっとるしねぇ。日ごろの感謝なんかもこめてプレゼントなんよ〜」
「あら、悪いですわね」
(あらら、シィちゃん先越されちゃった)
媛にもヤエルにも、シノンの気持ちは筒抜けだ。
分からないのは好意を寄せられているアオカ当人くらいのもの。
「アオカ、しぃの愛を受け取って!!!」
「え、シノンもですの? 甘いものばかりですわね‥‥まあいいですわ、もらっておきます」
肩透かしな反応にちょっと萎んだシノンはしかし、次の言葉に復活する。
「せっかくですから、私のチョコ、食べてくださいます?」
「――うん!」
(私は特別に好きな人って、まだいないけど。ああいうのっていいな。アオちゃんを不幸にしたら、それはそれでアオちゃんの友人として許さないけど‥‥もし雰囲気とかいいようだったら、2人だけにしてあげたいな‥‥)
あつあつなフォンダンのチョコを味わいつつ、真面目に考えるヤエル。
そこでいきなり、バタンと椅子がひっくりかえる音がした。
びっくりしてそちらを見れば、シノンが白目になって倒れている。
「アオちゃん、チョコに何入れたん!?」
慌てて聞く媛にアオカは、目をぱちくりさせる。
「え、あまった卵黄にプロテインの錠剤と、あとそこに咲いてた花の葉をそのまま‥‥」
花? 花などあっただろうか。
訝しむ媛たちは、アオカが指さす方向に見つける。
シャー
いつのまにか部屋の隅に潜り込み咲いている――どこからどう見てもキメラな花を。
アオカはそうと気づかぬまま、勝ち誇ったように言う。
「シノンはもうちょっと肉をつけないと、女の子を守れませんわよ?」
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夕暮れ。
バイトを帰した雪花は、レオポールが机と椅子を片付けているのを見ながら、肩を揉んでいた。
「ヤレヤレ、今日は一日大仕事だったネ」
通りを眺めれば、腕を組み帰路に就いているキョーコと久志の姿が。
雪花は眉をひそめ、カウンターの下から小袋を取り出す。
中にはアーモンドチョコレート。
「ワタシも何かの気の迷いでチョコを作てみたガ、あげる相手がいないナ。お金儲けより素敵ナ‥‥あぁいやいやワタシらしくもないネ」
首を左右にするところ、ぶすっとしたレオポールが近づいてきた。
「終わったぞ」
「アア、有り難うネレオポール」
言いかけた雪花は、相手に見えるよう小袋を持ち上げる。
「欲しいカ?」
「え、なに、バイト代くれんのか?」
「まあそんなところヨ。いるカ?」
「そりゃくれるなら欲しいけど」
「じゃあげるネ。皆で分けて食べるとイイネ」
「おー、たまには優しいんだなお前。ありがとよ」
袋を受け取って帰って行くコリー人間の姿に、雪花はふっと苦笑を浮かべた。
「マ、一番最初に欲しいと言た人にあげるヨロシ」
珍しく裏のない表情で。