●リプレイ本文
移動中いきなりスーザンが床に倒れたので、当然ながら同乗者全員何事かと注目した。
ひとまず隣席にいたソウマ(
gc0505)が彼女の足元に落ちた雑誌を手に取り、延々続く嘆き節「最悪だ、あたし今日死ぬ」と併せて総合的判断をし、集まってきた皆に伝える。
(‥‥いるわね、そういうのに依存してる人)
雑誌を見せてもらったヒカル(
gc6734)は、そんな感想を持つ。
一方ドクター・ウェスト(
ga0241)は、手元にあるスーザンの略歴を眺め、眼鏡を何度も押し上げていた。
「ふむふむ、プラシーボ効果でコレほどの成果を挙げるとは、なかなかの才能だね〜」
とはいえ効果がなかったら彼女、毛ほども役立つまい。
占いをやるのもほどほどにと言いたいところだが、それによって実力を発揮させているので仕方ない。
的場・彩音(
ga1084)がひとまず、穏当な方便――平たく言って嘘――を実行する。
「ねえスーザンさん。あたしも占いには興味あるんだ。よかったらあなたの血液型と星座を教えてくれない?」
「‥‥A型のおとめ座よ」
「あら、今日のあなたの星座、TVのカウントダウン占いで1位だったわよ。ラッキーカラーはピンク、ラッキースポットは植物園ですって。確かにそうだったわ!」
スーザンは生気を失った目で言う。
「いいのよ‥‥そんな慰めをくれなくて‥‥本当にそうだったのは知ってるわ‥‥出掛けに見たから‥‥だけどその他局全て、おとめ座本日のランキング最下位‥‥だから週間占いに賭けてたのにもうお終いだ‥‥」
ヒョウタンから駒が出た彩音、言葉を失う瞬間である。
(理屈じゃないんだろうなこれは。しかし移動中には復活させておかないと)
思いつつ壱条 鳳華(
gc6521)は、見るに見かねて入ってきた茶色いふわふわ髪の娘、祈宮 沙紅良(
gc6714)とスーザンとのやり取りを眺めた。
「あの‥‥宜しければ生年月日を教えて頂けませんか? 実家が神社で多少星を見る心得がありますので、何かお役に立てれば」
本業であるだけ説得力があったのだろう。スーザンは背中に暗雲を立ち込めさせていたが、それでも相手の占いには興味を持ち、情報提供した。
「‥‥スーザンさんの星ですと、今期は本命殺を抜けましたので凶作用はありませんね。それとLHから見て目的地は方角が良いですから、勝負運に強くなる方徳がありますよ?」
「‥‥本当?」
「本当ですとも。宜しければこれも。赤は風水で仕事運、勝負運が開けると申します」
まだまだ本調子には戻らないスーザンに、沙紅良は自分が締めてきた赤いハチマキを譲ってやった。
「これで大丈夫」
太鼓判を押されたのでようやく少しは納得したのか、スーザンも座席に戻った。
しかし失われた占いの痛手は癒え切らず、沈んでいる。
運なんかあてになるものじゃない。そう割り切っている秋月 愁矢(
gc1971)からしてみれば気にするなという一語に尽きるのだが、それが通じる相手でないことは理解する。
「なあ、スナイパーなんだったらさ、弾丸を一発肌身離さず持っておくとかはどうだ?」
「‥‥むしろ死亡フラグを招きそう‥‥」
「‥‥そ、そうか。じゃあ俺の無事に帰ってこれる験担ぎの方法を教えてやろう。コレを依頼場所に着くまでに飲むといいぜ」
差し出されたのは変哲もない缶コーヒー。
自分はこれで危険な依頼も重傷を負う事なくやってこれたと、彼は強調する。
「ピンチの時程、冷静になれ。そうすれば何とかなるさ」
引き続き蓮角(
ga9810)も励ましを加える。スーザンがまだふっ切れてないようだったので。
「スーザンさん。自分のジンクスを作ってみることにしたらどうです」
「ジンクス?」
「そうです。占いは他人の決めるもの、ジンクスは自分の決めるものです。自分の力で運命を切り開くなんて、面白そうじゃないですか? これまでの実績は自分の力、でしょう?」
スーザンは自信なさげながら、考え込む様子であった。
そこにもう一押しと、ヒカルが加わる。
「占いは、予言じゃないわ‥‥それで出た悪い結果というのは、そうならないように気をつけなさいという意味なのよ」
悪いという単語にビクビクしているらしきスーザンだったが、そこは黙殺して続ける。
「今日をもう不幸と決めつけるなんて非効率的じゃない。いい結果になるように頑張った方が建設的じゃない?」
手相なんか分からないけど、でもヒカルは相手のそれを見て言ってやった。とてもいいと。
スーザンは真面目な顔して、しばし手を見る。
「スーザン、貴方みたいな美しい女性がいつまでも落ち込んでたらいけない。綺麗なレディーには笑顔が似合うものさ。‥‥私みたいにね。戦闘でも頼りにしてるよ、よろしくね」
鳳華は年のほとんど変わらないスーザンの肩を叩き、台詞に違わぬ綺麗なほほ笑みを見せた。
ソウマもまた自信満々に笑いかける。ウインクをして。招き猫の真似をして。
「『キョウ運の招き猫』と呼ばれる僕がいるんです。死ニャしませんよ」
占いにぞっこん入れあげているスーザンもこれだけ多くの励ましを受ければ、持ち直さざるを得ない。気を取り直して「やってみる」と言うほどには。
● A班。ヒカル。愁矢。彩音。
外は雪が舞うが、施設の中は春。ところによって夏。
「えーと、ソウマさんの下調べによると、温帯、亜熱帯、熱帯ゾーンがあるっていう話だったけれど‥‥ここはさしずめ熱帯に入るのかしら」
彩音が言うとおり、周囲は薄着でいいほど暖かく湿気て緑が濃い。鮮やかな色彩の花が彩りを添え、どこからともなく甘い果物の香りが漂ってくる。
ヒカルはバイブレーションセンサーを、愁矢はOwl−Eye、そしてEarを作動させ、敵の居所を把握する。
2匹がバナナの木をかじり倒し花を食んでいる。大きさざっと3メートル。
「これだけ大きかったら、愛玩動物とは言えないわね‥‥」
とりあえず今は食べるのに夢中であり、敵の気配に気づいていないらしい。好機である。
「仕留めるのは任せるわ。私には向かないもの‥‥ひとまず感覚を鈍らせるように歌ってみるわ」
「了解。頼むよ」
ヒカルは息を吸い、キメラに不審がられぬよう、最初は囁きほどに、それから徐々に音を高めて歌い始めた。
巨大なリスは口をもごつかせていたが、やがて眠たそうに目を細め始める。
愁矢は歩を進める。
彩音はライフルを構える。
歌は続く。
その中にバキっと、濁った音が響く。
接近していた愁矢が腐った枝を踏み割ったのだ。
リスたちは目を開き、敵の存在を察知する。口から鋭い飛礫が飛んできた。
「ちっ」
彼は盾でそれを防いだ。
立て続けに彩音の銃声が響く。
尻尾と足の一部を撃たれた1匹が、接近してきた愁矢に飛びかかった。
のしかかるよう盾に齧り付いてきた巨体に向けて、鴉羽が振るわれる。
飛礫を吐こうとした口から真っすぐ剣が入り、後頭部に突き抜けた。
「メルヘンチックな外見して、花を食い散らかしてんじゃねぇよこのリス公!」
その間にもう1匹は、背後にいた2人に向けて飛礫を飛ばしていた。
ヒカルを後ろにし、彩音は対抗する形で射撃を続ける。思いの外正確な狙いを、向こうがつけてきているので、木の陰に隠れながら。
キメラ相手なのだが、気分は銃撃戦だ。
押していると感じたか、相手はジグザグに跳びはねながら彼女らの方角へ向かってくる。
そんな状況でもヒカルは、果敢に歌い続ける。飛礫に当たらぬよう伏せながら。
一匹の体から刃を引き抜いた愁矢は、急いでその前に入り込んだ。盾で相手の鼻面を殴り、脇腹を刀身でえぐり込む。
●B班。ソウマ。蓮角。沙紅良。
「魔猫の知覚からは逃れられませんよ、誰もね。それにしてもこの季節にヒマワリ畑が見られるとは思いませんでした」
不適に微笑み、ソウマは腹ばいになっている。他の二人もまたそうしている。
彼らは一匹のキメラを見つけており、向こう側はまだそれに気づいていないのだ。
「確かに。しかしシュールだ‥‥」
黄色い原色の花が透けて見える冬景色と対になっているだけでもそうだが、縮尺の狂ったリスが紛れ込むことで、いよいよ風景が非現実的になっている。
小動物特有の細かな震えも、微笑ましいどころか不気味に感じられるし。
「流石にこの大きさだと可愛いとも思えませんしね。はっきり害獣です」
肩をすくめるソウマの言葉どおり、リスは花を食い荒らして止まるところを知らない。
このままだと経営者の方が大変困るだろう。そのあたり気遣いながら沙紅良は、初手をとることとした。
「それでは私、歌わせていただきます」
屋内であるので、歌うための風向きに注意する必要はあまりない。
ハーモナー仲間であるヒカルと同じように、過敏な反応をされぬよう徐々に音量を上げていく。
リスは鼻先をあちらこちらへやっていたが、やがて動きを鈍らせていく。
「よし‥‥!」
前衛の蓮角、そして中衛のソウマが一気に飛び出した。
リスが正気を取り戻した時、蛍火はすでに眼前に迫っている。
キメラは鋭い声を上げて身をひねり、袈裟がけを受けつつ致命傷は免れた。
ヒマワリを踏み倒し、相手から距離を取ろうと図る。立て続けに飛礫を吹き出しながら。
「誘導しましょう蓮角さん、ここは被害が大きそうですから!」
電磁波を送り込むソウマは、隣接している乾帯植物ゾーンへキメラを誘導して行くことを提案する。
そこならば植えてある植物もまばらなので、景色が荒らされることも少なそうだと。
「分かった」
植物園への被害は最低限に押さえるべきだろう。
隻腕の剣士は相手を引き付けつつ、乾いた砂地へと押し込んでいく。
リスはよろつきながらサボテンの間を駆け回り、聳える大きな岩に目をつけた。勇んで飛びつき、上位に立つことで優位になろうと図る。
が。
「その行動は――予測範囲内です」
上に、先回りしていたソウマがいた。
彼はその手にした超機械の衝撃で、キメラを下へ叩き落とす。
首筋目がけ、蓮角が切りつけた。
●C班。ドクター。鳳華。スーザン。
こなたには白赤桃色、黄色のポピー。かなたには白赤黄色、橙、薄緑のチューリップ畑。
「いやいや、メルヘンだね〜」
ドクターの意見に、鳳華も異論はない。
しかし先程からカンカン装甲に当たってくる飛礫は非常にいただけない。
メルヘンな花畑をむしゃむしゃ食い散らしながら飛礫を吹いてくるリス二匹については、尚更いただけない。
「リス型キメラか。通常のリスならば愛らしいものを‥‥こんなに大きくては台無しだろう。遠慮なく、討伐にあたらせてもらう!」
スーザンはといえば――なんとか持ち直してはいるようだ。ピンク色のライフルを構えている。まだ背中のあたりが黒っぽくもやもやしているけど。
あの後ブーツの紐が連続9回も切れてしまったのだから無理はないか。
「君も能力者なら一体でも多くのバグアを倒して死にたまえ〜」
「死ぬ‥‥あたしやっぱり死ぬのかな‥‥フ‥‥フフ‥‥短い人生だったなあ‥‥」
ドクターの励ましも負の方に拍車をかけているし。
思いつつも鳳華は、彼女を信じることとした。
天剣セレスタインを抜き放ち、不遜な人造動物目がけて切り込んで行く。
ドクターも急いで応援に臨む。飛んでくる飛礫を盾で防ぎつ、鳥籠の形をした超機械を掲げ。
「飛べ、我輩の白い鳩よ!」
しかしスーザンはというと、一応構えてはいるものの口元が引きつり、額に脂汗が浮きと、ひどい緊張状態にある。
これでは当たる弾も当たらないのではないか。
懸念を胸に周囲をさっと見回したドクターは、実にうまい事に気づいた。
「スーザン君! 見るのだよ、キミの足元にあるのは四つ葉のクローバーじゃないかね!」
その言葉にスーザンがはっとした。
足元に、確かに四つ葉のクローバーが生えている。
彼女の額から汗がすっと引き、瞳も冷えて固まった。
「ドクター、キメラは標本にされるんですよね。傷はつけないほうがよろしいですか?」
「あ、うん、そうだね、出来れば最小限に止めて貰えると‥‥」
言っていたところ、飛んできた飛礫が余さず弾けた。
何が起きたのかドクターは一瞬戸惑い、スーザンが飛んでくる飛礫を全て打ち落としているのだと理解する。
鳳華も彼女の変化にすぐ気づいた。相手をしていた2匹共、片耳を一瞬にして吹き飛ばされたからである。
ぎゃっと声を上げて彼らは怯み、飛び離れた。
「鳳華さん! 左のをお願い致します!」
スーザンは後衛から右側に回り込む。
返答はなしで、鳳華は左のキメラへ向け、下段から刃を跳ね上げる。
「美しき姫騎士たる私に斬られることを誇りに思え! L,eclat des rose!」
深紅のバラのごとく鮮やかな血が、喉元から吹き出す。
もう一匹のキメラはそれより僅かに遅れ、くにゃりと倒れた。控えめな銃声の後に。
ドクターが近づいてみると、右の耳から脳を通り左の耳へ、弾が貫通していた。
完璧に、少しのずれも生じさせずに。
ドクターは口笛を吹く。鳳華は手を打ち合わせて言った。
「エクセレント」
●
愁矢は広々した湯船に浸かっていた。雪景色を見ながら。
「あー、いい気持ちだ‥‥」
浮かべた風呂桶に熱燗を乗せ、ちびちび飲む。
周囲には男ばかり。男湯なので。従って出会いもない。
少し期待したのだが。混浴かなと。
「ま、当然か‥‥のんびりしよう」
呟く彼と同様に、施設の温泉に浸かっている男が二人。
ドクターと蓮角だ。
「しかし、都合よく四つ葉があったもんですね、ドクター」
「いや、四つ葉はそうなんだけど、クローバーじゃなかったんだね〜」
「えっ。そうなんですか」
「そう。あれカタバミなんだよ〜、スーザンが植物に詳しくなくてよかったよ〜」
翻って女湯には、彩音とスーザン。
「へえー、四つ葉のクローバーがあったの」
「ええ、そんなわけで確かに今日はついてたわ! この後にもきっと何かいいことが」
鳳華も彼女らとともに温泉に浸かりつつ、とろけるほどリラックスしていた。
「うーん‥‥日本の温泉というのもいいものだ‥‥」
ヒカルと沙紅良は、仲良く施設内の庭園を回っている。
「きれいなチューリップ畑ね」
「本当ね、ヒカルさん。キメラに壊されないでよかったわ」
静かな場所には静かな歌が流れる。ハーモナー二人の歌に、蝶達もあわせてひらひら舞う。
外のスキー場でソウマは大ジャンプ台に挑んでいた。
高く高く―――跳ぶ。
丸天井の施設が上空から見えた。
付属の温泉施設も―――そのつもりはなかったがぽろっと女湯も見ちゃった。
彼は、体勢を崩しそうになる。
しかしとっさに空中で三回転ひねりを加え華麗に着地する。
周囲のどよめきを前に、爽やかな笑みをもって。