タイトル:【AP】火星の物語マスター:KINUTA

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/15 13:05

●オープニング本文


 過ぎ去った、あり得たかもしれない西暦2005年の話。



 火星。

 火星の植民者たちは広場に集まって、夜空を見ていた。
 遠く青い星が浮かんでいる。
 あまりに距離が離れ過ぎて情報の遅いことがひどくもどかしい。
 ラジオは、戦争の危機と言っていた。
 確かにそれはずっと前から言われていたことだが、でもまさか本当になんてあるんだろうか。
 今度のもいつもみたいにただ騒ぐだけで、いつの間にか終わってしまうんだろう。
 そうであれかしとの望みを込めて、呟きあう。
 彼らの前で、地球の一部に赤点が生じ、瞬く間に膨らんで弾けた。
 続いて一つ、また一つ。
 どよめきの中で、惑星は黒い煙状のものに覆われていく。
 群衆の中から、一人離れて行こうとする。

「どこ行くのさ、ミーチャ」

「帰らにゃならねえだろ。ああなったら、ケガ人がうんといるに違いねえ」

「無駄だよ。全滅だね」

「見てみないと分からん」

「見えるよ、ここから」

「そうだが、遠すぎる。お前、確かロケット持ってたろう。開発公社の」

「止めた方がいいよ。あれは小型だからね。行って帰ってくる分の燃料は乗せられないよ」



 地球。

 地下深くの司令室。

「見ろ、敵の主要戦力は残らず灰燼に帰した。本日は歴史的な日だ。我が祖国の勝利だ」

 取り巻きらしい多数が拍手をしている。幾人かは呆然としている。
 室内に白衣を着たナデジダ・スタハノフが駆け込んできた。

「一体何をされたんですか」

「ドクトル・スタハノフ。喜びたまえ。君の設計した新型ミサイルの性能の素晴らしいこと。敵の防空システムをほぼ完全な確立で擦り抜けたよ。よくやった」

「何故作動させたのです。あれは抑止力としての」

「使えないものは抑止力とは言わないよ」

「使わないから抑止なんです、使ってしまったら、間違いなく我々にもしっぺ返しが来るのです、今現在それが降り注いできているのが分からないんですか」

「口を謹みたまえドクトル。敗北主義者のような言葉を使うものではない。この地下深くにあるシェルター基地にはいかなる攻撃も及ばない」

「‥‥敵側もこことほぼ同じものを持っていますよ。それを粉砕出来るものを作るようにと私は命じられて、今回の兵器を設計したわけですが」

「そうだが。それが何か」

 一瞬ナデジダはぽかんとし、ヒステリックに笑い始めた。

「だったら向こうだって同じものを作っているはずでしょう‥‥そんな程度のことも考えられないなんて、なんていう‥‥なんていう‥‥馬鹿ですよ、あなたたちは馬鹿ですよ、私も大馬鹿でした! もうおしまいですよ、なにもかも! シェルターにいようがいまいが全員、あなたも私も誰も彼も」

 言い終わらないうち、天井の一部が轟音を上げ崩れ落ちた。
 整然としていた場の空気は瞬時に狂騒に陥り、我先にと地上への脱出を試みた。
 皆がどこに行こうとしているかナデジダは分かっていた。
 ロケットの発着場だ。
 地球を脱出するつもりなんだろう。
 無駄だ。
 そういう場所をミサイルが攻撃目標に設定してないわけがないではないか。
 行き着けるとして一台あれば奇跡だ。後は全て撃ち落とされる。
 彼女は椅子に座り込む。巨大な地下基地全体が崩壊して行くのを肌で感じながら。



 再び火星。

 大峡谷の断崖の上、洞穴の奥からこそこそっと、レオポール・アマブルが顔を出している。
 彼は岩棚の先にいる子供を呼び戻していた。

「おいレオン。中に入れ。あいつらから変な病気を伝染されるぞ」

 はるか向こうには地球人の作った町の明かりが見える。

「伝染りゃしないよ、こんなに遠いのに。それよりあっちでなんだか騒いでるみたいだよ」

「どうでもいいじゃねえかそんなの。全く、早く帰ってくれねえかな、あいつら」

 洞穴の奥には、風変わりながらちゃんとした住まいがある。
 そこには彼の奥さんと、後3人の子供がいる。

「レオポール、レオン、ごはんよ」

「はーい。ほら、入れレオン」

 彼らは最近めっきり数を減らしてしまった火星人の一家である。一応。





「※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません」


●参加者一覧

/ ドクター・ウェスト(ga0241) / UNKNOWN(ga4276) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / 番場論子(gb4628) / 宵藍(gb4961) / エリーザ=ヴァッヘ(gc7010

●リプレイ本文

●2005年。地球。

 南極。
 この地は20世紀を越えてなお、人類の共有地であり続けていた。
 国際連合が企画立案した「国連南極開発計画」。その組織も現地局も残っていた。
 資源、技術、施設、船。そして人々がまだ、そこにいる。


 通信室には、ひっきりなしメッセージが入って来た。
 主に南極にある諸国−−といっても2大国どちらかの陣営に属している訳だが−−からの呼びかけである。

「事態逼迫ス。貴公ラモ脱出サレタシ。脱出用ロケットニ定員ノ余剰アリ」

「戦端開カレタリ。人道的見地カラ我ガ国ハ、避難者受ケ入レル用意アリ」

 誘いに応じるものを、現地責任者であるハンナ・ルーベンス(ga5138)は快く行かせた。

「私は此処に残ります。人類による復興を‥‥信じていますから‥‥脱出希望の国連職員を保護頂き、感謝致します‥‥」

 と通信に答えて。
 残った他職員と無線機を相手に奮闘する。世界情勢の情報を、少しでも多く得ようと。
 それが突然、一切通じなくなった。
 ハンナは突き飛ばされるよう、外へ飛び出す。
 悲鳴が引きも切らず降り注いでくる。
 ミサイルが空気を引き裂いて残して行く音だ。
 晴れた夜空を、軌跡を描いて飛んで行く−−見知らぬ誰かのいる方角に向かって。
 遠い轟き。
 東西南北の空がじわじわ赤く染まっていく。
 暗がりの底に燃え上がる炎は、天上さえも焼き尽くしそうだ。

「とうとう、始めてしまったのですね‥‥」

 呆然と呟く。
 数条の光の帯が天を目指し真っすぐ、無数に立ち上って行く。南極から脱出して行くロケットだ。
 次の瞬間彼女は小さな悲鳴を上げた。
 ロケット目がけてミサイルが襲いかかり、中空で木っ端みじんに吹き飛ばしてしまったのだ。
 全て。


 同時刻。A国内陸にある砂漠地帯では。

「おのれS国め!」

 激しい揺れに襲われる中ドクター・ウェスト(ga0241)は、私研究所の発着場からロケットを飛ばそうとしていた。
 彼の研究所はひとまず、主要攻撃の第一波から免れていたのだ。
 敷地内の小型ロケットに走り、乗り込んだ。他の多くの人間と共に。
 それには彼お手製である、最新鋭の透明化装置が組み込まれている。
 すでに軍民問わず、脱出のための大型機や中型機が幾つも地上から飛び立ち、次々宙で消えていっている。
 敵の−−あるいは味方のということも考えられるが−−追跡型ミサイルに補足されて。

「奴らも同じものを開発していたとは知っていたが‥‥まさかここまでレベルが拮抗していたとはね〜! 恐るべきだよ、ナデジダ・スタハノフ!」

 名を口にした相手が既に地下に埋もれ死亡していることを、彼は知らない。これから知る機会もないだろう。
 ロケットの操縦席にかけ発進ボタンを押す。
 強力な振動と、直後来るG。
 一気に大空へと駆け上がる。地上に燃える火に急き立てられて。

「我輩が最後か、コレがなければ我輩のロケットも撃ち落されているところだった〜‥‥」

 重力圏を離脱してから改めて窓に目をやると、連鎖爆発に包まれる地球の姿が見えた。

「‥‥‥‥」

 流石に塞ぎそうになる心に、活を入れる。内容はどうあれ、前を向いて考えることで。

「ええい、落ち込むなウェスト! 新天地で新たな国家、いや帝国を作るのだ〜! そうなれば我輩が初代皇帝だね〜!」

●2005年。火星。

 大峡谷にあるレオポール・アマブルの家では、近所に住む一人暮らしの火星人、宵藍(gb4961)が、夕餉のご相伴にあずかっていた。
 彼の家族は全員存命であるが、別の所で生活している。
 と言うより、彼が離れて生活している。
 本人いわく「俺もいい歳だし、しっかり家族から独立をと思うわけ」ということである。
 まあ、その割によくこうやって、他人の食卓に入り込んでくるのだが。

「地球人達、最近何か騒いでるっぽいな。何があったんだろうな」

「さあな。どうでもいいけどよ。帰る気になったんだったらありがたいんだがな」

「それもそうだけど‥‥あ、これ美味いわ」

 褒め千切りながら宵藍は、大皿に山と積まれた揚げ物を、幾つも口にほうり込む。

「まあ、ありがとう宵藍くん。いっぱい食べてね。レオポールがたくさんとってきてくれた、火星蛙のお肉なの。偉いわレオポール」

「うん、オレ偉い」

 レオポールは妻メリーに褒められたので喜び、たちまち犬人間になり、尻尾をはたはた振る。
 別におかしくはない。
 火星人はそれぞれ色んな超能力を持ち、彼のはたまたまこうだったという話だ。
 そこに、長男レオンが呟いた。

「火星蛙って取りやすいよね。草むらに網入れて振り回したらすぐ取れるよね」

「うるせえぞレオン。なんか文句あるのか」

「出来たらもう違うのが食べたい‥‥翼竜とか」

「馬鹿お前翼竜なんて下手したらこっちが怪我しちまうだろ奴らギューンと空を飛ぶんだぞ。そしてガブっと噛むんだぞ」



 地球局にチャンネルを合わせているラジオは、すでに何も言わなくなっている。
 番場論子(gb4628)は広場に面した窓を開け、見る。静かに浮いている球体を。
 机の上には手記。窓からの風にはためいている。
 それは、子供たちにあてて書き始めたものだった。
 今ではなくて、遠い先に渡そうと。

 自分が若い頃、意欲有る人々を率いてこの火星に導き、開拓初期を切り開いた歴戦の勇者であったこと。
 政治対立が激しい地球を嫌って、言わばこの地へ避難してきた集団を統率して、過酷な地勢を理想の楽園として創造しようと相当なる努力を積み重ねてきたこと。
 その過程において経過の手腕を見込まれ、初代の政治代表−−火星総督−−を務めたこと。
 内には些細な意見の違いによる諍いを収め、外では開拓地を切り開く上で多大な障害であった現地民を、さまざまな手段で追い散らし、豊饒な土地を得て皆に分配したこと。
 −−数々を、ありのまま伝えたいと思って。
 むろん、視線や手段が偏っているのは承知の上で。

 これまでしてきたことに悔いはない。いつでも、精一杯やったのだ。
 しかし、疲れた。自身の感情を潰して進んで行くのに。
 火星で愛しい人と出会い、家庭を持つこととなり、総督の座から退いた。
 現在それは、開発公団の団長としてこの地にやってきた、ピョートル・カサトキンの役職だ。

 地球が光を放っている。輝きを増している。地平線の上で。
 見ていられず窓から退いた。
 子供部屋に向かった。
 双子が一つのベッドで、すやすやと眠っている。

「こんな時に、何故‥‥」

 この子たちに地球を見せてあげたかった。
 懐かしさと悲しさで胸が焦がれる。終焉の地がここであるのを覚悟していたはずなのに。
 あれはやはり、私たちの星なのだ。私の星なのだ。故郷なのだ。
 気づくと背後から夫が肩を抱いていた。
 彼女はその胸に顔を埋め、声を殺して泣いた。



「俺、一度地球人のとこに行ってみたいんだよな。何か面白そうだしさ」

「やめとけやめとけ、病気になんぞ」

「でもなあ、ここんとこそれで死んだ奴っていないしさあ」

 かように会話している宵藍とレオポールだけでなく、火星祭りには火星人全てが集まっていた。
 妙ちきりんな火星の植物がこんもり茂る山の麓で、楽しんでいた。
 屋台らしきものが出て、珍奇な食べ物や飲み物も売っている。火星ヤシの飴とか、翼竜のかば焼きとか。
 色とりどりの明かりもついて、楽しそう。
 宵藍も久々に家族と再会したので、積もる話を楽しむ。

「ちゃんと自立した生活してるから、安心しろよ」

 夕食をほとんどレオポール家の世話になっているあたり、いまいちあやしい言い分だが、とにかく家族は彼が元気なので安心した様子だった。
 そこで祖父が、思い出したように言う。

「‥‥そういえばもう‥‥そろそろあれが起きてくるころでないか」

「あれってなんだ、じいちゃん」

「火星人じゃ」

「‥‥俺ら火星人だけど」

「いや、火星人は2種類おってな」

 急に祭り会場がざわめいた。
 小山が何の前置きもなく突然パコッと割れ、中から変な奴が出て来たのだ。
 それは緑色のタコ‥‥もとい火星人UNKNOWN(ga4276)。
 日の光、ことに赤外線に弱いという性質をもつ彼らは、人間型の火星人と共に火星−−主に地中−−に住んでいる。
 100年置きに地下深くのすっごく高度なナントカカントカ装置で100年の休眠期間をとるという生活形態をしているので、その存在、これまで全く地球人に知られていない。
 首に赤いネクタイと白襟、目に三角形二つの黒い宇宙眼鏡、火星兎皮の黒帽子と黒革手袋(むろん8つ入り用だ)、タコ口に咥え煙草。
 かくもダンディーなタコ、じゃなくて火星人は辺りを見回した。

「俺が一番最初に起きたらしいな‥‥久しぶりだな。地上を見るのも」

 そして戸惑った様子を示した。
 器用にタコ足で直立歩行してきながら、手近にいた宵藍に尋ねる。

「キミたち、ひどく数が少なくなってないかね? 100年前はもっとたくさんいたと思うんだが」

「い、いやー、それがさあ、随分伝染病がはやってさあ‥‥」

 簡単にここに至る経緯を説明してやったところ、タコ、もといUNKNOWNは憤慨し、地球人の調査に行くと言い出した。
 面白そうなので、宵藍は即、同行を決めた。



(覇権やら欲を丸出しにして突き詰めた結果がこれか)

 エリーザ=ヴァッヘ(gc7010)は広場に背を向けて歩きだす。
 憤りで胸がむかむかした。
 彼女は亡命同然にこの火星へやって来た人間だった。
 元々医療系に精通した科学者で、故国ではかなりの地位を持っていたのだが、それだけに戦争の悲惨さや首脳部の暴走を目の当たりにする機会が多く、つくづく嫌になったのだ。
 強欲で恥知らずな軍や政府の上層連中が一掃されただけなら何とも思わない。
 だが、億単位の命がそれに巻き込まれ消えているのだ。刻一刻と。
 やり切れなさに高まる動悸を抑え、職場である図書館に入った。
 中に入ると重厚な木作りの床や柱、椅子や机、本棚。
 天井から吊り下がった電球が、暖かくそれらを照らしている。
 静かな空間に、エリーザは落ち着きを取り戻した。
 ここは火星の、否、今や人類の知識の砦だ。
 奥の書庫に入り、積み上げたままにしてある文書を見る。
 地球から運ばれた雑誌、新聞。政府関連のつで預かっていた火星自治政府、及び地球政府の公式文章。内部資料。
 最終局面に至るまでの記録が、ここには残っている。

「‥‥せめて、これが後に役立ってくれると思おう」

 分類し、保存する。そして知ってもらう。後裔に。
 思いを胸に作業を始める。窓から見える地球に背を向けて。



 火星人たちは明け方ごろ町へついた。
 UNKNOWNは変装のつもりか、マスクで口を隠し 黒いコートを被り、一応人間に見えるようにしている。
 宵藍も、火星人の衣装を着ていると目立ちそうなので、地球人の服を着ている。屋外に干し忘れてあるのを拝借して。
 町の様子は珍しいものだ。ついきょろきょろしてしまう。
 祭りでもないのに集まっていた地球人は、大かた空を見ている。
 視線の先には輝く星があった。
 以前見たときにはもう少し暗い感じだった気がしたのだが。
 首傾げ近くの地球人に話しかけた宵藍は、あわてて黙る。苦笑して。

「言葉って通じ‥‥ないよな、やっぱ」

 だって自分が地球人の言葉を知らないんだから。
 しかし、驚くことに直後地球人が呼び止めてきた。変な顔をして。

「いや、通じてる。なんとなく」

 妙なことに、宵藍本人にも、向こうの言いたいことがなんとなく分かった。
 どう聞いても、見当つかない言語で喋っているのに。
 その疑問は、UNKNOWNが解決した。

「どうやらキミの特殊能力はテレパシーらしいな」

 火星人にはそれぞれ超能力があるのは知っていたが、テレパシーとは。
 自分でもこの年になるまで知らなかったと思いつつ、宵藍はその地球人に事情を聞いてみた。
 ミーチャと名乗った若い男は、ざっと説明する。

「要するに仲間割れだ。それでとうとう刺し違えた」

「‥‥同じ星の者どうしで戦って、馬鹿みたい」

 丸い顔が少し笑った。

「そうだな。馬鹿みたいだ。だからおれは帰るんだ」

●地球。

 長い長い夜が明けようとしている。
 だが暗さはほとんど変わらない。地上から舞い上がった埃が雲となり、朝日を遮っているのだ。
 多分火星から見たら、反射能が増しているため、普段より輝いているだろう。皮肉なことだが。
 いつまでこの状態が続くのか、いつからこの状態でなくなるのか。
 はっきりしたことは誰にも分からない。しかし。

「私たちは、まだ全てを無くしたわけではありません」

 目の下に薄い隈を作りつつ、ハンナは仲間を見渡した。共に南極に残る事を選んだ人々を。
 誰も彼も疲れ果てている。
 だが、目は死んでいない。彼女と同じように。

「‥‥きっと苦労の連続で、息付く暇も無いお仕事でしょうに‥‥こんな選択をするのは私くらいの者だと思っていましたが」

 大きな嘆息をして、苦笑して、はっきりした声で続ける。

「では、始めましょうか。此処からが、正念場です」

 彼女は決意した。この地球で生き残る事を。
 その思いはまだ地球上に残っている人々が、共有すべきもの。
 彼らは再び通信室に集った。意志を受けるためではなく、発信するために。
 マイクの前で息を吸い、ハンナは、一つ一つ噛み締めるよう言葉を口にした。

「この放送を、一人でも多くの方が聞いて下さいます様に‥‥私は、国連南極開発計画、計画責任者のハンナ・ルーベンスです。地球も、人類も、全てを失った訳ではありません‥‥。今この時を耐え、今一度復興を成し遂げましょう‥‥」

●火星

 地球行のロケットは旅立った。ミーチャと、後99名の志願者を乗せて。
 彼らは多分、帰っては来られない。
 軌跡を見送った現総督へ、前総督である論子が言う。

「寂しくなるでしょう、ペーチャさん。ご兄弟がいなくなると」

「‥‥でも聞く人じゃないから。それより地球からも来ますよ。100人ね。通信が入りましたよ。これでプラマイゼロだ」

「ここが人類最後の理想郷です。避難してきた方々は是非とも受け入れましょう」

「同意します。ぼくたちは今やこの星において、後ろ盾がなくなりましたからね。そうと知ったら、原住民がまた騒ぎだすかも知れませんし。戦力は多い方がいいでしょう」

「そういう考えしかありませんか」

「あなたは違いますか。そうやってぼくらはこの星で地歩を確かにしてきたわけでしょう」

「‥‥地球があるときは、それでよかったんです。けれどもう、前提が変わってしまいましたから」

「‥‥弱気ですね、らしくもなく」



(病気になってるとヤバいからな‥‥)

 アマブル家には赤ん坊もいることだし。
 何にしてもそれがはっきりしないうちは、仲間のところに帰らない方がよさそうだ。
 思って宵藍は、まだ地球人の町にいる。
 ただぶらついているだけもなんなので、仕事らしきものもしてみている。図書館にて。

「ふむ、これは保存状態が良かったのか‥‥」

 呟きつつ整理をしているエリーザは、ふらりと入り込んできた宵藍を、特に不審がらずいる。
 何か変だなと気づいてない訳ではない。
 だが、平穏に過ごしたい一心でこの火星に来た身である、つまらぬことに拘ろうとは思わない。
 仕事さえ手伝ってくれればそれでいい。
 なので、さしたる関心もないようにふるまう。

「エリーザ、これは?」

「ん、それはそっちだ」

 火星政府から役に就いてくれないかとの声もあったが、彼女はにべもなく断っている。もううんざりだと。
 火星人の宵藍には、膨大な書物や文献がとにかく珍しく、よく整理の手を止めて眺め回っている。
 目下は、戦車や戦闘機が大きく描かれている多色刷りのビラをしげしげと。
 それらが武器だというのはなんとなく分かるが、字が読めず内容が知れないので、司書に尋ねてみる。

「敵と戦おうと書いてあるんだ。それだけだ」

「‥‥そんなんで戦う気になれるのか?」

「ああ、なれるみたいだ。歴史を見れば判るだろう? 技術や規模は違えど歴史の繰り返しさ」

 火星ではそんなことあった試しもなさそうだ。
 地球人というのはよっぽど変わった人種らしい。とはいえ。

(共存‥‥出来ればいいな)

 何しろ彼らは帰るところがなくなってしまったのだし−−いや、そうでもないか。ハンナとかいう地球人が、火星に向けて何かを言っていたと聞いた。それで帰って行った人間もいるという。
 ところで、表通りが何やら騒がしい。



 ドクターのロケットは、彼とその他99名を無事火星まで送り届けた。
 火星植民地は地球の平均的視点からすれば、田舎臭くて小さな町である。
 だが贅沢は言っていられない。安全に住める場所というのはここしかないのだから。

「やれやれ、長かったね〜‥‥さあ、ここからが我輩の腕の見せ所だよ〜」

 火星政府に取り入り、仲間を募って新政党の立ち上げ、火星人の排除、ゆくゆくは火星政府を乗っ取り、帝国を立ち上げる。
 誇大妄想な目標をもって船内で作り上げた『ドクター・ウェストの公約実現マニフェス党』という上り旗を背に、彼は一人で(残念ながら同意してくれる人がいなかったので)火星町の辻に立ち、政治活動を行うこととした。
 手頃な空き箱の上に立ち、メガホンをもって話し始める。

「諸君にはココ火星の地が第二の故郷かもしれない、だが諸君を含む我々には心の故郷ともいえる人類発祥の地はすでにない! 憎きS国が最後の武器を取り、ついには我が祖国を焼き払い、全てを灰にしてしまったのだ!」

 6本足をした火星犬と火星猫が珍しげに寄ってくる他、人間はあまり寄ってこない。遠巻きにしている。
 変な人と思われている可能性大だ。

「もう我々にはココ火星しか人類の土地はない。ココ火星を我々人類の第二の発祥の地としようではないか!」

 ドクターは平気である。いつもこんなものなので。
 そこに論子がやってきた。

「あのですねウェストさん、お話が」

「おお、早速我輩に一票投じてくれるのかね」

「違います。はた迷惑な騒音を出すのを止めてください。それと、あなた含めて地球から来た人達はまだ聞いてないみたいなのでお教えしますが」

 から始めて彼女は、地球からもたらされたハンナ・ルーベンスの呼びかけについて説明した。

「ええ〜?」

 まさしく浦島太郎状態のドクター、返す言葉がない。
 その彼にこう告げて、論子はさっさと去って行った。

「ここではここの流儀があります それらを受け入れるならば歓迎致しますね」

 せっかく意気込んできたのに、なにやら気を抜かれてしまったドクター。
 その前を、ガラガラ荷車が通りがかってきた。

「火星水いらんかね〜火星水〜」

 こっちには人がぞろぞろ集まってくる。
 ラムネ瓶に詰められたそれは、つい最近話題の飲み物だ。後口さっぱりして飲みやすく、大評判。
 売りに来ているのは、あんまり見かけない顔である。
 地球から新しく入ってきた人間かと思っているので誰もさほど注意していないが、実はそれは火星人、レオポール。

(本当に大丈夫かよ‥‥)

 とびくびくしている彼が何故この地球人の町にいるかというと、UNKNOWNから頼まれたからである。地球人を早く地球に返す薬品を開発したから、売り歩いてきてくれと。
 もちろん怖いので最初から断ったが、生き残っている君たちには既に地球型病原菌への耐性がついていると、高度な科学的太鼓判を押され、高度な超小型翻訳機を持たされ、ここまで来たという次第。
 ともかく薬の売れ行きはとても好調である。
 この分なら早く帰ってくれるかと、彼も大いに期待したいところだ。
 その様子を物陰からタコ、もといUNKNOWNが含み笑いをして眺めている。

「くっくっくっ‥‥野蛮で文化的に遅れた地球人共め。火星は火星人の物、だ。徐々に身体を蝕み滅びるといい‥‥」

 ポイズン。
 そう、彼の開発したのは断じて薬ではなく毒である。
 カリウムイオン・ナトリウムイオンといった電解質。マグネシウム・カルシウムといったミネラル分。
 また生理食塩水に近い浸透圧。運動時に筋肉中に蓄積される乳酸の分解を助け回復を促すとされるクエン酸。
 ブドウ糖やショ糖、各種アミノ酸類やビタミン類。
 これらが含まれている猛毒である。
 もし口にしようものなら、苦しみ抜いた末にご臨終間違いなし−−。

「我ながら、なんと恐ろしい毒を‥‥」

 悦に入る彼は忘れている。
 タコ星人と地球人の体質が全く違うということを。
 だがまあ、気づかない方が平和でいいかもしれない。
 この飲み物、目下火星地下の高度な科学工場で、大量生産の真っ最中である。
 いずれ各ご家庭に、宅配で届くようになるかもしれない。

「わわっ、こっちに来るな!」

 と、タコ星人が急に逃げ出した。火星犬と火星猫が近づいてきたので。
 彼らの弱点はこの2匹の動物である。姿のせいなのか磯っぽい匂いのせいなのか、とにかく足を齧られやすいのだ。



 薄暗い空からロケットが降下してくる。南極の地に。

「トラクター・ビーム照射。こちら、国連南極開発基地。貴船の安全な着陸を支援します‥‥」

 降りてきた銀色の乗り物が、無事着陸を果たしたのを確認し、隊員達は駆け寄った。
 ハンナはその先頭にいる。
 扉が開き、タラップから小太りな人影が降りてきた。

「ドミトリイ・カサトキンだ。あんたがハンナ・ルーベンスか?」

 はい、と彼女は答えた。

「よくぞご無事で帰ってきてくださいました」

「なに、あんたたちこそよく残っていてくれた」

 二人は握手を交わす。しっかりと。

「これからやることが山ほどありそうだな。多分死ぬまで働きづめだぜ」

 ぼやきに彼女は微笑んだ。そうですねと。
 そして言った。薄らいだ黒い靄の中から、今しも上ろうとする赤い太陽を見つめて。

「今は未だ見えずとも、儚い夢に思えても、進みましょう、前に。‥‥私達は、今を生きているのですから‥‥」






END