●リプレイ本文
牛の大きさのマンモスキメラがハウス野菜を食べ糞をしている。
メルセス・アン(
gc6380)は、疑わしげな目を依頼主に向けた。
「”マンモス級キメラ退治”と聞いてやってきたのだが‥‥?、コレは一体どういうことだ」
「言いたいことが多々あるのは分かる。しかしまあこいつを見ろ」
ミーチャが指さしたのは木の上である。
剣を背負った一匹の犬人間−−レオポール・アマブルがそこにいた。絶対降りるものかという意志を示しつつ、集まってきた傭兵たちに尻尾を振っている。
「おお、ありがてえ。早くあのマンモス退治してくれよ。オレ皮剥ぎするからさ」
追儺(
gc5241)が周囲を代表して一言。
「‥‥なんというか、ヘタレているな」
レオポールの人となりを既に知っているソウマ(
gc0505)は、肩をすくめた。
「彼がヘタレなのはいつもの事ですが、今回はいつも以上ですね。で、一体全体どういう事情なんですミーチャさん」
「おお、それ。実はな」
から続いた簡単な解説を受けた後、アンは大きく頷き、木の上のコリー男を指さす。
「なるほど、委細承知した。あの者に狩らせればいいのだな?」
「うむ、そういうことだ。オレはとりあえずこいつの舅に話ししてこようかとな」
言うミーチャに、佐々木優介(
ga4478)が挙手をした。
「そういうことなら俺も行きましょう」
この男もまたレオポールの人となりを知っている人間だ。夫であり父親でもある彼には、今回の話が人事とは思えない。
秘色(
ga8202)は頭上を見、元気づけるかのように呼びかけた。
「へたれでも構わぬ。へたれがへたれなりに頑張っておる姿を見せるが良いと思うのじゃよ、なぁへたれ。とにかくそこから降りてくるのじゃへたれ」
へたれ確定か。
思いつつ天羽 恵(
gc6280)もまた呼びかける。
「能力者は牙に衝かれたくらいでは死にません、安心して戦ってください」
そしたらこう返された。
「‥‥死ななくても死ぬほど痛いだろうよ‥‥」
「ん〜。それはそうかもね。でもとにかく降りといでー、ぱぱさん」
「さぁ、レオとやら! アレを倒せ!」
「止めろお前ら木を揺するな蹴るなあ!」
アルテミス(
gc6467)とアンに向かって叫ぶレオポールの姿に、ジョシュア・キルストン(
gc4215)は脱力感を覚える。
「‥‥なんでしょうね。なんか‥‥切ない依頼ですね」
その間秘色はミーチャと何事か話し、彼らと共に現場から抜けて行く。
「ちょっとこの御仁の家で必要機材調達してくるによって、それまでに皆でへたれをスタンバイさせておいてたもれ」
そう言い残して。
ひとまずマンモスが逃げる気配はない。
頭の鈍そうなキメラでよかったと、まだ戦いもしていない当事者の惨状を横目に、ソウマ、追儺は思う次第である。
「ええい、らちがあかん。恵殿、貴公、その刃でこの木を根元から一刀両断してくれまいか」
「分かりました。お安い御用ですアンさん。すぐに片付きますよ」
「止めろー!」
●
メリーの実家を訪問すると、足音を響かせビーストマン、エドワードが出てきた。
「うちは訪問販売は断っておる」
あやしい訪問者に睨みを利かせるつもりか、覚醒パンダ形態だ。
優介は慌てて名刺を差し出した。
「ご安心を。セールスではございません。実は私ご息女のメリーさんの夫レオポールさんの知り合でして‥‥彼についてのことで少々お話しさせていただけましたらと。こちらのミーチャさんからの依頼なのですが」
続けてミーチャも同じことをした。名刺を差し出しご挨拶。
一応信用する気になったか、彼は二人を上げお寿司を勧めてくれた。
桶の中にはトロだのイクラだの鮭だのエビだのてんこもり。
優介はこっそり涙を拭う。
「かっぱ巻きと卵以外が残っている寿司桶、久々に見ました‥‥」
しかし、今はしょっぱい雑念にひたっている時ではない。
湯呑み茶碗を手にしている目の前の相手に対し、早速畳み掛ける。
「私、こう見えましても娘がいる身の上でして、お父様のお気持ちもよく分かるんです。言うのも何ですが、レオポールさんが多少頼りないのは事実ですし」
「多少どころではない!」
舅の湯飲みが割れて、中身が周囲に飛びちった。
優介はハンカチで顔を拭く。熱いと一言も漏らさないで。
(ここが俺の戦場! 全ての営業スキルを駆使し、このパンダを陥落寸前までにするのが俺の戦いだっ!)
ミーチャは反射的に熱湯の直撃を避けたものの、体の重みで椅子諸共ひっくりかえり、床で頭を打っていた。
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秘色がビデオカメラを手に戻ってくると、戦いは全然始まっていなかった。
レオポールのへばりついていた木は倒され、彼本人といえばアンに尻を蹴り上げられている。
「あのキメラ倒さずば‥‥お主の大切な妻子とは二度と会えぬやもしれん、戦うのだ。レオポール!」
「そうそう。大丈夫ですよ。個人的にはキメラより貴方の方がちょっとモンスターっぽいと思うんで」
彼女とジョシュアの励ましに、男は血相を変え首を振る。
「だってお前あいつでけーよ、絶対50メートルくらいあるんだぜ!」
ないよ。
誰しもがそう突っ込んだ。
でもレオポールの目には、実際それくらい大きく見えているものと思われる。
怖いものは怖い。そこは仕方ないが、人間決して退いてはいけない戦いというものがある。
恵はそこを熱くレオポールに伝え、こう締めくくる。
「ほら、もうカメラ回ってますよ」
彼が振り向くと、確かにビデオカメラが向けられていた。
「しっかりしてください。これ、あますところなくお舅さんと奥さんと子供たちに見せることになってますから」
ソウマの説明に、レオポールは早速毛を白くし汗を流す。
逃げられないとは理解したらしい。ぶるぶるしながら、遅々たる歩みでマンモスに近づいて行く。
アルテミスがエールを送った。
「ぱぱさんがんばれー♪ 後ろから応援してるね〜♪ あ、ビデオ撮影の範囲外に逃げたら誤射が当たる可能性あるから注意してね」
明るい励ましにより、毛がますます白くなっていく。
撮影係を任じている秘色は背後につき、ナレーションを入れている。
「じっとマンモスを見つめるレオポール。其の脳裏に浮かぶは愛しい妻と子供達の姿。いざ行かん!」
解説をつけてもらうと、びくつき相手を伺っているだけの姿も、少しは勇ましく見えるかも知れない。
とはいえそのまま動きがないのはどうかと思われる。
だからオカンは、犬を前に蹴り出した。助走をつけて。
「――行けと申しておろうが、ほれ」
「おおおっ!?」
彼は数歩進み滑った。マンモスの糞に。
手にしていた剣が離れ宙を舞い、重力に引かれて落下し。
ブスッ。
マンモスの尻に刺さった。
キメラは怒りに身を震わせ、倒れているレオポール目がけ突進してくる。
剣はあまり深く刺さっていなかったらしく、はずみで抜け地面に落ちた。
「ブオー!」
レオポールは瞬時に起き上がって走りだした。
ビニールハウスを回り追いかけっこ。
マンモスは見た目より利口だったらしい。何周目かに急停止をかけ、体を後ろに向けた。
正面衝突しそうになったレオポールも急停止し逆回りに走ろうとしたが、長い鼻に捕まって天高く放り投げられた。
そして隣のハウスの天井を突き破って落下。
秘色はズーム機能を使い、被写体を追いかける。
「おおっ、いい絵じゃぞ。いかにもへたれぶりが光っておる」
前衛の補助をしてやっていた追儺は急ぎマンモスに向かった。
ジョシュアも相手の注意を引くために、協力する。ビデオの枠内に入らないようにして。
アンとアルテミスは援護射撃に回る。
ソウマはレオポールの様子見に向かう。彼が取り落とした剣を素早く拾い上げて。
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「メリーが最近までほとんど家計を賄っていたというではないか。女房子供を食わせられないなど、しかもそれを恥じることもなくここまでやってきたなど、わしは到底認めんぞ! 傭兵としても信じられないくらい無能じゃしな!」
舅の不満はまだまだ続いた。
優介にはその気持ち痛いほど分かる。自分だって娘にレオポールみたいな恋人が出来たら、平静ではいられまい。
「しかし、メリーさんはそんなレオポールさんを大事にしていらっしゃる」
エドワードは冴えない顔をした。
「‥‥そこじゃ。全く、てんで分からん」
「あれでも何か取り柄があるのだと思いますよ。このミーチャさんのように、親身になってくれる友人もいる訳ですし」
優介は続けて持論を述べた。
メリーが夫をあれだけ大事にするのは、自分の父親が家庭に不在がちだったという経歴も関係あるのではと。
「いつも家に、傍に居てくれるという安心感のある夫・父親‥‥幼い子供やその母親にとっては、心身ともに大切な存在なのだと思いますよ? いつか必要とされなくなっても、それは立派な親離れ、子離れ、の時期が来た、という事、ですし‥‥!」
ミーチャがそれに付け足す。
「あれが妻子を貧乏にさせて平気なのは、自分が貧乏に平気だからでね。怠け癖がひどいけど、小遣いとかは別にねだってないです。飲む打つ買うもやらんし。あたりかまわず頼るのは迷惑だから、どうにかしろと思いますがな」
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マンモスは牙を折られ、足を痛め等し(大半レオポール以外の功績である)、機動力をかなり失っていた。
向かっているレオポールはわやくちゃである。
ビニールハウス落下を皮切りに、鼻でしばかれ足で踏まれてばかり。
びびりすぎて思い切った攻撃が出来ないからだ。
鼻水垂らして泥(所々マンモスの糞)まみれになっている。
「無理だよだから言ったじゃねえか、こいつ絶対30メートルあるんだって」
情けなさはさておいて、最低限逃げないでいることだけは評価してよさそうだ。
思いつつ、恵は止めを促した。
「父の威厳あふれる一振りで、ずばーっとやっちゃってください」
「やだもお。さっきからどつかれるだけだし」
ぐずぐずしているそこに、アンは渇を入れる。
「なにをしとるか! お主は妻子に会いたくはないのか!」
鼻をすすったコリーは、一層激しく泣き出した。
「‥‥会いたい。うわーん、メリー、メリー、帰ってきてえー」
「あい分かった。宜しい! その心のままに往けぇい!」
レオポールは気力のカスを集め、マンモスに向かって行った。
そして、また鼻でしばき倒された。
今度は逃げ帰らず、踏まれながらも破れかぶれで、剣を突き上げる。
キメラの柔らかい腹に、ずぶりと突き刺さる。
血が溢れた。
死に際のもがきをしそうになったところ、ソウマが超機械で止めを指した。ビデオカメラの死角から。
軽い地響きを上げてマンモスが倒れる。
●
パイク家の客間では夫妻と娘と孫、そしてお客がテレビを見ている。
映っているのはレオポールの、初めから終わりまでヘタレな勇姿。
マンモスの毛皮を尻に敷いた舅はまたパンダ形態。太い腕で赤子を揺らしつつ、終始苦虫噛み潰している。
「あなた、お婿さん一所懸命やってるわ」
「そうよ、レオポール頑張ってるでしょう」
そんな妻子の声を聞いても。
「久しぶりですね、元気にやっていますか」
ソウマはレオンと話をしていた。同じく卵を食しながら。
「うん。元気だよ。なんだかパパが色々また面倒かけたみたいだね」
秘色はアナゴを食べながら、双子のほうを相手する。
「ぬしらの父御が頑張った姿じゃ。寿司美味いのう」
双子はこくこく頷いた。
「父御にこのまま会えぬは嫌じゃろう?」
またこくこく頷いた。
「なれば爺に願うてみよ。ついでに土産つきで時々遊びに来てくれと頼むと良いやもしれぬぞ」
孫可愛さを逆手に懐柔させる作戦である。
「ねえ、ところで二人はパパのどこが好きかな?」
アルテミスも似たようなことを考え、子供に話しかけていた。ふかふかしたパンダの毛を、もふもふもてあそびながら。
「ぱぱ、あそんでくれる」
「しっぽしっぽするの」
一方アンは、エドワードへ直に進言していた。ちょうどコリーがマンモスに踏まれている映像を前にして。
「‥‥父御殿、あの者は父御殿との約束を果たさんと立派に戦った。それは今、この場に居る皆が認めましょう‥‥が、まだまだ頼りない。ここはひとつ、父御殿に今後の判断を委ねたい。‥‥父として模範となる様な者とともに暮らせればよいのだろうが、な」
ソウマもすかさず援護に出る。
「レオポールさんは確かにヘタレです。不安・不満があるのも分かります。ですが、家族にとっては愛すべき父親のようですよ。それに、少しずつですが変わってきているようです。僕はこの前の任務のとき−−」
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レオポールは、家の周りを巡るばかりでなかなか入らない。
何しろここには愛しいメリーと子供がいるが、怖い舅もいるのである。
「メリーも子供もお前の問題だろうが‥‥決着をつけてこい。乗り込んで」
と追儺に言われても、踏ん切りがつかない。塀に手をかけ、中にいるはずのメリーを呼んでいる。
ジョシュアは皮肉げに聞いてみた。
「こういうことがありますからねえ‥‥結婚なんて面倒なだけですよ。貴方も本当は結婚なんて嫌なのでは?」
レオポールはむっとして反論してきた。
「そんなことねえよ。オレはメリーを奥さんに出来てうれしかったしよ。子供が生まれてやっぱりうれしかったしよ。レオンはなんだか最近生意気だけどな」
ジョシュアは少し意外そうに相手を見て、軽く笑った。
「いっそ婿入りしてみては?」
「やめてくれよ冗談じゃねえよオレ生きていられねえよ」
そうこう言っているところに、レオンが出てくる。
「パパ、入りなよ。お爺さん、一応話を聞く気になったからさ」
「本当か」
「本当だよ。ママも待ってるからさ。ボクらも心配だし」
レオポールはこの言葉にじいんとした。生やした尻尾を軽く振った。
それから恵に促され、中に入って行った。
数分して。
ドカーン。
大音響とともに家の屋根を突き破り、天高く舞い上がった。
舅に改めて「娘さんをください」とお願いしついでに、ついうっかり、メリーとの初めてのなれそめが「高校生の夏休み」だと暴露してしまったからである。
悲鳴を上げて落下して行く彼に、追儺は言ってやる。
「ん‥‥よく頑張った‥‥少し見直した」
●
舅は、同居はしないまでも(これだけはレオポールも命懸けでご辞退願い申し上げたので)様子を見ようということで、孫土産を手に娘宅まで訪れて来て。
「おい、任務に行くぞ!」
「ええええ!?」
婿を任務に引きずり出すようになった。
それが嫌さにレオポールは、前より頻繁に自分で仕事を入れるようになった。何しろそのほうが、彼にとって安全なものを選べる。
で、アマブル家の通帳残高は、目下もたもた増加中なのだそうな。