●リプレイ本文
「ルイーズお嬢さんだけは絶対無傷でお願いします。ファニーは誤射してもいいですが」
ピョートルはそう前置きしておいてから、現場についての情報を傭兵たちに伝えた。
人質らが現在どこを逃走しているか、追っ手は何人でどんな武器を持っているか、仲間が何人か、組織の潜伏しているホテルに繋がるルートがどうなっているのか等。
逃走真っ最中な相手からもたらされたものであるため、微に入り細に入りとはいかないものであったが、ともかく十分参考になった。
ホテルは4階建、1フロアに5部屋ずつ。
組織は20名(恐らくは戦闘不能2名)。
そのうち6名が2台の車で被害者らを追跡中。
短銃、機関銃、手榴弾、閃光弾、アーミーナイフ各々所有。
飛行可能なキメラ犬5匹所有。
一同はこの情報を踏まえ、即座に二手に分かれることとした。
すなわち追われているルイーズらを救出する組と、いち早くホテルに赴き組織壊滅を担当する組とである。
●
海岸線の国道。
「開演といこうか」
ラウンドクラウンが走りだす。
これは天野 天魔(
gc4365)の車だ。ユウ・ターナー(
gc2715)も同乗している。
彼らは救出ではなく、組織壊滅組だ。
しかし、他の組織壊滅メンバーが向かった妨害のない旧道と、国道で極力敵をやり過ごして行くのと、一体どっちが早いかという実験も兼ねて、当方面から走行している。
「連れ去られたお姫様に、悪の組織っ! 何だか映画みたいなの☆‥‥ユウ、燃えてきちゃう! 悪い人達は赦さないんだカラっ☆」
元気一杯やる気満満のユウ。
そこにもう1台、ジーザリオが追いついてきた。
こちらは市川良一(
gc3644)のものだ。
辰巳 空(
ga4698)、そして篠崎 美影(
ga2512)が同乗している。
美影はため息をついている。
「世界が変わっても人の起こす過ちにはそれほど変化が無いのが少し悲しいですね」
空はそれに頷き、同意する。
「意図的な誤射は論外としても、能力者に彼らを裁く事は出来ませんから‥‥」
医者が人殺しを推奨出来ない。言う彼に、良一が相槌を打つ。
「ま、無駄に殺生することもないやな」
そんな彼らと全く別の場所から、現場に向かっているメンバーもいる。
「しっかりと‥‥掴まってて‥‥下さい‥‥!」
秋姫・フローズン(
gc5849)及び宵藍(
gb4961)だ。
彼女らはカーチェイスに一刻も早く追いくため走っていた。行き会うためではなく。
ここは国道へ出る近道、相手の背後を突けるルートなのである。
「先回り‥‥します‥‥飛ばしますよ‥‥!」
「お、おう。にしても、すごいオフロード‥‥」
喋ると舌を噛みそうなほどのでこぼこした下りを、落ちるような勢いで降りて行く。
「ルイーズ様達‥‥無事だと‥‥いいのですが‥‥」
道がこうなので口には出せないが、宵藍は依頼を受けた段階から、ちょっぴりひっかかっていた。ファニーについて。
(‥‥悪党に狙われてるというか、それだけ内部事情に詳しいんだから自分も悪党だったって事なんじゃ‥‥)
これ、一言で言えば単なる仲間割れなんじゃないだろうか。
そのおかげでルイーズお嬢さんが助かっているのだとすれば、結果オーライはオーライなんだけど。
考えているうち、国道が見えてきた。
猛スピードで走っている車が3台、視界に飛び込んでくる。
「間に合い‥‥ましたね‥‥」
呟きかけ秋姫は、次の瞬間ぎょっとした。宵藍もまた。
前方を走っている1台の車、あれが逃走車だ。
まあそこはいい。
問題はその窓から身を乗り出して、後続車から発砲され発砲し返し、手榴弾を投げ、爆発を起こさせている女である。
「ムカつくわあんたたち! ついてくるんじゃないわよ!」
あれがファニーで間違いない。
しかし彼女がああやっているということは、ハンドルは当然握ってないわけで。
「‥‥もしかして‥‥」
いやな予感が止まらない彼らに遅れ、前方から接近しつつあった組も、その事態に気づき始めた。
美影が双眼鏡をのぞき込み、後2名に報告する。
「運転席にいるの、ルイーズさんです」
「‥‥そういえば、運転しているのがどっちなのかは聞いていませんでしたね‥‥」
「‥‥なんつー、か、大変だな」
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御影・朔夜(
ga0240)は旧道のくねくね道を、ジーザリオで進んでいた。
「さて、天野とどっちが早いか」
タバコを咥える彼に同乗しているのは、秋月 九蔵(
gb1711)。依頼主から支給されたゴム弾の数を確認しながら、一人ごちている。
「またあの二人かよ、ったくお似合いです事で」
「何か知ってるのか」
「まあな。それが煮ても焼いても食えない話で」
徒然に九蔵は、以前の依頼内容を車内で語って聞かせた。
朔夜はそれでようやく、「ファニーは誤射してもいい」というかなり無茶な発言について合点がいった。
「聞く限りだと、どっちもどっちだな」
「だろ。似た者同士だよな」
●
脇に逸れ爆弾の直撃を避け、追っ手の1台がファニーらの横まで接近してきた。
「くたばれこのくそ女!」
彼女の側は不利だった。機関銃も短銃も弾切れである。
しかしそうだろうがなんだろうが一度上った血は収められないのがファニー。
「くたばんのはそっちよ!」
ナイフを迷わず相手の顔目がけて投げ付ける。
「おわっ!」
引き金にかかっていた手が一瞬ひるむ。
瞬間車体が、バン、バンという破裂音とともに傾いだ。
急ブレーキがかかる。
続いてさらに銃声、破裂音。
「秋姫、銃撃回避宜しく!」
崖の上からバイクが飛び降りてきた。
「壊させて‥‥いただきます‥‥!」
秋姫は車の屋根に次々着地し、そりゃもう豪快にへこませた。
宵藍は素早く後部席から飛び降りる。
スピードを落とされた2台目掛けて、ブリットストームを放つ。
少し先で止まる人質らの車。
良一のジーザリオが、彼女らと敵の間に滑り込んできた。壁を作るように。
2台の運転席目がけて、ゴム弾が放たれる。
強制停止させられた車体は道を塞いだが、天魔は恐れる事なく速度を上げ、片輪走行で擦り抜けた。
「うわ、すごい天魔おにーちゃん!」
後は全速力で、ホテル方面へ突っ走って行く。
移動手段が完全に潰されたと悟った悪党たちは、急いで外に出て来た。短銃や機関銃といった武器を手に。
だがそれを構える先に、良一が動く。
美影も急いで、仲間の武装強化に回った。
ゴム弾を急所に食らい男たち4人、武器を取り落としうずくまる。
しかし、なかなかしぶとい。確保しようと近づいた空、そして宵藍らに、ナイフを食らわそうとして来たからには。
宵藍はその攻撃を躱し、脇腹に峰打ちを入れた。
「さすがに一般人にやられる程ヤワじゃないし」
相手はうめき声を上げ起き上がれなくなった。肋骨を少しやってしまったらしい。
空も攻撃を軽くいなす。そして子守歌を歌う。
効果は絶大で、今しがたの4人も、車中に残り無線連絡を取ろうとしていた運転係2名も、朦朧として大人しくなった。
それを確認した彼は、借り受けた手錠で手際よく拘束をかけて行く。診療を施すついで、隠し武器のボディーチェックもして。
「あれ、空、手錠なんて持ってたのか」
「ええ、事前に当局から借り受けましてね。この後の引き渡しの手配もしてあります」
手回しのいいことだ。
思う宵藍は良一とともに、当局に引き渡すため敵の武器を全て、自分たちの車両に積み込んだ。
それから人間を同じように、一人一人運び入れる。せっかく寝たものを起きないように、一応気を遣って。
「ま、しばらく気絶してろや」
一方秋姫と美影は、車から降りて来た人質(片方は違うが)たちの安否を気遣っていた。
「お怪我は‥‥ありませんか‥‥?」
「はい、大丈夫です。少しドキドキしましたけれど。助けに来ていただいてありがとうございます」
ルイーズはほんわりとお礼を言う。
脇でファニーは黒髪をかきあげ、肩をそびやかした。
「初運転であれだけ出来るんだから、この子いい度胸よ」
どうやら2人とも、大事無さそうだ。
それを確かめ彼女らは、ほっと胸を撫で下ろした。
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ホテル側の戦闘可能な12名は、追跡組からの通信が途絶えたので、浮足立っていた。
傭兵が雇われたというまでは情報が入って来たのだ。
彼らは急いでホテル周辺にキメラ犬を放った。なにかあれば大声を上げて吠え、知らせる手筈。
で、早速逃走の準備を始めようとする。
ボートは全て沈められていることが判明している。
こうなると逃走手段は車両しかない。
ホテルの手前で車を止めた天魔たちは、徒歩で接近、敵地を偵察する。
周囲に奇妙な動物が蠢いているのが見えた。犬の形をしているが翼を生やしている。
あたりを嗅ぎ回り、警戒をしている模様。
「全頭外にいるみたいだね」
ユウは双眼鏡を覗き、そう結論づけた。
続いてホテル本体に視線を移す。
窓は全部締め切られているが、内部のカーテンなどボロボロになっているところが多く、そこからは中の様子が伺えなくもない。埃塗れのガラスなので、鮮明にとはいかないが。
「4階のへん、ちらちら動いてる。人影だと思うケド、人数までは分かんない」
「そこは、俺のバイブレーションセンサーで探知しよう」
隠れながら接近して行くと、駐車場に車が3台あった。
ファニーたちの物と同じ形態。明らかに敵の所有物である。
破壊した方がいいが、あの場所は確実に窓からの視界内。見つからずに壊すというのは不可能だ。
(位置は覚えておこう。逃走はさせない)
天魔が思っているところ、無線が入ってきた。
『こちら御影班、ただ今ホテル裏に到着した。そっちはどうだ』
『こっちも現場に着いてる。キメラが見えてるぞ』
『なに、そうか。やっぱり旧道は遅いな』
両者は打ち合わせをした結果、やはりキメラをまず潰すとした。
図らずも相手側が、匂いに気づいてそわそわと、傭兵たちのいる方向に寄ってくる。
「ウウ、グウウ、バウバウ! バウバウ!」
やかましくほえ出した最初の1匹を、血祭りに上げたのはユウだった。
弾丸は口から入り、頭全体を吹っ飛ばす。
他の奴らが一斉に騒ぎだす。何ともうるさい。
こうなったら見つからないようにと気を使わなくてもいい。
瞬時に判断した天魔は、真っすぐ駐車場の方へ走って行く。
中から車両を取りに悪党が走り出てくる。4人。
天魔は「ライジング」を抱え、笑む。
「才無き者の愚歌ゆえ聞き苦しいとは思うが‥‥容赦願おうか!」
巻き込まれないよう、ユウは急ぎ場を離れる。
「逃げる」という本能が組み込まれていないキメラは、次々彼女と九蔵によって撃ち殺された。
「さて、トリガーハッピーに行こうぜ」
最後のキメラの頭を潰した九蔵は屍を踏み付け、ホテルの入り口へ向かう。
建物内には先行して、朔夜が入り込んでいる。
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警察関係者に武器と人間を引き渡した良一らは、急ぎホテルに向かっていた。
二人乗りバイクとジーザリオが併走している。
車内には黒髪の女。ふわふわお嬢さん。
「‥‥どうして警察の方と待たれないんです?」
おっとり美影が尋ねると、二人は答えた。
「ポリ公っていけすかないのよ」
「私は傭兵さんたちの活躍を、ぜひ一度間近で見たく思いまして」
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悪党たちの動きは、相手側からほぼ掴まれてしまっていた。
バイブレーションセンサーにより得られる情報が、逐次共有されているのだ。
車という逃走手段を押さえられては、もうそちらに望みをかけることは出来ない。徒歩でどうにか潜伏し、助けを待つしかない。
しかしこれ、逃げられたらの話である。
目下朔夜はその期待を次々打ち砕いて回っていた。
「先に言っておくが――私は誰一人とて逃がすつもりはない。逃げたければ逃げろ‥‥尤も、総て無駄だがな」
彼の背後には、うめいて転がっている男4人。頭や足や腕から血を流している。
殺さないように善処はしているが、殺すことを厭わない。敵意と武器をもって向かってくる以上当然の処置だ。
「‥‥詰まらないな。これではカーチェイスの方にでも向かうべきだったかな」
退屈そうに呟き彼らを放置、次の獲物を探す。
その姿はまさしく、『悪評高き狼』そのもの。
九蔵が腕の力を緩め、白目をむいて泡を噴いた男をずり落とす。
これで3人目だ。
「これじゃ弱い者いじめじゃねぇか」
苦笑する彼はユウと組み、廊下の角、階段の影などから出てくる人影を、先手を打って撃ち倒していた−−今のは直接攻撃であったけれども。
「‥‥ったく、つまんねぇ」
とは言うものの、これは敵に関しての情報が前以て全て入っているから、というのもあるだろう。
その情報を旨く活かしたことはいうまでもなく、だ。
敵の逃走の足は最初から、半分潰されていたようなものだし。
「九蔵おにーちゃん、朔夜おにーちゃんはどうしてるかな。ずっと単独行動してるみたいだケド」
ユウの言葉に、それもそうだと彼女の無線機を借り連絡してみる。
『朔夜さん、殺してないですよね』
『ああ、うまいこと死ぬようには当たらなかった』
物騒な答えだ。
思う彼は、天魔から急遽入ってきた無線に、顔を引き締めた。
『おい、外に逃走しようとしている奴がいるぞ!』
振り向くと、非常階段を走って降りて行く人影。
ユウが急いで窓から、制圧射撃を放つ。
「悪が蔓延ることはこのユウが赦さないんだカラーっ!」
威力はすさまじく、もともと錆び付いていた階段はそこから下が崩れ落ちた。
立ち往生した悪党は、たちまち天魔に取っ捕まり縛り上げられる。
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事態終了連絡を受けやってきたペーチャは、開口一番ファニーに言った。
「刑務所に帰ってください。誘拐は不問にしなきゃいけない羽目になってますけど、脱獄は違いますから」
そうだよな、そこ変わりないよな。
心中思う宵藍の前で、ファニーは言った。
「そんなこと出来るわけ」
「出来ますね。心から楽しんで」
言っていたところ、ルイーズが寄ってくる。
「ピョートル様、ご結婚おめでとうございます」
「‥‥何のことです」
「はい、この方と近々ご結婚されるそうで。先程お電話でそれをお伝えしたところ、おじいさまもとても喜ばれて−−」
「落ち着いてくださいルイーズちゃん、この女の言ってることは全部ウソ」
「−−取引関係者の皆様にこの慶事をご報告したそうです」
「あらあら大変ね。多分100くらいじゃきかないわよね、その取引先って。誤解を解く手間と金ってどれだけかしら−−なんで銃向けるのよ」
「いえね、生かしておくとこの先ずっとぼくの邪魔し続けそうで−−で、どうしてきみも銃持ってるんです」
「その曲がった根性知ってるからよ」
「お互い様ですよね」
良一は二人を見比べて言う。
「まあこれで一件落着だね」
「そうでもなかろう」とは、彼以外の総意。
ペーチャとファニー、まだまだもめそうである。