●リプレイ本文
ほどなく、現場に6人の傭兵が駆けつけてきた。
敵が逃げないかどうか見張っていたスーザンも、大いにほっとする。
「あれが動物園を襲った‥‥いや、いつの間にか住み着いていたキメラか」
シクル・ハーツ(
gc1986)は陸から見たキメラの姿に、簡単な感想を述べる。
「あの大きさ‥‥普通のカバを飲み込めるわけだな」
元来生き物としてカバも大きい方だけれども、あれはその胴回りを軽く越えている。
顎がかなりの柔軟さを誇るらしい。しかしその他特別な攻撃方法があるわけでもなさそうだ。
兎に角野放しにするのは危険である。それこそ子供など、くっと一息に飲んでしまわれかねない。
シン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)は彼女の意見に頷いた。
「まずは川からどうやって引きずりだすか‥‥だな。子供たちを恐怖させた罪は償ってもらいますよ」
終夜・無月(
ga3084)も同意する。
「そうですね‥‥よりにもよって園児たちの前で暴れるとは、悪趣味です」
イメージを粉砕された彼らが今後本物のカバまで恐怖することになりはしないかと、心配だ。
何らか善後策を講じる必要があるだろうか。
思っている彼らの横では八葉 白雪(
gb2228)が、水面から出ているカバの小さな耳と、小さな目と、大きな鼻の穴とを眺め、困惑を示していた。
「え? かばって肉食なの?」
彼女の中の姉、「真白」が呟き返す。
(さあ? 流石にカバの事はよく知らないわね。まあ、雑食なんじゃない?)
「動物園にキメラがいた自体がまず驚きなのですが‥‥お肉食べるんですか?」
異母姉の八葉 白珠(
gc0899)には、スーザンが返す。
「そうですね‥‥基本草食のはずですが‥‥カバというのは本来かなり気の荒い生き物ではあるらしいんです。ワニを顎で二つに噛み切ってしまうこともあるとか‥‥とにかく私、長距離武器を持っていませんから、今回あまり役には立てないかと‥‥」
彼女らの異母兄となる八葉 白夜(
gc3296)はかく嘆くスナイパーに、携帯していたライフルを差し出した。
「よろしければどうぞお使いください、スーザン君」
「え、あの、いいんですか。あなたの武器でしょう」
「いえ。いいんです。私は私でこの拳銃と短剣を持っていますので」
スーザンは一寸間を置き、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
自分の武器は他人に触らせないという職人堅気な傭兵も少なくない中、この気軽な貸与が実に有り難かったのだ。
「あ、それなら私もこれを。スーザン様、どうぞお使いください」
白珠もまた超機械「天狗ノ団扇」を差し出す。
スーザンが再度感謝して受け取ったのは、いうまでもない。
●
「あ、そうそうシンさん。今日はよろしくお願いしますね!」
忘れるところでした、と同居人に改めて挨拶されたので、シンもまた改めて挨拶した。
「いえいえ、こちらこそ白雪君」
この二人はそろって礼儀正しい。だからこそ同居関係が恙無く続くのかもしれない。
「あ、いえ、こちらこそよろしく白雪さん。今更ではありますが‥‥」
なにはともあれ全員で相談した結果、カバを陸におびき寄せることが肝要だろうとの結論に達した。
その気は無さそうに水に浸かる相手は、確実のこちらの動きを探っている。両岸から遠い中ほどで、巨体を浮かせて。時々潜り、また顔を出し。
白珠は眼鋭く、その動きを逃さぬよう観察し続けている。
「ひとまず逃げる感じはありませんね。食べたばかりで体が重いのかも知れません」
飲まれてしまったカバはどうなっているだろう。
現実的に考えればもう消化されている可能性が高いが、しかし万一にでも生きているのなら‥‥可能性は捨てたくない。
「助けなければなりませんね」
囮役の無月は「明鏡止水」を手に川辺に近づいた。
もう1人の囮役は、白夜。彼は「チンクエディア」と「NG−DM」を所有。
後は引き込まれた際の用心として、腰に命綱――端は白雪が握っている。
「どうか、お気をつけて」
「真白」として兄へ声をかけた彼女は、突発時に備え、魔創の弓へ弾頭矢をつがえている。
「‥‥まだ生きてるといいけど‥‥どの辺りにいるか分かりますか?」
尋ねるシクルは「雷上動」に。
「‥‥はい、あの葦の茂る向こう側に」
答える白珠は「呪歌」を奏でる喉に手を当てる。
シンは「エネルギーガン」を構えている。
スーザンはもっとも遠方から、ライフルの照準を合わせている。
カバは横目でそれらを眺め、水没した。
逃げたのではない。様子を窺っているのだ。
無月がまず浅瀬に足を踏み入れた。続いて白夜が。
水はどよんとしてぬるい。透明度も低い。
底に水草が生えているのかぬるぬるする。
足場はよくない。
カバの黒ずんだ影が動き始めた。
獲物が得意とする分野に入ってきたので、警戒心を和らげたらしい。
ある一定の地点まで近づくと速度を増し、浮上してくる――まずは白夜に向かって。
彼は「チンクエディア」で切りかかった。
分厚い皮膚は堅く、一度では深くまで切り込めない。
体当たりの衝撃で滑り、水の中に転ぶ。
「うわっ!」
その上へのしかかろうとしたカバに、無月が至近距離から弓を放つ。
「御前はしては為らない事をした‥‥子供達の笑顔‥‥返して貰うぞ‥‥」
シクルも川岸から、尻目がけて牽制を加える。
胴体を狙わなかったのは、まだ食べられたカバが生きているかもしれないと思ったからだ。
シンの制圧射撃も水面を打ち泡立たせ、大きな音を立てた。
カバはそちらに気をとられ、二の足を踏む。
すかさず白珠が呪歌を始める。
カバは痺れて動きを止めた。
その間に白夜が体勢を立て直す。
無月は捲れ上がった口中目がけ突入を図る。
まだ水中にいて、半分顔が水に沈んだ状態だったが、半開きの顎を両手でなお押し広げ――そうすると自然に顔の皮が後方に剥け、少々気味悪かったが――生臭い口の中に頭から入り、喉の奥まで手を突っ込む。
びりびりっと刺激が走る。
胃から排出されている強力な酸が、装備を通して染みたのだ。
硬いものに触れたので反射的に掴み、大急ぎで引き抜く。
真っ白な動物の頭蓋骨が出てきた。本当のカバの名残が。
瞬間上下から圧力が加わった。
ばかりか、そのまま水中に没する。
呪歌の効力が弱まったらしい。
無月はカバの口中から上側へ向け、刃を突き刺し切り裂いた。
視界の悪い水中に血が広がり、さらに前が見え辛くなる。
だが顎が大きく開いた。
脱出し、水面に顔を出す。
力を入れたら崩れてしまいそうなほど薄くなった骨だけは手放さず、岸に向かう。
彼へ追いすがろうとしたカバに、腰まで水に浸かった白夜が挑む。
「NG−DM」を連続して撃ち込み、先程切り込んだ足目がけてもう一度切り込んだ。
カバが再度水中に避難しようとする。
「逃がすか!」
彼も息を止め水中に没し、後ろ脚の腱を切りつけた。
カバは向きを変え高速で体当たりした。
衝撃に詰めていた息が漏れる。
澄んだとは言いがたい水が、どっと口鼻から入ってくる。
彼は思わず顔をしかめた。
カバの牙が迫る。
「真白」が命綱を引く。
「‥‥引き上げます!!」」
合図を受け、真白が全速力で綱を引く。
白夜は再び空気を飲み込んだ。
カバは逃げた彼を追い、もう一度浅瀬まで戻りかけ――居並ぶ危険を改めて思い出し身を翻しかけた。
だが、その顔に大波が被る。
対岸からスーザンが「天狗ノ団扇」で煽ったのだ。
驚き、カバはあわてて引き返す。
機を逃さずシクルが、弾頭矢を撃ち込んだ。
「もう、遠慮はしない‥‥爆ぜろ!」
カバの面前で爆炎が上がる。
白雪も彼に習い、弾頭矢を幾つか放つ。
視界を塞がれて熱風を浴び焦ったカバは、見当違いの方向へ進んで行く。
だがなかなか水から上がってはこなかった。
陸では4本の足を使えなければ巨体を支えられないと、分かっているのかどうか。
スーザンが、小さな耳を両方とも吹き飛ばした。
尻尾にも弾を浴びせ、さらに陸へと追いやる。
シンも敵が水中に戻らないよう銃撃を浴びせる。
カバの姿をしたものは口から赤いよだれを垂らし、吠えた。
その中目がけ、シクルの矢が飛び込んだ。
爆音、爆風。
カバは上顎を吹き飛ばされ、浅瀬に倒れ込んだ。
無月が脳天目がけ、「明鏡止水」を突き刺す。
「死で贖え‥‥」
そのまま刃を回転させ、顔部分をそっくり切り離す。
体本体も背中から2つに割る。
灰色の死骸を起点にし、紅の流れが一筋生まれる。こぼれ出てきた強力な胃酸のせいか、幾分変色しながら。
海へ向かって行くそれを眺め、無月は岸辺へ上がってきた。
草の上に置かれた頭蓋骨を手にし、呟く。
「帰りましょうか‥‥」
べしょべしょに濡れた髪をかきあげながら。
●
「あのキメラ、ここにいたんだよね? どこから入ってきたんだろう‥‥」
「そこですよね、気になりますよ」
動物園にやって来たシクルはシンとともに、園内をくまなく捜索した。
一体どこからキメラが侵入したのか、確かめておかねばと。
おおよそ30分ほど見て回り、ようやくそれらしい場所を見つける。
「あ、ここかな‥‥」
園の外縁にある植え込みに隠れて、壁に不自然な穴が空いていた。
大きくはない。ひとまずあのカバよりずっと小さい。
が、あれは恐らく急成長するタイプのキメラ、最初はこの程度の抜け穴で十分だったのだろう。
証言からするに、本物のカバを食べた後、体が少し大きくなったようだったというし。
ひとまずこの件も、後で報告だ。
思いながら彼女らは立ち上がり、ポツンと池だけが残ったカバ舎のもとへ行く。
そこには他の傭兵たちと、一時避難していた園児たちが集まっていた。
無月がそっと骨を置く。
「皆のカバさんを助けて来ました‥‥」
小さな子供たちは何が起きたかよく理解出来ず、戸惑っている。
そのうち何人かが、しくしく泣き出した。
近づき、シクルが頭を撫でてやる。
「もう大丈夫だよ。悪いカバさんは退治したよ。いいカバさんはね‥‥天国に行っちゃった」
無月は膝をつき、園児と同じ目線で語りかけ続ける。
「この子を怖がらないであげてね‥‥」
飼育係は黙って帽子を脱ぎ、それから言った。
「さあ、みんな、お別れしてね。この子にお花をあげてやっておくれ、よろこぶから」
白雪、白珠、白夜。それにスーザンが園児たちへ、用意した花を手渡してあげた。
幼子たちはめいめい、思いのままに献花する。
檻の前に置かれた白い頭蓋骨を覆うたくさんの色。
眼窩から、顎の中から、頭の上まで花盛り。
――それはちょっぴりおかしくて、物悲しい光景だった。