タイトル:「フル・モンティ」マスター:KINUTA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/30 23:29

●オープニング本文


 今どきお金も治安も持ち合わせている地域は少ないが、そうするだけの余裕がある某先進国の某所では、年端の行かない子供は学校まで、バス等で送迎されるという形になっている。
 もしかすると近隣に潜伏しているかもしれないキメラやバグアから彼らを守るためというのが理由である。
 昔だって子供を巻き込んだ犯罪が起きるときはあったのだが、その際は何しろ相手が同種族以外ありえなかったから、「何がなんでもぜひ送迎を検討すべき」という声はなかなか形にならなかった。「子供の自主性が育たなくなる」とか、「人間不信を教えることにならないか」という声もまた起こり得たからだ。
 しかし、相手がバグアとなると話は別である。彼らへの不信を教えたところで誰も反対しない。人間ではないのだから。
 
 とある平日の朝。小学校付きのバスは、滞りなく通常運行していた。
 バス停で待っている子供たちは、おしゃべりしたり、ゲームをしたり、カードの見せあいこをしたりしている。
 最近の流行はKVチップスについているKVカード。
 彼らの買うお菓子代の何割かは、菓子メーカーからパテント代として各重工業会社に還元され、新たな開発資金の一部となる。
 実に無駄のない循環型社会。
 まあそれはいい。とにかくバスがやってきた。子供たちは乗り込んだ。そして、いつものように大体決まった席に乗り込んだ。これで学校まで何もしないで一直線。
 彼らはバス停にいるときと同じように仲間内でわいわいやっていた。が、途中から静かになった。バスが、どんどんいつもと違う方向に走って行くからだ。
「ねえ、道が違うんじゃないですか、学校はあっちの国道‥‥」
 前の席にいた男子が声を上げ運転席をのぞき込み、悲鳴を上げて飛びのいた。運転士が座席で頭から血を流し、倒れていたのである。
 その上に金づちを持った猿のキメラが歯を剥いていた。
 猿はカカカと笑い、ハンドルを力いっぱい回した。
 バスは信号で止まっていた前の軽自動車をふっとばし、暴走し始める。

●参加者一覧

旭(ga6764
26歳・♂・AA
ガーネット=クロウ(gb1717
19歳・♀・GP
ファサード(gb3864
20歳・♂・ER
崔 美鈴(gb3983
17歳・♀・PN
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
蓮樹風詠(gc4585
26歳・♂・SN
エシック・ランカスター(gc4778
27歳・♂・AA
安原 小鳥(gc4826
21歳・♀・ER

●リプレイ本文

 
 暴走するバスは郊外へ向け、広い国道を走っている。
 すでに一帯では警察による道路封鎖が行なわれており、ラジオやテレビによる速報も発令されていたので、周辺に車両は見当たらない。ULTから緊急派遣されてきた能力者たちが乗る、追跡車二台を除いては。
 前方のジーザリオを運転しているエシック・ランカスター(gc4778)は、蛇行しながらスピードを緩めず走るバスの尻を前に、舌打ちをした。

「調教が必要なお猿さんのようで‥‥」

 とにかく早く止めなくてはいけない。子供達に直接加えられるかもしれない危害についてはもちろんだが、何しろ相手は理屈が分かって運転しているのではないだけに、いつ車体自体が衝突、転覆するか知れないのである。
 アクセルを踏み込み、彼はバスに近づいていく。敵の注意を引こうという作戦だ。
 相手のふらふら運転に接触しないよう心がけ、どうにか運転席が見えるところまで来た。
 キメラ猿がハンドルを握って、きいきい喚いていた。興奮しているのか、唇をめくれ上がらせてクラクションを鳴らしている。うるさい限りだ。
 子供達はというと、皆後ろの席に寄り集まっていた。人間のハイジャックなら動くなとか指令を与えるのだろうが、何しろ相手は猿。後ろで子供がなにしていようがとんとおかまいなしらしい。
 とはいえそれも、興味が運転に向いている限りにおいてのことだろう。
 突入役となっている安原 小鳥(gc4826)は速度の増す車内で扉に手をかけ、いつでも飛び出せる態勢を取っている。それを支援するガーネット=クロウ(gb1717)は、パイレーツフックを構えながら、同じく機会をうかがっている。

「やれやれ‥‥郊外で大人しくサルの仲間入りしてればよいものを」

 狙撃手のジャック・ジェリア(gc0672)はガーネットの相席になる形でぼやきつつ、狙撃の準備をしていた。揺れる車内で手元を誤らないよう、座席にロープで体を固定している。

「全くです。戦争に巻き込まれる子供、という図は歓迎できませんね」

 彼にガーネットが相槌を打ったところで、後方のインデースから無線が入った。

「どうです。相手の注意をひけそうですか」

「いけそうです。さっきからものすごくこっちを見てます。これから煽りを始めますので、後方よろしくお願いします」

「了解」

 運転席から先行車の動きとバスの動きとを注意深く見やり、ファサード(gb3864)はハンドルをとっている。
 こちらも乗っているのは4人、与えられている役割も同じである。
 すなわち崔 美鈴(gb3983)が突入役、後部座席にいる蓮樹 風詠(gc4585)がその補佐、旭(ga6764)が狙撃手という具合に。
 この中で最も攻撃的に、否やる気になっているのが美鈴である。将来の夢である想い人(と彼女が一方的に思っている)とのゴールインを果たすため、この世のバグアに関する全ては消し去るべき邪魔物。そう決め込んでいる彼女にとり、この期に及んでぐらつく何物もあるはずがない。
 その点、同じ突入役でも、先の車に乗っている小鳥は大いに違う。

(「子供たちを、助ける為に‥‥でも、これは、根本的な解決には‥‥ならないの、ですよね‥‥? そう、考えると‥‥少し‥‥」)

 物思いにふけっていた彼女は、ボゴンという鈍い音で我に返った。車のボンネットに金鎚が投げつけられてきたのだ。見ると、運転席の猿が開いた窓から、並走するジーザリオに歯を剥いていた。

「おおっと!」

 軽い軋みを車輪に上げさせ、エシックは一寸距離を取る。しかし、挑発は止めない。後続からの無線が入ってくる。

「どうしました」

「いやなに、大したことはありません。大分苛ついてきたみたいです。車掌席のクッションだのカバーだの、ボールペンだのなんか色々投げてき」

 数秒通信が跡絶えた後、再度ガーネットからの声が入る。

「‥‥気をつけてください、排泄物的なものを今投げてきました。こちらの車体の屋根に当たったかと。後方に被害ありませんか、どうぞ」

「‥‥ちょっとあります。どうぞ」

 面前のガラスに張りつく茶色いものを眺めながら答える蓮樹に続けて、ファサードが言う。

「まあ、フロントガラスですから、ウォッシャーとワイパーで簡単に落とせます。ウンがついたと思いましょう‥‥すいませんね、旭さん。お借りしている車ですのに」

「いえ、かまいませんよ。洗えばすみますから。それよりも、そろそろ僕も準備したほうが良さそうだ。こんなものを投げてくるということは、手駒がなくなったということでしょうし」

 言い置いて旭は、揺れる車内の窓から、慣れた様子で屋根の上へ上っていく。
 淡々とした彼らの会話をよそに、ジーザリオの持ち主である美鈴は割り切れないらしく、

「あの猿、もうぶっ殺しちゃうんだから♪」

 と真顔で明るく呟いていた。戦いも始まらないのに、覚醒しそうになっているらしい。
 それを極力見ないふりしつつ、蓮樹は持ち合わせていたシグナルミラーで、反射光をバス後方から内側に送り込む。助けに来たのだということを知らせるためだ。
 キメラと無謀運転の恐さに、初めは外を見るどころでなかった子供たちも、何か異変が起きていることに気づいた。
 数名が後方の窓に目を向けた。一人気がつくと、皆に伝染する。あっというまに後の窓は彼らの顔でいっぱいになった。どれもこれも不安でこわばっている。今しも何かを叫び出しそうに口を開けた子もいる。
 彼らが大声を出さないよう、旭は手真似で静かに、と指示を出した。

「もう少し我慢してね! 必ず助けるから!!」

 車内に声が届いたかどうかは分からない。だが、彼の笑顔、それから蓮樹がかざしたボードの「タスケニキタ」という文字から、事情は大体分かったらしい。幾分顔色が和らいできた。パニックに陥ることは、避けられた格好だ。
 ジーザリオがスピードを少し落とし、バスの前方から側面に回る。
 ジャックの銃口は、後方左の車輪を狙っていた。
 旭は右に照準を合わせる。
 無線からガーネットが告げてきた。

「今から仕掛けます。お二人とも、頼みますよ」

 プロの狙撃手にそれ以上の言葉はいらない。
 彼らは無言でお互いの距離とバスの速度、および射程を計算し、絶妙のタイミングで、同時に引き金を引く。
 ジャックの瞳と髪の一房が色を変えた。
 旭もまた瞳の色を変じさせ、体の周囲に燐光を浮き上がらせる。
 全て一瞬のことである。
 バンとタイヤが弾ける音がして、車体が大きくかしいだ。子供達が何人か、中で転んだ模様だ。気絶したままの運転手も、ごろごろ床を転がって右に左にぶつかっている。
 猿は快調に走らなくなったのでまた腹を立てているらしい。席の計器を叩き壊しながら、それでもアクセルを踏み、ハンドルを離そうとしない。

「しつこい猿ですね、本当に!」

 バスの入り口まで幅寄せしたジーザリオの扉を蹴り開け、ガーネットがフックを扉に食い込ませた。小鳥も前の席の扉を開け、身を乗り出している。
 インデースは、その後方にほぼぴったりくっついている。突入役の美鈴は旭に助けられ、すでに車の屋根に上っていた。
 どうやら間を置かず、二人で突入出来そうだ。
 小鳥が思ったところで、銃声がした。ジャックが続けて扉の連結部を撃ち抜いたのだ。

「突入願います、3、2、1‥‥今!」

 ガーネットは思いきり力を入れて、食い込んだフックを引っ張った。扉が無理矢理ねじ曲げられ、見るも無惨に剥がれ、それでもまだ外れず、地面に引き摺られていく。
 先にバスに入り込んだのは、美鈴だった。

「伏せて!」

 子供達に呼びかけながら、黒いオーラをまとって飛び込んできた彼女は、さながら瞬間移動でもしたかのように一瞬で運転席まで移動し、情け容赦もなく猿を殴った。首が360度回るんじゃないかという勢いで、しかもナタで殴った。
 ひとまずみね打ちだから、まだ良かったと言うべきなのだろうか。猿はそのまま窓ガラスに突進し、ヒビを入れて張りつく。
 だが腐ってもキメラであろう、ずるずる滑り落ちてきた数秒後ムキー!と歯を剥いてすぐ復活してきた。運転席を勝手に占領した敵に噛みついてやろうと試みた。
 が、残念なことに彼の敵は一人ではなかった。

「美鈴さん、危ない!」

 小鳥の旋棍が作り出した旋風に吹っ飛ばされ、今度は天井に激突しめりこんだ。
 急激なブレーキがかかり、バスは停止する。
 振動で落ちてきた猿は、さっきより少し勢いが衰えていたがまだ元気だった。ムキキー!となお怒り、今度は小鳥とその後ろにいる子供達に襲いかかろうとする。
 だがそこで、運転席からゆらりと立ち上がってきた美鈴の気配を察し、振り向いた。
 そして、早速どっちにかかっていったらいいか分からなくなった。
 なんのかんので猿知恵なのである。ホウホウホウと威嚇音を上げ、小刻みに右左を見る。
 そんなキメラの動きから目を離さずにいつつ、小鳥はむしろ美鈴の様子が気がかりであった。オーラが黒を通り越して暗黒なのである。
 ダメージなど受けていないはずなのに何故と彼女は考え、またしても今更、電光石火の如くとある連鎖に気がついた。

 この猿はずっとハンドルを握っていた→先程異物を投げてきた→かつその後も運転していた→当然その手でハンドルを触っている→そして今美鈴さんがハンドルを取った。

ということは。

「み、美鈴さん。あの、もしや‥‥」

「いえっ、言わないでちょうだい小鳥ちゃん‥‥今の私の望みはただ一つ、この腐れエテ公を大自然の一部に戻すこと‥‥分かってくれるでしょ?」

 焦点の合わない目でかわいらしく微笑まれ、小鳥はその心情を察した。ので、場をすっかり彼女に任せることにした。子供達を車外に誘導しようと、くるり向きを変える。
 と、そこにいつのまにか、ガーネットがいた。彼女は先の話を聞いていたのだろう、何も言わず頷き、誘導の手伝いを始める。

「びっくりしましたね。じゃあ、急いであっちへ行きましょう。もう大丈夫です。落ち着いたらジュースを配りますからね。お茶のほうが好きな子はいますか?」

 子供達を引き連れ、転がっていた運転手も運び出しして彼女らが出ていった直後、バスの中からものすごい獣の叫び声が上がった。それと変わらないくらいの哄笑も。

「あはははは!! 死んじゃえ死んじゃえ♪ あはははは!!」

 やっと解放された子供達は騒ぎにびくっとし、泣き出す者も出たりした。
 外で待っていた男たちも加わりそれらをなだめなだめして、なるべくバスの遠くまで誘導する。
 彼らも大方事情は察しえていたから、美鈴の邪魔はするまいとしたのである。えげつない戦闘を見せて、子供達をなお怯えさせないようにと配慮したのもあったけれど。
 郊外もずいぶん遠くまで来てしまっていて、周囲は広々した草っ原ばかり。
 エシックはまず運転手の応急処置をし、それから、打ち身をした子や鼻血を出した子など手当して回る。

「大丈夫、安心してください。無事犯人を抑えました。お家へ帰れますよ。警察も救急車も呼びましたからね、すぐ来ますよ」

 ファサードもまた、子供らを一人一人誉めて回る。

「すぐ先生も来てくれるよ。みんなよく頑張ったね」

 そんなふうに介抱され、励まされ、飲み物を配られ、彼らも大分落ち着いてきたようだ。機を見計らい、小鳥はヴァイオリンを取りいだす。

「怖かった、です‥‥ね‥‥?‥‥楽しい曲でも、謳いません‥‥か?‥‥何か、ご希望はあります、か‥‥?」

 ほどなくして、キラキラ星の演奏が始まった。こんなことでなかったら、ちょっとしたピクニックとでもいった風景である。
 ほどなく美鈴が戻ってきた。エマージェンシーキットから取り出した消毒布で、念入りに手を拭きながら。

「怖かったね? でも、もうすぐパパとママが来るから大丈夫だよ♪」

 彼女は子供達にチョコレートを配ってあげる。それには確かに皆喜んでいたようなのだが、美鈴に対して彼らが微妙な緊張感を抱いていたようなのは、はたして蓮樹の気のせいであったろうか。

「あ、お迎えが来ましたよ」

 ともあれ、旭が言うようお迎えのバスが、警察車両と救急車を伴いやってきた。今回の任務は無事成功。後は用心のため、町への帰還まで同行するだけだ。
 締めの言葉は、ガーネットより。

「何事も無く済んで良かったです。皆様お疲れ様でした」



 後日。
 小学校からULTへ感謝状が届いた。そこには、ラストホープへの社会見学の提案も、今後検討してみたいとの手紙も添えられていた。
 当の提案者であるファサードは、引率の先生が結構な眼鏡美人だったことを思い起こし、一人にっこりしたのである。