タイトル:「こいごころ」マスター:KINUTA

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/07 07:56

●オープニング本文


「こいごころ」

 場所は日本。片田舎のローカル線。時刻はまだ夕方だがあたりは夜のように暗い。これからますます暗くなるだろう。昼頃からずっとひどい雨なのだ。それもどうも止みそうにないのだ。
 あなたがたは他の任務を遂行してラストホープへ帰る途中で、この汽車に乗り合わせていたのだが、この降りでは土砂崩れの危険もあるということで、線路の途中で停車してしまっている。
 乗客は少し心配でざわめいている。だけれど、結局の所汽車の中にいたほうが濡れないし安全なので、不満はあっても席に着いている。この周辺はまだ安全なほうだが、それでも夜陰に乗じて何が起きるか分からない。
 仕事先にだろうか、それとも家にだろうか、携帯電話で連絡を取っている人の姿もある。
 ややもして、この先は川を跨ぐ鉄橋を通らなくてはならないのですが、非常な増水だそうです。本列車は本部からの連絡があるまでここで待機、場合によっては最寄り駅まで引き返します。とのアナウンス。
 車内に不満と諦めと安堵のムード。崖崩れでも起きたのじゃないかとの憶測。携帯ラジオをつければ、河川ぞいに水が溢れている区域もあるらしい。
 どこから乗ってきたのか知らないが、そんな場に仏頂面した青年がいる。
 背が低くよく肥えていて、体も顔も丸い。とっちゃん坊や、といった具合。これがあなた方の依頼主。
 彼は何を入れているのか大きな旅行鞄を膨らませ、その上に足を乗せ、じっと窓の外を眺めている‥‥が、急に立ち上がった。傍らに置いていた帽子を被り、荷物をがらがら引き摺って車掌室まで歩いていく。
 こんなところで時間潰しなんかしていられない。俺は次の駅まで歩いていくから扉を開けろとの声。
 誰が聞いても無茶なことだ。だが彼は、あくまでも頑強に言い張る。車掌が渋い顔でそれに反論している。

「そんなこと言ったってお客さん、こんな雨の中を歩いていくというのかい。何の用事があるのか知らないけれども、分別のあるこっちゃないね。大体、何か事故にでもあわれたら、私の責任問題になるんだよ。はっきりしないが、この山のほうには最近キメラが出るとかいう噂があるし」

 彼は面白くもなさそうに「そうかい。そんなら一人じゃなきゃいいんだな」と答えて、車内を見回し、あなたがたの所へ真っ直ぐやってきた。持ちあわせている武器やなにやから、能力者だと察したらしい。それで、次の駅まで行って帰る間の護衛役になれと言いだす。
 横柄な物言いだが、依頼内容からすると妥当なほどの手間賃は出すというので、あなたがたは興味をひかれ、一体なんでそんなに急ぐのだと彼に尋ねる。

「会いに行かんとならん奴がいるんだ。この先の町で役場勤めしてる男だ」

 それだけではもちろん分からないので、あなたがたはもっと聞く。

「俺はどうしてもそいつへ、これを渡してくれと頼まれてるんだ」

 よく太った指が、膨れ上がった鞄を指し示す。

「誰からかって? とある婆さんからだ。流しの屑屋のな。もっとも、そいつはもう死んでる。つい先日風邪こじらせてな、よせばいいのに俺が勤務してる村へ廃品回収しに来た時に行き倒れやがった。こう来ると俺が臨終間際の手続きをしてやらんわけにいかんのだ。なにしろ俺は、その村で唯一の医者でな。無縁墓地に入れるんだって証明書無しってわけにいかなくてな」

 医者にしては言葉遣いが悪いし、肥満についてずいぶん無養生かと思われる体型だ。そんなことを思うあなたがたへ、彼は更に続けた。

「実に馬鹿馬鹿しく思えるが、婆さんは今言った男が好きだったんだそうで、相手を考えて一生過ごしてきたんだと。なんでも昔、よほど親切にしてもらったんだそうだ。いまわの際になって、自分が生涯かけて作ったこの身代を、その、今どこにいるのか分からない相手に渡してきてほしいんだとよ。自分には子供もないし、兄弟もないし、親戚とも疎遠だし、他に託したい人もいない。ならいっそこうしたい。受け取ったらあの人も喜んで、私のことを少しは思い出してくれるはずだ、それが願いだとさ」

 なんともいじらしい話。まるで小説のようだ。あなたがたも、話を聞いていた周囲の人も心動かされるものを感じたが、医者はその純情について全く感心していないらしい。以下の台詞から考えて。

「ふざけてやがる。なんでそんな賞味期限切れみたいな話に突き合わされにゃならんのだ。だが俺が断る前に婆さんご臨終だ。知っての通りそうなるともうなんにも聞こえやしねえ。だから引き受けるよりしょうがない。で、こうしてようやく居場所を突き止めて今から向かうところなのだ。住んでる村から片道一日もかけてだ。
 俺はもうこれ以上時間を浪費したくないし、とっとと、こんなものとはおさらばしたい。一分一秒でも早くだ。さあ、わけが分かったなら付いてこい。時間なんかそんなにかからん」

 青年は言い終えると、憤慨したように鼻をならした。
 汽車のヘッドライトに照らされて浮き上がって見える雨足は、切れ目なく続いており、まだ止みそうもない。
 あなたがたはそれぞれ考えた結果、この依頼を受けることとした‥‥。

●参加者一覧

アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
ファリス・フレイシア(gc0517
18歳・♀・FC
セラ(gc2672
10歳・♀・GD
南 星華(gc4044
29歳・♀・FC
ティナ・アブソリュート(gc4189
20歳・♀・PN
毒島 風海(gc4644
13歳・♀・ER
滝沢タキトゥス(gc4659
23歳・♂・GD
安原 小鳥(gc4826
21歳・♀・ER

●リプレイ本文


「もしキメラがいるのならば放ってはおけませんし、それに河川の様子がどうなっているか、直接目で確認したほうが良いでしょう‥‥他のお客さんたちも不安そうですし、ここは私たちにお任せください。何かありましたらこちらの無線に」
 毒島風海(gc4644)は車掌にそう言い置いてから、乗客の方を向いた。
「‥‥皆さんもどうかご安心ください。すぐに帰れますよ」
 引っ込み思案そうな、かわいらしい声である。だがガスマスクを被ったその風体がいささか異様なので、聞かされたほうはあまり心和まなかった。
 彼女が汽車を降りると、先に下車していたティナ・アプソリュート(gc4189)と、その友達セラ(gc2672)が懐中電灯を手元にかざし、地図を確かめていた。
 依頼人は自分の荷物にビニールの覆いをかけていた。
 彼は帽子とコートを羽織っているだけ。濡れることはあまり気にしていないらしい。滝沢タキトゥス(gc4659)はそう見る。
 そこにアレックス(gb3735)が、汽車に連結された貨物車両から、愛車であるAU−KVを押し降りてきた。
 さる村のキメラ退治を請け負っての帰りである彼は、空を見上げて嘆息し、依頼人に話しかける。
「いや、悪い天気だ。あんたも大変だな。まあ、乗りかかった船ってな。道中よろしく」
「ああ、よろしく。ほんの少しの間だがな」
 南 星華(gc4044)はアレックスが依頼人に話しかけたことで、そういえば頼んできた当の相手の素性も何も知らないままだったのを思い出した。
「そうだわ、貴方名前を教えてくれるかしら。出来ればフルネームお願いね」
 答えが返ってくるまで一呼吸あった。荷物の世話に手をかけていて、少し気づくのが遅れたのだろう。
「フルネームなら、ドミトリイ・カサトキン。短くするならミーチャ」
 星華は目をぱちくりさせた。相手の姿形からして、横文字名前が出てくるのが予想外だったのだ。
「あら、じゃあミーチャさん、あなた、ここの生まれじゃないの」
「違う。オレはもともとロシアの生まれだ。シベリア方面の。だが、何しろ向こうはごたついてるから、こっちに来たんだ。もう何年も前のことだが。縁あってのことだ。俺の親父は日本人だった。お袋は縦も横もでけえロシア女だった」
 ちょっと懐かしむようにした後、彼は星華に目を向けた。
「そういや、あんたも大概でかい女だな。結構なことだ」
「‥‥どういう意味かしら」
「いや、なんにしろ丈夫そうでいい。人間医者に世話かけねえのが一番だ」
 誉めているのかそうでもないのかよく分からない言いようだ。
 そんな彼らの後方では、ファリス・フレイシア(gc0517)が、友人である安原 小鳥(gc4826)と話をしていた。
「ファリス様‥‥最近‥‥武器はどうですか‥‥?」
「今は大剣ですね‥‥どうにも、まだまだ振り回されてる感がありますが‥‥小鳥さんはやっぱり大鎌ですか」
「ええ‥‥どの様なものであれ、倒したことを忘れないよう‥‥魂を狩るものとして選びましたから‥‥」
 そうこうして、ティナたちが動き始めた。この二人が先見を受け持つのだ。それから依頼人ミーチャ、アレックスとタキトゥス。星華、風海が続き、その後ろをファリスと小鳥が行く。
 つれづれの話し声が、雨音の静けさを破る。
「ね、ティナさんは、この汽車に乗る前どこでなにしてたの?」
「私は依頼というか、山籠もりの鍛練の帰りで。山は星月夜がきれいでした」
 濡れた線路の上は、歩くのにあわせて揺れる何本もの光で照らされていた。それが時々周囲の茂みや木の幹に当たり、思いがけないほど濃い影を作る。
「ミーチャさん。そのバック中は身代って言ってたけど、何が入っているのかしら」
 星華の問いかけに、彼は怒ったような声で答えた。
「身代は身代だ。婆さんがこれまで貯めてきたもの全部だ」
 前を行っていたセラが、傘を回しながらくるりと振り向いた。
「おばあちゃんの気持ち、ちゃんと伝わるかな? 伝わるよね! 正直で誠実だったらちゃんと伝わるってお姉ちゃんも言ってたし!」
 そりゃ伝わりはするだろうよと、意外なことにミーチャはそう返した。セラはなんだかうれしくなって、はしゃぐ。
「伝わったらきっとみんな笑顔になれるね!」
「それは伝わるのと別の次元の話だ」
 はてどういう意味だろうと、セラは難しい顔をする。
 見通しの悪い山間を縫って、雨と別の水音が聞こえてきた。
 星も月もない暗がりでも、場所が開けると明るくなる感じがする。
 急に足下が水浸しになってきた。
 流れるというより、ごぼごぼ泡立ち波立つ音がする。
「くそったれが、どこまで面倒かけやがる」
 依頼主が罵りながら、鞄を頭の上に持っていく。濡れないようにということらしい。
 その姿を見て、星海はなんとなく笑いたくなった。
「ミーチャさん貴方良い人ね。これが終わったらおごるから飲みに行かない?」
「‥‥初対面の男に言うこっちゃねえな」
「あら、初対面で言わなきゃいつ言うの。次会えるかどうか分からないのに」
 一同は川に出たところで、橋桁に何か大きなものがへばり着いているのを発見した。
 石や流木ではない。歴とした生き物である。
 アレックスがハイビームを向けると、その姿がいっそうよく浮かび上がった。
 スライムキメラだ。
 不定形に力一杯膨れ上がり、向けられている光に鈍い反応すら見せず、上からの流れを塞き止めている。おかげで水が川の周辺に迂回していってしまうのだ。
 その姿、さながら。
「‥‥まるで葛餅みたいだ。いや、冗談はさておき。これだとどうも近づくわけにはいかないな」
 タキトゥスの見解は、全員に共通しているものだ。うかつに近づいて攻撃しても足場は悪いし、倒した際発生するだろう激流に飲まれる確立も高い。
 風海がビクスドールを取りだす。星華は、超機械「和太鼓」だ。電磁波の衝撃で、まずは働きかけようという作戦である。
「さぁいくわよ。ドドンがドンてね」
 雨音を降り払うよう、低いリズムが響きわたる。
 スライムは不快感を覚えたかぐにゃぐにゃ震え始めた。だが、まだ動きが弱い。もっと引きつけるため、タキトゥス、小鳥、そしてティナが銃で撃ち始める。ファリスは、エアスマッシュによる衝撃波だ。
 こちらの刺激は先程までの比ではなかった。スライムは明らかに動き始めた。水膨れした体を重たげに、橋桁から岸に向かって移動させていく。
 それにつれ溢れ出した川の流れも、少しずつもとへ戻っていく。
 ゼリー状の津波が手を伸ばしてくる。セラ−−いや「アイリス」は、それを忙しく盾で防いでいた。
「この手の輩は、衝撃には強くても熱には弱いというのはお約束だろうさ!」
 確かにそうであるらしい。見ていると、星華の刀、小鳥の鎌やファリスの剣で攻撃された部分は、なんとか回復させようとするのだが、ティナの炎剣に切られている手は、切り落とされるや皺ばんで溶けてしまう。
 熱のあるものを避け身を縮め後退し、苦し紛れに水を吐きかけてくるも、全体的な動きが遅く、狙いもいまいち定まらない有り様だ。
「どうもこいつは、分を超えて膨れすぎたらしいな。無様なもんだ。体積減らしたいなら手伝うぜ?」
 にやりと笑み、アレックスが止めをさした。エクスプロードの火炎が、スライムの真ん中を貫いて焼いた。
 大きな体が揺らぎ、ゆっくりずり落ちていく。
 半透明の体が白く濁り、輪郭がなくなり、溶け、濁流と一緒に流れていく。
 それを見届け橋に異状がないか確認してから、風海が一同を代表し、汽車に無線連絡を行なった。
「‥‥キメラは討伐されました。増水も納まります。本部からの連絡も直ぐに来るでしょう‥‥」

 川がこちら方面には流れ込んでいなかったからだろう。町は平穏そのものだった。
 目当ての相手が住んでいる所はすぐ見つけられた。高台にある立派な家だった。
 呼び鈴を鳴らすと、満ち足りた様子のこぎれいな中年婦人が出てきた。
「今晩は、奥様。夜分誠に失礼いたします」
 ミーチャは帽子を取り、先程までとは打って変わってうやうやしくお辞儀し、名刺を差し出した。
 医者という肩書きがきいたのだろう。奥さんはあまり疑う様子もなく、主人を呼びに奥へ戻っていった。
 ほどなくして、中年男が出てきた。役場ではかなり上の役にでもついているのか、堂々とした様子だった。
「ああ、これはこれは‥‥ええと、なんですかな、ご用事とは」
「はい。手短かに申しまして、あなたにこの届けものをしてくれと頼まれまして。そこで少し確かめたいのですが‥‥あなたは、中学生時分、東京世田谷区域内に住んでおられましたか?」
「そうですが」
「往時、あなたの家の近所に、潰れそうな古具屋はありましたか」
「そうですな、そういえばありました気がします」
「店の名前は」
「確か‥‥高宮骨董でしたかなあ。一時期スナックやら酒屋もしていて。でも、なにをしてもうまくいってないみたいでした。最後は夜逃げしてしまって」
「そうですか。そこまで知っているならその家にいた娘もご存じですな。あなたより三つ四つ年上の。家族ぐるみでご近所から爪弾きにされているもんだから、いつも一人でいるような。あなたはその子に親切にしてやっていたでしょう。そうしてやると、喜んだ彼女から小遣いがもらえましたそうで」
 男は眉間にしわを寄せた。
「‥‥なんだね、不愉快だなきみは。今更そんな話がなんになるんだね」
「いえ、気分を害されたなら申し訳ありません。別に私は咎めてなどいませんよ。寂しい人間の話し相手に、一応なってやったわけです。あなたは別にせびったわけでもなんでもない。勝手に向こうがくれたんですな。あなたは一種、優しいかたですな」
 しわが少し和らいだ。心なし得意気な表情になった。
「で、まあ、落ち着いてよく聞いてください。あなた、その彼女、それがつい先達て私の病院で亡くなったんですがね、今際の際に頼んで来たんですよ。この遺品をあなたに渡してくださいと−−なんとなれば、あなたが自分がずっと好きだった相手だったからということでしてな。どうなされます。これを受け取られますか?」
 聞いた瞬間、男は嬉しがるのでも悲しがるのでもない、怒った。まるで自分の地位とか名声とか人望とか名誉とかデリケートなものに泥を塗られたといわんばかりの憤慨ぶりだった。
 血が上りすぎているのか、言葉が所々で詰まる。
「そりゃ、そりゃいかにもべらぼうな、きみ、実に迷惑だよ。私はそんなつもりなんか全然なかったんだ‥‥誰が好き好んであんなみじめったらしい女にだね、そんな好意なんか持ってもらいたいと‥‥馬鹿も休み休み‥‥きみ、これは男として実に不愉快な話じゃないかね! いらんいらん、そんなもの持って帰ってくれたまえ!」
 この顛末に、二人のやりとりを眺めていた一同はあっけにとられた。
 しかし、すぐとタキトゥスはむらむらっときて、声を張り上げる。
「これを渡したがっていた老婆の気持ちを、あなたは踏みにじるというのですか!?」
 彼ほど激しくないにせよ、アレックスもまた引っかかるものを覚えて口を挟む。
「あんたはその人のことどう想ってたんだ?」
「なんだね、よけいな口出しせんでもらおうか。警察を呼ぶぞ。私はね、立場のある人間なんだ。こんな馬鹿げた話に、まともに付き合ってはおられんよ!」
 そこでミーチャはタキトゥスらに黙るよう手振りし、男に向かって語をついだ。
「早合点はよくないですな。あの婆さんはあなたに生前貯えたひと財産をよこしてきたんですよ」
 言いながら彼は鞄を開けた。そこには、輪ゴムで留められた紙幣の束がぎっちり詰まっていた。どれもこれも真新しいものは一つとしてない、手垢まみれの金ばかりだった。
 一同、息を呑む。男はぽかんとしてそれを眺めている。
「私数えてみましたが、全部で五百万てとこです。受け取られますか?」
「う‥‥うむ、しかしきみ、これだけの‥‥ねえ?」
「本人の望みです。どうぞお受け取りください」
「‥‥そうですか。まあ、それが末期の意志というなら‥‥やはり私が預かるべきでしょうな。何か有益なことに使うとしましょうか」
「ご随意に」
 ミーチャは一礼し、皆のいる外へ出た。

 汽車から、本部の指示により停止命令が解かれ、通常運行に戻れるという無線連絡があった。
 濡れそぼる小さな駅舎で、皆はベンチに座って待つ。アレックスだけは立って、バイクに寄りかかっている。
 乗客も少なくて、静かなものだった。
「あれだけの純情‥‥うらやましいほどですね」
 タキトゥスが誰にともなく呟く。小鳥は目の奥に涙を溜めてそれを聞いた。
 その隣でファリスは、考え込んでいる。
 セラは歌う気になれずティナの隣で足をぶらつかせ、風海も星華も窓の外の雨ばかり眺めている。
「年を取ったって、思いは変わらないものです。あの老婆もきっとこれで良かったと思っていればいいのだが‥‥」
「思ってるから自他ともこういう羽目になんだ」
 彼の手元にぬくいものが押しつけられた。ねぎらいのつもりか、ミーチャが全員にココア缶を配っていたのだ。
 むっすりしたその顔に、タキトゥスは言う。
「確かにそうかも知れませんが、それが悪いことでしょうか」
「‥‥誰も悪いとは言うとらん。ただ、美しい話なんてのはオチが大概こんなふうだ」
 言いながらミーチャは女性陣を見回した。
「まあ、だからお前たちは、特に自分で気をつけとかなきゃいかん。恋に生きたり死んだりするのは女だけだからな」
「そんなことないんじゃないかしら。男の子だって恋するわよミーチャさん」
 星華からの反論に、彼はこう返した。。
「するけれど、男は恋で死なん。それだけで生きようとはせん。どんなに舞い上がってたって、体面やら面子やらどっかで考えるからな。だからこういう場合、女側が冷静になるべきだと俺は常々思う」
「そうかなあ。俺彼女いるけど、そんな打算的に見てないぜ。想いってさ、冷めないよ。少しずつ火が大きくなるみたいに、育ってるンだぜ?」
 コーヒーをすすりながら言うアレックスに、太めの男がふふんと鼻を鳴らす。
「もし本当にそうならそれでいい。せいぜい稼いで貢げ。男の誠意はそれしかねえ」
 カンカン踏切りの音がし始めた。汽車は滞りなく、駅までたどり着いたようだ。
 一同は改めて乗り直し、本来の行路に戻ることとする。
 その町の居酒屋でひと飲みすることにした星華と、その提案を承諾したミーチャとを残して‥‥。