●リプレイ本文
朝から校門前にたむろっているキメラたちの姿を確認し、木場・純平(
ga3277)はなんともいえない困り顔である。
「また変わったキメラが現れたもので」
Nico(
gc4739)は思い思いの格好で道を塞ぐキメラの姿に「だせェな」と呟き、ジャック・ジェリア(
gc0672)に提案した。
「おゥ、ジャック君よ。‥‥一つ賭けでもしねェか。先にあいつらの目を逸らさせた方が勝ち、ってな」
「それは圧倒的にこっちが不利でしょ。面構えが比べものになりゃしませんし俺。なんかハンデ下さいよ」
「そんなら3分ハンデやろうか。お前が始めた3分後から俺のガン付けカウントな。で、負けた方がタバコ一箱買う」
「タバコですか。勝ったとして俺吸いませんから、得るところ無さそうなんですけど」
(‥‥オッサンばっかしだな)
会話を耳にしつつ、紅一点の菜々山 蒔菜(
gc6463)は同行者たちについてそう思う。別に不満があるわけではないが。
とまれ校門前に近づいていって、一番最初にガンを飛ばしたのは彼女であった。
「おいおいガルーちゃんよぉ、何チョーシくれてんだ。ああ?」
敵は即座に反応してきた。
ウンコ座りしていた奴が立ち上がり、眉間に皺を寄せ、肩を揺らして近づいてくる。
「ボスはどいつだ‥‥テメェかコラ。ちょっと体育館裏まで面貸せや」
その他の奴らも似たような素振りで歩み寄ってくる。彼女を取り囲もうというつもりらしい。
だがその一匹一匹に男たちがぬかりなく立ちはだかったので、急遽そちらとメンチを切り合うという格好になった。
ヤンキーはプライドの張り合いこそが命。先に目を逸らした方が負け。
額と額をくっつけそうにしながら、Nicoは挑発し続ける。
素人なら一発でチビってしまうような形相なので、さしものキメラも圧力を感じるのか、額に筋を浮かせるほど力が入っていた。
一方ジャックも同じく超至近距離での睨み合い。
純平だけは性格上、あまりそういうのが得意ではないので、近づいてきたヤンガルーへまず紳士的に話しかけた。
「あなた達、他人に迷惑をかけるものではない。そんなことをして自分自身が情けないとは思いませんか」
キメラに内容を理解する頭があるとも思えなかったが、次に取ってきた行動は実にヤンキー的だった。
繰り出された拳を手のひらで受け止め、純平は苦笑する。
「‥‥いいでしょう。それならこちらも拳一つで相対させていただく」
いかにキメラといっても、真正面から肉弾戦を挑んでくる相手に武器を使ったとあっては、ステゴロの名が廃る。
言って純平はカンガルーの横っ面に一発食らわした。
攻撃を受けた相手は猛然と怒りだし、路地裏に誘導するため駆け出した純平の後を、跳びはねて追って行く。
それに触発されたか、ジャックのカンガルーもいきなり彼の顔を殴りつけた。しかし彼はひるまない。鼻血を出してもひるまない。何発続けて殴られてもそのまま。
カンガルーはなんだか気持ち悪くなってきたのか、焦りを込めてなおばかばか殴る。
(‥‥あいつ、Mか?)
誤解をしつつ、蒔菜も担当カンガルーの誘導を始める。
ひとまず相手の足に向けてツバを吐いた。
のぼせやすいキメラの額が、瞬時にマスクメロンと化す。
「何だ、文句あんなら来いよバッタ野郎。あっちの駐輪場で話つけようじゃん」
ここで緊張感に耐えられなくなったのか、Nicoのカンガルーがついに動いた。相手の腹目がけ、重い一撃。
「‥‥いいもンもってんじゃねえか‥‥三下がよォ‥‥だがな、こういうのは先に手を出した方が格下だと、相場は決まってンだよ!」
彼は少し呻き、それから全力で反撃に出た。
河川敷。そこはヤンキーの生息地帯。よってキメラカンガルーたちも好む場所。
橋の下で彼らは、どこから盗ってきたのか知らないが、新品のバイクを蹴り回して遊んでいる。かわいそうなバイクは鉄屑状態だ。
カーネル人形やペコちゃん人形、お店の看板などといった盗品も弄ばれ、スクラップと化していた。
ご近所さん大迷惑。
それらを見下ろし、イーリス(
ga8252)は言った。
「奇妙な生態の動物が現れたものですね」
「いや、よくあるといえばよくある生態かも知んねえぜ。キメラに限ったことでなければの話だけど‥‥」
答えながら篠崎 宗也(
gb3875)は思いだした。昔動物園でかの動物に餌をやろうとし、いきなり顔面を前足で強打され泣かされたことを。
そうしたら眼下のキメラが一層憎くなってきた。
「とにかく、頭はリーゼントじゃないのね〜♪ それにしても彩音、気合入ってるね。それ、どこで買ってきたの?」
聖昭子(
ga9290)の問いへ、頭に長い白ハチマキ、胸にさらし、背中に虎と「夜露屍苦」の文字が刺繍された黒の特攻服を身につけた的場・彩音(
ga1084)が応じる。
「ああ、これ? 折よくフリーマーケットに出ていたの。とにかく相手がヤンキーなら、こっちもヤンキーで行くわ」
どうやら彼女は形から入るのが好きな人らしい。
昭子含め一同はそう思ったのだが、橋の上から移動し、河原に降りて行ったところで、形ではなくて地なのではとの疑いをもつに至った。
カンガルーたちを前にした瞬間、赤く髪を燃やし覚醒した彼女が、こう叫んだからである。
「喧嘩上等! ぶっちぎりい!!」
バイクにむらがっていたカンガルーたちが、土手に向け一斉に振り返った。
彩音はそこにまだ続ける。
「なめんじゃねえぞ、ヤンキーカンガルー!! 喧嘩上等! よろしくぶっちぎりぃ!!」
これで完全に相手を愉快ならざるものと認識したのか、バイクから一匹一匹離れて睨んできた。
まあそこは予定通りとも言えるので、皆改めて相手の顔がよく見えるところまで近づいて行き、それぞれ挑発を始めることとする。
宗也は大剣を構え、ガンを飛ばしてくるカンガルーへ向けて、柄悪く顎を突き上げる。
「ああ、何か文句あんのかゴラア!」
柄悪く受け止めた一匹が、真っすぐ彼の元へ歩いてきた。軽くジャブを放ちながら。
昭子はリンクスクローの爪を引き出し、両手を胸の前に構え、覚醒する。体表を覆うオーラは闘志の赤色、猫の耳と尻尾の形を作る。
「フゥゥゥゥゥ‥‥!!」
彼女の瞳もまた猫のように鋭く、細くなった。
敵愾心を煽られた一匹が、首をこきこき鳴らし相対してくる。
「おお、やる気だね。それでよし!」
イーリスは、言葉でも態度でもあからさまに挑発することはなかった。ただ目のあったカンガルーに、限りない侮蔑を込め声のない嘲笑をくれただけだ。
だが、時としてこれが一番ヤンキー魂にひっかかるものらしい。彼女が右手を上に向けて招くまでもなく、ひとっ飛びに駆けて来る。
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「生憎だけど私は、拳で語り合う気はなーい。テメエの首を叩き切って、極楽浄土に連れて行ってやるぜ!」
蒔菜は駐輪場にカンガルーを連れ込むや否や、武器攻撃を開始した。相当の間を取らなければ危険という判断があったもので。
駐輪場は標的となるのを恐れ、誰も自転車を留めていなかったが、それでもカンガルーには狭い。思うよう尻尾を振り回せないのでイライラしている。
そこへ向けて前ぶれなく、超機械のエネルギー弾が放たれた。
腹に食らい、カンガルーは転倒しそうになる。しかし腐ってもキメラなので、もちろんそれだけでは沈黙せず、なお興奮して目を血走らせ、空間に有る遮蔽物も無視し、飛び蹴りを繰り出してきた。
仕切りのスレート壁が難無く飛び散り、屋根を支える鉄骨が飴みたいにへし曲がる。
「おわっととお。分別ねえなテメエ」
再度弾を放ち剣を構え、彼女は一気に踏み込んだ。
肉弾戦をやっているNicoはキックを我が身で受け止めていた、後方に飛び下がり受け身をとりつつだが、それでもかなりの強さであるのは分かる。
とはいえ前にしか向けられない蹴りだから、要領さえ掴めば避けるのは難しくはない。むしろパンチの方が方向の自由度が高く避けにくい。
「いや、なんだ、後20年ほど若かったら俺ももっと楽しめたろうな!」
脇腹に回し蹴りを入れ、息荒くしている相手と間合いを取り直す。
お互い鼻と口元に血が滲み、タイマン試合といった様相だ。
それよりもっとひどいのがジャックで、目元を腫らしている。相手が嫌気をさして目を逸らすまで、ガンつけを頑張っていたせいである。
しかし今はカンガルーも似たような顔になっていた。ピコピコ愉快な音がするハンマーでどつき回されて。
「そーら、よい音だろー? お前が動かなくなるまで聞けるから堪能しろよー」
ガンつけ試合の間溜めていた分が噴き出ているのだろうか、にこやかに酷いことを言うジャックである。
カンガルーの反撃によってハンマーは柄が曲がっていたが、彼は容赦しない。そのまま使用し続ける。
一方学校裏手の路地では、純平が小細工も手加減もなしの正面衝突を繰り返していた。
拳一つがお互いの武器。激しい応酬を繰り返し、こちらも顔の一部が膨れたり変色したりしている。
とはいえ経験値がものを言うのか、敵の方が先に消耗している。
だが足元がふらつき始めても逃げようとはしていない。息を切らして軽く跳ね、攻撃の機会を窺っている。
(こういう奴は嫌いじゃないんだがな。キメラであるのが実に惜しい)
人間だったら更生させてやれたのだが。
残念に思いながら純平は、弧を描いて移動しつ、距離を縮めていく。
ほぼ同時に地面を蹴り、右手で真っすぐ相手の左頬目がけて拳を打ち込んだ。
見事なクロスカウンター。
倒れたのは――むろんヤンガルー。
「あちち‥‥効いたな」
じんじんする頬をさすりながら校門前に戻ってくると、Nicoが伸びているカンガルーの上に座り、肩で息をしていた。
「いやー、この年になると肉弾戦はきつい」
ジャックはコブだらけの頭になり倒れている相手にまだピコピコしながら、よく分からない説教をしている。
「いいかお前達、人という字はな、人と人が支え合ってるから人なんだぞ。人間は腐ったミカンなんかじゃないんだ」
そこへ蒔菜が戻ってきた。不可抗力で駐輪場はめたくたになったが、とにかくしぶとい相手の首は確実にへし折り、息の根は止めてこれたのだ。
帰ってくるなり彼女は、嘆息と呆れ声を出す。
「うっわ、ひどい顔だなおっさんたち」
「いや、ついつい頑張ったからな。そういえば、ガンつけ勝負はどっちが勝ったんですかね」
「あ? ‥‥忘れちまったな。ま、楽しかったし、いいんじゃねえの?」
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「オラオラオラオラァ!」
間断なく銃声を響かせているのは彩音。
彼女は相対するカンガルーの足に向けライフルの連射を行っている。機動力を奪おうという試みだ。
それはある程度成功したが、全面的にとまではいかなかった。カンガルーが可能な限りの速度で跳ね回り、避けにかかったからだ。
片足は痛めたが、もう片方と尻尾はなんとか無傷のまま。青筋立てて彼女に向け突っ込んできた。パンチグローブを振り回して。
あやうしと思われたとき、間に大急ぎで宗也が入ってくる。
彼は大剣を使い、彼女に向けられた攻撃を受け流す。
そこで元から相手をしていたカンガルーが隙をつき、横面を殴り飛ばしてきた。
「へっ。ヤンキーのパンチなんて全然痛くねえぜ!」
本当は全然というほどでもなかったが、見栄を張らなければなるまい。
それに腹が立ったのか、カンガルーはもう一度逆方向から殴ってきた。
今度は宗也も本音が出る。
「この野郎‥‥! 顔ばっかし狙いやがって‥‥何のために俺が鎧を着てると思ってんだエエコラ!!」
分かっているから顔を狙うのではないだろうか。
宗也の声にちらりとイーリスは思わないでもなかったが、とにかく自分は自分の相手に専念する。
彼女の戦闘方法は、何というのか、ヤクザ殺法である。
相手の顎を掴んで離れられないようにしてから、とにかく殴る殴る殴る殴る。
もちろん向こうからも応酬されているのだが一切を無視して殴る殴る時々蹴る。ポーカーフェイスを貫いている。
こうなると純粋な体力の削り合いだ。
同様な肉弾戦をしていても、昭子は逆に動き回っている。接近と離脱を繰り返し、徐々に相手の動きを把握していく。
「まずは様子見‥‥」
こいつは蹴りに及ぶ際尻尾に力が入るため、一瞬の間隙が出来る。
相対しているカンガルーの腹筋がびくりと動いた。猫の目は予兆を捕らえ損なうことがない。
彼女は疾風の如く相手の側面に回り込んだ。
勢いを殺さないまま、足に蹴りを入れる。
爪が肉を切り、カンガルーは体勢を崩し――崩しざま渾身の一撃を食わそうとする。
その時、昭子は既に相手の懐に入っていた。
顎目がけ、剃刀の如きアッパーカットが入る。
カンガルーが宙に浮き、どうと地面に倒れた。
イーリスのカンガルーも足元がピヨって限界間近。
彼女はすかさずその体を拳で突き上げ、ゼロ距離から止めの電磁波をたたき込む。
痙攣しつつ、カンガルーは地べたに這いつくばる。
「オラオラオラオラァ!」
宗也の支援により体勢を立て直した彩音は、引き続いてカンガルーの足を狙い、潰していた。
ほとんど間を途切れさせる事なくライフルをショットガン20に持ち替え、本体へ立て続けに弾を打ち込む。
その光景、イーリスとは別の意味で鬼気迫る。
あちらがヤクザなら、こちらはギャング殺法とでも言おうか。
「よっしゃあ、勝ったぜ!」
彼女が高らかに宣言し覚醒を解き、普段通りの落ち着きを取り戻した時、宗也も最後のカンガルーを倒していた。
「地面に叩きつけられた気分はどうだ!」
起き上がろうとした相手の足をすかさず切りつけ、これまで受けた分の攻撃を、存分刃にて返した。返り血を浴びた彼はおおいにすっとし、満足げに剣を収めた。ガンを飛ばしたのも久しぶりである。だが一段落ついたそこで、気遣わしげに周囲を見る。
「ん? 皆、どうしたの?」
などと言っている彩音と同じく、微妙な視線を周囲から感じないでもなかったために。
そこに、派手な排気音。見ると遮るものない国道を、完全に法定速度を越え、バイクが突っ走ってくる。
蒔菜であった。
彼女は乗車したまま、橋の上から呼びかける。
「おおーい、もうすんじゃったー? 一応援軍に来たんだけどさー」
昭子はそれに向け、大きく手を振った。
「あ、マッキー! うん、今ちょうどすんじゃったにゃ〜! 大勝利大勝利!」
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この後、能力者たちは本部に帰る前に、皆で駐輪場の後片付けをすることになった。
主にキメラによって(蒔菜の弁によるとだが)、残骸の山となっていたもので。
その間中彩音は自分が元ヤンではないことを、宗也はチンピラではないことを、何度も繰り返し説明し続けていたそうな。