●リプレイ本文
地球の片隅。焼き肉ハウス『花じゅう』のお座敷。
「パパ、来る人多そうだけど予算大丈夫?」
「大丈夫だってレオン。局からボーナスが出たんだから。食べ放題だから上限額は決まってるし。それにしても、ポーレットも来りゃよかったのに」
「仕方ないわレオポール。あの子はテニスクラブの活動で忙しいから」
「お姉は最近付き合い悪いよね、ポール兄」
「色々あるんだよ。クラブ活動以外も」
「おい、クラブ活動以外ってなんのことだポール」
(あ、やってる)
会話を耳にモココ・J・アルビス(
gc7076)は、座敷のふすまを開けてあいさつする。2人の子供を連れて。かつて17の娘であった彼女も今や27の女性。そして母。
「お久しぶりです! ‥‥私のこと、覚えてますか?」
レオポールは、はたはた尻尾を振った。
「おー、覚えてるともモココ。まあ座れ座れ。今どこに住んでるんだ?」
「はい、オーストラリアに住んでます。それで‥‥」
続けようとして彼女は、テーブルの隅にいる先客に気づく。
レモンスカッシュを飲んでいる10歳程の少年。どうも見覚えのない顔。
「あの子は?」
「さあ‥‥なんか当然のように入ってきて居着いてるんだよな。まあ、誰かの関係者だろ」
何とも大ざっぱな認識。
モココはふっと笑い、久しぶりにレオポールの毛をもふる。昔、彼から赤ん坊を抱かされたことを思い出す。
略奪を受けた町に置き去りにされていたみなしご。指を握る手の何と小さく暖かかったこと。思えばあれが、今の母親としての自分を作るきっかけになったのかも知れない。
母親の真似をし夫をもふり始める子供たちの姿を見て、メリーもほほ笑んだ。
「かわいいお子さんたちですね」
「いーえ、猫かぶってるだけですよ。これが家だとすごいんですから。我がまま三昧。旦那が頼りにならないから、私が怒ってばっかりで‥‥」
愚痴っているところ新しいお客。両脇に特大のクーラーボックスを抱えた最上 憐(
gb0002)。
彼女は現在20歳。年相応に成長してはいるが、相変わらず小柄な印象を受ける。
「おー、久しぶりだな憐」
「‥‥ん。久しぶり。レオポールは。老けたね。そして。肥えた」
「いででで! 腹の肉引っ張るな!」
「‥‥ん。学園に。ダイエットしに来ない? 今なら。私が。講師として。鍛えるよ。それとも。久しぶりに。依頼に行く? しかし。千切れないね」
「千切られてたまるかいてえわ! 止めろって!」
騒ぎ声に引き付けられたわけでもあるまいが、後は続々やってくる。
まずはジョー・マロウ(
ga8570)。30歳。
「よ、レオポール氏、あれからしっかり出来るようになったかい」
3歳くらいの娘を連れた流叶・デュノフガリオ(
gb6275)、27歳。
「呼ばれて来たよー。ん、傭兵の人と会うのは久しいね‥‥はい、お靴をぬいでねー」
その夫ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)。同じく27歳。
「妻の流叶と二人で参加するよ♪ お誘い、どうもありがと♪」
ワインに紅茶にチョコレートのお土産袋を下げてきた、クレミア・ストレイカー(
gb7450)。36歳。
「本当に久しぶり。しばらく会ってないからちょっと見違えたわね」
夢守 ルキア(
gb9436)は確か25になるはずなのだが、10年前と容姿がほとんど変わっていない。
「胴回りが育ち過ぎじゃない、レオポール君?」
翻って刃霧零奈(
gc6291)はだいぶ変わっていた。結婚し名前が「蒼 零奈」になっているだけではない。髪染めをやめ元の金髪に戻り、長さも腰までのロングストレート。和服姿で、すっかり落ち着いた雰囲気。今年で29歳。
「この度はお招き頂きありがとうございます」
彼女の8歳になる息子琉夜は、お座敷に入るなりレオポールに突進してきた。
「わーっ! 生わんこおじさんだ! すっごい! この毛本物だったんだ!」
毛をもふるどころか掻き混ぜられるレオポール。零奈は慌てて止めに入る。
「こら、あんまりはしゃがないの。レオポールさんに迷惑でしょ?」
「いや、このくらいなら慣れてるから大丈夫だぜ。もっと小さいのはスッポンみてえに食いついてくるからな。それから比べればまだまだ」
「そうですか‥‥? あ、あの、宜しかったら‥‥サイン頂けませんか? 息子が大好きなもので‥‥」
レオポールが出された色紙に文字を書いているところで、彼女は、知り合いの存在に気づいた。
「モココさん、お久しぶりです」
「零奈さんこそお久しぶりー! わあ、なんだかこんなところで会うなんて、うれしいですー」
2人して女学生のように盛り上がり、近況報告へ移行する。
「旦那様とは、どうです? 元気にされてますか?」
「ええ、元気は元気なんですけど、ここのところ仕事仕事で‥‥どこかに家族で行く暇とか、ないですねえ。せめてその代わりにって、この子たちをここに連れてきたんです」
そこに豪快な声が響いてきた。
「そうかそうか火星か!」
「そうヨー。何事も人に先んじるのが成功の秘訣ネ」
孫六 兼元(
gb5331)48歳。
使い込まれたオレンジのツナギと、背中に「Private Search and Rescue」とあるフライトジャケットを着た彼は、相変わらず声が大きかった。
「よう、皆元気にしとったか! ガッハハハハハ!」
音量を避けるため耳を寝かせ気味にしているレオポールは、続けて入ってきた楊 雪花(
gc7252)を手招きする。
「お前も子連れで来たか。こっちだこっち」
「オオ、席空けてもらて悪いネ。はいコレ。皆サンに雪花軒名物点心詰め合わせのお土産ヨ」
現在27歳の彼女には、4歳くらいの女の子がくっついている。
「さ、行こうネ」
「ウン。ところでこのせきは1人おいくら?」
「タダヨ。全てハあの犬おじさん持ちだかラ」
「わあ、すごくおとくねママ」
最初からいる少年は素知らぬ顔で、勝手にフレンチポテトを頼みつまんでいる。
最後にミーチャとペーチャがやってきた。
相変わらず似てない双子だが、10年の間に髭を生やしている。
ペーチャは鼻の下に上品ぶってちょっぴり。
「や。ちょうどいいお時間でしたようで」
ミーチャも同じく鼻の下だが、こちらもさもさしている。ドワーフみたいな有り様だ。
「飲み過ぎるなよお前ら」
居並ぶメンバーの顔を確認しレオポールは、首をかしげた。
「クレミア、亭主は?」
「そうね〜。何でもTV局に潜入してるみたいよ。それで今日は来られないって。ん? どうしたの?」
「いや、そういうことまだやってんだって思ってな。ルキア、キリルとクローカは?」
「ああ、2人なら来られないよ。キリルは内戦地域のネゴシエートに忙しいし、ソナーレは今宇宙にいるし――ヴァリヤーグに乗ってるんだよ。今や中尉さんだからさ、なかなか休みとれないみたいだ。帰ってきたら宇宙のハナシ、聞きたいなぁ」
「そっかあ。残念だなあ‥‥あ、待て。ウェストも来てないぞ?」
その疑問にジョーが肩をすくめ、手を広げる。
「ドクター・ウェスト? 覚えてないのかい? LHがUPCに統合された直後に、ちょっとした騒動があったろ。あの時、主犯者として死んだよ」
「えっ!? マジで!?」
「マジだって。むしろなんで知らないんだよ」
「だってそんな主犯者のことなんか、新聞でもテレビでも全然報道してなかったぜ!?」
「え‥‥あ、そか。スマン。そういやあの件、一般には報道規制かかってたんだったな。仮にも能力者が反逆めいたことしたとか、時期的に公表したらまずかったし‥‥」
ルキアは黙って一人、ほお杖をついている。
ウェストがどうやって死んだのか彼女はよく知っている。ほかならぬ正規・傭兵合同部隊の一員として彼の鎮圧を請け負ったのだから。
無数の弾丸を浴びてゆっくり沈んで行くKV。
最後の光景を思い浮かべれば、下腹が不意に痛くなる。
「‥‥昔、旦那関係の依頼では随分と旦那共々助けて頂いたから‥‥寂しいですね‥‥」
悲しそうに言う零奈の隣で、雪花が肉を焼き始めた。よさそうなのから。
「さあサ皆。宴会始めるネ。どうせもう10年も前のコト、死んだ子の年数えても始まらないネ」
憐がクーラーボックスを開け、岩のような肉の塊をどんどんどんとテーブルに置き、持参してきた肉きり包丁で切り始める。
レオポールがあわてて問いただす。
「おい憐、そりゃなんだ?」
「‥‥ん。お土産に。肉を。持参した。キメラじゃないので。安心して」
「いやでもお前、店に持ち込みとか‥‥よかったっけ?」
「‥‥ん。今の。私が。本気で。食べると。多分。レオポールの。貯金とか。全て。吹き飛ぶ」
「‥‥そか。じゃあ好きにしてくれ‥‥」
冷えたビールとジュースが運ばれてきた。
クレミアがおほんと咳払いし、ビールジョッキを手に取る。
「じゃ、仕切り直しに乾杯といきましょうか」
最初からいる少年は進行に知らん顔。年の近い琉夜が話しかけてくるのを適当にあしらい、流している。
●
某紛争地帯。
31歳となったキリル・シューキン(
gb2765)は、政府施設の窓から外を眺めていた。
照りつける太陽に炒りあげられた赤い土。風が吹くたび舞う埃にくすむビルディング街。それを囲むスラム。
理想も目標もとっくの昔に失せ報復と利益だけが原動力となった内戦を終わらせ、この国に平和という状態をもたらす――それがUPC紛争調停団の仕事であり彼の仕事だ。
この2年ほどずっと妥協点の探りあいだった。
「ついに反政府軍の司令官との直接交渉が行えるのだね、シューキン君」
「はい、大統領。反政府軍の息がかかった議員の立候補をあなたがお認めになったおかげです。これで先方から、より信頼を得ることが出来ました」
「‥‥しかし、高くついたな。奴らこれからその議員を通じ、中央にさまざま工作をすることだろう」
「ですがこれからは彼らを、銃でなく世論に訴えることで抹殺出来るのです。そのほうが安上がりでしょう」
「‥‥まあ、ものは言いようだな。とにかくキミには近々、再度交渉に行ってもらう。命の保証はないが――部隊はつけずともいいのだね?」
「はい。向こうの気を立てることになってはもともこもありません。問題ありません。私には優秀な同行者がおりますので」
彼は武器を取らない。それらは妻である夢守ルキアに、一任している。
●
「戦後しばらくは一般の救助隊では難しい高度な救助、及び戦闘を伴った救助が増えることを見越し、能力者によるSARを組織する事を各所に提言しとったんだがな、それだけでは到底間に合わん。その先駆けとして、自ら会社を設立してな」
兼元はビールの泡を口元へつけたまま、席にいる人々に名刺を配っている。
商売話には敏感な雪花が早速手を挙げた。
「なかなか興味深い話だけド、ULTやUPCとはどう差別化を図っているネ?」
「ULTの依頼は傭兵が依頼を請ける迄の時間が掛かる為に、即応性に欠ける欠点を補い、UPC等の政府機関では手が回らない部分での対応を中心としている。民間ならではのフットワークの軽さと、個人でも出動要請出来る手軽さも、売りの一つだ!」
ペーチャも乗ってきている。
「ほほう‥‥それは何かと便利ですね‥‥連絡先はこの番号でよろしいので?」
「ああ、就職希望も出動要請も、いつでも受付中だ!」
「頼もしいことネ。あ、そダ。目下社員サン何人ほどいるネ?」
他のメンバーは、よもやま話に花を咲かせている。
「というか、まだ傭兵やってんだあんた。せめてエミタ除去して軍属やめりゃ、毛がどうのとか言われることはないんじゃないかな」
「そうもいかねえよ。これで定着して看板もっちまってるから」
えへんと胸を張るレオポールに、ルキアと憐が手を叩く。
「看板番組かぁ。すごーい!」
「‥‥ん。テレビの。仕事。続いていて。何よりだね。テレビの。仕事。無かったら。きっと。今頃。一家離散してたかもね」
そしてひょいひょい焼けた端から肉を取って行く。
「こわいことを言うんじゃねえ」
キャベツだのタマネギだのばかり食べる羽目となっているレオポールの膝に、雪花の娘が乗ってきた。
彼はしんみりその頭をなでる。
「‥‥しかしほんとポーレットが冷たいんだよなあ。昔はあんな子じゃなかったのに‥‥こんなふうにくっついてきてくれたのに‥‥」
気の毒なのでジョーは、元気づけてやる。
「ま、あのくらいの年頃は、なんだかんだ理由を付けて父親を嫌がるもんらしいからさ。そう気にするなよ」
そこでクレミアがくすりと笑った。
「思春期真っ盛りの女の子にとって許せる異性は彼氏だけよ。というか、彼氏がいるんじゃないのポーレットちゃん」
がくんとコリーの顎が落ちた。
追い打ちをかけるように彼の息子、レオンが言う。
「ああ、そういえば最近よく電話とかメールしてるね、ポーレットは」
「ウソだポーレットはそんなことしない!」
雪花はかぶりを振った。豚トロを食しながら。
「レオポールだてその年頃くらいには奥さんのお尻を追い回してたデショ? あきらめが肝心ヨ」
「違う、うちのポーレットはそんなこと‥‥そんなこと‥‥うわーんウソだあオウオウオウオウ!」
ショックのあまり奥さんの膝で泣き崩れるレオポール。
息子たちは慣れているのか一向干渉していない。
クレミアは携帯を手に取り、彼に示す。
「ほらほらそんなに鳴かないの。うちの犬っ子たち見せてあげるから。かわいいでしょー。5匹いるのよ。右からスコット、ジョン、バージル、ゴードン、アランて言ってー」
横からジョーの突っ込みが入る。
「ミンミンは?」
「おっ、元ネタが分かるとはさすが年の功ね♪」
最近お腹回りが気掛かりになってきたこともあって肉の摂取を控えめにしているモココは、まだぐすぐすやってるレオポールを見る。
こんな頼りない夫でどうやってこれまで子育てを頑張ってこられたのか、妻として母として秘訣を知りたい。
ので、メリーに聞く。
「秘訣? ‥‥うーん、なんていうのかしらねえ。結局好きだからでしょうね。後ここだけの話、この顔を見てると何かあっても、どうも怒り切れなくて。犬なんだから仕方がないなって思えちゃって‥‥」
理不尽であるがすごく納得いく説明である。確かにレオポールは時々犬にしか見えない。
「そういえばモココさんも、まだ傭兵を?」
「あ、はい。やっていたほうが気持ちが落ち着きますので‥‥このままあの子たちを育てられるのか‥‥正直、自信はないです‥‥世界は平和になっていっても‥‥私は傭兵を続けるしかないですから‥‥」
「‥‥なにか自分からする気持ちがあるって、いいことですよ。それがあるなら、子育てだって十分出来ます」
騒がしい音を響かせ兼元が、モリモリご飯を食べている。
「ワシも50歳を目前にしても現役で活動出来るのは、能力者の力が有ればこそ! さあ、肉を食うか! ガッハハハ!」
憐はデュノフガリオ夫妻と話をしている。
「‥‥ん。私は。最近。生徒とか。後輩傭兵に。カレーを。飲ませる。指導をしている。傭兵歴が。15年越えたからか。後輩とか。新人の。面倒を見ろと。うるさく言われる。ヴァレスの。ところは?」
「傭兵は、ほぼ引退状態。たまに俺がちょっと出稼ぎ程度にいくくらいで。あとは戦場になんている事はなくなっちゃったね。一応エミタは自衛用にとってあるよ、何かあった時家族を守らないといけないからね。これは、外せないかな」
「私は最後の決戦の後、傭兵で有る事をやめて仕舞ったからさ。元々向いては居ないんだ、切った張ったの世界はね。エミタを摘出していないのは‥‥弱さ、なのかも知れない」
彼らが話している間、娘は退屈したか、もたもた席から離れた。
「こんな時世だ、家族を守る事も出来ない‥‥それは矢張り、如何しても怖い。何度も私を助けてくれた愛機のシュテルンだけは置いて貰っているが‥‥もうあの子に乗ってやれるかどうかは‥‥少し、分らないな。それに今は‥‥」
何とか持ち直し鼻をすすっているレオポールと、雪花、ルキアたちのほうへ近づいて行く。
「私はULT傭兵を続けてる。キリル君が調停官として向かうトキは、大体同行するね」
「へえ。お前あいつと一緒になったのか?」
「そうであるような、そうでもないような――そうそう、最近ね、自分の出身が分かったんだ。長いこと不明だったけど」
「ほウ、それは目出度いコトネ。しテ、どこの生まれだたネ?」
「――あは、内緒。というか雪花君、この子の父親は誰なの?」
「内緒ネ。そのうち気が向いたら教えるヨ」
「隠し事好きだな、お前ら。おっ‥‥いてて」
レオポールの尻尾をくいくい引っ張って遊び始める。
ようやくそれに気づいた流叶は、身を乗り出して連れ戻す。
「あ、そっち行っちゃダメだってば―。ほら、こっちにいらっしゃい」
膝上に戻されてしまったことに幼子は不満だったらしい。軽く暴れ始める。
「ん‥‥この子の育児も有るしね。手は掛かるが‥‥可愛いものだよって、こら、襟を引っ張らないの」
引っ張られた襟を戻し流叶は、なだめすかしにかかった。
「悪戯しちゃダメだよ♪」とヴァレスが、軽く娘の頭をぽむりとやる。
「今度美味しいお菓子作って上げるから、今はめっ、な? ‥‥失礼、少しやんちゃでね。まぁ‥‥子供のする事だ、平に御容赦をと」
「‥‥ん。子供は。みんな。そう。気にしない。ヴァレスも。KV。まだ持ってるの?」
「一応。‥‥懐かしいな。何年乗ってないだろう? 愛機、埃被っちゃってるかな‥‥今はね、小さな喫茶店を経営してるよ。俺がマスター、流叶がウェイトレス。二人だけの小さな喫茶店だけど。そこそこ稼げてるよ♪ 流叶の作る御菓子が中々評判でね、俺もよく作ってもらってるよ♪ ぁ、気が向いたらおいでよ、サービスするよ♪ ね、流叶♪」
「‥‥ん。それは。是非。お呼ばれして。みたいね」
(‥‥食い尽くされるんじゃないのかね)
危惧を覚えるジョーのコップに、零奈がビールを注ぐ。
「どうぞ」
「こりゃ悪いね。ありがと零奈さん。いやあ、女将姿がよく似合う」
「あら、ほめても何も出ませんよ。ジョーさんは、今は何をしておられるんです?」
「俺はエミタ除去をして、旧ニューヨークで探偵業を再開してる。ま、前とさほど変わらんさ。人探しや浮気調査、そんなんばっかりだよ。コネで安く依頼してくるやつもいるけどな」
じろっと睨んでくる彼にルキアは、小狡そうな笑みで返し、いざり寄ってきた。
「あ、そうそう。また依頼頼んでいいかな? デューク君の遺体の場所を調査願い。死体はあった。でも、その後の情報が途絶えてる。第一、敵の遺体を埋葬する?」
「追跡調査? いやだよ、ただでさえ「元関係者」ってことで睨まれているんだ俺は。これ以上はその件に首を突っ込みたくないね」
●
13年9月 ウラル工業大学へ入学、航空宇宙工学を専攻。
17年 大学を成績優秀で卒業。宇宙軍アカデミーへ入学。同時にロシア宇宙軍へ異動、士官教育を受ける。
21年 卒業し宇宙軍第2宇宙艦隊に配属。
(そして23年3月の今、僕はここにいる。中尉として)
23歳になったクローカ・ルイシコフ(
gc7747)は、月周回軌道に停泊中のEX級宇宙巡洋艦ヴァリャーグ機関部にいた。
只今崑崙より物資を補給中。仕事といっては機関の様子を見るだけ。
上級士官が月面に降りていることもあって、艦内は静かだ。
(エンジン、異状なし)
同僚が席に着いているのを確認し彼は、ぶらりと通路に出た。
途中、窓の前で足を止める。
闇に浮かぶ青い星――地球もここから見れば、頼りないほど小さい。
(そういえば、傭兵仲間で飲み会があるとか言っていたな‥‥)
彼も彼女もそこにいるのだろうか。
あの球体のどこかで行われている騒ぎを想像すると、自然に顔が緩む。
●
「しかシ十年一日の思いヨ。時の経つのは早いものダ」
「まあなあ。お前雪花軒、よその人に任せたんだってな。こないだ行ったら店主が違ってて驚いたぞ」
「今は活動拠点を火星に移してるからネ。マリネリス渓谷というところヨ。ゆくゆくはこの渓谷一体が我が物になる予定のコト。レオポールが奢てくれたコノ焼肉、美味しいわりにやけにリーズナブルだと思わなイ? これ火星の雪花牧場が卸したものでアルヨ。マルスビーフ、マルスポークと書いてるデショ? ひょとしたらレオポールの生活圏はワタシの息が掛かたところばかりカモネ?」
「またお前そんな‥‥冗談だろ?」
虚々実々な雪花の話と、
「子供は3人。1番上が男の子で、下2人が女の子。長男はしっかりもので大人しくてね、ただちょっと口数が少なくてぶっきらぼう、かな? 優しい子なんだけどねぇ。今は家で留守番して、長女の世話してくれてるよ♪ 長女は兄に甘えっぱなしだね。よっぽどお兄ちゃんが好きみたいで、世話焼いてばっかりだよ――」
「そーなんだー。いやうちもね、私似と旦那似の双子がいるんだけどこれがいい子なのよ。眼鏡っ子とポニーテールの養女も2人いるんだけどね、これがまたあなたよく出来た子で――」
少しロレツが回らなくなってきているヴァレスとクレミアの家族紹介を止めたのは、兼元だった。
「ウム、出動要請か? 直ぐに戻る、ワシのKVを待機させておいてくれ!」
携帯電話に大音声を放った彼はすっくと立ち上がり、白い歯を見せ、親指を立てる。
「皆、いつでも連絡をくれ! いつでも何処でも、即参上だ! ガッハッハッハ!」
言い放つやズパァンとふすまを開けズパァンと閉め、ダッシュの足音響かせ去って行く。
一拍置いて雪花が漏らす。
「嵐のような人ネー。ま、ソレはソレとして、そろそろお開きニハいい時間かもネ?」
「そうだね。子供連れの人も多いし‥‥私、ちょっとトイレに行ってくる」
ルキアはよいしょと立ち上がり、お酒が入っている故かふわついた足取りで座敷から出て行く。
それを眺めていたクレミアもまた、立ち上がる。
「私もついでに行ってくるわ。カバン置いとくから見ててね」
飲んだビールや酒やジュースのビンがあちこち散らばり、皿の肉も野菜もすべて片付けられ、お腹一杯。話すべきことも話した。確かにそろそろお開きの時間。
認めて一同は帰り支度を始める。
そこで、これまで黙ってご相伴していた少年――最初からいた金髪の子――が、いきなり口を開いた。
「おじさん達、面白い話をありがとう。僕の番号はDWC−02。とある能力者の2番目のクローン体なんだって。1番目は不具合があって死んじゃったんだ」
何がなんだか分からず固まる場。
「研究所の人達は、僕に同じようになってほしくないと思っているみたいだけど当たり前だよ! 僕は僕、オリジナルとは全然別物じゃないか。オリジナルのように白髪じゃない。オリジナルのように家族がいたわけじゃない。同じ環境で同じ経験を積ませれば、似たような形質をもつかもしれないけど、その可能性もほぼ0だろうね。改めて僕の番号を繰り返す、僕の番号はDWC−02。別の時代、別の環境に生かされる僕は、あの人と同じにならない、なれない――ではそういうことで、ごちそうさまでした」
ぽかんとしている大人たちの間を擦り抜け少年は店の外、町の雑踏の中に駆けていき見えなくなる。
ややしてジョーが呟いた。半信半疑の表情で。
「え、あれ‥‥もしかして‥‥ドクター・ウェスト(
ga0241)?」
●
トイレの鏡に映る顔は10年前とほとんど変わらない。
未成年としての特徴がなるべく損なわれないように作られているのだ。でないと長続きする商品にならないから。
(愛玩用のジーンリッチ、か。――愛、なんて無い。分かっていたケド)
この時期にそんなこと知るべきでなかったかもしれない。
流しっぱなしにしている洗面台の水が止まった。
顔を上げるとクレミアがいる。
「あなた、もしかして妊娠してる? だったらお酒はよくないわよ?」
ルキアは目を見開いた。
沈黙の後、小さな小さなかすれ声が出る。わななく唇から。
「あの、ね。検査薬使ったら、陽性だったの。――もう、産めないと思ったのに。春売りしてた頃、絶対ダメだったし」
タイルの床に水滴が落ちる。
「愛し方も、ワカンナイのに。ジブンの汚いお腹に、子供がいるって、怖いの」
クレミアは相手の体に手を回し、背中をたたいて落ち着かせる。自分の娘たちにやるように。
「あなたは一つも汚くないわ。あなたの好きな人は、あなたを愛してくれている?」
「‥‥多分ね‥‥」
「なら大丈夫よ。荷物が重すぎるときはね、誰かの肩を借りていいの。それは悪いことじゃないわ。全然ね」
●
宴も終わり、三々五々皆散って行く。
「‥‥ん。今日は。楽しかった。また。懲りずに。呼んでね?」
「おう、呼ぶぞ。またな」
憐に続き、琉夜を連れた零奈。
「あの、宜しかったら今度はご家族で、あたしどもの宿に来てくださいね。今日のお礼も兼ねて、おもてなしさせて頂きますので♪」
「有り難うございます。それではまた夏にでも、家族でもうかがいますね」
メリーと話す彼女の後ろで、モココはこそっとアマブル家の子供たちに聞いている。自分の子供たちと手を繋ぎながら。
「ねえ。君たちはお父さんについてどう思う?」
「そこそこ及第かな」
「まあ、そんな感じだよね」
「超毛深い」
「おい、また何の話なんだお前らは」
「ふふ、内緒だよ。それじゃレオポールさん、またね」
「ウオーン」
流叶は、お眠な娘を抱くヴァレスの傍ら。
「御菓子はそれなりに好評を頂いている、かな? 紅茶は‥‥まだヴァレスの味には及ばないがね。今度暇ならいらっしゃっては如何だろう? 此度の食事の礼くらいはさせて頂くさ、なぁ、ヴァレス?」
「うん、そうだね。新作ケーキも続々出てるし、娘さんも気に入ると思うよ?」
「おお、そか。そんじゃ今度こそポーレットも一緒に連れて行く」
ジョーは落ちつかなげに周囲を見回している。
先ほど席を立っていったルキアの帰りを待っているのだ。言い残したことがあるので。雪花が先に席を立つ。
「でハ御馳走になたヨ。そうそウ、ワタシも名刺渡しておくネ。何かの際にはご利用ヲ」
「ん。『雪花商会』? 手え広げるなあお前‥‥」
ようやくクレミアとルキアが一緒に戻ってきた。
「あれ、私たちが最後なのね。それじゃ長々お世話になりまして。今度、いつ来るかわからないけど、とにかく元気でやっていてね‥‥」
「うん、お前も元気でな」
クレミアが挨拶している隙にジョーはルキアへ忍び寄り、耳打ちをする。
「ま、こいつは噂なんだが、どうやら古参の能力者ということで、その遺体は未来研の研究所に運び込まれたらしい」
向けられてくる視線に、にやり。
「そ、兵舎のわきにある小さな墓には何も入ってないらしいぜ。それとな、さっき――」
「‥‥あんがと。参考にするよ」
その言葉を聞いてから、レオポールたちにお別れの挨拶を。
「探偵にご用命があれば、いえいえそれ以外でも、ぜひともよろしく」
「んー、また機会があったら来いよ」
探偵はひょうひょうと去って行く。
最後にルキアが場を辞する。ふっ切れたような笑顔を浮かべて。
「じゃ、皆元気で」
「おう、お前も元気で。キリルとクローカに、よろしくな」
●
時はたちまちのうちに過ぎる。
今この瞬間も将来には、追憶の対象となってしまうのだろう。
(10年前、か)
クローカは忘れない。あの戦争の最後の1年半を、ある喫茶店で過ごしたことを。
(能力者となった身寄りのない僕を、彼らは迎え入れてくれた。溢れるほどのヒカリと暖かいセカイをくれた、彼らを忘れはしない)
相変わらず地球は目の前にある。瑞々しく生き、動いている。
思い出す。彼が「子供の写真を送る」なんて言ってたことを。
けれど、結局地球にいるうちには届かなかった
(馬鹿、宇宙にいたら手紙なんて来ないじゃないか)
思い出す。彼女に自分が「星空の果てを見にいく」なんて言ったことを。
(今から火星へ行くとこだ。まだ、庭の外にも出れちゃいないじゃないか。あぁ、あの頃と何も変わらない。もっと知りたい、もっと遠くへ行きたい!)
胸が燃える。渇望に、焦燥に、限りない懐かしさに。
(彼女は今の僕になんて言うだろう)
サイレンと共に艦内放送が響き渡った。
【物資積込完全終了 物資積込完全終了 総員配置に‥‥】
帽子を被り直したクローカはきびすを返し、足早に持場へ戻る。
10年前見た星達、今も変わらずそこにあるものに、終わりのない戦いを挑むために。
●
反乱軍の首領は海千山千と呼ぶにふさわしい面をしていた。
これは、数え切れないほど敵と味方を殺してきた顔だ。
「お会いできて光栄です、大佐殿。本日、あなたの後援する議員は民主的プロセスに則り、国政議会に当選いたしました」
「ああ‥‥そのことには礼を言おう」
ルキアは夫と相手のやり取りには耳を傾けていない。部屋の内外に充満している兵の気配にこそ、気を配っている。
「今度はあなたの番です。動員している兵士たちの武装解除命令。そこまで行なってこの国に平和が訪れます。大佐殿の命令により全軍の90%が武装解除することになります‥‥そして」
残りの10%が大佐の身を守る部隊だということは言うまでもない。
「命令に従わない軍隊の処遇は、政府軍側に一任される。‥‥ええ、悪どい交渉だとわかっていますが、そうしなければあなたの身分が危うい」
「‥‥政府軍が約束を守るという保証がどこにあるのかね。彼らはいつも停戦条約を反故にしてきた」
そこはあんたも一緒だろ。
と思っていても直接には言わない。遠回しに遠回しに堀を埋めて行く。それが交渉というものだ。
「結局削減を認めたのは60%か。値切られちゃったね」
「いや、今のところはあれでいい。まだ始まったばかりだからな」
「気が長いよね、ネゴシエートって」
滞在先のホテルに戻ったキリルは部屋に入る前に、ふいとルキアを抱き寄せ、軽く口づけをした。
彼女は彼のスーツの裾を引っ張る。相手が離れないように。
「‥‥あのね、子供が出来たみたい」
「‥‥そうか」
「驚かないの?」
「いや、なんとなくそんな気はしていてな‥‥」
「ビジネスは続ける。コネ使って阻止しないでね?」
肯定も否定も戻ってこない。
困った顔をしているのかなとルキアは思ったが、そのままにしておいた。むしろ困らせてやりたかったので。
もう少し話を続けよう。彼と私と2人の気持ちをまとめるために。
「先日さ、レオポールくんにお呼ばれして焼き肉食べに行ったじゃない? そこでさ、デュークくんのいろんなハナシ聞いてさ‥‥」
●
「へえー。端役を強制させられたタレントからの依頼?」
「ああ、それがこの契約書」
夫から見せてもらった機密文書を斜め読みしたクレミアは、歯ブラシを咥えたまま眉をひそめた。
「これレオポールの出ている番組と同じ製作会社じゃない? そういえば、レオポールが出ている番組ってレギュラーの入れ代わりが激しいようだけど‥‥。気のせいかしら?」
「いや、気のせいじゃない。調べるにスポンサーの威光が強すぎて、局内の人事が牛耳られてしまっているらしいんだ」
「それはちょっと困りものね。どこのスポンサーなの?」
「ええと、最近伸びてきてる雪花商会っていうところで‥‥」
「‥‥え?」
●
どことも知れない場所。
一輪のタンポポが咲くそばに、少年が1人座っている。
彼の目に映るのは、青い空の白い月。
「僕はどういう大人になるのかな、デューク・ウェスト」
答えはない。
それはまだ、誰にも分からないから。