●リプレイ本文
宵藍(
gb4961)が現場に着いてみると、報告通りの巨大ハマグリが浜辺に転がっていた。
本当はちょっとずつ動いているのだが、飛び抜けてスローモーなので動いてないように見える。
物珍しさに集まってきているやじ馬たちを触手で捕獲しようとしているが、あまりに遅すぎて簡単に避けられている。
子供にさえも避けられている。
「‥‥全く捕食出来ないキメラって、キメラとしての威厳はどうよ?」
宵藍から感想を求められた春夏冬 晶(
gc3526)は、やる気満々絶好調。
「ハッ‥‥歴戦の傭兵相手にバグアもバカな物を作ったよな。今回も圧勝だぜ!!」
それは対戦相手であるハマグリンがすこぶる弱そうだから。他の理由は見当たらない。
彼のハートは本日も小者全開だ。
「‥‥俺に、任せな!」
眉をキリリ歯もキラリ。隣の宇加美 煉(
gc6845)へ親指を立てて見せる。
(よく考えたらここ、海なんですよねぇ。後でバハムートを洗わないと‥‥)
しかし愛機の事後処理について考えブルーになっていた彼女から、かんばしい反応は返ってこなかった。
さて一方、海を前にはしゃいでいるものもいる。
「わぁ‥‥! 御姉様っ、見て見て、大きいっ」
祝部 陽依(
gc7152)。
彼女の目からすると今回のキメラ、キメラというより少し大きくてちょっと暴れん坊な食材になる生き物でしかない。
「あら、これは美味しそうな珍客ね」
陽依の大事な御姉様、月臣 朔羅(
gc7151)もほぼ同様な意見。
あれは触手の生えた大ハマグリ。それ以外の何物でもない。
よって捕獲すべし。切るべし焼くべし茹でるべし。場合によって蒸してもいいかもしれない。
「陽依、あれが今回の討伐目標よ。早く倒して、食べちゃいましょう?」
「わっかりましたっ。今回も頑張r‥‥」
ところで御姉様は今回実に露出が多い。
強い日差しに照らされたそのまぶしい素肌、多感な少女の目の毒だ。
「ふふ‥‥どうしたのかしら。顔が赤いわよ?」
林檎のような頬っぺたを、朔羅がちょんと指でつつく。
「ぃ、いえ‥‥が、頑張りましょうっ!」
陽依はますます赤くなり、そして一段と気合が入ったもようである。
食の求道者である最上 憐(
gb0002)は、かような雑念に煩わされることもなく、研ぎ澄まされた心眼でハマグリンの殻を貫通、プリプリの新鮮な貝肉を見ている。
「‥‥ん。食べ応えの。ありそうな。貝。楽しみだね」
「ハマグリハマグリっ♪ やっぱ食べないと損だよねっ! バーベキュー楽しみだよね、翠」
リコリス・ベイヤール(
gc7049)もまた、ハマグリンの中身に期待するところが多い。
麦藁帽子ワンピースの下に水着、そして両手に漫画肉。
ひと足早く初夏を満喫する準備は出来ている。
「ええ、早く片付けてお食事しましょう。それにしても、本当に今日はいいお天気。泳げそうなくらい」
かく言う楠木 翠(
gb5708)もまたワンピース姿。
食材と調理器具を入れたクーラーボックスを傍らに、海辺を恋人と楽しむ準備は万端。
後はハマグリンをやっつけてしまえばいいだけ。
その準備として宵藍と憐が、やじ馬を追い払いにかかる。
「おーい、一応キメラだし、興味本位で近づくんじゃないぞー? 言う事聞かない奴、ビール奢らせるからなー! ‥‥何ぃ、馬鹿野郎、俺は未成年じゃねーよ!」
「‥‥ん。近付くと。食べられちゃうので。避難してね? しないと噛むよ。私が」
●
「まぁ‥‥気を取り直して食材確保‥‥」
もとい、キメラ退治。
煉は意識を入れ替え、万が一にもの逃走を阻止するべく、ハマグリンと海との間に立ちはだかった。
「意外と貝は水中に入ると動きが速かった気がするのです」
テレビの自然番組で、二枚貝が泳ぐ姿を見た記憶がある。
それがハマグリだったかどうか定かでないが、注意しておくにこしたことはないだろう。
にしても結構足元に泥が跳ねてしまった。
これも後できれいに落としておかなければならないかなあと考えると、また少しアンニュイになる。
ゴム草履でもよかったんじゃ、とか。
憐から軽々飛び乗られてしまうハマグリンの、鈍さを前にするにつけ。
「‥‥ん。準備。おっけー? 砂に足を。取られないように。用心。援護は任せて」
殻の上から仲間を見下ろす少女には、差し当たって危険がない。
なぜって触手に捕まえられないから。
一応ハマグリンも彼女の存在は意識し、くにゃくにゃ下から手を伸ばしているのだが、いかんせん届かない。
いっぱいに延ばしても無理。
ここでハマグリン考えた。
こう見えて普通の貝より頭がいいのである。
口を大きく開いて、上に引っ掛かっているものを下に落とそうと試みる。
「‥‥おとと」
しかしこれはうまくないやり方。
憐を振り落とせない上、陽依にたやすく侵入する機会を与えてしまうもととなった。
人肉が自分から口へ飛び込んできただけなら大歓迎なのだが。
「おとなしくっ」
それが「タウロス」で身に打撃を加えつつ、
「食べられてよ!」
上の殻を持ち上げてきたとあっては問題外だ。
「おっと、俺も忘れてもらっちゃ困るぜ! お前の顎を外してやんよ!」
晶も入ってきて、「エリュマントス」で拳を入れてくる。
ハマグリン、外殻はまだしも中身を直に攻撃されると、やっぱり響く。
「美味しそうな貝柱‥‥いただくわ!」
陽依と組んでいる朔羅が、大包丁「黒鷹」で大事な貝柱をこそぎ始めたとくれば、一刻の猶予もならず。
ハマグリン全力で殻を閉じにかかる。
そうくると結構侮れない。
このキメラ動きは遅いが、パワーがないわけではないのだ。
「フッ、2人なら楽しょ‥‥っておい、なんか力が強いんですけどぉぉぉ‥‥ねえちょっ、誰か手伝って、なんか変なのがからんでくるし!」
晶から、早くも悲鳴が上がりだした。
貝の上からそれを眺めて、憐一言。
「‥‥ん。触手まみれなのに。嬉しそう? 危なくなったら。教えてね?」
「いや今こそ危険が危ないんだっていてててて! こなくそ‥‥傭兵を舐めるんじゃねえって、いてえわ! 千切れるわボケ!」
「‥‥ん。うん。世の中には。色々な人が。居るね。触手好きな。人とか」
憐は生暖かく見ているだけだったが、貝の外にいる宵藍は同じ男として、晶に同情的な眼差しを送る。
まずいところを掴まれる痛みは実感出来て余りあるものだったもので。
「ぁ、うぅ‥‥変な所触らないで‥‥!」
女性の場合掴むところがないので、かほどの苦痛はなさそうなのだが、それもそれでまあ問題なのだろう。
朔羅が憤慨してきたからには。
「陽依には、触れさせない‥‥!」
即刻貝柱の肉削ぎ取りを中断、陽依の救援へ向かう。
背後からの攻撃がなくなったので、ハマグリンは少し勢いづき、朔羅もまた引き込んでやろうと試みる。
が。
「‥‥っ‥‥御姉様に、何するのさぁっ」
陽依が急に触手を噛んできたので、ひるむ。
さらに直後もっと大変な事態に見舞われることとなる。
それはそう、リコリスによる人魚姫作戦の発動。
彼女はまず両手にした漫画肉を天高く掲げ、片足を上げた。
これが正当な構えの姿勢――さっき考えた――その名も「荒ぶるお肉のポーズ」。
そこから人間業ではない(能力者として妥当な)速度でハマグリンまで一気に駆け寄り、宙へ舞う。
恋人翠が見守る前で万有引力を利用し、両手のお肉を貝の上から叩きつける。
「じゃすと・みーとっ!」
と叫びながら。
以上が人魚姫作戦の全容。
どのへんが人魚姫なのかという突っ込みはこの際考えないでいただきたい。
とまれ、この攻撃には重大な欠陥があった。
周辺の人間はともかく挟まれている人間が、とばっちりから逃げられないのである。
殻は上部が凹み、口が閉じかけた。
それから数秒間を置いて、劇的に上蓋が跳ね上がる。
「どっせーい!」
貝自身と内部の陽依からもたらされた反発力で。
晶は何もしていない。
ハマグリンが閉じると共に悪いところが挟まれ、確実な戦闘不能に陥ってしまったもので。
憐はリコリスが落下して来ると同時に、すでに脇へ飛び降りている。
かくして作戦遂行者だけが開いた反動で飛ばされ、泥砂へ顔面ダイブ。
「だっ、大丈夫ですか!?」
大急ぎで翠は彼女に駆け寄り、抱き起こし、貝を睨みつける。
「あなた‥‥そんなことをして無事でいられると思っているんですか?」
それは言い掛かりというものじゃないだろうか。
そう言えたらよかったけど、残念にもハマグリン喋れない。
気絶している晶を引っ張り出してやった宵藍は、まだ中にいる陽依へ注意を払いつつ攻撃を行った。
貝の下側へ、「月詠」にて打撃を加える。
なかなか堅い殻であったが、SES武器の威力もまた手堅い。明らかにひびが入った。
「煮えてしまうが良いのです‥‥食べやすいくらいにぃ」
煉も白鴉で、本格的な電磁攻撃を始める。
気のせいか貝肉がいい匂いを放ち始めた。
「さぁ朔羅さん、今のうちに黄金の貝柱をぉ」
「ありがとう煉さん。それでは」
貝柱攻撃再開。
宵藍がひびを入れたところへ、翠がガンガン「スコル」での蹴りを入れている。
ますますハマグリンピンチ。
口は閉じられないのだがそれでもなんとか地中に避難出来ないかと、体を右左に揺すり始めた。
それを見越して今度は憐が、「ハーメルン」を構える
「‥‥ん。往生際が。悪いよ」
煉もまた、「白鴉」を「煙管刀」に持ち替え、共同で潜行阻止攻撃を行う。
「まるっとスリっとゴリっとエブリシングお見通しなのですよぉ」
二人によって貝は大きく揺るがされ、横倒しにされる。
ますます収拾つかない姿勢だ。
朔羅から歓声が上がった。
「かいばしらをぬすんだ! ‥‥と言った所かしら?」
ハマグリンは、とうとう蓋が閉まらなくなった。
こうなると文字通り手も足も出ない。
まだ触手はあるのだが、しかしそれだけでは。
「次は、このおいたをする触手ね‥‥ゲソみたいな味でもするのかしら?」
「私の装甲なら耐えられるはずなのです‥‥胸の話ではないですよぉ?」
「‥‥ん。味見しようか? するよ? カラダが勝手に。味見を。きっと。コレはバグアの仕業」
じりじり迫ってくる捕食者軍団に対して、あまりに無力。
キメラ生物ハマグリン。享年1週間とちょっと。
合掌。
●
解体したハマグリン調理は朔羅任せ。
「‥‥ん。海の。家で。水分補給。カレーを。飲んで来る。ついでに。ちょっと。おやつ」
さっさか海の家に向かった憐は、飲み物のカレー含め莫大な量の食物で小腹を満たした。
それから大腹を満たすため、獲物を狩りに出掛ける。大きな網を持って。
後に引き続いて、陽依もまた浜に出て行く。
「それじゃ私、食べるモノ取って来ますねー?」
シュノーケルを持って、バケツを持って。
「ええ、宜しく。たくさん取ってきてね?」
と言う朔羅に手を振って。
宵藍は早くもバーベキュー。
タバスコをまぶした鶏肉、中華から洋風まで取り揃えた餃子、揚げ豆腐、納豆巾着、そしてタマネギだのピーマンだのキャベツだの。
どれもさっき憐から試食されてしまったが、とにかく自分の食べる分は残っているから文句は言うまい。
「いやー、6月だってのに暑いな。もう夏みたいだ。ビールがうまいっ」
タオルで汗をふき、冷えた缶をキュッとやる。
「ところで大丈夫か、晶」
同じくビールを口にしている晶は、彼の質問に威勢よく応じる。
「ああ、なんてことなかったぜ。やはり俺たちの敵ではなかったな」
彼が股間に挟んだ氷嚢は、すでに溶けてしまっていた。
でも取り替えようとしないのだから、確かにダメージは収まったものと見える。
「ま、折角のバーベキューだしな。祝部みてぇに俺もなんか皆に取ってきてやらあ」
「おー、気をつけてな」
翠とリコリスもまたバーベキューをしている。
作るのは翠、食べるのはリコリス。
傍らには、氷水のバケツで冷やされたスポーツドリンク2本。
「本当ならオーブン等を使うので上手く出来るかわかりませんけど、作ってみましたの。鮭のホイル包み焼き」
鉄板の上、開かれた銀色の包みから立ちのぼるのは、バターのほどよく焦げた香り。
姿を見せるのはシメジともやしに囲まれた鮭。
それとは別に、ピーマンの肉詰めもある。
「はい、あーん♪」
リコリスはピーマンが苦手だけれど、今日のはいかにも美味しそうだったので、素直に食べた。
「あーん♪ じゃ、次は私からっ」
「ふふ、今日は楽しかったですね」
「本当だね‥‥えいっ」
「きゃっ。ふふ、残念でした」
バケツの水をかけられた翠のワンピースの下から、水着が姿を現した。
横目にしている宵藍は、汗を拭く手を早める。
「なーんだ。翠も着てきたの。じゃあ濡れついでに泳ぎに行こっ。今日なら寒くないはずだし」
2人はそのまま海辺へ走って行く。
宵藍はため息をつく。実に単純ながら羨ましいとか思ってしまって。
海の家の水道を借りAU−KVの粗洗浄をしていた煉が戻ってきた。
彼に頼んでバーベキュー台の片隅で作ってもらっている、ハマグリンの甘辛煮を覗き込みに。
「上手に煮えましたぁ‥‥でしょうかぁ?」
ご飯にあいそうな匂いがしてきた。
宵藍は少し考えて、彼女に言う。
「‥‥折角だから俺もハマグリ食べてみるわ」
そうこうしていると、食材を手に入れた陽依と憐とが、朔羅のもとへ戻ってきた。
「御姉様、シジミが一杯取れました。後すごいんですよ、岩場にたくさんエビがいて。後カニも」
「‥‥ん。ナマコとか。取れたよ。大きくて。ピチピチで。新鮮」
ナマコは別として、ひとまず貝、エビ、カニは調理しやすい。
貝柱はソテーに、それ以外は塩焼き、バター焼き、あっさり茹でてタレなどつけて食べてもよろしい。
「どう? 美味しいかしら」
あーんと食べさせてもらった陽依は、満面でにっこり。
「流石御姉様、美味しいですっ。あ、私からも‥‥良いですか? その、あーんを」
「あら。じゃあ、お願いしようかしら」
朔羅からの快諾を貰い、陽依は更ににっこり。お箸で貝肉のバター焼きを摘まみ、相手の口へ。
「ん‥‥ふふ、何時になく美味しいわ」
そんな両者の親密模様を横に、憐は茹で貝肉を堪能。タレは醤油で。
はるか沖合を眺めれば、離岸流にさらわれ小さな点になりかけている晶が叫んでいた。
「‥‥誰かヘェェェルプ!」
直後彼は猛然と泳ぎ出す。後ろから三角形の背鰭が追いかけて来たので。
憐は楽しみに待つことにした。
晶が鮫を引き連れつつ、自力で陸への帰還を果たすのを。
「‥‥ん。鮫は。フカヒレ。湯ざらし。かまぼこ。の。原料‥‥」