●リプレイ本文
「しかしここは、暑いわね‥‥」
もはや下着といった格好をしているweiβ Hexe(
gc7498)の言う通りだと、ヴァイオン(
ga4174)は思った。
むっとした暑さが周囲に充満している。青空も見えない薄曇り。どんより発酵するような熱気。
これは既に起きてしまったことの後始末だ。
突き放して考え、呟く。
「‥‥家に隠さずにきちんと処理しておけばいいのに‥‥」
月城 紗夜(
gb6417)が、それに答えた。
「個人の殺人は処理が面倒だ。組織的だとコネクションでもみ消せるが」
彼女は刑事たちから最も離れた場所におり、彼らに向けてひどく苛立った眼差しを向けていた。
全身から滲み出ている殺気からするに、警察という存在に嫌悪の情を抱いているらしい。
エイミー・H・メイヤー(
gb5994)はその逆で、わくわくしている。ミステリ、サイコサスペンス、刑事小説が殊の外好きなので。
「殺人事件の現場か、刑事さんの捜査がこの目で見られるなんて」
一方春夏冬 晶(
gc3526)は、験かつぎのつもりかお払いのつもりか、持参した塩を四方八方ばらまいていた。
「よし、手前らもしっかり塩持ってきたんだろうなァァァ!」
語尾がいくぶん震えている。依頼内容に怯み気味なのは間違い無さそうだ。
楊 雪花(
gc7252)も神妙な面持ち。
「全くサイコ過ぎて反吐が出るよな事件だナ。塩だけではこの邪気を制し切れないヨ。雌鶏の血撒いてみてはどうだロ。いやそんな顔するコトないのコトヨ。あれは清浄なものネ。キョンシー避けに使うからナ。なら呪怨的なナニカにも思いは届‥‥あのカーテンに今人影ガ‥‥?」
「止めろよそういうの!」
東洋的心霊談義をよそに、キリル・シューキン(
gb2765)は頭上を見上げる。
電信柱にコリー犬。
ライフルを構え照準を合わせる。
「‥‥おい、そこの犬男。いつになったら降りてくるんだ。撃つぞ」
「撃つなあ! オレの家族が悲しむぞ!」
相手を思い止まらせるに効果が薄そうな台詞だ。
天羽 恵(
gc6280)は彼の台詞を逆手に取り、投降を呼びかける。警察からメガホンを借りて。
「レオポールさん、その愛する家族を残して殺され、誰にも発見されることなく、今もなお苦しんでいる人たちがあの家の中にいます。彼らを見つけてあげられるのは、レオポールさんだけなんです。降りてきてください」
犬男は少し間を置き、棒にしがみついたままちょっとだけ下方修正し、止まる。
これで降りたとしてほしいらしい。
相手に最初から期待してないweiβ、そして紗夜は放置気味だ。
「こんな暑いのに毛皮なんてよく羽織っていられるわね‥‥。あれ、本当に説得しなければいけないのかしら‥‥。時間がかかるなら、キメラと戦っておきたいわ」
「おい、そこの駄犬。キメラが逃げたら、方向を示すように」
「ああうんやるやる。ここでしっかりずっと見てるから大丈夫」
渡りに船と尻尾を振る犬。
やはり一発当ててやろうかなとキリルが試みかけたところ、恵からメガホンを譲り受けた雪花が制止した。ここは任せろと。
「やほーレオポールじゃないカ。いい加減降りてこないと困たことになるヨ? 娘婿がセミみたいに張り付いてると義父が知ったらどうなることやラ。ああ今にもこの手で電話しちゃいそウ」
「ぎゃあああ止めろおお!」
彼女がピポパと携帯電話をプッシュし終わる前に、レオポール落ちてきた。
そこにエイミーがやってきて、犬の弱点である長い鼻を叩く。
きゃんきゃん声を上げるところ、今し方自分の携帯で撮ったヘタレな撮影動画を見せる。般若顔で。
「よもや依頼を放棄するつもりはなかろうな? アマブル氏? ‥‥お義父様がこの姿を見たらなんと言われるだろうなぁ?」
それはもちろん半殺し。女房子供お召し上げ。
レオポールは滝の涙。
その首根っこを掴んで引きずりエイミーは、警察関係者に言った。親指を立てて。
「刑事さん達は待っててくれ。すぐに片付けるから」
●
キメラは敷地外での騒ぎには知らんぷり、相変わらず潜んでいる。
どうやら視覚はあまり発達していないらしい。
しかし聴覚――耳というのではなくても、空気の振動を感知する機能は存在しているもようだ。
「巣というのはあれか‥‥ふむ、ではちょっと撃ってみるとしよう」
証拠にキリルが発砲したとき、瞬時に顔を引っ込め巣に潜ってしまった。
巣の蓋は結構頑丈で、一発当たったくらいではびくともしない。
しばらくして次の動きがないと分かると、再度顔を出してくる。
「多分、撃ち方はこうで良いんだよな? ‥‥まぁ、良い、いくぜぇぇぇ!!」
恵から借りた銃で晶が乱射してくると(当たらないながらも)また巣に入り、音が止んだら出てくる。
動きからするに、知能はさほどない様子。
大体あの種のクモは巣の周囲にセンサーとなる糸を張り巡らせて、獲物が踏んだら襲いかかるという戦法を取るはず。
習性を利用しておびき出そうということに、一同話が決まった。
「安心しろ、飛び出した瞬間に吹っ飛ばすさ」
キリルの言葉を受けて向かうはヴァイオン。
「さて、蜘蛛に睨まれるのは趣味じゃないけど。鬼さんこちら、と」
使い慣れない銃では埒があかないと悟った晶。
「‥‥しょうがねぇ、年下の奴らだけに体を張らせる訳にはいかねぇよな!」
それから紗夜だ。
「‥‥」
彼女は「ザフィエル」を手首にくくりつけ門を開いた。
地面をよく観察すると巣の周辺、白い糸が網のように広がっている。
本物の蜘蛛よりずっと太い糸なので、見えやすい。ねばねばした粘着成分がついている。
3者は散開し踏みつけ、揺らす。
瞬時に巣の持ち主であるクモが飛び出してくる。
紗夜はすかさず「酒呑」で撃ってかかる。
前足の先が切られた。
クモはかまうことなく彼女の足に食いつこうとする。
下からの攻撃に向かって刃を振るう。
クモがそれに齧り付き、尻からの糸で手ごと絡め始めた。
急ぎ「ザフィエル」で電磁波を食らわす。
駆けつけたエイミーが、「リアトリス」の火炎で、彼女の腕に絡んでいる糸を焼き切った。
熱にひるんだかクモは後退、巣に戻ろうとした。
その頭をキリルの銃弾が吹き飛ばす。
「ストライク、と」
ヴァイオンは「ブレイド」をトンファーの様に使い、クモを殴りつけていた。
クモは少し警戒し、飛びのき、牙をもごもごさせて間合いを計る。
目の前の相手に神経を注ぎながらヴァイオンは、近くの晶にも注意を注ぐ。
「くっそお! なんて絡み倒す奴らだ! 打つべし、打つべし、打つべし!!」
出だしは「クモ共、俺を見ろォォォ!」と威勢のよかった彼だが、今は体の半分ほどべたべたした糸をはりつかせながら、「エリュマントス」で、羽交い締めにしたクモの頭部を殴り続けている。
相手を弱らせているのはいいのだが、気掛かりなのはこの振動が別の巣にも伝わり、ほかのクモが出てきて囲まれないかというところ。
思った以上に糸が邪魔になり、フットワークが取り辛くなっている。特に晶に関しては。
懸念を裏打ちするように、巣に隠れていた他の2匹が巣穴から出、小走りに近づいてきた。
「ちっ」
ヴァイオンはそれらの気を逸らせるため、「苦無」2つを投げた。
1匹を相手にしながらなので、急所へ命中はしない。
そこへフリスビーのように、軍帽が投げ込まれてくる。
「さあパパさん! ホーラ取て来ーい!」
「ばかやろおなにすんだ! メリーがワッペンつけてくれたオレの帽子い!」
疾風怒涛でレオポールが場に駆け込み、帽子を取り返し、逃げて行く。
動きに気をとられ、クモがふさついた尻尾に取りついた。
噛まれたらしい。悲鳴が上がる。
「グッボーイパパさん!」
「駄目ですよレオポールさん、警察関係者の方々にあまり近づいたら!」
家の外までそのまま釣り出されてしまったクモは、雪花の「ティルフィング」と恵の「国士無双」の即時攻撃――なにしろうかうかしていると、刑事さんに被害が及びかねない――により、寸断されてしまう。
しかし虫類というのは生命力に関してしぶといもので、頭部は尻尾に食いついたまま。
痛いやら気持ち悪いやらで鳴いてぐるぐる走るレオポール。
キリルは尻尾の毛も多少巻き添えに、キメラの頭部をふっとばしておいた。
レオポール、自分が撃たれたと思い真っ白になって倒れる。
weiβは、晶が呼び出してしまったもう1匹にかかっていく。
皆の戦闘を見ているので、糸を踏まないよう細心の注意を払い「アサシンダガー」で猛攻をかける。
反撃の暇を与えず、頭と胴との狭い繋ぎ目を狙い切り込む。
低く小さく呟いて。
「銃火器なんてやっぱり無粋だわ。自分の手を汚さずに何かを殺せるんだもの‥‥」
糸を繰り出せなくなれば怖いものはもうない。
彼女はほほ笑みながら、離れた頭部目がけて刃を振り下ろした。何度も何度も。
その間に晶も、エイミーと紗夜も、割り当て分を片付けた。糸まみれになりながら。
だがこれで終わった訳ではない。
中にも何かが隠れている。
●
「ああ、暫く待っていてくれミリツィア。あの屋敷の住人になりたくないだろ?」
キリルが家に向け顎をしゃくる傍ら、ヴァイオンは毛色が薄くなっているレオポールに説いている。
「襲ってくるわけじゃないんですから‥‥死体は所詮死体ですよ」
晶が続く。
「レオポールだったか‥‥手前に家族がいるんだろ? 俺らは俺らにしか出来ねぇ事がある‥‥手前は手前にしか出来ない事で家族を守れよ」
エイミーも言う。
「戦闘には参加していないのだからその鋭敏なお鼻ぐらい役に立ててくれないと」
「参加したよ! これ以上出来ないくらい参加したよ!」
レオポールの私見は誰にも聞き入れてもらえなかった。
ひとまず傭兵たちが内部を点検し、危険が完全になくなったと確認してから、改めて警察に入ってもらうこととなる。
なるべく現場はそのままにお願いしますとの要請に、可能な範囲内で従うとして。
「今年は豪く暑いからな‥‥酷い臭いになっていそうだ」
キリルがぼやく中、紗夜が扉を蹴り開ける。
むせるほど酷いというのではないが、なんとも形容しがたい匂いが鼻をつく。
一度物凄い臭気がこもり、それが沈殿しきってしまったという具合。
その臭気というのは間違いなく死が放つもの。
キリルや紗夜、それにヴァイオンにとって、ある意味慣れているもの。
靴のまま上がり込み、一同様子を窺う。
真昼だというのにほの暗い。
だが先程のようにクモの巣というものはない。
糸も張り巡らされてはいないので、格段に動きやすい。
剣を手にした恵と、短剣を逆手にした雪花が、囁き交わす。
「‥‥こういう展開のホラー映画、どこかで見たことがあったような‥‥気のせいかしら」
「ああ、それ私も見たことあるネ。韓国のリメイク版だけド。でもあまし共感しなかタ。私興味あるの毒殺ヨ。後で刑事サンに実例色々聞きたいところネ」
「‥‥ともかく、そんな理由で人の命を奪うなんて許されることじゃない」
weiβも加わる。
「でも、いるのよね。どこまでも平気で落ちて行ける怪物が。現実こそホラー‥‥」
その口が閉じる。
2階から単調な、トトトトトという足音。
階段の上から、先程のクモと変わらぬ大きさのクモが2匹駆け降りてくる。
急停止をかけたかと思えば、一気にジャンプして襲ってくる。
ヴァイオンの「苦無」が1匹の顔に刺さった。
キリルの「S−01」がもう1匹の前足を吹き飛ばし、出端をくじく。
畳み掛けるように紗夜の「酒呑」がクモの顎目がけ切り上げた。頭部が二つに割れる。
エイミーの「リアトリス」はもう片方を袈裟斬りにした。
左半身の足が削ぎ落とされる。
その上に晶が頭部を殴りつけ潰した。
荒い息遣いと沈黙が過ぎて後、雪花が言う。キメラ登場に驚き過ぎまた白くなっている犬男に。
「邪魔者は消えたよレオポール。さあ先行くネ」
「‥‥もう帰りたい‥‥」
「情けないこと言わないネ。とにかく一通りは見て行くヨ。他にキメラがいないかどうカ。後遺体モ」
「馬鹿言っちゃいけねぇ、キメラ退治のプロが警察の仕事を取っちゃいけねぇ」
と晶は言ったものの、隅々までキメラを捜しているとどうしても、そちらとご対面をやらかしてしまうのだ。
まず第一にバスルームへ差しかかったところでレオポールが止まり、ここから決して進まないと言い始めた。
彼の行動がなくても異常さを感じていたキリルは、先頭に立って浴室の扉を開く。
壁も床も異常に汚れ切っていた。
一角に糸ノコが何個も投げ出してある。刃に黒いものをこびりつかせ、錆び付いて。
カーテンを開いた。
バスタブ一杯に固まったコンクリート。
そこから頭蓋骨が少しはみ出ている。
上部が切られている。
出ている分を除こうとしたのか。
それとも沈めた時点でこの状態だったのか。
雪花が息を吸い込み、吐く。
恵は目を瞑り、黙祷を捧げている。
晶はレオポールと一緒で、入り口から入ってこれない。
エイミーは油断なく周囲を観察し、顎に手をやった。
「ホシはこの場所で解体を行ったようね」
「それにしてもよくここまで手に掛けたものだナ。コンクリ詰めたバスタブなんて昔の事件思い出すヨ」
「‥‥いかれた女め。マフィアも真っ青だな、これは」
「‥‥確かにマフィアならこうまで無駄なことはしないな。解体して凍らせ、ミキサーにかけた方が速い。特に腸はな」
黒さ極まる紗夜のコメントに、レオポールは泣きっ面。
「何でそんな話するんだよお前怖いよ!」
宥める雪花。
「そう言わずにパパサン、捜索の続きお願いネ?」
「ヤダー!」
キリルは嘆息し、警察に連絡を取ろうとした。
その時、それまでなんともなかったweiβが絶叫する。
「あぁ‥‥い、イヤーーー!」
皆が唖然とする前で、彼女は走り出て行く。真っ青になって。
「お、おい、どうした!」
晶は後を追う。
面食らったような顔をし、ヴァイオンが首を傾げた。
「刺激が強すぎたかな。それにしても他のは何処にあるのやら」
幸い他のも、この後全て見つかった。
冷凍庫の分離収納分については、さしもの雪花も見たことを多々後悔した。
何しろ全然腐敗してなくて、扉を開けた瞬間、目がきっちりあってしまったため。
●
庭先でweiβはしゃがみこみ、何かを抱き抱えるようにし震えていた。
自分にも理由が分からないまま。
「ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥‥」
「おい、大丈夫かよ」
晶から肩を叩かれて、はっと我に返る。
しかしやはり、恐慌に陥った理由は不明だ。
額の汗を拭い、気掛かりそうに見ている相手に言う。
「ごめんなさい、取り乱したわ‥‥」
誰よりも脅え戸惑いながら。