●リプレイ本文
「うーん、高価なものを奪うキメラカ‥‥普段は絶対に遭遇しなさそうダ」
「典型的な通り魔強盗の手口だね〜キメラがそういう事やるとは、なかなかにセコイ」
被害の起きた近郊の地図を頭にたたき込んでいるのは、ラサ・ジェネシス(
gc2273)とネージュ(
gb9408)。
「まったく、キメラから身を守るすべも心得ておらんとは、最近の金持ちの油断ぶりは嘆かわしいのじゃ」
ぷんぷんしながらかなり無茶なことを言っているのは、自身もお金持ちのお嬢様、美具・ザム・ツバイ(
gc0857)。
彼女の手には参考資料として、ショーンの証言により描かれたキメラのスケッチがある。
鼬型で大きさは人間大。1匹は両手が鎌という物騒な形態をしており、もう1匹は普通の手足だが筋骨隆々としている。この2匹が連携して襲ってきたとのこと。
だがその後風のように現れて金品をはいでいったのが、もう1匹いたらしい。重症を受けた後だったので、それだけは目視でよく確認出来なかったそうだ。
「なんか、なんとなく、やること、鎌鼬っぽい、よね。確か、日本のどこかに、そんな言い伝えが、あったような‥‥3匹で、組んで、やるって、いう」
静かに言う春夏秋冬 歌夜(
gc4921)へ、美具はスケッチ用紙を爪弾きし応じる。
「ああ。しかし伝説においても、3匹目の鎌鼬は薬で人を治療すると言うのに、金品を強奪するとは許すまじ、成敗してくれるわ」
息巻く彼女の近くではムーグ・リード(
gc0402)が、慣れないスーツ姿に緊張しつつ、瞳 豹雅(
ga4592)から着付けをしてもらっていた。
彼女は高い位置にあるネクタイを締めながら、警部補と話をしている。
「倒してしまっていいんですね? 金の流れが追いにくくなるかも知れませんが」
「やむを得ない。人命にも危害が及びかけているからな。とにかくキメラから金品を預かり受けて現金化しているのは、人間のはずだ。まさかキメラが直にカードで引き出しをするとも思えないしな。そこの線から、再度洗ってみることにするさ」
「了解。そういうことなら、自分たちも全力尽くします。いい感じすよムーグさん。タッパありますからね、見栄えがします」
「‥‥そうデスカ?」
鏡に映る自分の姿に、ムーグはなにやら赤の他人を見るようで、もぞもぞしてしまう。その顔に豹雅が、一応これも値打ちものだからと手持ちのヴァイザーをかけた。
似合わない訳ではないのだが、スーツと合わせると、どうも怪しい業界人みたいに見えてきてしまう。
「‥‥視界が悪くなるから、眼鏡はないほうがいいんじゃないだろうか」
クライブ=ハーグマン(
ga8022)からのかようなコメントもあったので、豹雅もかけるのは中止した。しかし全面却下も惜しいので、胸ポケットに入れておいてもらうことにする。ネージュから借り受けた金の昇竜とともに。
ますますムーグが何をしている人間なのか分かりにくくなってきたと、山崎・恵太郎(
gb1902)は口にせざるを得ない。
「いいんですよ。これまでの事件資料からするに、成り金ぽくしてればしてるほど、襲われやすいみたいなんすから。とにかくキラキラさせとかないと。指輪だけじゃ多少、敵さんへのアピールが弱いかも知れませんでしょ。それより恵太郎さん、やっぱりショーンさんが襲われたルートをなぞった方がいいすかね、こっちも」
「ああ、まあな‥‥そもそも手口は共通している。付けた後、人目につきにくい小道、路地裏、ガード下などに入って一人になったところを襲ってくるという運びだ。時間帯は夜から早朝にかけての間。霧が出ている時はさらに出没率が高い」
指で地図上の道筋を辿っていたラサは、ふいと顔を持ち上げた。
「なんだか切り裂きジャックを思わせるネ。さすがロンドン」
その霧の町を故郷とするクライブは苦笑する。
「ロンドン名物、霧と怪事件‥‥できれば小説の中だけにしてほしいものだね」
●
闇が最も濃くなる、明け方を控えた夜中。
もとより出歩く人などあまりない頃合いであるが、今晩はさらに輪をかけて人通りがない。店じまいを仕掛けている夜の仕事の人間の姿も、酔っ払いの姿もない。
昨晩からこの通り一帯、朝まで一時通行止めにされているのである。
警察の発表によると、近くにガス漏れがあったということ。
なので、どうせ夜の間だけのことということもあり、一般市民は近寄ろうとはせずにいた。
そこを今、一人の大柄な紳士――ムーグが歩いて行く。靴音を響かせて。
その指にある指輪は、霧を通した街灯にぼんやりきらめいている。
(‥‥普段、ノ、装備、ジャ無い、ノハ‥‥落ち着きマセン、ガ。狩り、ノ、開始、DEATH)
ショーンの通った道筋を辿り始めてからほどなくして、夜の奥から複数の視線が付きまとってくるのを、ムーグは感じていた。
彼がふと足を止めると、止まる。歩きだすと。またついてくる。
(方角ハ‥‥)
徐々に距離を詰めようとしているのか、小刻みな移動を繰り返しているようだ。
ひとまず2匹は左右に分かれて接近している。後1つは、どうももっと離れた場所にいる。
とにかく、目論みどおり興味を示してきた。
ムーグは無線機を手に、小声で仲間に状況を伝える。そうして、路地裏に進んで行く。
「釣れマシタ、ネ‥‥今カラ、ムカイ、マス」
彼を取り巻くように、能力者たちもそれぞれ周辺に散っていた。
その中でも一番近くにいる美具は、特にムーグからの死角に着目している。最後に出てくるはずの3匹目、窃盗役の出現位置を予測しようと。
(‥‥どこから来る? 上か下か?)
霧に視界が遮られがちな中、目をこらす。
美具はふっと、そそり立つ通りの屋根に、黒い影が走ったのを見たように思った。
炎剣を握る手に力を込める。
美具と同じものを、先回りし高所に陣取っている歌夜も見た。
一瞬のことだったが、ほぼ間違いないとしていい。アパートの外階段で息を殺し、気配もなるべくさせないように時を待つ。
無線から、別場所に待機しているクライブの声が聞こえてきた。
「目標、路地を曲がった、目視、反応なし」
彼は低いビルの屋上を、腹ばいになりながら移動している。その位置からはムーグの後ろ姿がよく見える。通りも。
先程黒い影が向こう側の屋根を掠めたようだった。しかし、また霧に紛れた。
元来裏通りは街灯が少なく、視界が悪い。
「こうくると名物も困りもんだな」
ストリートチルドレンを装っているネージュは、無線から入ってきた呟きに声なく同意した。
冷たさが露の形をとって、しっとり彼女の顔にまとわりつく。
AU−KVに身を包んだ恵太郎も暗がりに沈み込み、機を窺う。
甲冑「ガンツ」に身を包んだラサは、持っていた明かりを全て消し、豹雅とともに時を待つ。
(さて、我輩は昔と比べて成長しているのだろうか‥‥)
意識しての静寂が満ちる中、ムーグは一人街灯の下に立ち止まった。
背を少し曲げ、手を背広のポケットに入れ、ライターとタバコを取り出し、吸う――真似をする。ぼやけた影を落として。
そのまま1秒、2秒、3秒‥‥。
深まる、深まる沈黙。静けさ。
張り付いたそれは爆発する勢いで壊れた。
瞬時に霧の淀みから、キメラが飛び出してくる。
まず転ばし役がムーグに横からぶち当たってきた。
受け身を取るように構えていたものの、それでもかなりの衝撃だった。
煉瓦の壁で身を打ったそこに、間髪入れず切りつけ役が飛び込んできて鎌を閃かせる。空を切る音がしたと同時に、あるいはそれよりも先に、胸に仕込んだ血のりの袋が破れていた。
「‥‥っ」
彼は前のめりに倒れるふりをする。
指先に三箇所、ちりっとした痛みが走った。指輪が鎌で切られ、外されたのだ。
それらと、先程切り裂かれた胸ポケットから落ちたヴァイザー、金の昇竜が地面でぶつかり合い堅い音を立てる。
そこでようやく窃盗役が現れた。
屋根の上、煙突の陰から、跳びはねるように駆け降りてくる。
「‥‥Beat,em‥‥!」
ムーグは無線に鋭く叫び、金品を無造作に掴もうとした三匹目の腕を捕らえた。
「‥‥逃がし、ハ、シマセン‥‥ココで、終わり、DEATH」
不意をつかれたキメラは反射的に身を引こうとしたが、ムーグが片手で抜いた銃把により一撃を食らった。
切りつけ役と転ばし役が、ムーグへ同時に襲いかかろうとする。
銃声が上がる。
蛍光塗料のボールが、キメラに当たって弾ける。
●
「目標アクション、GO」
身を起こしたクライブは、走り寄ってきた窃盗役の姿を確認し、そちらに向けて発砲した。
それを合図にするかのように、事態は一気に動き始める。
ムーグに襲いかかろうとしていた転ばし役は、盾を前に飛び出してきた恵太郎に、自分こそが突き飛ばされた。
しかしすぐさま後足で立ち上がり、態勢を持ち直す。そして迎え撃つ。
盾を前足で掴み押し合いをしつつ、首を伸ばし、相手の頭部に噛み付こうと歯を剥いた。
ぱくんぱくんと宙を噛む気味悪い音が、彼の耳間近で聞こえる。
そうしている間、驚くことに、盾が少しずつ曲がっていくのだ。
「力は本物だな‥‥だがそれだけではな!」
彼は急に盾を引いた。
つられて相手は前のめりになる。
その肩に鋭いナイフが食い込んだ。
ぎゃっと声を上げ飛びのき、余計首筋の毛を逆立てたキメラは、身を低くし足元目がけ突っ込んでくる。
すんでのところ盾で受けるも、たたらを踏むのは避け切れない。
その足目がけて転ばしは噛み付き、引きずり倒そうとした。
だが、直後口を離す。
「おっとキメラ、ネージュのことも忘れずに!」
背後からの弾に足を貫かれて。
切りつけ役の元へ急接近した豹雅は、瞬時に飛びのいた。
「っと、いきなりか!」
鼻先すれすれの所を鎌が通過し、前髪が少し切れる。
第二撃はミラージュブレードで防御したものの、とにかく相手の動きは早かった。ラサの援護射撃があるものの、一瞬たりとて気が抜けない。
これは素人なら、どうやったって逃げられない。
「ナルホド‥‥素早いナ‥‥しかし下手の鉄砲も100までナノダ‥‥多分」
恵太郎たちの担当している転ばしと違い、こいつは豹雅の攻撃も受けている間、飛んでくる弾もまた、出来る限り避けている。
鎌自体はともかく、それによって引き起こされる風圧だけは完全に避けられず、対峙している豹雅の頬や耳の辺りに、少しずつ裂傷が出来て行く。
「ひゃあ、早い早い」
小声で呟きながら豹雅は、高位置へ行こうとする相手を追い、他の敵と合流しようとする動きをひたすら封じる。ラサと共に。
金属がかちあう音と火花とが、間断なく続く。
窃盗役はムーグの攻撃を食らった直後から不利と見、避けることに徹していた。
道を走って行くのではなく、胴の長い体を家やビルの壁に伝わせ潜り込ませることで、相手側からなるべく距離を置こうとしている。
道の真ん中に出ると的になって危ないということは解しているらしい。
「どうやら状況を把握する力は、あいつが一番持っとるらしいな」
上方から狙いをつけているクライブはぼやき、無線に怒鳴った。
動きからして目標Cは、間違いなく路地外へ出ようとしている。
「ポイントを変える。時間引き伸ばし頼む。封鎖の外に行かせたらいかん」
ムーグは相手が商店の庇に飛び移ったところで、足元の支えを打ち抜いた。
キメラはバランスを崩し、猫のように着地する。
バネをきかせて石畳を蹴り、横っ跳びに撥ねる。
歌夜の弾丸が襲いかかってきた。彼女の弾は腹にある袋をかすめた。血が滲み少し破れたようだった。咄嗟にそこを押さえる仕草をし、息も荒くそいつは、下水溝に向けて突進しようとしたが――足を止めてしまう。
待ち受けていた美具がその足元へ、高価な懐中時計を投げ込んできたのだ。
「ほれ、貴様の欲している金品じゃ。盗れるかどうか試してみるがいい」
プログラムされている行動パターンと逃走本能との間に、一瞬だけ齟齬が生じた。
機を逃さず炎の剣が襲いかかる。
キメラはたちまち骨も残さず燃え上がった。
火明かりを受け、美具は一人ごちる。
「貴様如き、剣を交える価値すらない‥‥その手に命すら掴むことなどできはしない」
転ばしはがっちり恵太郎と組み合っている。血まみれになりながら、太い腕で相手の首を締め上げている。
無論恵太郎も負けていない。向こうの額に突き立てたナイフを奥へ奥へと押し込んでいる。
見ているネージュは、自分こそが耐え切れないほど息苦しくなってきた。
駆け寄り、いまだ動きを止めないキメラの後頭部に銃弾を撃ち込もうとする――そこで丁度相手は、呼吸するのを止めズルズル崩れ落ちた。
激しく咳き込みながらも恵太郎は、ネージュに手を振る。心配いらないからと。
他の2匹が倒されたので、切りつけは焦り出しているようだった。
歌夜、ムーグ、クライブといった手の空いた狙撃役が、担当していた攻撃対象がいなくなったことから、こぞって攻撃に参加し始めたのだ。
こうなると、いかに素早いと言っても弾を避け切れなくなってくる。
豹雅は俄然攻勢に出て、次々先手をとっていく。
「どうしたどうした、動きが雑になってきたぞ!」
直後ラサの銃弾が、蛍光でぼんやり光っている耳の後ろを貫通した。
キッと高い声が上がり、キメラは身を翻した。とうとう逃走に思い至ったのだ。
一目散に暗がりへ駆け戻ろうとする。
だが遅かった。前方に雨あられのごとく威嚇射撃が炸裂し、足を止めざるを得なかった。
壁を蹴り、豹雅は、その背中目がけて真っすぐ剣を貫き通した。
地面に串刺しとなったキメラは激しくもがき、鎌の両手を振り回す。
「ギイイイイイ!」
ラサはその前に回り込み銃を構えた。
「貴方はそこでドライクリーニングネ。今度はもっと違う形で会いたかったヨ」
銃声の後訪れた沈黙に、ぽつりと豹雅の呟きが浮かぶ。
「なんまいだ。じゃなくてアーメン、ですかね」
続けてクライブの声が、無線から響いてくる。
「目標沈黙。各員点呼」
気が付けば、夜霧の底が白々明けてきていた。
朝は近い。
地面に落ちたままの金の昇竜、ヴァイザー、そして指輪を拾い集め、ムーグはその冷たい空気を吸う。
「‥‥早く、着替え、シタイ、デス‥‥」
そう、ぼやきながら。