●リプレイ本文
サイレンが鳴り響く動物園。
守谷 士(
gc4281)は鳥獣の喧噪にぼやいていた。
「動物園は普通に遊びに来たかったんだけどなぁ」
ヒカル(
gc6734)も同じく、脅えた鳴き声に耳をすましている。
「全く、せっかくの娯楽施設なのだし、勘弁願いたいものね」
「動物園を襲うとは。全く悪の怪人らしい奴らじゃないか」
黒川丈一朗(
ga0776)の言葉にティルヒローゼ(
ga8256)は深く同意した。
動物園の動物を町に解き放ちパニックを起こすなんて、今更感が強過ぎて、悪の怪人でもなければ実践しようとしまい。
「頭の中身も獣同様だったら、楽なんですけどね」
ソウマ(
gc0505)は肩を竦め、丈一朗に続ける。
「それにしても黒川さん、目立ってヒーローですねえ」
確かに本日の丈一朗、朝のお茶の間戦隊シリーズに出てきそうな装束だ。
「いや、なるべく注意を引き付けようとな」
改めて指摘されると少し恥ずかしくもあったのか、男は髪の代わりにヘルメットをかいた。
「‥‥うなー‥‥」
その一方アルテミス(
gc6467)は肩を落としている。直前に受けた依頼がなかなか手ごわいもので、かなりの負傷をしてしまっているのだ。
といってもやる気はきっちりある。索敵支援をするとして、動物園の非常口から先頭切って入り込んで行った。
敵も動き回っているようなので、事態は一刻を争う。また新しく動物を出されると、混乱がひどくなるばかりだ。
「はっはー! 実験だ! いい加減、戦い方も進化させねえとな」
威勢のいい守剣 京助(
gc0920)に続き、魔神・瑛(
ga8407)は両拳を打ち合わせる。
「そんじゃ一丁気張るとするか!」
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園内は歩いている人間もおらず、見通しがいい。しかし割と広い空間であるし、キメラも複数とのことなので、探すのに手間がかかるかと思われる。
が、幸いと言っていいものか数分もたたないうち、派手な悲鳴が聞こえきた。
「ギャー! 食われる噛まれるいてええええ!」
すわ逃げ遅れか。
急いでそちらに向かってみると、確かに救援を要しているような幼子が2人いた。
が、叫んでいるのは彼らではない。近くで狼男に噛み付かれている犬男である。
ティルヒローゼはひとまず、2匹ともがキメラだかどうだか判別しかねたので――たとえ喋っていたとしても、たまにそういうキメラもいないことはないし――彼らの足元目がけ射撃を行ってみた。
結果FFが輝いたのは狼の方。犬はキャンキャン鳴いて抗議してきた。
「ばかやろおオレはキメラじゃねえ!」
判定結果によって――というより次のソウマの言葉によって、彼女はようやく犬が人間であると認めた。
「あ。あの人多分僕の知り合いです。レオポールさんていうビーストマンで」
武器一つ持っていないのは、休暇中だったからか。
そのせいなのか単にもともと弱いのか、狼男にやられ倒している。
「ぱぱー」
「ぱぱがんばってー」
幼子が口々にそう言っている。犬男の子供らしい。
丈一朗は所有していたテンペストを、彼に向かって投げ渡した。
「そいつで自分の身と子供を守れ!」
レオポールは何とかそれを手にしたものの、こんなことを言い出す。
「いやあのな武器はいいから素直に助けてくれよ!」
しかし要望はあんまり注目されなかった。別の獣人がやってきたので。
ざっと2.5メートルはあろう熊人間。
どうやら能力者に対する敵対心を植え付けられているらしく、他のものには目もくれず、真っすぐにこちらに向かってくる。
身振りからすると、敏捷性はあまりない感じもする。無論、キメラの範疇においてという意味だが。
そこで先行していたアルテミスから、虎の檻の近くで虎男を、ライオンの檻の近くでライオン男を発見したと連絡が入ってきた。
分散している敵を叩くには分散しなくてはならない。
というわけで丈一朗は、向かってくる熊を受け持つことにした。
「よし、ここは俺が押さえておく。皆他のを頼む」
「おお、倒しちまっても構わねぇが、無茶はするなよ。俺達はこっちが済んだらそっちへ行くんだからな!」
クロムブレイドの柄を握り直し、瑛が丈一朗のもとから離れる。ヒカルと共に。
「さて、それじゃ俺はライオンに行かせてもらうか!」
京助はライオン怪人を捜しに、別方向に向かって行く。
走って行く彼らに不審そうに鼻を向ける熊男。
その体を丈一朗が打つ。
「よそ見は禁物だぜ熊さんよ!」
毛むくじゃらな脇腹に拳が入った。石のように堅い筋肉だ。
涎を飛び散らして熊男は怒った。黄色い爪のついた手を振り回す。
ヘルメットにガリっと爪が食い込んだ。
丈一朗は急いで距離を取る。
ソウマ、ティルヒローゼ、士は、いち早く彼に協力するため、まず近場の狼男退治に向かう。
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「知ってるか、中国の御伽噺だと虎人って、”踵が無い”らしいぜ?」
先程聞かされた豆知識を頭に、ではこの虎人はセオリー破りかしらとヒカルは思った。
足は毛むくじゃらだが、形は人間のものに近い。手もまた。
「ま、所詮偽物だからな‥‥さぁて、狩りの始まりだ。後が支えてるんで最初っから全開だ!」
瑛はヒカルの前に立ち、ソニックブームを放った。
虎男が身を低くして避け、反動をつけて飛びかかる。
爪が瑛の頬と額を削り、赤い線を作っていく。
そして剣を顎で銜え振り回し、へし折ろうと試みた。
脂汗を浮かべて瑛が毒づく。獣の顔に。
「おいおい止めろよな‥‥このクロムブレイドはお前、結構高いんだからよ‥‥」
ヒカルが急ぎ、超機械による攻撃を行う。
瑛もハンドガンを虎の頭目がけて撃ちかけ、顎をどうにか放させた。
見ると刀身には歯型が少しついている。
生身の頭を齧られたら、そのままごっそり持っていかれることだろう。
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「へえ、これはなかなか迫力あるねえ」
右に左に軽く揺れながら、ライオン男は園内をうろついていた。
熊よりは小さいが、それでもどっしりとした体つきで、百獣の王といった風格の鬣がなびいている。
とはいえ、京助も長々観察するつもりはなかった。攻撃は最大の防御だ。
「じゃあ行かせていただこうか!」
急接近し、ワルキューレを横なぎに払う。
かすめたそれが少し当たったのか、ライオンはくっと身を引き吠えた。爪と牙を剥いて。
クルシフィクスを引き寄せ渾身の力を込めて振り回す。
不都合ではとも思える巨大な鉄塊の初手を避けたキメラは間合いに飛びこんだが、下腹を蹴り込まれ、左肩への裂傷のほか確かな一撃を加えられぬまま、後退を余儀なくされる。
「はっはー! 俺をそう簡単に倒せると思うなよ!」
今度こそ盾になってくれよと、クルシフィクスを地面に突き刺す。ワルキューレを再び構える。
剣を中心軸として、獣と人との間で再び戦いが始まる。
剣と蹴り、爪と牙との応酬だ。どちらもいち早く相手の命を取ろうと狙っている。
地面にぽたぽた赤いものが散るが、どっちがどっちのものか分からない。完全に同じ色をしていたので。
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レオポールは引き続き噛まれて大苦戦だ。
似たような姿形がなんか気に入らないのだろうか。狼は犬に攻撃を加え続けである。
それが急にギャンと吠え飛び上がった。ソウマが電磁波攻撃を行ったのだ。
「助太刀します」
彼の姿を見てレオポールは俄然喜んだ。早速助けを求める。
「おお、ソウマじゃねえか! 早く助‥‥いでででででで!」
「ぱぱー」
「ぱぱー」
「馬鹿お前らは下がってろ! 噛むぞこいつは!」
(‥‥ま、子供は守ってるのかな)
心に呟く士は、ソウマに続けて応援に入った。
「パパさん頑張って。今助けるからさ!」
急接近する白刃に狼男は、ようやくレオポールから離れ、新しく出てきた敵に向かって唸り声を上げる。
ティルヒローゼも槍を突き込んでくる。
灰色の毛皮の下から血が滲む。
獣の唇がめくれ上がり、脚は地面を蹴る。彼女目がけて。
ハルバートサイズが横なぎにされた。突く動作が間に合わないと判断して。
残念ながら頭蓋に鎌を食い込ませるまでには至らなかった。ただ強く柄の部分が当たったので、狼は再び飛び離れる。
その合間にソウマが、レオポールへ言った。
「子供のヒーローはいつだって親なんですよ。ここは引き受けます。あの子たちを迎えに行ってあげてください」
「お、おお。悪いな、後は頼む」
「その子たちを避難させたら戻ってきてくださいよ。逃げた動物の確保がありますからね」
「‥‥」
ティルヒローゼの言葉には気の進まない様子だったが、とにかくレオポールは双子を抱き上げその場から逃げて行った。
ソウマは表情を引き締め、振り向く。
2人を相手にしていた狼男の動きが、直後著しく鈍った。ソウマが練成弱体をかけたのだ。
「そんなに頑丈だとやりにくいんですよ。悪く思わないでください」
隙を見逃すような人間はここにいない。
刹那の白刃と重い斧とが交錯した後、狼男は血肉の塊と化していた。
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徐々に虎の動きが瑛の動きを下回ってくる。
ヒカルの呪歌が効いているのである。
このキメラは動物よりは頭がいい。
だが所詮、自分の動きを鈍くさせているのがなんなのかまでは思い至らぬ程度の知能。
そのことを瑛はとても幸いに思った。体中赤い縞模様を作られかけている身の上なれば。
虎男は、太ももの動脈を切られ膝をつく。
噛み付こうとする口内に瑛がハンドガンを突っ込み、炸裂させる。
血の泡を噴いて地面に倒れたキメラは、二度と動かなかった。
腕を引き抜いた瑛は、ついた血と唾液とを振り落とし、他の応援に回るため駆け出す。ヒカルもまた。
熊を相手にしている丈一朗が最も気掛かりであったが、その前に京助とライオン男との戦いに参戦する。
牽制射撃によってアルテミスが援護しているものの、まだ止めを与えるに至っていないもようだ。
地面に突き立てられた剣を挟んでお互い睨み合っている。荒く息を吐きながら。
「よお! 暇してなかったか?」
「いーや、なかなか忙しかったぜ、こっちは!」
ソニックブームの一陣とともに走り込んできた瑛に、京助は軽口を返す。ライオンから視線を外さずに。
「さっきから脳天狙ってんだがな、なかなかやらせねえ」
「へえ。そんなら二段攻撃といこうぜ」
その会話もキメラには意味のない音としか聞こえない。人間が動物の声を聞くときと同じように。
ただどちらが先に攻撃してくるかは気配で知れた。
ライオン男は懐に飛び込んできた瑛に腕を振り下ろした。
その動きのせいで、間も置かず次に来た眉間への一撃を回避できずじまいになってしまい――後は永久にそのままだった。
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「大丈夫ですか、丈一朗さん!」
おお、と丈一朗は、合流してきたソウマたちに手を挙げた。右だけを。左は垂らしている。
「折れるまではしていない‥‥多分」
筋肉はちょっとどうかなったかも知れないがと付け加え、単調なうなり声を上げている相手を見る。
予想通り動きは格別早いというわけでもないが、腕力がものすごい。
振り回した剛腕にうっかり掴まれた瞬間、ねじ切られると本気で思わなくもないほど力が加わってきた。
咄嗟に喉仏へ拳を入れて外させたからいいものの(そのついでにぶん投げられたが)、とにかく気軽に一人で正面から取っ組み合っていい相手ではない。
ティルヒローゼは膝裏を狙う腹積もりで熊男の背後から接近し、士は敵の気を逸らすため、援護射撃を重点的に行う。
ソウマは引き付けを彼らに任せ、丈一朗に駆け寄り、練成治療を行った。
「ま、応急処置ですけどね。十分派手に暴れてもらってかまいませんよ」
「おお、有り難う。いやはや、あんまり頼りにならないけどな」
「そんなことありませんよ。引き付けてもらって助かりました」
右手を開いたり閉じたりしつ、丈一朗は体勢を立て直す。
ティルヒローゼと士の攻撃に熊は集中力を失っていたが、虎退治とライオン退治が終了した面々が場に駆けつけてくるのを見て、更に落ち着きがなくなる。
そこを突いて、ティルヒローゼが飛び込んだ。背後から。
「もらった!」
狙うは膝裏。
攻撃は入った。
右膝裏が半ば千切れ、勢いよく血が流れ出す。
咆哮を上げ、熊男は体をのけ反らせた。背後の彼女に向け首を伸ばしてねじ向ける。
丈一朗は、さらされているその目標目がけ一気に拳をたたき込んだ。
熊がのけ反った姿勢のまま倒れる。ティルヒローゼは斧を振り上げる。
かくして最後のキメラも存在するのを止めた。
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任務終了後、傭兵たちは動物の騒ぎの収拾についても協力した。
「しっかりしろ。死ぬほどの傷ではないからな」
丈一朗とティルヒローゼは、ゴリラ舎で倒れていた飼育係を見つけ、その応急手当をしていた。
彼は額を割られ鼻を潰されていて、救急車での搬送を待つばかりだったが、飼育動物のことをわが子のように心配していた。
「‥‥ゴリラたちはどうなりましたか‥‥」
「大丈夫です。ちゃんと無傷で戻ってきますから、喋らずにいてください」
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「御免なさい、あなたたちには窮屈かもしれないけど、また檻に戻ってもらうわね‥‥逃げたところでどうせ捕まるか殺されるかしてしまうのだもの」
歌声に眠ってしまった白熊やライオン、豹たちを前に、ヒカルはそっと呟いた。幾らかの哀れみを交えて。
それからまた、バイブレーションで動物たちの居所を探索して行く。瑛、京助とともに。
「どうもゴリラのようです。向こうの爬虫類館の方に隠れてますね」
「ゴリラか‥‥はっはー。またごっついのがきたなあ」
「ま、後少しだ。頑張ろうぜ京助」
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「次は遊びに来たいね。ここはさ。でも、なんでキメラは動物を出したりしたんだろう」
「‥‥キメラは猛獣を仲間だと思ったんですかね。だから、檻から出した」
士の疑問に、本気なのか冗談なのかそう答えながら、ソウマはしゃがみこんだ。建物の透き間に挟まって唸り続けている狼たちに語りかけるため。
「傷つけたくないんだ。おとなしくしてもらえないかな」
匂い探索係として付き合っているレオポールは、それが怖いのではるか後ろにいる。
「もう脅えなくていいんだ。出ておいで」
狼たちはなおも疑っているようだったが、やがて唸るのを止めて少しずつ近寄ってきた。
ふんふんソウマの手の匂いを嗅ぎ、ペロリと嘗める。
士もアルテミスもそれを前に、感心した様子だった。
「すごいね。懐かせるなんて」
「うん。ソウマさんは動物あしらいがうまいですよ。さ、レオポールさん次探して」
「ええー、まだやんのかよ‥‥」
噛まれたうえに毛を毟られて哀れなことになっている犬男は声を限りぼやく。休日の空の下。オレはこんなことしに来たんじゃないのにと。
「ぱぱー」
「ぱぱー」
双子にまとわりつかれつつ。