●リプレイ本文
メルセス・アン(
gc6380)は、軽く目眩を覚えて、額を押さえた。
「どんな用途だ励まし隊って‥‥」
人に害はなさげだが、だけに、宵藍(
gb4961)など考え込んでしまう。
「キメラとしての意義は?」
ティム=シルフィリア(
gc6971)は今一度冊子の写真を眺めた。
「ふむ、タイツなんぞに励まされ、士気なんて上がる物かの。気の持ちよう等という言葉は耳にするが」
火のないタバコを咥えているリマ(
gc6312)は、顎に手をやり推理する。
(バグアにも、やっぱり落ち込んでる人とか、情緒不安定な人とか居るのかしら‥‥。居ないとこういうのって考えないわよねぇ。‥‥まさか人のために創ったなんて事はないだろうし‥‥)
そんな中、リズレット・ベイヤール(
gc4816)は猛烈にわくわくしていた。
「‥‥久しぶりのタイツさんなのですよ‥‥」
タイツキメラを見るのは、これでもう何回目か。
出会う度に彼らは新しい姿を披露してくれるが、今回はなんと音声機能がついたということだ。
しかも写真を見た限り、色は黒だが付属している楽器その他、コスチュームが派手になっている。
見たい。ものすごく動いているところが見たい。
「‥‥あぁ‥‥早く会ってみたいものです‥‥」
彼女の妹、リコリス・ベイヤール(
gc7049)も同様にそわそわしている。
これが初めての依頼ということもあかるが、何よりお姉様から生態を教えてもらったので、タイツキメラにそりゃもう興味津々なのである。
「リゼお姉様、早く行こう行こう。私もタイツキメラのうにょるところが見たい見たーい。どこに行ったら見られるの、リズお姉様ー」
リコリスに便乗し、クリスティン・ノール(
gc6632)もリズレットの回りで跳ね回る。
「クリスも見たい見たいですの、タイツさんに励まされてみたいですの、楽しそうですの!」
「‥‥これ、静かにしなさい‥‥公園辺りに行けば多分見られますから‥‥」
なんとなく、2人の子のお守りのようになっているリズレット。
リマは宵藍から冊子を借り受け、もう一度読み返し、妙な所が気になってきた。
『クラッカーは別売り』
クラッカーだけ何故。
その程度ならつけといてくれてもいいと思うが、とにかくクラッカーを装備する事が可能らしい、このキメラ。
「‥‥つまりは持てばもっと凄いのかしら?」
知りたい。周辺の店でクラッカーを買ってみようか。
勿論経費じゃ落ちないだろうが、ポケットマネーで構わない。そう値の張るものでもないだろうし。
思っていたところ、ピョートルから耳寄りな報告。
「あ、別売りクラッカーらしいものありますよ。確か隣の倉庫に入れてますから、いるのなら探して持ってってください」
「おや、本当。ありがたいわね」
宵藍はアンと打ち合わせをしている。
「酒場通りでも探索しようかな。励ましを必要としてる奴が多そうな場所だしな」
「同感だな。では貴公、同乗していくか」
「ああ、ならお言葉に甘えてそうさせてもらおうか。とりあえず、ちゃっちゃっと探してスイッチ切って、と」
ティムはというと、いち早く町から聞こえてきた騒々しさを頼りに、捜索活動を始めることとした。
リズレットたちと共に。
●
昼下がりの公園。
少年が一人時計を見上げて何かを待っている。
「きぬたくん」
その声で彼は、うれしげに振り向く。
そこにはふわふわっとした少女−−と腕を組んでいる別の少年。
「あのね、私この人と付き合うことにしたの。今日はそれを言いたくて呼んでたんだけど、彼氏と映画見てたらうっかり忘れちゃってて、ゴメーン♪」
彼女はかわいく首をかしげ舌を出す。
「おい、こんな奴いいからもう行こうぜ。お前こいつといると話が弾まなくてつまんねって言ってただろ」
「あ、うん。それじゃあね、バイバイ」
そして新しい彼氏と通り過ぎて行く。
周囲にいた鳩が一斉に飛び立つ。
背後の茂みから突如5人のタイツが飛び出してきたからだ。
彼らは涙目になっている少年を取り囲み一斉に騒ぎだした。
『あんたが大将!』
『あんたが大将!』
『女はまだまだ星の数、BOY!』
『あんたが大将!』
『あんたが大将!』
いや、一人タイツじゃないのが交ざっている。
どこから来たのかリコリスだ。
「あんたがたいしょー!!」
とにかくあれよあれよという間に少年は胴上げされた。
『『バンザーイ、バンザーイ!』』
降ろされ、惜しみのない拍手を与えられる。
『『オメデトー、オメデトー!』』
間近で観察しているティムは、突っ込みを忘れない。
「ふふ、愉快な集団じゃて。タイツ姿なのが惜しいがの‥‥とはいえ、こうなると半分晒しもののような気も」
リズレットは、騒ぎについて、ひたすら微笑ましげである。
クリスティンは自分も励まされてみたくてならず、公園に着いた当初から「しょんぼり」を熱演しようとしていた。
だが普段したことがないせいか、うまくいかなかった。
「しょんぼり‥‥しょんぼり‥‥しょんぼりって難しいです‥‥」
で、うまいことしょんぼりの気分になれた。
少年への応援を終えたタイツ部隊(リコリス含む)が殺到してくる。
『あんたが大将!』
『あんたが大将!』
『笑顔が一番かわいいぜ、GIRL!』
『あんたが大将!』
『あんたが大将!』
「あんたがたいしょー!!」
どういう次第か、リズレットも一緒くたに胴上げされた。
恐らくは、もとより落ち込んでいると見えたのだろう。
「クリスが大将ですの!」
クリスは大喜びだ。
「大将って何か分らないですけど、とにかく楽しいですの!」
まあこうしている限り、彼らは遠くに逃亡する気遣いも無さそうだ。
ティムは無線で仲間に連絡を取ろうとベンチに腰掛けた。
その瞬間。
べた。
目線を横に持って行けば、『ペンキ塗り立て』の張り紙。
タイツがたちまち押し寄せてくる。
『あんたが大将!』
『あんたが大将!』
『小さな事は気にしない、KID!』
『あんたが大将!』
『あんたが大将!』
「あんたがたいしょー!!」
かつぎ上げられ胴上げされた瞬間は、ティムも凹みを回復した。
タイツなんぞでも、盛り上げには一役買えるらしい。
とはいえ終わって我に返った際、周囲の視線が、たとえようもなく痛かった。
恥ずかしさと、そしてついさっき受けた重大な一言に気づくことにより、彼女は走りだした。涙を振り撒きダッシュで。
「う‥‥わ、私は子供じゃなあぁぁぁいっ!!」
地上に群れていた鳩がまた数限りなく舞いあがる。
そこに、ぶらぶらといった様子でリマが追いついてきた。手に大きな袋をぶら下げて。
「おお、いたいた。元気にやってるみたいね。やっぱ日の光ではダメージないんだ。ほらほら集まりなー、クラッカー持ってきてやったわよ」
彼女の言葉にタイツは一斉反応した。
シュバッと駆けつけ与えられたクラッカーを手にするや、彼女を胴上げする。
『『神! 神! 神!』』
「えええっ、ちょっ、なんなのこれ! いやいや、私胴上げはいいから!」
と言うも彼女はしばらく胴上げされ続け、注目を浴びること余儀なくされる。
『『神! 神! 神!』』
しまいに人馬を作られその上に担がれ、公園をくまなく練り歩かれる。一体なんの羞恥プレイなのだろう。
『『神! 神! 神!』』
「いやもういいから下ろしてえ!」
「アイテムを手にしてなんだかパワーアップですの、すごいですの!」
クリスティンは感嘆し、その移動について行く。
ベイヤール姉妹も同様である。
●
アンは目的地に着き、愛車のジーザリオを駐車場に留めた。
聞き込みを始めると、早速目撃者であろう人物を見つけた。
キツネにつままれた顔で立ち尽くしているサラリーマンである。
「おっさん、もしかしてタイツに応援された? 実は俺たちタイツ5人衆を探しててな」
宵藍がキメラの特徴行動について軽く解説してみると、すぐ肯定が返ってきた。
「ああ。確かに彼らなら今し方私を胴上げして行きましたよ」
言ってサラリーマンはふうと溜め息をついた。
「私、実は首切りに遇いまして‥‥それがどうしても家内に言い出せなくて。昼間はこのように家から離れて見つからないように時間つぶししてまして」
「へ。へえー‥‥それはまあ、大変な‥‥」
それ以上の言葉が出ない宵藍。
アンもまたうまい慰めがかけられないで黙っている。
「だけど先日とうとうばれて離婚されちゃいまして。その後になって分かったんですけどね、家内、私のキャッシュカードでいつの間にかウン百万Cも使い込んでまして。督促状来まして。もう死のうかなって思いましたよその時は。払えるワケがないんですもん。だから仕事がねーんだっての。バカじゃねーの。ハハハハ」
ハハハと宵藍は返した。
アンはすでに顔を背けて空を見ている。
「あーでも私そういやまだ生命保険がかかってたなあって思い出しまして、それでもう飛び降りようかなって思って実際飛び降りたんですけどね、このビルの屋上から」
もはや宵藍は作り笑いすら出なくなってきた。
アンは完全に後ろを向いている。
「そしたら丁度下にそのタイツがいまして。私うまいことキャッチされちゃいまして。なんだか励まされてクラッカーまで鳴らしていただけて。で、私、やっぱり死ななくてもいいかなあなんて思った次第でして」
ここで初めてサラリーマンが笑顔を見せた。
宵藍もほっとして、相手の肩を叩く。
「情報さんきゅ。ま、頑張れや」
「ええ、頑張って夜逃げすることにします。まだその手が残ってるって、彼ら熱唱してくれましたし」
サラリーマンは去って行く。
しばらく間を置いて、アンが言った。
「いきなりヘビーだったな」
「確かにな。次のはも少しサクっといきたい」
偽らざる本音を吐きつつ彼らは、サラリーマンから教えてもらった方角に歩いて行く。
「そういえばアン、武器は持ってきてないのか」
「ああ‥‥回収、が任務だったからな。危険性も無さそうだし」
果てしなく。
付け加える彼女に、エネルギーガンを持つ宵藍も深く同意する。
「まあな。バグアって分かんねえこと考えるよ。ところでなんか励まされたいことあるか。さっきのおっさん程でないにしても」
アンは少し考え、照れ臭そうに言った。
「ん、私はそういうのはないな、気にしていること、というのなら‥‥胸の小ささ、については些か気にし‥‥」
直後彼女の前にあったマンホールの蓋が吹っ飛び、タイツたちが現れた。
彼らはヒゲダンスを踊りながら、輪になって彼女を包囲する。
『あんたが大将!』
『あんたが大将!』
『小さな胸でも悪くない、HEY!』
『あんたが大将!』
『あんたが大将!』
「あんたがたいしょー!!」
その輪にリコリスが加わっているのは言うまでもない。
輪に加わってないけど、リズレットもいる。
「うわ、な、なんだ!? ちょ、ぉおおーーい!!!」
キメラたちはアンを胴上げし、声を揃えて励ました。
『『バンザーイ、バンザーイ!』』
それから拍手。
『『貧胸マケルナー、貧胸ガンバレー!』』
クラッカーの色とりどりなテープが、アンの頭上で散る。
タイツたちは風のように去って行く。
拳をブルブル震わせている女の目尻には涙が浮かんでいた。
「‥‥前言撤回だ、あの変態キメラ共、皆殺しにしてくれるわぁぁ!!」
宵藍のエネルギーガンを引ったくり、彼女は走りだした。
「おおおいっ、待て、それ俺のお!」
宵藍も追って走りだす。
と、脇道からクリスティンとリマが飛び出し、アンにタックルをかけてきた。
「待つですの、そんなことしてはいけませんの! 彼らは人間の業が生み出した明るく愉快なモンスターなんですの!」
「ええい離せ、奴らを手打ちにしてくれる!」
「落ち着きなって、アン君。あいつらしょーがないのよ。悪気はないんだからさ」
「悪気がなくて言えることかあ!」
血迷い気味のアンからエネルギーガンを取り戻した宵藍は、場の処理を彼女らに任せ、タイツを追う。
途中、やっと立ち直ったティムが合流してきた。
「悪いの、公園でちっと悶着あって見失のうてしもうとったわ。さて、そろそろ締めに行くとするかの」
「お、そうしよう。本格的に暗くなる前に帰りたいからな」
そんなわけで早速酒場だ。
ぼちぼち開店し始めていた一店に彼らは潜入しようとし。
「おいこら、うちは未成年お断りだっての、帰んなガキども」
年齢19、20のいかにもチャラいバーテンから拒否された。
「‥‥俺、未成年じゃないんだけど‥‥」
「ウソつけ。ほらほら、出てって出てって」
全然信じてもらえず鼻先で戸を閉められる。
ティムから同情した眼差しを注がれつつ、宵藍がバーの壁を殴るった。やるせなさを込めて。
「童顔チビで悪かったな。大して歳変わらん相手に『坊』扱いされるしよ! つーか今のお前年下だろ思い切り!」
彼の傷ついた心を酌み、タイツ軍団とベイヤール姉妹が現れた。忍者のように屋根を伝って降りてくる。
『あんたが大将!』
『あんたが大将!』
『学生料金使えるぜ、BOY!』
『あんたが大将!』
『あんたが大将!』
「あんたがたいしょー!!」
「だからBOYじゃないってばぁぁぁ!!!」
『『バンザーイ、バンザーイ!』』
『『童顔マケルナー、童顔ファイトー!』』
励まされているんだろうかこれで。むしろズキズキするものを感じるのだが。
でもいいんだ。こうやって仲間が合流するまで時間稼ぎする作戦なんだからな!
己をごまかしつつ痛みに耐える宵藍のもとへ仲間が駆けつけてきたのは、それからすぐのことである。
ほどなくタイツは背中のスイッチを、ぱちぱち消されてしまった。
●
車中には傭兵たちが詰まっている。
「‥‥タイツさんを持ち帰るのは‥‥さすがに無理ですよね‥‥」
愛着を覚えるリズレットは、そんなことを呟いている。
リコリスとクリスティンとは、まだ興奮覚めやらぬ様子で、面白かったときゃあきゃあ言い合っている。
「実際バグアも、よくあんなもの作ったわね。上から怒られなかったのかしら」
運転席にいるリマは感慨深げだ。
「むしろ製作中に誰か止めてやれ」
アンはまだ機嫌が悪いらしい。ピョートルから貰った、気になる軍用中古車両のパンフレットばかり眺めている。
「そんなことよりバニラアイス食べたい」
「駄目だって。コンビニ寄るよりタイツ送り届けるのが先だって」
ティムに対してそうは言うものの、宵藍は、果たして素直に帰れるかどうか訝しんでいた。
脳裏に思い描く。夕暮れの中走る車上に、タイツ男が重ね積まれ固定され、運ばれている光景を。
(職質受けなきゃいいけど‥‥)
それはそのまま、彼が乗っているこのジーザリオの姿なのであった−−。