●リプレイ本文
「留まれぃ! レオポール・アマブル!!」
メルセス・アン(
gc6380)は、なんとかレオポールに追いつき、その首根っこを引きとどめ、致命的な一言を漏らす。
「父御殿に”レオポールは依頼を受けたにも関わらず敵前逃亡しました”と伝えるぞ?」
レオポールの急ブレーキがかかったところに、なお止め。携帯電話をかざす。
「父御殿の番号はすでに控えてある。ワンプッシュで繋がってしまうがよろしいか?」
コリーは両目からじょおおと、滝のような涙を流す。
「何でお前そんな勝手なことすんだよおおお」
「勝手ではない、たわけ。大体戦わずして逃亡とは何事だ。人として男として犬として恥を知れ」
「だってしょうがねーじゃん、オレがいなくてもなんとかなるよお」
そこに追いついてきたエヴァ・アグレル(
gc7155)が異議を唱える。
「あら、敵前逃亡は重罪よ? 隊の規律を守る為に重い刑も珍しくないと聞くわ」
え、そうなの。
言わんばかりにコリーの耳が立った。
どこまでも傭兵として自覚の薄い男だ。
そこに渇を入れるため、アンも銃殺ものだと言って脅かしてやった。
化け物キメラも怖いがそっちも怖い。ピスピス鼻から情けない音を出し始めた犬男を、エヴァは宥める意味合いもあって、いい子いい子と撫でる。
「なので、重罪のわんこのおじさんは、代わりにもふもふの刑に処すわ♪ うふふ」
撫でるといい手触りなので、なおモフるモフる。
そうされながらレオポールは、彼女を負ぶって嫌々山道を引き返して行くこととなった。
「さて、覚悟を決めよ、付き合ってもらうぞ」
かく言うアンに先導されて。
旅館まで帰ってくると、エイミー・H・メイヤー(
gb5994)と天宮(
gb4665)から、それはもう冷たい視線を向けられた。特に天宮からは、ライフルを突き付けられる始末である。
「まったくなっていませんよ。恐ろしいとはこういう事です。今度逃げ出したらあなたの鼻キメラより先に吹っ飛ばしますからそのつもりで」
レオポール完全に尻尾を巻きしくしくやりだす。
エイミーの視線がますます軽蔑に傾いて行く一方、エヴァとクリスティン・ノール(
gc6632)は彼をモフりまくっていた。
「駄目よ天宮、おじさんをいじめたら。わんこなんだから褒めて伸ばさないと」
「そうですの! エヴァねーさまの言うとおりですの! もふもふですの! コリーさんですの、可愛いですの!」
ティム=シルフィリア(
gc6971)も脇から、こそっと尻尾を引っ張ってみたりしている。
こやつ、どうも子供層からは評価が高いらしい。
蕾霧(
gc7044)はそう見る。自分はこんな男に全く興味は持てないがと思いながら。
「‥‥なんにしても話を聞く限り、ホラーなら怖がると思っているらしいな、敵は。浅はかなものだが、犠牲者が出ている以上笑いも出来ん」
彼女の恋人である紅苑(
gc7057)は、物憂げに答えた。
「‥‥同じ人間が一番怖いのではありません、恐怖する己こそが一番怖いのですよ」
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まだ日が落ちていないうちに、傭兵一同戦闘準備。
まずロビーにあったパンフレットを読み、館内の様子を把握する。そして組分け。
白いワンピースキメラ対応班長となった天宮は、同班となったティム、紅苑、蕾霧に、水道の元栓を締めておくことと、溜まり水を可能な限り抜いておくことを提案した。
「報告によると、被害者を引きずり込んで溺死させたということです。なので、なるべくそういった活動の場を与えないように、先手を打っておきたい」
妥当な意見。
手分けしてまず各バスルームの栓を抜きに回る。
ところでティムは実のとこ、この任務に怖がっていた。
(肝試しというには時期が早すぎぬか)
だから普段なら気にならない所が目についてくる。
天井の染みとか床柱の上にかかっているお面とか、棚の上にある日本人形とか。
いやいやそんなもの関係ない敵はキメラだ。
頭を切り替え彼女は、バスルームに入る。
が、栓を抜いたのに水が減らない。
入浴剤が入って濁っているので下は見えず。
「どうも詰まっておるのか」
袖まくりをし手探りで、栓のところを探ってみる。
くしゃくしゃしたものがあった。
これか、と彼女は勢いつけて引っ張る。
勢いよく排水が始まる。
やれやれと思い、さて何だったかと掴んだものに目をやる。
長い髪の毛と爪の剥がれたのが絡み合って出来た、
塊。
彼女は絶叫し、それをバスルームの壁に叩きつけた。
大声を聞き付けて仲間が飛んできた。説明を聞いて、天宮がすぐ膝を打つ。
「あ、そういえばここが警官の殺されたところだったそうです。多分その痕跡でしょう」
「早く言ってよそういうことは!」
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すでにあちこち切りつけられ傷だらけになっている1階ロビーでは、アンを筆頭に片付けが行われていた。
「聞けば聞くほど、ジェィソ●だな‥‥面白い、一度相対してみたいと思っていた」
ホッケー仮面キメラ対策である。広い空間に誘導して殲滅を、という計画なのだ。
そこに、2階から絹を裂くような悲鳴。
アン隊長が身構える前に、レオポールは彼女の後ろ――正確には彼女の後ろの机の下に潜りこんでいた。
そしてエイミーから尻を蹴られた。
「大の男がレディの影に隠れるなど、情けない」
彼女は手厳しい。ホッケー仮面対応班唯一の男として、お前が確認に行けと要求する。
彼にとって幸いにも、紅苑が蕾霧と連れ立ち、事情説明をしに降りてきてくれた。
一通り話を聞き、舞台がいよいよホラー染みてきたと誰しもが思った。
「どうも電気もつかないしね。本物のホラーハウス‥‥というかホラーホテル? 楽しみだ」
しかしエイミーはなんだか、一段とやる気が出てくる。
「ふふ、ホラー映画の中みたいね♪ ワクワクしない? クリス」
「はい、エヴァねーさま。クリスもワクワクするですの。ちょっぴり怖いけど、そこがドキドキなのですの」
エヴァ、クリスティンのコンビも同様である。
そのことを踏まえてアンは、まだ机の下に丸まっているレオポールに言ってやった。
「見よ、レオ。うら若い娘たちでさえああやってやる気を出している。お主も少しは奮起せい」
そしてロビーの壁にかかっていた花の油彩画を取り外しかけ、動きを止める。
額の後ろの壁に、正体不明のお札が隙間なくびっしり貼ってあるのが見えた。
「あれ、メルセスさま、外さないんですの、それ」
「ああ、うん、別にいっかなーって思ってな。ほら、そんなに高く無さそうな絵だし」
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旅館は人里離れているため、日が暮れると一気に静まり返る。
電気がついていればまだよかったのだが、配電盤はキメラによって壊されていたのだ。
ホッケー仮面班と白いワンピース班は手分けして、早速旅館内を動き回る。
「レオ、お主の鼻で相手の居場所は判らんか?」
「無理だろ。相手の匂い知らねえし」
ランタンの明かりも懐中電灯の明かりも、夜を払うに心もとない。
自分たちの立てる息の音や廊下をきしませる足音がやけに大きく聞こえてくる。
「ホッケー仮面さんー! どこーですのー!!」
そこにいきなりクリスティンが叫んだので、小心者のレオポールはあやうく倒れるところだった。
「やめろクリス呼んでどうすんだよ!」
取り乱す彼にエイミーは、冷ややかな眼差しを浴びせる。
「むしろ呼ばないでどうする」
彼女とエヴァとの暗視スコープも頼りに、皆は部屋の探索を続けた。
扉の前に立たず横から開き、黙視、潜入、電撃でのクリアリングを繰り返す。
誰もいない客室が一瞬明るくなって、またすぐ闇に沈む。
3つ目の部屋に差しかかったとき、レオポールが急に止まった。
逃げ腰満載な様子である。
逃がさないよう尻尾だけは掴んでいるアンが聞く。
「何か異常があるのか」
「いや‥‥なんかすげえ息遣いが‥‥近づいてくんぞ、外から」
外。
一同窓に向かって身構えた。
彼女らの耳にも、深まる静けさに反比例した荒い息音が聞こえてきた。
続いて。
ドンッ! バンッ!
鈍い光を放つ刃先が、壁を突き破り始める。
白いホッケーマスクが腕で板を剥がし、無理矢理体をよじ入れ、斧を振り回し襲いかかってきた。
照明器具に頭をぶち当て壊し、割れたガラスを浴びつつ。
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バスルームは水を抜いたので、残るは共同浴場と庭の池。
白いワンピースキメラ部隊はまず、屋内から捜索に向かう。
大浴場は近場から引いている源泉かけ流しである。
いつもならのんびり楽しめるだろう浴場も、こんな場合不気味に見える。
「蕾霧、大丈夫ですか?」
「ああ。足元が滑りやすいからな、紅苑も注意してくれ」
積まれたタライや腰掛けの後ろ側もくまなく捜した。不意打ちを最大限警戒しながら。
「陸上にはいませんね‥‥となると」
AUKVのライトで周囲を照らしつつ、天宮は言った。
アナライザー越しの視線が向いているのは、湯船。
「水中を確かめてみるしかないようで」
紅苑がまず先に、大きな湯船に接近した。
その後から蕾霧、天宮、ティムの順で行く。
「そういえば天宮殿、キメラは水中呼吸が出来るのかの」
「いや、それは難しいと思います。人型に作ってあったそうですから」
直に見られれば、もっと詳しく分かるだろうが。
付け加える天宮の言葉に、蕾霧はふと思う。
白いワンピースキメラの容姿、聞いた限りではなんとなく紅苑に似ているようなと。
「なんです、蕾霧。人の顔をじろじろと」
「い、いや、別に」
そこで、紅苑の無線に急遽連絡が入ってくる。
「――ホッケーキメラ発見したそうです。今からロビーに誘導すると」
彼女の報告を聞き終わる前に天宮は、ただならぬ気配を察し、天井を向いた。
ぶら下がって逆さまになっている、髪の長い女。
「いた!」
叫びに、全員上を向く。
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「動きが遅い‥‥!」
アンはガトリングシールドで、斧への防御を行った。
エヴァも魂鎮にて牽制する。
しかし殺人狂はひるまない、着実に歩み寄ってくる。
「ぼわあああああ」
奇声を発して襲ってくる相手をいなしつ避けつつ、一同はロビーに誘導した。
難しいことは一つもない。向こうが切り刻みにどこまでも追いかけてくるからである。
走りながら、クリスティンが無線報告する。
「ワンピース班もキメラ発見したそうですの!」
彼女らは開けた場所にたどり着くや、早速反転攻勢に出た。
エイミーは重い斧の一撃を蛍火とリアトリスの交差で受け止め、巨体を蹴って距離を取る。
「出演日間違えてますよ、ジ●イソンさん、今日は13日の金曜日ではありません」
大男は無論その程度では倒れもせず、再度接近してくる。
「クリス、正面は任せるわ」
「分かったわ、エヴァねーさま!」
クリスティンは勢いをつけソニックブームを放ち、正面からワルキューレで切り込む。肩から袈裟がけに。
エヴァは連携し、背後から相手の足元を狙う。
キメラは体から血を吹かせ、よろついた。
アンが叫ぶ。
「全員そいつから離れろ!‥‥掃射するぞっ!」
暗がりに火花交じりの銃声がとどろく。
巨体はまともにそれらを食らい、壁際にズルズル崩れる。
だけれど、断固として再起動した。
「‥‥化け‥‥物め‥‥」
息を荒くし舌打ちするアン。
「わああ、来るな来るな来るな!」
死んだかと思い近寄ってしまったレオポールが逃げ回る。
彼が隠れたカウンターの上に斧が落ちる。
それが深く食い込み抜けなくなった。
好機。
エイミーの口元が吊り上がる。
「獲物に反対に狩られるご気分はいかが?」
彼女は脇腹目がけ刃を走らせた。クリスティンもまた。
臓物がはみ出す。
エヴァはその背後から、軽やかに大鎌シュトレンを振り降ろす。
「ふふ、楽しい舞台だったわ。でも、もう幕引きね。バイバイ、殺人鬼さん」
重い重い音がして、大きな頭が転がり落ちた。
アンは近くにいたレオポールの肩を叩く。
「これは父御殿にも自慢出来る大戦果だな、レオ!」
途端に彼はバタンと倒れた。
気が抜けて、気絶したもようだ。
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人型キメラは猿みたいな動きで飛び降りてきた。湯船の一番近くにいた紅苑を突き落とし、自分も潜った。
溺死させる算段らしい。
だが、紅苑も負けてはいない。
水中に没した瞬間ナイフを抜き相手の体を突き刺し引き離し、水面に顔を出す。
その目と鼻の先に銃口。
半眼を向けると、間を置いて焦った声。
「むっ‥‥ああ、紅苑か‥‥べ、別に見間違えた訳ではないからなっ」
蕾霧は何を差し置いてもまず恋人を引き上げた。
逃すものかと彼女にすがるワンピースの顔面目がけ、ティムが旋刃棍での打撃を加えた。
「ケエエエエエ!」
顔を血だらけにしたキメラが身を乗り出す。
迫力に加え水へ引き込まれそうになったので、ティムは飛びすさった。
天宮が代わって相手の髪を掴み、なお外に引きずり出そうと試みる。
相手はそのことに気づき、天宮の首を締め手を放させようとしたが、投げ飛ばされた。
立ち上がり逃げ出そうとする。
「行かせるか!」
紅苑は相手の前に回り込む。盾を構え絡み付かれないようにし、一閃を加えた。
「紅苑、援護する!」
キメラは弾丸に貫かれながら、また水に入ろうとする。
天宮がプルートにより、その背を切り裂いた。
耳障りな声を上げ、そいつは湯船に落ちる。
そこに再度打ち込まれる弾丸。
「キメラごときに、紅苑を傷つけさせるものかっ!」
泡と沈黙。
ほどなく死体が浮かんできた。
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夜が明ける。
任務完了を連絡したので、関係者と清掃業者がおっつけ来る手筈。
天宮は手伝いをして帰ろうと、旅館の掃除用具を引っ張り出している。
「蕾霧‥‥私を見て驚きませんでしたか? 次は、そんな事が無いようにです」
「あ、あれはだな‥‥つい‥‥す、すまん‥‥何でもするから、許してくれぬか‥‥?」
何やらもめている紅苑と蕾霧。
「ふふ、ヘタレも毛皮も愛嬌だけれど、依頼内容は確り確認しないと駄目よ?」
レオポールはへばったままクリスティンとエヴァから激しくモフられ、エイミーから起きろとつつかれている。
「は、はは、別に怖くも何ともなかったのう!」
虚勢だと表情から察せられるティムは、心から安堵した様子。
そこに大型車の音。ほどなく旅館から頼まれた清掃業者らが入ってきて、彼らに挨拶。
「お疲れさまです。この度は大変でしたね」
「いや、大した事もない」
それにはアンが真面目くさって応対した。
「いや、ご謙遜を。何しろ相当強いキメラだったそうで。13人おられるとはいっても大変だったでしょう」
「‥‥我々9人だが?」
「? あ、ああ申し訳ない。確かにそちらの警官お2方は傭兵と違いますね。それにアベックの方も、武器を持っておられませんし」
でも
確かに皆様13人
おられますよ
ね