タイトル:盗難バイクで走りだせ!マスター:KINUTA

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/24 22:45

●オープニング本文


 そこは――名前は伏せるが――とある由緒正しきエリート私立高校。
 有名大学への進学率が抜きん出て高く、他府県にも名を轟かす。
 勉強もそうだが礼儀作法もしっかり教え込んでいるとの評判で、卒業生という経歴をもつだけで、面接に有利になる。
 難を言えば授業料もまた抜きん出て高いというあたりだろうが、払えない家の子は来ないのでどうでもいい。
 そこに勤めている教師も当然エリート、進学塾からヘッドハンティングされた有名講師なんてのもざらにいたりする。
 この高校は、しかし、いきなり危機に瀕していた。一週間ほど前から。

 鳴り止まない電話のベルを横目に、目の下に隈を作った校長は頭を抱えていた。教頭とともに。

「一体どうしたというのだね。うちの子たちは皆本当に優秀な子だったのに。え、そうだっただろう。一週間前までは」

「はい、全くもってその通りで万事平穏にやっておりまして。電話は取らないでよろしいのですか校長」

 ガシャーンとどこかでガラスの割れる音がしたが、もう彼らはいちいち確かめに出ることもしなかった。まだ割るガラスが残っていたのかと思ったくらいである。
 校長室の窓は既に、全て段ボールになっていた。

「いいんだよもう。分かり切っているんだから。どうせ苦情なんだろう。うちの生徒が盗んだバイクで走っていたのを補導したとかなんとかなんだろ」

「他校とのケンカ騒ぎかも知れませんよ。それで相手からケガさせられたとか親御さんから」

「ああそれもあるね。大体なんでケンカかね。我が校の生徒は自慢じゃないがそんな下品なことしないはずなんだよ。そもそもやって勝てるわけがないんだよ。またケンカの必要あるのかね。ゆくゆくエリートコースなのにゴミクズみたいなのを相手する必要が。履歴に傷が付くじゃないかね」

「そのはずなんですがねえ。あ、そういえば夜行列車で駆け落ちかも知れません。あれは確か2年3組の臼井くんと1組の有城さんでしたか。結局二人とも大阪のへんでウロウロしてるとこ先日保護されて」

「いたねそんなのも‥‥恥だ恥、どいつもこいつも営々と築いてきた我が校の品位を少しはだね」

 校長室の扉の向こうで、バイクの走る音が通り過ぎて行く。騒ぎ声とともに。
 そこは廊下のはずなのだが。
 誰かがブブゼラなんかも吹いているようだ。

「一体原因は何なんだね。尋常じゃないだろこの荒れっぷりは。そりゃうちの生徒が悪いことしないなんて思ってはいないけどだね、これだけ見え見えな悪さなんてやらんはずだ。もっと利口な手の込んだことするはずだよ」

 カラオケなのかライブなのか、うるさいばかりの歌声も遠くの教室から響いてくる。

「おお‥‥よく分かってらっしゃいますね校長。私感服致しました。実は今だから言うのですが、うちの生徒は頭がいいだけに、ネットでの誹謗中傷とか炎上とか嫌がらせとかに走る子が多‥‥」

「もういい、そんなことはいい! そこは世間様にばれてないんだから! とにかくこの学校法人は私のものなんだからしてこれ以上の混乱を来し評判を落としたくないわけだよ、来年の入学者を得るために! 大体高い金払って雇ってやってる教師が全員登校拒否とはどういうつもり――」

 と、いきなり扉が開く。ノックもなしに。
 メントールタバコを銜えた長い黒髪の女子高生が入ってきた。

「校長、ライターを貸して欲しいんですが」

 その傍若無人振りに校長はたちまち真っ赤になり、側にあったアルミの灰皿を投げ付ける。

「やかましい、出て行けクソガキ!」

 灰皿が頭に当たったので、女の子は泣きながら出て行った。バカヤロウ、デブハゲ等口汚い捨て台詞を吐いて。

「校長、今の、さっき話した有城ではなかったですかね」

「素性なぞどうでもいい!」

「いえ、私も別にそういうことでいいんですが、ただ、あの子がいるということは」

 と、また急に扉が開いた。
 今度はメガネの真面目そうな少年である。
 彼は手にしていた消火器を校長室に投げ込み、またさっと扉を閉めた。
 直後爆発が起きる。
 校長室内部は隙間なく真っ白になった。

「‥‥ほらね、臼井もいるってことですよ‥‥そういや確か科学部でしたね彼は‥‥去年全国ロボットコンクールで、優勝したんじゃなかったですかね」

 咳き込みながら話す痩せた石膏像に、太った石膏像は答えるどころではない。
 手近にあったゴルフクラブを引っつかみ、多分盗んだスクーターで逃げて行くその男子生徒と後ろに乗ってる女子生徒を追いかけ、校庭に飛び出して行く。
 そして日頃の運動不足がたたって息切れを起こし転ぶ。
 しかし得るところが何もなかったわけではない。
 外に出てみて初めて彼は知った。
 校舎の窓ガラスが叩き割られていたり、落書きが所狭しと書かれていたりするのに心を奪われつづけだったせいで、これまで気づけなかったが――屋上に、何重にも蚊取り線香が連なったような巨大アンテナがついているのを。

●参加者一覧

前田 空牙(gb0901
18歳・♂・HA
カイト(gc2342
19歳・♂・ER
海原環(gc3865
25歳・♀・JG
ダンテ・トスターナ(gc4409
18歳・♂・GP
三日科 優子(gc4996
17歳・♀・HG
コッペリア・M(gc5037
28歳・♂・FT
マリンチェ・ピアソラ(gc6303
15歳・♀・EP
菜々山 蒔菜(gc6463
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

「なんてことなの! グッボーイとナイスガール達が‥‥」

 コッペリア・M(gc5037)の驚愕も無理はなかった。
 窓ガラス割れ放題。壁面落書きし放題。
 窓から投げ落とした机と椅子。抜かれ倒した花壇。
 絵のように荒れた学校だ。

「うわ〜‥‥こんな学校漫画の中だけだと思ってたよ‥‥」

 言う前田 空牙(gb0901)の頭へ、急に火の粉が降りかかってくる。

「あちあちあっち!」

 それは海原環(gc3865)の背中と瞳に燃え上がった炎から発生したものだ。

「荒廃を救うのは愛そして拳! 私は教師だ、目の前の生徒を放っておけない!」

「あねさん気合入りまくりだな。私も負けてらんね。にしても優子遅いな」

 菜々山 蒔菜(gc6463)は首を傾げる。
 先行して敵陣潜入視察に向かった三日科 優子(gc4996)が、小一時間たっても連絡をよこさないのだ。
 いくら生徒が凶暴化していると言ったって、所詮一般人。後れを取るなんてないはずだが。

「ねえ、あたしたちはあたしたちで動き出さない?」

 胸元と太ももの開放的なブレザー姿のマリンチェ・ピアソラ(gc6303)の持ちかけに、応えたのはダンテ・トスターナ(gc4409)である。

「そうっスね。待っててもしょうがないし」

 彼はいの一番に校門を越えた。バグアの電波ごときでおかしくなるわけがないと自負していたもので。
 が、敷地内に足を踏み入れた瞬間奇声を発する。

「ヒャッハー!」

 手近なにわかバイク野郎を襲撃し、盗んだバイクと金属バットをさらに盗み、アクセルふかして突入して行く。ベニヤで突貫修復していた玄関を突き破って、校舎内に。

「ヒーハー! クレイジードックダンテ参上!」

 という痛い絶叫とともに。

「お待ちなさいダンテ君! いけないわ! 貴方はそんな子じゃないはずよ!」

 内股で追いかけるコッペリア。

「今日のお前ら最低だあ!」

 熱い涙とともに追いかける環。
 気が付けば蒔菜も中へ入り――彼女の場合ダンテを追いかけていた訳ではないが――生徒をボコり始めていた。

「おととい来やがれ三下野郎! ヘッドを出せやあ!」

 打ち合わせらしいものもないまま早くも4人が見切り発車。
 追い打ちとして、優子以外の何者でもない声の校内放送が響き渡った。

『フフフ‥‥装置はウチの獲物や。他の誰にも渡さん。ウチの庭に入る奴は容赦しいへんからな。地獄見せたるわ。ホレみんな、ウチを称えい!』

『『偉大なる我等の首領三日科優子将軍マンセー!!』』

『ちゃうわ、ジーク姐御や!』

 深海の沈黙が場に満ちる。

「‥‥それでは皆さん、頑張りましょう」

 ひとまずはカイト(gc2342)には異変が起きていないようだ。
 が、それはあくまでも見せかけ。
 帰ったらロボットアニメを見ようと考えている頭にもまた、確実に中二病が浸透していっていることを、この時空牙達のみならず、本人も知る由がなかった。



 荒れ果てた学び舎に泣き虫先生の拳がうなる。

「私が来たからには今までのような我儘勝手は許さん!」

 尻履きズボンだの改造シャツだの自慢げに着ていた生徒が、乳を揉んできた生徒が、熱いビンタで廊下の隅まで吹っ飛ばされていく。
 大人へ敵愾心を燃やしっぱなしの彼らは不利だった。バットだの角材だの持っていても不利だった。
 所詮玄人対素人。
 おまけに環とともに、別の変な教師も攻めてきている。そっちのほうが難敵だ。

「そんな危ないことしちゃ駄目! 先生の言うことを聞きなさい!」

 タイツ姿のごっついオカマがフェロモン全開で迫ってきたら、多分誰だって戦う以前に後込みする。
 両手を横に振る乙女走りながら彼はとても俊足。狙った獲物を逃がさない。男子生徒2人を早速ゲットした。

「うふっ! 捕まえたわ! さ、ここは危ないから外に行きましょう!」

 行ったらもっと危ないことになりゃしないか。そんな懸念が生徒達に悲鳴を上げさせる。

「ギャアア触るな寄るなー!」 

 そこにどこからともなく手榴弾が飛んできた。
 コッペリアの足元で爆発し、周囲を粉だらけにする。

「ぶおほ! あっこれ待ちなさい!」

 その隙に逃げ出した生徒を追い、コッペリアは階段に向かう。
 そして、滝のごとく流れ落ちてきたカラーボールと調理部油撒き攻撃に足を取られ、巻き込まれた若干名の生徒達とともに階下へ流れていった。

「あ〜れ〜」

 その間に環は爆弾を投げ付けてきたペアを追い、校舎内を驀進して行く。



 空牙は、カイト、マリンチェと行動していた。彼は歌で生徒の誘導を試みている。

「屋上が〜爆発するかも知れないよ〜♪ だから避難しようね〜♪」

 でも歌詞のセンスはあまりなかった。
 そのせいなのか、素直な心に成り切れていないヘビメタ学生共が憎まれ口を叩いてくる。

「ダッセー。みんなのうたかよ」

「‥‥そんなこと言う糞ガキは〜混乱しやがればいいんだ〜!!」

 彼の歌により混乱の極みに達し、学生共は準備も出来てないのにステージからダイブパフォーマンスして沈黙した。
 観客の女子が熱狂のあまり叫びながら走り出て行く。白目をむいている彼らを引きずりつつ。
 先頭に立って急いでいたマリンチェが、つまづきコケる。
 廊下の途中にテグスが張られてあったのだ。丁度足の引っ掛かる高さに。

「誰よこんなもの張ったのは!」

「我々だ!」

 声に一同が振り向くと、デジカメを手にしたイケてない男子3人。

「我ら写真部3人衆」

「たった今貴様のパンチラ映像を手にいれた」

「ネット流出されたくなかったら言うことを聞け。まずその不埒な乳を触らせろ!」

 マリンチェはスカートの裾をはたきながら立ち上がり、目にも止まらぬ早さで彼らに巨大ハンマーをぶつけた。
 デジカメも粉砕した上3名と共に窓から投げ捨て、明るく言う。

「急ご」

 空牙らに幾分薄ら寒い思いをさせて。
 直後けたたましい音が鳴り響いた。
 次は何だと逆方向に頭を向けると、吹奏楽部の一団がラッパを吹き鳴らしている。
 だけならいいが、ラグビー部員が廊下一杯にラインを組んでいた。

「いいか、相手チームを叩き潰せー!」

 相手チーム、相手チーム‥‥俺らしかいないよな。
 ぼんやり思う空牙は、カイトの一言で我に返る。

「オレたちは先に屋上に行ってるぜ!」



 ダンテは、渡り廊下を走っていた臼井達に併走していた。

「ヘーイガール名前は? オタクボーイよりもオレと走らないッスか?」

 彼女を目の前でナンパされて、臼井が腹を立てる。

「なんだキミは、あっちに行け。有城さんに声をかけるな」

「‥‥ハッハー! オタクボーイ! そんなら校庭で女を賭けて決闘と行こうじゃないッスか!」

 何でいきなり決闘とか言うなかれ。電波にやられている同士である。ノリに任せて突っ走るしかない。

「臼井くん、馬鹿なことやめて!」

 かくて有城の真っ当な忠告を袖にし、2人校庭で向かい合う。
 臼井はダンテに先んじてポケットから手榴弾を取り出し、投げ付けた。
 金属バットが高く高く場外ホームランをかます。
 手榴弾は校舎の窓を突き破り中に入って爆発。
 ダンテはオタクボーイを嘲弄する。

「もしかして、負けるのが怖くて素手じゃ戦えないッスかー?」

 臼井はついに身一つでダンテに向かってきた。あからさまにケンカ慣れしてないが、とにかく向かってきた。
 ダンテは避ける事なく受け、打ち返し、相手がへろへろになって尻餅ついたところで自分も座り込んだ。
 臼井はというと鼻血が出るわ頬が腫れるわで、有城から顔を拭われても言葉が出てこない。
 が、両者爽やかな心持ちではある。
 一戦交えた男の友情が芽生えかけなくもないムード。
 しかしそこに環が飛び込んで来て、全く別の場面に早変わりしてしまう。
 彼女は臼井、有城2名にビンタを食らわした。
 有城が泣く。だもので臼井が憤慨する。
 環は彼の肩を押さえ付け、揺すぶった。

「先生が何故殴ったか分かるか!? お前達が二人乗りをしていたからだ! 臼井、お前がコケたら有城が死ぬかもしれないんだぞ! 有城、もしお前を事故で死なせたりしたら、臼井がどんなに自分を責めると思う!? お前達は駆け落ちするほど好き合っているのに、どうしてそれが分からないんだ! このバカちんがー!!」

 ガーン。
 そんな文字が背景に浮かび上がって消えた。
 生徒達はひしと環にすがりつき、熱く涙を流す。

「お前たち、分かってくれたか!」

 環、男?泣き。ダンテも貰い泣き。
 ひとしきりそれを続けた後彼女らは当初の目的を思いだし、再度校内に潜入していった。



「危ない危ない。あまりの楽しさに時を忘れてしまってたわ」

 窓から入ってきた爆弾が破裂し真っ白になったコッペリアは、同じく真っ白になって目を回している半ズボン姿の少年少女――演劇部である――を見回し、未練を振り払って出て行った。
 彼らの用意してくれた接待茶室、またの名を半ズボン天国から。
 大急ぎで階段を上ると、優子へ至る最後の砦である親衛隊を難無く壊滅させた蒔菜が、教室の扉を蹴っていた。

「電気メーター動いてっから、いんの分かんだぞオラア! 居留守かましてんじゃねえ!」

「蒔菜さん、女の子がそんな汚い言葉使っちゃダメ!」

「るせー! オッサンは早く上行け!」

 蒔菜は特別電波に影響されているわけではない。もとからこんな感じなのだ。

「居留守なんか使てへんわボケエ!」

 一方扉を開いて姿を見せた優子は、確実に電波と覚醒の影響でこうなっている。

「ここは正々堂々決闘で勝負や!」

 経過を考えると、どの口で正々堂々?となるが、蒔菜は細かいことを考えないから突っ込まない。
 駆けつけてきた環も頭の中が飛び出せ青春なので、同様である。

「そうか‥‥お互い悔いがないようにやるんだぞ!」



 ダンテは最上階に向かう中途、ラグビー部を倒した後、落下してきたトリモチと闘う空牙を見かけたので、助けていた。

「引っ掛かる専門なのかな俺‥‥」

「大丈夫、バイクで引っ張れば抜け出せるっス!」

 校内放送が響き渡る中。

『今から決闘をする。みんな体育館に集まれ。倒れている仲間も見捨てず来てくれ。ウチの勇姿を見てほしい』



 屋上でマリンチェは無言になっていた。
 カイトが装置を前に妙な動きをしている。例えて言えばアニメのキメ技のような。

「オレはLHの傭兵!! 正義の味方だぁぁぁぁ!!」

 バトルピコハンを構え名乗りを挙げたカイトは、次に必殺技の枕らしいものを口にし始めた。

「超機械の光の中で、戯れるのは破壊と創造‥‥練力は怪我人の治療に7割、もしもの時のために6割残しておくぜ! 燃えあがれオレの小宇宙!」

 ‥‥計算が合わない。
 何ソレ。
 こう思えるあたり、マリンチェは電波に対して同調力が弱いのだろう。

「粉々になぁぁぁぁれぇぇぇぇぇ!!」

 カイトは超機械で装置に一撃を加えた。
 FFに火花が走り、外殻が凹む。
 しかしさすがにバグア兵器、一撃では壊せない。
 そこに息せききってコッペリアがやってきた。

「遅れてメンゴ! フォォォォォ! グッボーイ達にイケナイいたずらしてたのは、コイツね!」

 ハッスル覚醒した彼は下半身タイツ男と化し装置に挑む。
 何コレ。
 また思ったものの、気を取り直してマリンチェも一撃を加えた。
 立て続けの攻撃に装置が煙を噴き、静電気が走り、中からはみ出てきた巨大バネが屋上の入り口目がけてぶっ飛んだ。
 続けて予想外な音声。

『自爆まで後3分00秒・2分59秒・2分58秒‥‥』



 生徒でぎっしりの体育館。大注目の頂上決戦が行われる。

「ええか、ウチが一人で戦う代わりに、ウチが負けても生徒に手出しは無用やで」

「ああいいぜ。一発くれてやんのありがたく思えよ」

 髪をかきあげ蒔菜は指を鳴らす。
 対峙している優子はグラップラー。正攻法は通じにくい。
 しかしすでに策は考えてある。
 めんどくさいが、ネジが飛んだ仲間を放ってはおけない。

「決闘しちゃダメだ! 今時誰もやらないよそんなこと!」

 モチカスだらけになって止めに来た仲間を殴ってでも。
 そいつが歌い出したらさらに本気で殴ってでも。
 取り戻した静寂のうち、蒔菜は一歩踏み出し、隠し持っていたスーパーボールを優子の顔に向かって投げ付けた。
 一瞬払いのけようとした隙のうち、蒔菜は、右ストレートを炸裂させた。
 優子の体が床に倒れる。
 わっと生徒達が駆け寄った。
 蒔菜は一人背を向けて去って行く。バイクで。

「三日科、三日科、しっかりしろ!」

 抱き起こした環に向けて、優子は虫の息といった声を発した。

「すまん‥‥みんなのガッコ守れんかった‥‥先生には迷惑かけたが‥‥ウチ。本当は先生のこと。好きやってんよ‥‥?」

「もういい、もう何も喋るな!」

 校内放送のスピーカーから、『太陽にほえろ』の殉職BGMが流れてくる。

「ふふ。短い間やったが、みんなと過ごした日々‥‥楽しかった‥‥で(ガクリ)」

「三日科ァァァァ!」

 一応言うが別に彼女致命傷でないし死にかけてもない。
 でも真っ白に燃え尽きた。
 環号泣。生徒達も号泣。つられて空牙もダンテも。
 もう誰も止められない。



『0分59秒・0分58秒‥‥』

 扉が壊れたので、マリンチェはロープで地上まで脱出大作戦をしている。
 のだが、先に行かせた男共が遅々として進まないのでなかなか降りられない。

「二人とも早く降りて!」

「キャー私目がくらむ、カイト君場所変わってちょうだい!」

「ズボン引っ張らんで下さい! オレはこの順番でいいんです!」

「あっ。あなたさては彼女のパンツ狙いね、そうなんでしょ!」

「ねっ、根も葉も無いこと言わんでください! そりゃ目のやり場に困る光景ですけど、今はそんなこと言っ」

 会話は途絶えた。
 両者とも頂点まで苛々が達したマリンチェに、下方の植え込みまで蹴り落とされたので。
 障害物がなくなったので彼女は急ぎ下る。
 地上に足がつくかつかないかという時――大爆発が起きた。
 屋上が吹き飛び、階下に崩落していくほどの。



 帰りの高速艇内。

「なんやのアレ! アカンもうめっちゃハズい! もう家帰りたい!」

「今帰ってるじゃん」

 蒔菜の言葉に耳を塞ぎ、優子は座席で悶えまくる。

「‥‥俺校庭でアニソン熱唱しちまったよ‥‥別にアニソンじゃなくてよかったんじゃねって感じだろ‥‥」

「オレもなんか成りきっちゃって‥‥最低です‥‥もう最低」

 沈むカイトと空牙に反して、ダンテは陽気だ。

「そッスか? 俺結構楽しかったッスけど。ねえ環先生」

 環はすぐに答えず窓に顔を向けた。察するに、少し恥ずかしかったらしい。コッペリアはそうでもなく、ぐっと親指を立てた。
「そうよね、私も先生気分になれて楽しかったわよ」

(つまり、普段から照れなしに生きてる人間はなんともないってことね)

 各々の反応を目にマリンチェは、かような結論を下したのであった。