●リプレイ本文
真昼。
夏草の生い茂る野。
住む者がいなくなって久しい田舎の廃屋。
人影ゼロ。
車以外に交通手段が全くなさげ。
エレナ・ミッシェル(
gc7490)ときたら、はしゃいでいる。
「どっかのホラー映画に出てきそうなキメラだよねー。妖怪の類? とりあえず写メっとかなきゃ!」
楊 雪花(
gc7252)はしたり顔。
「ワタシこういう映画観たことあるヨ。○キサ○・チェーンソーて名前ノ。明らかにパクってるネ」
秋姫・フローズン(
gc5849)は映画を知らなかったが、雰囲気として以下に上げた作品と同系統だろうと推察する。
「まるで13日の‥‥金曜日‥‥ですね‥‥」
クロノ・ストール(
gc3274)はぼやいた。
「やれやれ、バグアにとっては神話伝承もスプラッタームービーも同じか」
カララク(
gb1394)も――表情こそあまり変えかったが――額を押さえた。
「‥‥仮面に鋸は連中のお気に入りなんだろうか」
以前似たタイプのキメラと戦ったことがあるだけに、複雑な気分である。
まさか同じ人間が造った訳でもあるまいが。
エイミー・H・メイヤー(
gb5994)が、レオポールを見る。
「ふむ‥‥悪魔のいけにえになるのは誰かな?」
犬男はビクッと尻尾を丸め、震え声で提案。
「警察呼ぼう」
「ねむたいことを言うな。警察で手に負えないから俺たちに依頼が来たんだ。しかし人食いのチェンソー使いか。実に面白い。俺の体術が何処まで通じるかな」
湊 雪乃(
gc0029)は両拳を打ち合わせ、早くもやる気満々だ。
「連れて行かれた人間はいったいどうなってるんだろうか。生きてはいないと思うんだがな」
「うーん、十中八九美味しくいただかれてしまっていると思うのコトヨ」
沙玖(
gc4538)の問いかけに応じた雪花の言葉に、輪をかけてビビるレオポール。
その背を彼女が叩いた。
「そんなわけで、怖いだろうけド、キメラ探すのに協力してよレオポール。得意の嗅覚で見付けてくれたら、レオポールがキメラ倒したヨ! お手柄ネ! てパンダのお義父さんに話してあげるからサ」
食われてからでは意味がない。
訴えるレオポールへ、カララクは親切にもこう言ってくれた。
「ビーストマンにしか出来ない事だ。なんなら奴を見つけたらすぐ退いてくれていい」
しかし退くといって退けるだろうか。
ホラー的なものに対しては一度見つかったら最後でなかろうか。
懸念が拭えない彼に、クロノは呆れ顔だ。
「少なくとも得体の知れない何かじゃなくて、バグアの放ったキメラだ。シチュエーションなんて瑣末なこと、恐れる必要は無いでしょ」
「そうヨ、それもこれもチープな演出、気にしたら負けネ。どうしてもヤダというならそれはまあ仕方ないケド‥‥」
雪花が晴れ渡る空に遠い目を向けた。
「‥‥そうくるとワタシは悲しみのあまり何を口走るか分からないナ。例えばそウ‥‥犬男に「悪魔のいけにえ」にされたとカ‥‥」
レオポールが数秒固まり、ヒステリックに吠え出す。
人の言葉を一時忘れてしまっただろうか。
「おお、そんなにワンワン吠えてやる気になてくれるなんて嬉しいネ」
やはりこの男にはこの手を使うのが一番か。
脇で眺めているエイミーは強くそう思った。
●
音を立てないよう家に入ったレオポールは、壁に張り付きそろそろ匂いを嗅ぐ。耳をピンと立てて。
ややして彼はカララクに言った。
「いる。帰ろう」
「帰ってどうする。どのへんにいるんだ」
「この先の突き当たり、左の部屋‥‥」
途端、ウォン!とチェーンソーの駆動音が響いた。
レオポールは真っ白、あたふた腰が抜けそう。
カララクも後ろからついてきているエレナも、一瞬身を引き締めるが、駆動音はすぐ止んだ。
どうやらこちらの気配に勘づいたのではなかったらしい。
カララクは先頭切ってなお部屋に近づいてみる。
扉の透き間から覗いてみると、大きな人型キメラが椅子に腰掛けていた。
チェーンソーを布で拭き、油を差している。傍らには重そうなハンマー。
声を殺し外にいる囮班と罠班へ、連絡をつけた。
「標的を発見――」
報告をしていた間にキメラが立ち上がり、向きを変え出てかけきたので、急ぎ物陰に隠れる。
気づかずキメラは通り過ぎて‥‥と思いきやまた戻ってきた。
不審そうにきょろきょろ。
その顔、人間の顔の皮で作った異様なマスクで覆われている。
(カララクさん、あいつ気づいたの?)
(いや、分からない)
とはいうものの、キメラが部屋からハンマーを持ち出してきたからには、そうであると仮定した方が身のため。
偵察班はひとまず見つからぬよう、廃墟内を移動していく。物音を立てないように。
●
罠設置は遮蔽物の少ない場所に。
初見の土地で勝手が分からないのだから、視界が広い方がいい。
沙玖はシャベルで小ぶりな穴を開けながら、次々草をかぶせて行く。
同じく設置係となっている雪花はその穴の幾つかに、クギを打った板を入れ込む。
「こうすると大変効果的ネ。後はこれらを足元に配置しておくと大変動きにくいヨ」
釣り糸もばらまく。針つきで。
それらについて、クロノが少し懸念を示した。
「バイクにからまったりしないか?」
というわけでエイミーに無線連絡してみる。
『ああ、位置が分かれば避けますよ』
とのこと。
後は、離れて生えている木の間へワイヤーを設置。
偵察班からの連絡によると、所在は掴めたそうだ。
両側に潜み、囮役が通り過ぎた直後持ち上げ、足を取る手筈。
突貫工事だがこれで下準備は整った。
その旨囮班に伝える。
●
「了解。ではこちらも偵察班からの連絡が入れば、すぐ行動に移ります」
エイミーは同乗者である秋姫の手を取り、バイクの後部座席へ恭しくエスコートした。
「では、参りましょうか姫君」
対する形で秋姫も、恭しく応じる。微笑んで。
「バイクの運転‥‥お願い‥‥します‥‥姫騎士様」
お芝居めかした会話を楽しむ2人は、命綱であるロープをお互いの体に結び付け、準備を整える。
キメラを引きつけ、設置された罠まで誘導する所存だ。
バイクに乗らないもう1人の囮役である雪乃は、出端でいくらかでも敵を挫き、戦闘力を殺ごうという所存。
内部からの情報によると、この廃墟は単なる廃墟であり、特別な強化素材などは一切使われていないということ。
なら、壊すのもたやすそうだ。
思っていると、中から地響きとまごうばかりの物音が聞こえてきた。
●
何かいる気配はすれど、姿が見つからない。
2階にいたキメラは苛立ち、ハンマーで床を殴る。穴が開く。
真下にいたレオポールが肝を潰し、叫ばなくてもいいのに叫ぶ。
「ひゃああ!」
キメラがこれを聞き逃すわけがない。
すわ声がした1階に向かう。階段を使うのももどかしく飛び降りる。
装着したチェーンソーを稼働させ、閉められていた部屋の扉をふっとばす。
エレナの声がそれに重なる。
「ビンゴ!」
大男がハンマーを振りかざす前へ、部屋にあった椅子が投げられた。
空気と変わらない抵抗力しか持たないが、一瞬隙は作れる。
偵察組は窓から外へ飛び出す。
相手は尋常でない素早さで追いかけてくる。
体勢を整える真上から脳天目がけ、ハンマーを振り下ろす。
カララクはすんでのところで避けたが、紙一重で掠めた衝撃の強さに眉ひそめる。
風圧で皮膚が切れたようでさえあった。
「面白いキメラだー、キメラって色んな種類がいて飽きないよねー♪」
エレナもさすがに油断ならないと感じ、写メも2枚しかとらなかった。
待ち受けていた雪乃が、巨体の左側に回り込む。
内股、胴。立て続けに「スコル」での蹴りを入れる。
攻撃をしてくる相手に向け、キメラの注意が一気に傾いた。
彼女の頭上に鉄塊が迫る。
バックステップでの回避――姿勢を低くしての膝蹴り等反撃は忘れず。
しかしそれにしても動きが早い。避ける方に精一杯になりそうだ。
両手とも武器化してるので、どちらにも気を使わなくては。
回転刃で皮膚のあちこちを切られつ、「ライトニングクロー」で右脇腹に拳を入れる。
ハンマーが横殴りにきた。
受けると同時に飛びのき、衝撃を和らげる。
幸い連続しての打撃は受けなかった。吠えてる犬男にキメラの注意が向いたからだ。
レオポールは突き出た耳をちょっとそがれ、いやというほど尻尾を打たれ、散々。
このキメラ、どうも気が散りやすい性分らしい。エイミーと秋姫のバイクが走り込んできたら、たちまち意識をまた新しい方に向け、走りだす。
やたら早い上柄の長いハンマーを振り回すので、エイミーとしては後部座席が気掛かりだ。
「狙撃‥‥開始します!」
秋姫は、「梓」で射かける。
「一閃‥‥必中!」
足を目がけ矢が放たれた。
太ももに命中する。
速度が――多少落ちる。
続いて弾頭矢を使う。
「取って置きの‥‥矢です!」
しかし、目に当てるのは難しかった。
両腕を顔の前で振り回しながら追ってくるので、なかなか狙いが定まらないのだ。
1つは逸れ、1つが当たる。左目に。
轟くような怒声。
罠が近づいてきた。
「秋姫、蛇行するから注意してください!」
「はい!」
秋姫は射撃を中断し、エイミーの体にしがみつく。
突進してくるキメラを、囮班がてぐすね引いて待ち受ける。
「じゃ、今日も頑張っていくとしますか。幸運の女神は僕に微笑みかけるってね」
自信ありげに言うクロノ。
沙玖は鼻を鳴らす。
「ふん、作った奴の趣味を疑う、映画の見すぎじゃないのか?」
キメラが穴に足を突っ込んだ。
早さはいくらか損なわれる。
だが止まらない。靴の裏に板が刺さっているが、そのまま走る。
足に糸が絡んだ。歩きにくそうになりまた速度が落ちたが、でも止まらない。
ハンマーとチェーンソーを苦もなく振り回し、追う。
雪花は頭を振る。
「あいつ、相当タフだネ」
バイクが通り過ぎた。
ワイヤーが張られた。
キメラは足を引っかけ大きく体勢を崩し――重りもついていることとて――さすがに止まる。
周囲にまた別の獲物が現れたので、気をとられたというのもありそうだが。
沙玖が先手を取り、「プリトウェン」を構え、「翠閃」で切りかかった。
ほぼ同時に、攻撃が仕掛けられてくる。
盾を回転刃が削り、火花が散る。
振り下ろされるハンマーに向け、下から刃を突き上げる。
「一瞬の隙がお前を地に落とす!」
ハンマーの柄から上、鉄塊の半分が切り落とされた。
反撃を避けキメラの死角面に回り込む。
次の一閃で左手首を切り落とそうとしたが、向こうの反応の早さで狙いがずれ、腕部分を切り裂くとなる。
ハンマーが肩に当たる。
一度離脱。
キメラは吠え、チェーンソーを振り回す。
「派手な音に惑わされる訳にはいかないな」
今度それを受け止めたのは、クロノ。
「エンジェルシールド」で防御、「ゼフォン」で相手の足目がけ切り込む。
動脈が切れたか、泡交じりの血が噴き出す。
動きが鈍った。
すかさずチェーンソー目がけバンダナを投げ、歯に噛ませる。
変な音がし、回転がつかえだす。
武器を不調にされて腹が立ったか、キメラは俄然クロノばかり攻撃し始めた。
防御は万全なものの、盾がたちまち傷だらけ。
彼ら2人が戦う間、場にメンバーが打ち揃う。
エレナが背後からふくらはぎを切り、反撃を待たずして離れる。
カララクが彼女の離脱を助け、援護射撃。貫通弾がキメラの側頭部を貫く。
撃たれた箇所からぶくぶく赤い泡が盛り上がり、数秒動きが止まる。
刹那、沙玖がチェーンソーの動力部を狙い、完全に破壊した。
回転が止まる。
「お見事です、沙玖氏」
エイミーは手を叩く。
次いでなお怒り、今度は沙玖を狙うキメラを嗤う。
「ご自慢のチェーンソーは使い物になりません、テキサスに帰ってはいかが?」
キメラは、最初ほどの機敏さが出なくなっていた。
それを前に秋姫が、「雷上動」を引き絞る。
「これで‥‥最後です‥‥!」」
矢は首筋に刺さる。
すさまじい叫び声を上げキメラは、目標も定めないまま手当たり次第暴れだす。
攻め手にして有利だ。
雪花は「ティルフィング」と「ノコギリアックス」を同時に振りかざし、切りつけた。
「さあて、ワタシも行くネ! 殺人鬼を斬たとあれば、ワタシの剣にも箔がつくものダ!」
胴に交差し切れ込みが入る。
動かないチェーンソーが声の方目がけて振り回される。
エイミーがすかさず前に出て「蛍火」で右手の骨まで切り込んだ。
そのままの勢いで腹を刺す。
が、つかえて抜けなくなった。
引き抜くより前に手を離す。抱き込まれる方が危険そうなので。
雪乃がみぞおち目がけ「スコル」で打撃を食らわせる。
「さすがにお疲れか、殺人鬼!」
攻撃離脱を繰り返しているエレナは、上体をぐらつかせるキメラを、容赦なくおちょくった。
「ねぇ今どんな気持ち? どんな気持ち?」
そんな中、沙玖は、1人見かけないのに気づく。
「‥‥おい、レオはどこ行ったんだ?」
エイミーが首を巡らせ、茂みから鼻だけ出ているのを発見。
足早に近づき鼻を掴み、有無を言わせず引きずり出す。
「オレもうさっき戦ったよ‥‥見ろよこの耳とか尻尾とかよおお」
弁解に対し冷ややかな視線。
「ええとても立派なかすり傷。今のお姿を見たら、お義父さまは怒り狂い、お子さん達は呆れ果てるでしょうね」
涙を呑み、レオポールも再度参戦。
もっともハンマーもろとも左腕をクロノが切り落とし、カララクが今度こそ頭部の真ん中に弾を撃ち込んだこととて、そうやることもなかった。
皆と協力し何度も切りつけ、完全に首を落とす以外は。
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「幽霊の正体見たり枯れ尾花ってね、真に打ち勝つべきは恐怖心って奴さ」
カララクは言い、ふうと息をついた。
「しかし‥‥これはどうしたものかな」
廃墟の台所には、嘗められたようにきれいな白骨が山積み。
残さず食べられた結果らしいが、個人の識別をつけるに時間がかかりそうだ。
「まあ、仕方ないネ。遺留品はたくさんあたから、それで照らし合わせてもらうしかないヨ。ご苦労だたネ、エレナサン」
「いやいや、たいしたことないよ。こういうのを持ち帰ると家族が多少喜ぶって本で読んだから」
免許証だの本だの服だの眼鏡だの、外の車と廃墟内にあったものを床に広げ、全員で分類を始める。
壁にぶら下がるソーセージの素性は後回しにして。
しばらくして、ぼそっと雪花が呟いた。
「奴が最後の殺人鬼と思えないネ、きと第二第三の‥‥次はキョンシーかナ、レオポール?」
「止めろよ。もうオレこの手の仕事絶対受けねえ」
「果たしてそう都合よくいくかな」
「なんだよエイミーまで、本当にもう受けねえったら、受けねえっ!」