●リプレイ本文
銀行は前面がガラス張り。駐車場のスペースが前に取ってある。中からの見通しがすこぶるいい。
「いつの間にか銀行強盗が小銃武装している御時世とはね‥‥現地の治安組織もなにをしていたものやら‥‥」
辰巳 空(
ga4698)はそうぼやく。
一行は、見取り図を基に簡単な打ち合わせをした。
そして、二手に分かれて行った方が、効率的だろうということにまとまる。
「キメラを使って銀行強盗か‥‥フン。随分キメラも安くなったもんだ」
かく言う秋月 九蔵(
gb1711)だけは外部からの支援。
正面組:辰巳 空、菜々山 蒔菜(
gc6463)、天羽 恵(
gc6280)。
裏手組:堺・清四郎(
gb3564)、祈宮 沙紅良(
gc6714)、ジョージ・カ・ツァーギ(
gc6855)、南 星華(
gc4044)。
以上である。
●
現場に駆けつけた傭兵たちがまず見たのは、駐車場における銃撃戦。
車を盾にしながら一組の男女が撃ち合っている。
男はスーツだが、女はアーミールック。
だから一瞬強盗団が一般人を襲っているのかと見えたのだが、会話を聞いてすぐ違うと判明した。
「よくも撃ったわねペーチャ! 最低だわ! 嘘つき!」
「ぼくが今頭から血出してるのは誰のせいですか。大体嘘つきって何です。付き合ってた時分から結婚するなんて一言も言ってませんよ」
「しないとも言ってなかったじゃない!」
「おーそりゃそうかも知れませんが、だからって勝手に思い込まれても困りますね。そもそもちょっと考えたら分かりそうなものですが。結婚というものは立身出世の半分がなけりゃ意味がないのに、きみはそれを持ってないでしょうよ」
「この人でなし! よくもぬけぬけ言えたわね! 恥知らず!」
男が素早く車体の陰へ顔を引っ込めると同時に、そこにあったサイドミラーが粉砕された。撃ち返した男の弾丸は、女が盾にしている車の窓ガラスを割る。
「事実じゃないですかファニー、きみだってぼくが貧乏だったら結婚したいなんて思わないでしょう!」
「ええそうかも知れないわね! でも今はあなたがそこまで落ちぶれりゃいいのにと心底思うわよ!」
「正直なことで。だったら何でその逆をぼくにさせようとするんですか。きみがそうしたくないのと同じように、ぼくだってみすみす己を貶めることしたくないわけですよ!」
聞いている限り事件本体とあまり関係ないらしい。
「‥‥後で事情をうかがってみましょうか」
「いいって。もうほっとけよ馬鹿くせえ」
沙紅良に蒔菜は進言した。目の前の小競り合いをスルーすることを。
九蔵も空も同じである。片付けなくてはいけないのは第一に強盗であって、私闘ではない。
清四郎は顔を渋くする。痴話喧嘩であるからというよりも、内容が即物根性丸だしであるのに腹が立ってきているのだ。
全くなぜ初っ端から出来の悪い昼ドラを見せられなければならんのか。
「どうかしてるわ」
恵も実に感心しない。弾が当たれば人が死ぬかもしれないのに、彼らあまりに軽はずみだ。
だが、ジョージは目の前の騒ぎに、特にファニーに興を覚えくっくと笑っている。
「あのセニョリータは美人なのに勿体ねえなあ。去るものは追わない方が楽しい人生送れるぜ?」
「そうね。まあそれにしてもペーチャ、ロクなことしてないわね」
「星華、あれ知り合いか?」
「正確には知り合いの兄弟なのよ」
星華はバイクの上で指をとんとんさせて、迷いつつも言った。
「ここで恩を売っておくのも悪くないから、助けてあげましょうか」
「そう。俺も参加するよ」
現地警察が遠巻きにしている駐車場を、ジョージはもう一度見回した。
あやしい護送車が一台停まっているのが見える。中には覆面で顔を隠している運転手が一人。
「あれをやっつけてからだけどな」
「そうですね。とりあえず犯人の足を潰しておかなくては。そこについては私も協力します」
恵も彼に賛同する。かくして、この二人は同時に動くこととなった。
人員はそれぞれの役割を担い、連絡を取り合いながら散開する。
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銀行裏手に回った沙紅良は、施錠されている扉に挑んだ。
まず、電子ロックを超機械で無効化する。警報でも鳴り出されたら、犯人に気づかれてしまうので。
続いて多目的ツールからドライバを持ち出し、地味にいじっていく。
ややして、カチリという確かな感触が得られた。
「‥‥こういう細かい作業、意外と得意なんです」
一同扉を開いて潜入し、身を隠しながら内部の様子を確かめる。
アーミールックの男Aがカウンターの上に上がり、銃を持って周囲を睥睨している。時々威嚇射撃もしている。
人質は、金を袋に詰めさせられている行員以外、全員頭の後ろに手を組まされていた。その間を犬が5匹、引っ切りなし威嚇しながら歩き回っているので、誰も身動きできない。
最後に外を気にしている、アーミールックの男B男Cが確認出来た。どちらも落ち着きがない。Aがそれに向けて怒鳴る。
「なにしてやがんだあのアマ! ずらからないといけねえんだぞ!」
「いや、そんなんおれにもさっぱりだって。急に飛び出していったもんだからよ」
「くそ、もういい、早くこっちに車を回させろ!」
会話からするとAが首領株らしい。
目測をつけ、状況を外へ連絡する。
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「ペーチャ、また悪い女に手を出したの。少しはミーチャを見習ったら」
バイクで場に割り込んできた星華は、ファニーが反応可能な速度を越えてあっというまに間合いを詰め、その右腕を後ろに絞り上げた。
こうなると彼女など動けない。武器を度外視しても、基本的な力の差があまりにあり過ぎる。
「まぁ知りあいだし、助けてあげるから感謝なさい」
安全だと確認し、ペーチャがやっと車の陰から出てきた。
「やあ、これはいつぞやの星華さんですか。相変わらずおきれいで」
「‥‥相変わらずな性格のようね。ま、とりあえずファニー君‥‥だったかしら。2、3質問に答えてちょうだい。脱臼とかはさせたくないのよ」
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『早く車を回せ!』
無線が入ったので運転係はすみやかに車を回そうとした。
が、うまく動かない。
不審を覚えた次の瞬間気絶した。
スモークガラスを突き破って来た腕が、見事に顎へ入ったのだ。
「よう、お昼寝かい兄さん」
ジョージはおかしげに言いながらそいつを恵に預け、ペーチャたちのもとへ急いだ。
先にタイヤをパンクをさせていた彼女は、ひとまず犯人の手足を本人が着ていた服で縛り上げ、転がしておいた。
それから蒔菜と空の元へ馳せつける。
彼らは既に内部からの情報伝達を受け、正面から注意を引くことを始めていた。
ガラス張りの内部からよく見える場所に移動し、メガホンを手にした蒔菜が、左手を腰に当てる。
「えーテメエらは完全に包囲されている。素直に投降すればよし、ぐだぐだ駄々をこねるなら、どたまかち割ってやんぜ、首洗ってまってろドサンピン!」
返事としてまず銃弾が飛んできた。
が、通常武器の銃弾は、覚醒した能力者にしてみれば、さほど恐れなくていいものである。
「ははーん、あっそう。そんなら行かせてもらいましょうかあ!」
蒔菜のすごみに合わせて、空が閃光手榴弾を放った。
まともに見た誰の目も一時的に盲となる。
機を逃さず、突入班は踏み込んでいく。
銀行の正面にあるビルの三階から、スコープ越しにその状況を把握しつ、九蔵は一人ごちた。
「今日は良い死に日和だぜ」
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「始まったわね」
無線を送った後起きた爆発に、星華は首を向けた。
それで力が少し緩んだのか、ファニーが身をよじって腕から逃げ出す。
彼女が次に何をしたかというと、まずペーチャに食ってかかった。
何故かと言うにこの男、彼女がさっき落とした銃を抜かりなく懐に入れていたのである。自分の安全のために。
「返しなさいよ!」
「いやですね。きみがなにするか知ってるのに」
ペーチャは舌を出す。相手との間合いを計りつつ。
血が上ったファニーが、腰に下げていた手榴弾を、あまり考えなしに引っつかんだ。
これには流石に、ペーチャも顔色を変える。
しかしピンは抜かれなかった。
星華が止めたのではない。ジョージが瞬天速で彼女の懐に入り、腰を抱き、もう片方の手で手榴弾ごと彼女の右手を握って止めたのだ。
その上間髪を入れずにキスをした。完全に役得である。
「そんな怖い顔は似合わないぜセニョリータ。彼も羨む情熱的な火遊びを俺としてみないか?」
ファニーがそれに気を飲まれている隙に、ジョージは彼女からいち早く手榴弾を取り上げ手錠をかけた。
ペーチャが口笛を吹く。
「よかったじゃないですか、新しいボーイフレンドが出来て。これからその人と仲良くしてください。それじゃぼくはこれで」
そそくさと場を離れて行こうとする彼の襟を捕まえたのは、星華であった。
彼女はジョージが音高く引っぱたかれるのを横目に鋭く言う。
「私たち向こうの応援に行かないといけないから」
ぶたれてもこたえる様子のないジョージが、ファニーを抱きすくめながら寄って来た。
「わりぃけど面倒たのむわ。慣れてるだろ?」
言うが早いか彼は彼女の手錠の片方を外し、ペーチャの手首にかける。彼からも武器を取り上げて。
「遠慮なく水入らずでいてくんな」
ペーチャにとってなんの足しにもならない事を言い残し、彼らは銀行の裏口へ向かった。
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星華から入って来た情報によると、キメラに課せられた至上命令は、彼らを守ること。
目立つ突入組は、まずキメラの攻撃にさらされた。
さほどの脅威ではない。人間に扱わせるという制約があったせいか、強力なものではなかったのだ。
「くたばれキメラ犬、ばっきゅーん☆」
蒔菜が撃ったエネルギー弾に、キメラ犬が弾かれて転倒した。
それに向けて彼女はデュラハンを振るう。犬は急いで飛び上がり、逃げる。
その頭を恵が掴み、加速をつけて壁に叩きつけた。壁が凹み、頭蓋が砕ける。残り4。
彼女の後ろから飛びかかり腕に噛み付いてきたキメラ犬は、唐突に倒れた。遠方から飛んで来た九蔵の弾丸によって。
「悪い犬だ、ボールを放ってやったのに戻ってこない」
残り3。
ようやく視界が最初の打撃から立ち直りかけた強盗犯が、大急ぎで態勢を立て直した。
ただしAではない。Aは、沙紅良の呪歌によって一時麻痺状態に陥っている。
「動くな! こいつらを撃つぞ!」
Bが手近な行員の後頭部に銃口を押し付けようとした所、その前にいち早く空が割り込む。。
同時に清四郎が背後から肩を叩き、相手が振り向いたところすごい勢いで殴りつけた。
「舐めるな、雑魚がぁ!」
Bは壁際まですっ飛び激突する。白目はむいているが、まあ多分死んではいない。
キメラ犬がその回りをぐるぐるし、近づいてきた蒔菜に毛を逆立て牙を剥いた。
「黙んなワン公!」
デュラハンが無慈悲にその上へ落ちてくる。残り2。
けたたましい音を立て、銀行前面のガラスが一時に砕けた。Cが威嚇のため横払いに機銃掃射を行ったのだ。
空と清四郎は人質を庇い、その身に被さるようにする。飛び込んできた星華も、盾で人々を守る。
混乱で歌が途切れ、Aは痺れから解放される。
彼はひとまず自分たちが逃げることを考え、それまでの足止めをキメラにさせようとした。
「お前達、人質だ、人質に行け!」
残っていた2匹のキメラは、猛然と一般人に牙を剥き始めた。悲鳴が上がる。
恵は急いでそちらに回り、刃で切り込んだ。胴が二つに離れる。残り1。
最後の奴が沙紅良の雷遁を受け痺れに飛び上がり、外へ駆け出した。そして、スナイパーの銃弾に貫かれた。残り0。
カウンターから飛び降り、裏口へ行こうとしたAが銃を取り落とす。九蔵に狙撃されたのだ。
その間にBが前方で倒れた。
ジョージの前回し蹴りを食らって。
「知ってるか、これマルテロって言うんだ」
軽くステップを踏みながら、彼は次に自分が出す技の名前を言う。
「でな、これがパラフーゾ。難易度高いんだぜ!」
食らった相手が、ちゃんと覚えていられるように。
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様子を確認しに戻ってきてみると、ペーチャはファニーを羽交い締めにしていた。
そこに至るまでが大変だったらしく、スーツがよれよれになっている。
「もうね、傷害罪で訴えていいほどですよきみを!」
「なによ、あなただって似たようなものでしょう!」
星華は嘆息する。一体彼女がこの守銭奴男の何を選んだのかと。
清四郎は見るに堪えない醜い争いを前に、厳しい見解を述べた。ファニーに対して。
「お前は結局この男の本質も見ないで、頭が良いから金があるからって楽をしようとしてただけだろうが」
そんなので結婚だのなんだのするって言ったってうまくいくはずないと、続けて彼は真っ当な意見を述べた。
「馬鹿で貧乏で顔のまずい男より頭がよくて金持ちで顔のいい男を選ぶのは当たり前でしょう! これまで付き合った中ではペーチャがやっぱり一番そうなのよ!」
こんな意見の持ち主であるファニーの耳には、あんまり届いていそうになかったが。
「『やっぱり』なんて言葉本当にそいつを好いているのならば使うな。コイツもコイツでふざけた奴だがお前にコイツのこととやかく言う資格はないな」
資格はないが似合いじゃあるよな。
関わる気が全くないながら蒔菜は思う。
「上昇志向だなあセニョリータ」
ジョージはケラケラ笑い、二人の手錠を外してやった。
キメラの死骸と犯行車両は空の手配により、UPC関係機関に引き渡される手筈となっているので、まだ手付かずだ。
だが、犯人たちは警察の護送車に乗せられていく。ライフルを肩にした九蔵に皮肉られながら、しきりと騒いでいる。
「まぁ、あれだ‥‥まだ人間で居るんだ、感謝しろよ不良ども」
ファニーも行かなければなるまい。
恵はその前に、沙紅良から銃創の手当をしてもらう彼女に言う。自分の持っている銃を示しながら。
「貴女はこんなもの持たないほうが美しいですし、幸せになれると思います。私からはそれだけです」
ファニーはふて腐れてしまって一言もない。そのまま護送車に乗って行く。
車が発進する。それにジョージは手を振った。投げキッス付きで。
「罪償ったらキスの続きと洒落こもうぜ、セニョリータ!」
直後ペーチャがあっと声を上げ、大急ぎで携帯を取り出し電話をかけ始める。
見とがめて空が聞く。
「どうしましたか」
「ファニーにカード一枚すられました。まあすぐ停止するからいいんですけどね。万が一にもびた一文使わせませんよ絶対に。あ、コンチネンタル・クレジットコーポレーションですか? ピョートル・カサトキンですが」
救急セットをしまい終えた沙紅良が小首をかしげ、ほほ笑む。
「お二人とも人を見る目がないと思います」
まとめの言葉として、それは実に的確であった。