タイトル:「サマードッグ」マスター:KINUTA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/21 16:28

●オープニング本文


 なだらかな高原の一角は、名の知れた別荘地。暑い季節になると都会から多くの人々が、避暑を楽しみにやってくる。
 こんな田舎の夏に欠かせないのは、元気で気立てのいい犬だ。子供達と一緒に跳ね回り、忘れ難い思い出を作ってくれる最良のペット。
 だけれども、夏が終わって帰るときに彼らは厄介ものとなる。
 世話をするには手間がかかる。
 都会の自宅には到底、彼らを満足させる広さの土地などない。
 狭いところに閉じ込めるのはかわいそうだ。犬は広いところを駆け回るのが大好きなのだ。
 そのくらいは皆分かっていた。
 だから、役目が終わった犬たちは、ほとんど置き去りにされる。
 放置された彼らは人間に対する親しみを捨て切れず、周辺の人家に近づき、何度か接触を試み、そのたび冷たい仕打ちを受ける。
 もとよりここに住んでいる人々は、多くが牛や羊を育てるのを生業としているから、野犬など家禽に害を及ぼす存在でしかない。
 飼われている番犬たちから吠えられ食いつかれ、人から石を投げられ、やがて居住地から逃げだし林に入り、徒党を組み、野性の生き物を狙う。
 だが、高原の冬は厳しい。狩りは難しい。体力のないもの、鈍いもの、もとより寒地に的さない犬種のものなどぱたぱた飢えと寒さで死んでいく。
 生き残ったものは、もうほとんど犬としての心を失って、けだものになりはてた。
 けだものは、山を走り回るより、家畜を狙うほうが割りがいいと気づくだけの知恵を持っている。
 かくして再び犬たちが牧場付近をうろつき始める。
 人間はそれを憎んだ。飼っている財産に害を与えることが知れていたからだ。
 だから、目に付くたび銃で群れを追い払いにかかった。
 詮方なく痛む足と空き腹を抱え、もとのねぐらへ逃げ帰ってきた犬たちは驚いた。自分たちが知らない間に、見たこともない大きな生き物が場所を占拠していたからだ。
 皆怯えて一度は逃げた。だがそこ以外に風雪を避けられる場所がないし、そもそも自分たちの正当な縄張りであると思い返し、勇気を振り絞って近づいた。
 生き物は怒ることもなく攻撃もしてこなかった。
 そうと知って少し大胆になった彼らは、その毛皮に鼻をつけて匂いを嗅ぎ、形が変わっているが、これはどうやら仲間でなかろうかと認識した。
 なら多分問題ないので、一同その回りに身を寄せあって寝た。
 この仲間は、数日で彼らの頼れるボスになった。
 といって、本人がそうアプローチしてきたのではない。
 妙な犬で一言も吠えなかった。よくよく見ると口先が千々に分かれて変な具合だから、そのせいかも知れないが。
 でもこのボスがいると食べ物が手に入った。
 ボスは恐れ気もなく人家に近づき、家畜小屋を壊し、手当たり次第大きな牛や羊の血を吸う。それだけで、肉は食べずにほったらかす。だからいくらでもおこぼれが貰えるのだ。
 ボスがいると人間は逃げていく。
 人間もまたボスは簡単に倒してしまうのだ。
 野犬たちは心服し、その後を付いて回った。たとえ相手が無反応であるとしても、彼らの中ではボスなのだ。
 噂が噂を呼びというべきか、その一帯に散らばっていた幾つもの小さな野犬の群れは、やがてこの勢力に次々編入し、大きな一つの群れになっていった。


 公民館では、付近住民の代表者が緊急に会合をしていた。
 近辺に被害を与えている野犬の群れについてである。牧場はもちろん、二件の家がすでに襲われ、家人が食われてしまった。
 頭目であると思しき奴は、どう見ても犬ではない。
 姿形はなるほどそれに近いが、大きさが象並みだった。
 おまけに、あるべき口の部分が触手の塊となっており、それで家畜や人を捕まえ、奥にある針状の吸口で血を吸い取り、殺す。
 そのでたらめぶり、明らかに地球上の生き物ではない。
 キメラはむろん専門家でなければ歯が立たないから、それに任せるより仕方ない。
 しかし野犬もまた放っておくわけにいかない。
 前々から被害を受けていた住民は、この際あれらも殲滅しておく必要があると強く感じていた。
「どうやら、あのばけものに全部くっついて来てるみてえだでな。この際一網打尽にすべや」
「んだやな。このへんの人間は大体銃を持っとるしな。あのでかいのは玄人さんに任せるとして、犬はそうもいくめえ。今あいつらどこにいるだ」
「アーロンの牧場まで降りてきてるだよ。かわいそうに、羊はほどなく全滅だ」
「ふん‥‥キメラ退治の人が来たら打ち合わせせにゃあな。どうでもあん畜生どもをばらけさせるわけにいかんて。この際根絶やしにしとかんと、また子を生んで増えるでな」

●参加者一覧

烏莉(ga3160
21歳・♂・JG
水無月 湧輝(gb4056
23歳・♂・HA
宿木 架(gb7776
16歳・♀・DG
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
和泉譜琶(gc1967
14歳・♀・JG
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
静奈 リユン(gc4350
19歳・♀・ST
蓮樹風詠(gc4585
26歳・♂・SN

●リプレイ本文

 時刻は昼。高地は雪がうっすら積もって寒かった。
 はるかな峰峰を臨む屋外で依頼人たちから話を聞き、任務に向かう。

「ヒトサマの言うこと聴かない犬は処分‥‥まー、たりめーだよ、ネー」

 バイクに跨がって独り言を呟く宿木 架(gb7776)の頬には、自嘲のような笑みがうっすらと浮かんでいた。
 空はのっぺり灰色の薄雲に覆われ、ちらちら雪片が舞い降りてくる。まだぱらつくといった程度だ。じき本格的に冬が深まれば、この程度ではないだろう。

「家畜を襲うことを覚えている以上、生かしておくほうが問題だからな‥‥」

 先の架に答える形で水無月 湧輝(gb4056)もまた一人ごちた。
 和泉 譜琶(gc1967)は、彼らの後方を歩きながら、浮かない顔でため息をつく。

「わんこ。はぁ、気乗りはしないですねー。でも割り切って行きましょう!」

 それを聞いているのは、彼女の友達である和泉 恭也(gc3978)である。

「やれやれ、とんだ災難ですね‥‥犬にとっても」

 誰かが喋るたびに白い息が上がる。ずっと無口にしている烏莉(ga3160)の口からも、わずかに立ちのぼっている。
 風が吹くたび頬が冷たい。
 静奈 リユン(gc4350)は、ちらりと振り向いた。土地の人達が大勢、銃を肩についてきているのである。
 黒い銃身がそそり立つ様、林のようだ。
 彼らには、出来る限り戦闘から離れていてくれることと、牧場から少し離れた小屋で暖を取るための火を焚いてくれることとを頼んでいる。
 そして自分は彼らの前方に待機し、救護と後援を担当する所存だ。己のスキルを鑑みるに、それが一番力になれる。
 風はうまい具合に行く手から吹いてきている、つまり、こちらが風下。
 出来る限り接近するまで気づかれないのが良だ。野犬は30匹ほどの群れになって、キメラの後を付いて回っていると聞く。

(「でも、野生化したとはいえ、元を正せば人が撒いた災いの種なんですよね」)

 最後まで世話出来ないのなら、最初から飼わないでほしかった。
 そんなことを思うのは、彼女ばかりではない。蓮樹 風詠(gc4585)も同じである。

「‥‥本当は、野犬たちを救いたい。でも、家畜も人も殺されている。野犬を撃つのも仕方ない事‥‥。ですが、哀しい連鎖は、ここで断ち切ります」

 ソウマ(gc0505)は黙って聞いていた。
 彼にとってもこれは、割り切れない任務である。むろん義務は義務として果たすことにいささかの揺るぎもないのだが、野犬への同情が捨て切れない。
 そうと周囲に見せるのがいやで、彼は道中からずっと無表情を装っている。
 すべての話し声はひそやかに行われ、やがて止まった。件の牧場が近づいてきたのだ。


 接近してみて、まずはっきりするのはキメラの大きさだった。象くらいある。
 体つきなどは犬に似ていなくもないが、口の辺りが触手となっており、完全な異形だ。
 家畜小屋を破壊され、寄る辺を失った羊の大方は食われていた。
 犬たちが思い思い、まだ残っているものを追いかけている。腹に詰め込んだ後らしくて、本気では無さそうだった。といっても、羊にしてみればたまったものではない。
 それをキメラが横から触手を伸ばし捕らえ、血を吸っていく。

「おーおー、あいつらやりたい放題だ。ういよっ! お仕事の始まりだぜぃ」

 架はテンション高くバイクを叩き、仲間を促した。
 皆の武器に錬成強化を施しているリユンが、続いておっとりと言う。

「誰かが怪我をしたら、リユンが治療するのです。だから安心して行ってください」

 まず烏莉が動いた。塀や植え込みの陰に隠れつつ、壊れた小屋の屋根に上る。
 湧輝、譜琶は、キメラの後ろ側になる位置まで移動していく。形などから察して、後方からの攻撃には弱そうだと思ったのだ。
 ソウマ、恭也、風詠は合間を縫い、野犬とキメラたちを包囲するよう展開する。
 地元民たちは、それらをまた遠巻きに取り囲んで行く。
 その途中で風向きが変わった。
 キメラは周囲に漂っている気配に気づき頭を持ち上げ、ずしずし足踏みをした。
 ボスのおこぼれを食い散らかしていた野犬たちも次々不審そうに鼻を持ち上げ、騒ぎ始めた。人間の匂いに、激しく興奮したのだ。
 唇をめくり上げて歯を見せ、凶暴なうなり声を上げている彼らの有り様は、犬というものではない。かつて人間に寄せていた信頼も好意も、取り返しがつかないほど粉々になってしまっており、もはや飼い犬だった昔を思い出すものは一匹もいなかった。
 その全てが、以下の譜琶の台詞で、端的に言い表される。

「凄く凶暴化してますね。犬というより獣です」

「‥‥人の身勝手の結果か‥‥とはいえ、同情して手を抜くわけにはいかないな‥‥」

 湧輝は目を細め、小銃の照準を合わせる。
 その時、第一の銃声が響いた。どうやら烏莉が真っ先に撃ったようだ。それに続けて、雨あられのように狙撃が始まる。
 キメラは怒りの様子を示し、まず全速力で、烏莉のいる家畜小屋にぶつかってきた。
 衝撃ですでに半分壊れていたものが全壊する。
 もちろん彼は巻き込まれるようなドジは踏まなかったが、地面に降りれば野犬に接近されるのは避けられない。
 集団で気が大きくなっていることもあって、彼らは人を恐れる事が薄かった。とにかくボスの近くにいれば安全だとでもいうのか、その周囲から離れず、狙撃手に向けて襲いかかろうとする。
 そして、最初の一匹が地面に転がる。続いて一匹、さらに一匹。
 敵意を見せて向かってくる野犬を−−つまりそれは全部なのだが−−ソウマも処理する。表情は動かさず、目に痛ましさを宿して。

「なかなか‥‥堅いお尻のようですね!」

 譜琶は後方からキメラの肛門あたりを目がけ、続けざま射かけている。前を飛び交う犬もまた撃つ。彼女は止めを指すことを目的としていないので、攻撃を受けても死なず、逃げて行くものが多かった。
 隣で共闘していた湧輝が、ふと走りだす。

「あっ、湧輝さんどこへ」

「いや、誘導するとしようかと」


 恭也がキメラの反応を見計らって、物陰から飛び出した。呼笛を吹き、手にした盾を振りかざして注目を集める。
 倒壊した家畜小屋から頭を引き抜いたキメラが、右前足をつき体勢を崩した。風詠の貫通弾が貫いたのだ。
 しかし戦い以外の本能を与えられていない疑似生物は、ひるむことがなかった。
 傾いだ体をほかの足で無理やり元に戻し、近づいてくる敵を補足しようと触手を振り回す。
 犬もまたボスの敵を自分たちの敵と認識し、一緒になって攻撃し始める。
 恭也はそれらに銃の柄を叩きつけ、退かせた。
 とはいえ相手の数が多いだけ、なかなか一人では処理しづらい。伸びるだけ伸びたキメラの触手の一本が盾を掴み、引っ張る。

「うわっ」

 ほかの触手には弾き落としをかけるも、吸盤が吸い付いたそれだけ、なかなかとれない。
 馬鹿力で引きずられそうになったそこに、オーラブルーの一閃がひらめき、盾から力が外れた。
 切り落とされた触手が、雪の上でうねる。反対側から湧輝が飛び込んできたのだ。

「そう簡単に、捕まってやるわけには行かないな。さてさて、鬼さんこちらだ」

 犬たちは、どうもこの人間たちが普通の人間ではないということに気づき、浮足立ち始めた。
 そこに、架が走り込んでくる。何匹か車輪に撥ねられ悲鳴を上げた。

「ちぇ、さっさとどかないからだっての! こんなでかい犬がいるかい! ぶっばらしてやんよ!! 」

 彼女はへし曲がった柵をジャンプ台にし、キメラへ向かってバイクを突進させる。
 宙に浮いたバイクは、AU−KV本来の姿を取り戻し、主を鎧った。
 そのまま勢いを殺さず巨体に爪を打ち込み、相手が攻撃してくる前に後方へ飛ぶ。
 四方八方からは、引き続いて銃撃が行われている。的が大きいだけに、弾はほとんど当たっていると見受けられ、事実足は動かなくなっていたのだが、触手と頭を振り回し、いっかな攻撃を止めようとしない。
 それこそ野獣のような激しい攻撃を架から受けながらも、触手に触れた犬を掴み、生きていようが死んでいようが次々投げ飛ばしてくる。
 彼としては別に仲間と思ってないのだから、当然といえば当然だ。
 盾で防ぎつつ、恭也は漏らす。

「本当に犬にとっては災難ですね」

 湧輝は、順調に触手を切り落として行く。
 幸い再生力がないようだが、落とされた部分はトカゲの尻尾のようにしばらく騒いでいる。そのうちの一本が、暴れ暴れて彼の足に当たった。
 一瞬だが動きが鈍る。拍子にキメラが、残った数本を、彼の手元に巻き付き引っ張った。近くに寄せ、嘴を刺してやろうという魂胆らしい。

「いてててて、なんてくそ力だよおい!」

 架が機を見計らい、怪物の首付近に飛び乗った。

「よしゃ、そのまま吸い付かれてろよ! ぶっ‥‥つぶれろおらぁ!」

 彼女の全身にスパークが弾け、爪牙が堅い脳天に叩きつけられる。
 キメラが体を横倒しにして倒れた。
 恭冶が駆け寄り、怪物の眉間に銃口を押し当てる。

「吹き飛べ!」

 ドン、ドンと重い音が響き、脳漿と血が噴き出す。
 キメラが死んだのを確認し、彼は犬たちの方を向く。銃とともに。

「‥‥悲しいですが、お別れです」

 ボスが倒されたことに恐怖を覚え、残った野犬が総崩れになった。尻尾を丸め、散り散りに走りだす。壊れた柵を乗り越えて。
 それこそ、待っていた人間たちの思う壷だった。
 銃声が引きも切らず響き渡り、そして沈黙が訪れる。

 赤く染まった雪の上を、忙しげに人が行き交いしている。
 死んだ犬を、牧場の外へ集めているのだ。少し小高くて、見晴らしよく、誰の土地でもない場所に掘った穴へ。
 風詠が住民から許可をもらい、そこへ彼らを埋めることとしたのである。
 この提案は特に不快がられることもなかった。どっちにしても死骸は処理しなければならないし、ならば埋めてしまう以外になかったからだ。
 幸い集落にある小型のゆんぼを一台貸してくれたので、穴掘りの作業ははかどった。後は集めて入れて土をかけるだけ。
 彼の仕事を、リユンと、それから譜琶も手伝った。

「生き物を飼うってことは、命を大切にすることなんですっ。そして今後こういう事件が起きない様な、世の中にしなくてはいけないんですよね」

「そうだよね‥‥そうしなくちゃいけないよね」

 その場へ数人の現地住民とともに烏莉がやってきて、肩に担いできた野犬を投げ下ろす。

「埋めるならついでにやってくれ。山狩りしたら一つ巣穴があった。で、そこにいた」

 野犬は喉を鋭利な刃物で一突きされたようで、毛皮に疵がなかった。
 続けて住人が、袋に入れていたものを雪の上にぶちまける。
 羽二重餅のような目も開かない子犬が五匹も出てきて、冷たい感触を不快がりくんくん鳴いた。

「やれやれ、やっぱり増えてただ。これもついでに頼むで」

 彼らはせかせか去って行く。リユンと譜琵は思わず子犬を拾い上げ、深い穴を眺め、途方に暮れる。烏莉は肩をすくめて言った。

「好きにしていいんじゃないのか。ここに置いていきさえしなければ」


 リユンたちが連れてきた子犬を前に一同火を囲む。
 湧輝は住民たちへ提案してみた。犬をこの周辺で共有し育て、観光客に貸し出しするという形をとってみてはどうかと。そうすれば外部からの持ち込みが減るのではないか。

「それくらいはやるべきだろう。今まで放置していたんだから」

 だが、彼らは首を縦にしなかった。何故ならば、そんなことをしても借りる人間はいないだろうというのだ。

「あすこで欲しがられるのはかわいい盛りの子犬だ。大人になっちまった犬をわざわざ借りるちゅうこたねえだろうと思う。わしらもただ遊ぶだけの犬を飼う余裕はねえよ」

 恭也はそれに反論する。

「しかし、借り賃を飼育料にあてれば、そう負担にもならないと思います。そもそも、まさか全部が全部都会からペットとして連れてこられた、なんてことはないでしょう。こういったことは元から絶たないとまた起きます。誰が犬を連れて来ているかは知りませんが、止めるように言ってください。‥‥次は救援が間に合うかどうか分かりませんので」

続いて、譜琶も。

「そうです。張り紙したり看板立てたり、呼びかけしたりしてみたらどうでしょう。こんなふうにどうにもならなくなってから対処するのじゃ、解決になりません」

 彼らはこの言葉にむっとし、再反論してきた。

「犬を連れてきているのはここの奴らじゃねえだよ。町におるペット屋だ。夏になると格安で子犬を売りに出すだ。別荘客は下でそれを買ってここまで持ち込んでくるだよ。おらたちだって何度も止めるよう言っただが、聞かねえだ。役所に規制してくれるよう言ったが、ああだこうだではっきりした取り締まりをせん。原因は分かってるだ、あの別荘観光公団の経営でよ、うるさいこと言って客が来なくなるのを惜しがってやがるだ」

 と、先ほどから顎に手をやり何事か考えていたソウマが手を挙げる。

「なるほど、分かりました。つまりここの行政が、問題を見ないふりして、事なかれ主義をとっているからいけないんですね。こういう場合は正攻法で攻めても駄目です。とにかく世間に手広く知らせなければいけません。そうすれば腰が重いお役所も動かざるをえないはずです」

「‥‥一体どうするべや」

「はい、まずは動物愛護団体にここの現状を報告し、新聞やネットに情報を流すんです。現実に正義の味方はいないが、優しい人は多くいる‥‥彼らに助けてもらいましょう。幸いなことに−−」

 言いながら、ソウマはDVC「猫の目」を取り出した。

「−−映像は僕がとってますので。編集も終えました」

 手回しいいな、と心から恭也は思った。
 似たような感想を抱く湧輝は、一包みにされている五匹をのぞき込み、そのうち一匹をひょいと抜き出し、我が手に包み込む。

「まあ、とりあえずこいつは貰ってくぞ。知り合いが一匹飼ってるからな。そいつの嫁にはちょうどいいだろう」

 そこへ、事後処理を特に手伝わず帰る所存で、荷物をすべて愛機に積んだ架が通りがかる。

「どうです、一匹」

 風詠がふとかけた言葉に、彼女は笑って手を振る。

「ジョーダン、そんなん世話面倒くせーし!」

 そして大きくエンジンを吹かし、あっというまに去って行ってしまった。
 雪のちらつく高原から、誰よりも先に。


 後日、この事件は世に大きく知られることとなり、動物愛護の観点から大変問題視された。世論に押される形でようやく地元行政も動き、規制条項が作られ、とりあえずのこと、別荘地でのペット飼育は大幅に制限された。

 なお、見つけられた子犬のうち残り四匹も、愛護団体の手を経、それぞれつつがなくよい家庭にもらわれていったとのことである。