●リプレイ本文
玄関先から早くも劣勢なレオポール。
一応佐々木優介(
ga4478)も同行してくれているのだが、燃えるパンダの眼差しから目をそらし尻尾を巻いて、完全に負け犬状態。
涙目になり、そろっと妻メリーの後方へ移動した。
途端にパンダから唸られたので、反射的に下駄箱の陰へ身を隠す。
そうすると怒鳴られた。
「何をコソコソしとるか!」
「い、いいえ、なんでもないですはい! ただとてもすてきな下駄箱だと思いまして!」
今そこにある危機を相手に窮するレオポール。
優介は、舅に早く贈り物を見せるよう勧めた。
勇気を振り絞った婿は、とても腰が引けた具合で例のブツを出す。
「あの、その、これメリーが作ったんですがミンクなんですが帽子と膝掛けと膝掛けと帽子と膝掛けと」
冷や汗をだらだら流し噛みまくっている。
これはいかん。
優介は脇から援護してやった。
「エドワードさん、今回レオポールさんはかなり努力されたんです。全長5メートルのミンクキメラを10匹も相手にしてこの通り毛皮を持って帰って来られまして」
5メートルの長さはあったが、幅は普通のミンク。
10匹いたけど、レオポールが相手したのは1匹。
そんな事実をいかに糊塗するかに、優介は営業トークスキルの全力を注ぐ。
そうしている所、玄関の奥から男が出てきた。
年頃、雰囲気、なんとなしエドワードと似ている。
「エドワードさん、どうしました?」
クライブ=ハーグマン(
ga8022)だ。
同じ依頼を受けたエドワードと戦地で意気投合した彼は、本日食事に誘われていたのである。
客室から出てきて目に入ったのは、花束を持った女性と、セールスマン風の男と――下駄箱の後ろでぶるぶるしている大きなコリー男。
最後のが能力者だとは一目で分かったが、素性がいまいち掴めない。
「おや、あれは御子息‥‥ですかな?」
ひとまずそうと聞いてみた。見知らぬ人間をああまで怒鳴ることもないはずだからと。
そうしたら、全力で否定された。
「いいや、違いますぞ、それだけは違いますぞ! こちらは確かにわしの娘ですがな、あいつは赤の他人です!」
パンダの鼻の穴が広がり、余計蒸気が吹き出される。
「まあお父さん、興奮すると体によくないわ。血圧も高いんだし‥‥レオポールも怖がってしまうわ。ところでそちらのお方は、ええと、どちら様でしょうか」
女性の方はのんびりしているが、男の方は一層脅えてキュンキュン鳴いていた。
なるほどこういう性格の息子は、エドワード氏から出て来そうもない。
思いながらクライブは、メリーに自己紹介をした。
「ああ、クライブ=ハーグマン退役大尉です、いやあ、エドワード氏とは、同じく軍隊上がりということで、意気投合してしまいましてな」
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あのおじさんにこんなかわいい子供たちがいるとは知らなかった。
思いながら、同行者その1であるエヴァ・アグレル(
gc7155)は言った。
「そうね。わんこおじさんの顔といったら、わんこしか記憶にないわ」
「‥‥だよね。そうなるよね。家でも覚醒し続けなんだから、仕事中なんか更にだよね‥‥」
レオンの憂い顔に、同行者その2である楊 雪花(
gc7252)が首を傾げる。
「しかし、なんにもないのに覚醒して得する事てあるカ?」
「ないと思う。けど、パパにしてみたら一応意味はあるというか‥‥反射行動の一種だと思うんだよ。とにかく感情が高ぶるとああなっちゃうみたい。怒っても泣いても笑ってもすぐ犬化しちゃうんだよね」
ポールとポーレットは兄に続き連呼した。
「ぱぱ、わんこ」
「ぱぱわんこ」
(パパ、か‥‥)
エヴァは心中呟いた。眩しそうに彼らを見て。
父親代わりと安心して思える人が傍にいなかった、己の境遇を思い起こす。
むろん、それを補ってあまりあるほど愛を注いでくれた人は回りにいた。
けれど、父親という存在が少しだけ羨ましい。
「なるほド。しかしそうすると家中毛が抜けて大変でないかナ」
「うん。だからうちはコロコロが必需品なんだ」
話を耳にするにつけ、同行者その3である門鞍将司(
ga4266)は、撮影が難事だと感じる。
とはいえ、引き受けたからには何とかしたい。
「うーん、まずはぁ、エドワードさんをリラックスさせましょうかぁ。お孫さん達にお会いすればぁ、自然と和むと思うんですよぉ。そうするとレオポールさんもぉ、覚醒がとけるかなぁと。家族写真という形にすればぁ、なんとかいけるのではないでしょうかぁ」
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フラットカットにした葉巻を味わうクライブが、ゆっくり言葉をつむぐ。
ざっと事情を説明してくれたメリーに向けて。
「そういえば、今日は父の日でしたな」
「ええ。そのための贈り物をと思いまして。お父さん、そういうことだからレオポールもお祝いに来たのよ。追い払わないであげてちょうだい」
「誰も追い払っておらん。そいつが勝手にビクビクしとるだけだ」
覚醒した上装填済みのロケットランチャーとマシンガンこっち向けて構えてる奴がどの口で言うんだコラ。
‥‥と思うだけで口には絶対出せないレオポールは、相手の見えないFFに阻まれ、近づくことすら出来ない。
そこにまたもや助け舟。今度は外から。
わいわいと物音が聞こえてきた。
「おや、にぎやかな声がしてきましたな、お孫さんですか?」
「うむ‥‥どうやらそのようで」
パンダ舅が緊張感を緩める。
ひとまず鼻からの蒸気は引っ込んだ。
「おっと、その格好で迎えては、驚かれてしまいますぞ、とりあえず、いつもの顔に戻られては?」
クライブからの勧めを受け、一旦歯も引っ込める。
ただ、パンダ姿はそのまま。
どうもレオポールがそこにいると、解く気になれないらしい。
孫たちが、同行者らと共に入ってくる。
「こんにちは、おじいさん」
「じいじ、ぱんだ」
「じーじ、ぱんだ」
「おお、来たのか。入れ入れ」
祖父は孫に甘い。一も二もなく自分の元に呼び寄せた。
しかし便乗してレオポールが上がろうかなという動きを見せると、鋭い牙がまた丸見えに。
不肖の婿急ぎバック。再度下駄箱の陰へ。
「相変わらずね、わんこのおじさん」
などエヴァから言われてしまう彼の肩を、雪花が力強く叩く。持参してきたボトルを見せて。
「パパさんそんな怯えることないヨ。お祖父さんもこのお酒を飲めば気が緩むハズ。ヤマタノオロチが酔うてパンダが酔わぬ道理は無いネ。酔い潰して眠らせれば怖いこと無いテ」
その合間に将司は、エドワードに手土産と挨拶を。
「はじめましてぇ。呉服屋『かどくら』店主の門鞍将司と申しますぅ。よろしくお願いしますねぇ。これはつまらないものですが、よろしかったらお収めください。うちのお店の御用達の和菓子屋で買った水羊羹ですぅ。ああそうそう、レオンくんたちにはね、こっちのお饅頭をぉ。残念ながら末っ子さんは赤ちゃんなので食べられませんけどぉ」
幸いエドワードは快く受け取ってくれた。甘いものが嫌いではなかったらしい。
孫にものをやっているのにも、好印象を持ったようだ。上がれと言い出す。
そこにエヴァが畳み掛けた。小さな双子に向けて。
「折角会いに来たのだもの 皆もおじさまと一緒に遊びたいわよね? パンダおじさまの似顔絵書きはどう?」
「おえかきー」
「じいじ、かくー」
おちびちゃんたちは乗り気だ。母親に、何か描くものがほしいとねだり出す。
この手、いけそうだ。
踏んだ彼女はエドワードに続けた。
「あ、おじさま。そんな雰囲気出してると怖い絵を書かれてしまうわよ? 笑って笑って」
かく言うエヴァ自身も子供である。厳しいお爺さんとしても、態度を軟化せざるを得ない。
もとより孫は可愛い。目を垂れさせて頭を撫でたくなるほど。
けれどああ、そんな姿でもヘタレ婿には大迫力。
大体全然武器を手放していないのだ。近づけない。
「やぱり怖い? 仕方ないナ、この薬で勇気出すヨ」
雪花から差し出されたあやしげな小瓶を、レオポール、しげしげ眺める。
「‥‥効くのか?」
「むろん効くネ。ささ、グイッといくグイっト。大丈夫怖くない怖くない、あれはただの無邪気なパンダネ。ホーラ勇気が湧いてきたキタ」
「‥‥おお、何かそんな気がしてきた! 今なら勝てそうな気がする! おいこらそこのデカパンダあ!」
耳と尻尾をびいんと立てたレオポールは、一瞬恐れを忘れてエドワードに向かって行った。
そして間髪入れない張り手で庭まで吹っ飛ばされた。
雪花は肩越しに一言。
「でも目は肉食獣だから直視しないデネ」
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「私の父は商売上手でぇ、ご近所付き合いも上手でしたぁ。肩を揉んであげると気持ちよさそうにしてましたねぇ。プレゼントは毎年肩たたき券でしたがぁ、喜んでくれましたぁ。今は早めの隠居生活でぇ、毎日楽しんでますぅ」
ずず、とお茶を啜りながら将司が言えば。
「父の日といえば、うちの息子も、小さい時は祝ってくれたもんですがね、まあ、大学に入ったあたりから、とんと減って、兵学校出て新人海軍士官になると忙しさから、軍に慣れてきたと思ったら、バグアの来襲でそんな暇もなくなった、あいつは今でもどこかの海で船の指揮をとっとるはずですが‥‥幸い、孫がおりますので、家の心配はありませんがね」
葉巻をくゆらせクライブが応える。
「そうですね。子供が大きくなってしまうと、集合写真どころか「同じ場所に居るのも嫌」とか言われたりする‥‥時期も、ありますから‥‥」
遠い空を見上げて優介が相槌を打てば。
「私も最近はあまり贈り物しないネー。でも思い出はたくさんヨ。ホームセンターで買った苗を育てて大きな葉っぱと丸こい実をパパにプレゼントしたヨ。雪花は偉いね凄いねてとても喜んで褒めてくれたネ。でも数日後にお巡りさんが家に来てパパ物凄く叱られてタ。なんでカナー?」
雪花が場の時を止めるエピソードを披露。
軒先にいる彼らは、かなり声を大きくして話をしている。
何故ならば。
「貴様、ちゃんと弾き飛ばさんか!」
パンダ舅が鉄パイプに詰めたロケット花火だのコリー婿に目がけて連射し、目の前を追いかけ回していたため。
それはもともと雪花が子供たちに教えていた遊びであったが、途中からエドワードが入り込み、急遽レオポールの度胸づけ訓練の場と相成った次第。
走り回るレオポール、時折石の下にかんしゃく玉を忍び込ませた簡易地雷や、爆竹のトラップにひっかかっている。
双子が騒がしさにキャッキャと喜んでいる。
赤ん坊はそれをものともせず寝ている。レオンがお饅頭を食べている側で。
舅の妻と娘が台所から出てきて、遊んでいる人々を呼び戻す。
「2人とも、お昼ご飯にしますよ」
「お父さん、レオポール、もうおしまいにしましょう」
その光景をエヴァは、スケッチブックに写していた。
生き生きした日常の切り取りを、幾つも。
(家族には‥‥色々な形があるわよね)
きっと、仲が悪いように見えてバランスが取れている。
まとまらないようであって、まとまっている。
(これも、幸せってものかしら)
「皆さんもどうぞご一緒に」
「あ、はーい」
スケッチブックを閉じ、彼女もまたお客として、ご相伴に与かるとする。
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優介は食事後、エドワードに提案した。
この家には飾るべき孫の写真がまだ少なそうなので、ちょうど全員集まったこの機会に、撮影会などどうだろうと。
「折角ですから、その帽子とひざ掛けをご使用になって、皆さんの家族集合写真など如何でしょう? 丁度レオン君がカメラを持ってくれていますので」
舅から一番離れたところにいるレオポールは、そわそわしながら聞いている。
彼としてはもうこの上、あんまり舅と接触したくないらしい。
レオンはその父に強く頼み込んだ。
「いいじゃないパパ。ついでだから撮っておこうよ。あんまりいいカメラじゃないけど、記念になると思うよ」
レオポールは相当渋っていたが、最終的に折れた。
息子ばかりでなく妻もそう言うのだし、雪花が自分の持ってきたカメラも使おうなんて申し出てきたし、おまけに娘からの贈り物が相当気に入ったか、エドワードが俄然やる気なのだ。
そんな次第でアマブル一家は祖父母と縁側に並ぶこととなった。
パンダ男は赤ん坊を膝の上、犬男は双子を左右に座らせ、その間にメリーが入る。
レオンはお祖母さんと一緒に前列だ。
「パンダさん歯を剥かなイ、パパさんは耳立てて尻尾延ばしてネ」
この写真は、雪花が撮った。
それがすんだ後、優介がレオンからカメラを借り、再度撮影。
「あ、エドワードさん? その姿では帽子と膝掛けのサイズが合いませんし、覚醒解除お願いします。レオポールさんも一人で覚醒しているのも何ですし、覚醒解除して下さいねー」
舅、婿、横目でちらりと相手の様子を眺め、人間の姿になる。
レオポールはどうも髪の毛のへんが犬の耳みたいになっていたが、とにかくどうにか、忘れられてそうな本来の姿を維持した。
「‥‥パパ、そんな顔だったんだね」
「何だ、どういう意味だレオン。いいから前向いてろ」
エヴァは離れたところからその様子を見つめ、おかしそうにしていた。
エドワード宅からお暇するとき彼女は、びくびく犬形態に戻っているレオポールをもふる。
「子供も、奥さんも、そして自分も大事に、ね?」
「? おお、そりゃまあ、全部大事だ」
「そ」
死んじゃ駄目よ、と心に付け加えて。
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こぞっての帰り道。
クライブが優介に語りかける。
「おや、その絵は?」
「ああ、レオンくんから似顔絵いただきまして‥‥いつもパパと仲良くしてくれてありがとう、ですって」
優介の手元には、彼の似顔絵を描いた画用紙が丸められている。
父ではないけど父の日の贈り物をもらったみたいで、少しうれしい。
「うーん、しかし見事な手ネ」
雪花は色紙をつらつら眺めて感嘆の声。
そこにはレオポールの舅エドワードの手形。
獣化した際のものなので、人間のときより大きく、指の輪郭もやや丸くなっている。
「あのう、雪花さん。それどうするんですかぁ?」
当然の疑問を将司がぶつけると、こんな答え。
「いや、お店の壁に飾ろうかト。この端にチョチョとそれらしくサイン書き込めば、横綱手形ぽく見えるのことヨ。かくして私のお店、有名人ご用達ネ」
「‥‥それっていわゆるでっちあげではぁ?」
「ノーノー。違うのことヨ。私自分では何も言わないヨ。見たお客様がそう思てくれるといいなあという純な願望ネ。それはそれとしてエヴァさん、スケチブクどしたネ?」
エヴァは言う。
「あ、置いてきちゃった」
悪戯っぽく微笑みながら。