●リプレイ本文
バイクを停めたメルセス・アン(
gc6380)は、中からの怒声に首を傾げつつ、扉を開いた。
「や、先生、近くに来たもので寄らせて貰ったぞ。怒鳴り声が外まで聞こえたが、一体何事かな?」
「おお、メルセスか。いやな、この野郎がつまらん話を持ち込んできて。お前は何だ、この近辺で任務でもあったか」
ミーチャが言っていた所、肥えたコーギー犬が走り込んできて、メルセスに飛びついた。
「っと、LUCKY。駄目だ駄目だ、今日は何にも持ってないぞ」
彼女はこの犬を知っている。知り合いの飼い犬なのだ。
「おや、急にLUCKYが走りだしたものだから何かと思えば、メルセスか」
その知り合いとは、今入ってきた永遠のダンディ、UNKNOWN(
ga4276)。
散歩紐を片手にしながら、小わきに酒のツマミのバタールにトマト、オリーブ油など入った紙袋を抱え、パリジャンのごとき雰囲気を醸している。
メルセスから何も貰えそうにないと察したコーギーがクルリと向きを変え、春野に突進した。
「うわはー!」
上着がべしょべしょになるまで嘗め回る犬を剥がした彼は、メルセスの前に手をつく。
「あの、もしかして傭兵の方ですか」
「もしかしなくてもそうだが」
「おお、それなら是非傭兵としての体験談などお聞かせ願えませんでしょうか、先生!」
いきなり崇め奉られてしまったメルセス、まんざらでもない。
「‥‥そうだなぁ‥‥色んなキメラというのがいてだな‥‥マンモスだったりジェイソンだったり‥‥」
待合室のソファに腰掛け、ノリノリで語り出した。
「そこで私はガトリングシールドを構えてだな! ばーーっと!」
彼女が体験談を披露している所、別の傭兵たちも入ってくる。
ドクター・ウェスト(
ga0241)、鐘依 透(
ga6282)、宵藍(
gb4961)。
そして、彼らを見かけ挨拶てがら合流してきた沖田 護(
gc0208)。
理由は定かでないが、本日診療所は傭兵の当たり日らしい。
「どかーーん! バリバリー! ゴオォォン! とだな!」
メルセスが気分よくやっている間に、彼らは事情を説明して貰った。
ウェストが顎に手を当て、まず質問。
「ふむ、ミーチャ君、オフ会まではどのくらい時間があるのかね〜?」
「さて、確か明後日だったか――正直ほっといてもいいぜ。身から出た錆なんだからよ」
それはその通りだが、透はそこまで突き放す気になれず。
「うーん‥‥嘘は隠し続けると重く辛くなるだけですよね‥‥勇気を出して全部正直に話してしまった方が後々の為になるとは思うのですけど‥‥」
見栄とは言え将来まで考える相手に嘘はどうよ? と呆れながら、宵藍がぼやく。
「名の通った企業に勤めてて傭兵経験ありとか、何その美味しい設定」
「普通の生活をちゃんとこなしてるじゃないですか。このご時勢、それだけでも立派なことですよ」
護のまっとうな意見は本人の耳に入っていない。傭兵の体験談を聞き逃すまいと集中しているもので。
ペーチャが笑って口を挟む。
「いや、このご時勢だからこそ、普通じゃなかなか人目が引けない。バグア相手の超人英雄が溢れかえっていますからねえ」
それにしても、メルセスの武勇伝。
「そして、ドォーーーン! となったのだ!」
かなり長々と続けられているのだが、いまいち情景が浮かび辛い。
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仮にも傭兵を名乗るなら、付け焼き刃でもそれらしくなってもらおうじゃないか。
というわけで、ウェスト、及び宵藍の手による強化訓練開始である。
まずはウェスト。
「我輩がいつも使っているエネルギーガンと機械剣αを持って公園を一周してみようではないか〜」
万一の事を考え(エミタがなければ大丈夫とは思うが)念入りにロックした超機械を持たせる。
その状態で軽くジョギングさせたところ、半周いかないうち重さに歩くことも出来なくなり終了。能力者と非能力者の圧倒的な体力差を証明するだけに終わった。
「こらこら、寝るな。時間がないんだから」
その首根っこを引っ張り起き上がらせ、今度は宵藍が指導。
まずは一般的な武道の基本を一通りやってみせる。拳、立ち方、突き、蹴り、受け、鉄槌、裏拳。
「はい、やって」
やってと言われてもそこはど素人、一回で飲み込めるわけもなく、ダメ出しを連発される。
「足逆! 手、指先まで集中して!」
グロッキーになりかけの春野、息を切らして以下の提案を持ちかける。
「あの、すいません‥‥少し休憩を‥‥」
一蹴された。
「‥‥休憩だぁ? それで傭兵名乗ろうなんざ甘いわっ!」
鬼教官と化し、ビシビシ組み練習を続ける。
噴水の縁に腰掛け見ている透と護は、ごまかし通すのがかなり厳しいと見る。
傭兵というのは、一朝一夕になれるものではないのだ。能力者でなかったとしても、ひとかどのものになろうとしたなら、そりゃもう血の滲むような努力を重ねなければ。
「本人からすると、難しいのかな‥‥やっぱり正直に気持ちを話すのが良いんじゃないかと思うんですけどね。見得を張ってしまった部分はやましいでしょうけれども」
護は透の言葉に頷いた。
「そうですね。今の状態では聞き入れてもらえないでしょうが」
何とか組み練習を終えた春野は、完全にへばってしまった。
今度はウェストが襟首を掴まえ、引きずっていく。同行しているミーチャに確認を取りながら。
「この付近に確か射撃練習場があったんだよね〜、ミーチャ君」
「ああ、屋外のな」
「よし、小銃くらいは撃っておこう〜。なに、エネルギーガンよりは軽いね〜」
春野はいやもおうもない。連れて行かれるだけである。
それにしてもウェストは乗り気だ。
ミーチャはいささか意外に感じる。単に私見でしかないが、この男はあんまり他人の色恋にどうのこのしてこないような気がしていたので。
「いやいや、そんなことはないよ〜我輩ノーマルの恋愛は純粋に応援するとも〜けっひゃっひゃっひゃっ」
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美空・火馬莉(
gc6653)は公園を散歩していた。
強度の弱視である彼女の目に映るのは、大まかな色彩の塊。行き交う人々もそう見える。
それにしても、あまり上天気なので少し浮かれ過ぎてしまっただろうか。前方から来た人にうっかりぶつかってしまった。
ソフトクリームが手から落ち地面に。まだいくらも食べてなかったのに。
「ひ‥‥悲劇! ‥‥美空のソフトが‥‥」
ショックに涙を浮かべ座り込む。
ぶつかった相手はそんな彼女の悲嘆ぶりに驚いたか、慌てて助け起こした。
「だ、大丈夫? いや、あの、ほら、泣かないで、アイス買ってあげるから」
それが待ち合わせ相手が来るのを待っていた春野であり、子供を泣かせているところをナオミちゃんに見られたらどうしようという心配を大に持っていることなど、美空は知る由もない。
露店のアイスクリームを大急ぎで買い与えてくれた、顔はよく分からないが、なにぶんにも優しそうな匂いの人である。
彼女はお礼ついで、ベンチに座ってそわそわする御仁と会話する。
「へえ、そうするとキミは傭兵なのかい。すごいね。一体どんなことをしてるの」
職業を明かすとこのようにいたく感心されたのでうれしくなり、KV戦に関することをたくさん話してあげようとした。まず愛機のことから。
「シュバルツ・ベルダンディって言うのであります。色はメタリックブラックを基調に銀のラインが入ったオシャレな機体なのですありますよぉ。あ、そうそう、スペックに関して言いますと、通常の最高速度はマッハ2、ブーストつきなら最高速度マッハ6.7、巡航速度は毎時900Km、変形時歩行最高速度は毎時35Km‥‥」
だがそこまでにしておいた。相手が確実についてきておらず、薄ぼんやりしているのを察したので。
この人はどうやら傭兵に向かない人らしい。
「そういえばお兄さんは誰を待っているのでありますか?」
「え? ああ、ええとね、とても可愛い彼女を待ってるんだよ」
どんな人かと突っ込んで聞くと、よく知らないとのこと。初めて直に会うのだそうな。
最近姉たちから失恋による怨嗟を切りなく聞くはめになっている美空は、非常にほんわかし、恋人たちの行く末を見守ることに決めた。
改めて礼を言って離れ、こっそり近辺の茂みの裏へ。
すると何故か同じことをしている先客たち――宵藍、護、ウェスト――の姿が。
「あ、これはどうも、美空も是非交ぜていただくのであります」
ちなみにメルセスとUNKNOWNは、斜め向かいにあるカフェテリアから事態を監視‥‥ではなく見守っている。
後で事情を知ったメルセス、一度は春野に憤慨したのだが、なんのかんので事後経過が気になり、こうして見に来たという次第。
「‥‥まぁ、レオポールのようなヤツでも傭兵なのだ、意外と騙されるかもしれないな」
顔見知りであるコリー男の顔を思い浮かべる彼女はナース姿。雑誌を手に読むふりをしている。
相席にいるUNKNOWNからの勧めを受け、変装しているつもりなのだ。
「同じ服装では気づかれる」ともっともらしい理屈をつけ彼は、フリルのミニワンピやゴスロリ服、学生服、レースクイーン衣装までメルセスに用意してやっている。
どう考えても完全に遊んでいる。メルセス本人は気づいてなさそうだが。
ともあれ、待ち合わせ相手とおぼしき女性がとうとうやってきた。
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「あ、あの方が氷室さんじゃありませんか?」
護に遅れて宵藍も、氷室ナオミを視界に収める。
ふわふわの髪、ふわふわのワンピース、足取りまでもふわふわ。完璧な森ガールだ。
「おお、確かに言ってたとおりの相手だな」
さてこれからどうするのか。皆は息を殺して会話に耳を傾ける。
「春野さんですか? 初めまして、氷室ナオミです」
「あ、あの、こちらこそ初めまして。今日は。春野直人です」
滑り出しは順調だ。
いけるかなと思ったところ、ナオミが直球で本題に。
「あの、ところで傭兵の経験がおありだそうですね。どんな感じのことをなされていたんですか?」
そこに興味を示してくれたということなのだから、当然と言えば当然なんだろうが、いくらか早すぎた。
春野は動揺し、あらかじめ作ってあったシナリオを忘れてしまった。明らかにテンパりだした。
「は、はいその、ですね、その‥‥胴の長いマンモスのキメラとか、タイツを着たジェイソンのキメラとか色々」
「‥‥変わったのがいるんですね。どうやって戦ったんです?」
「え、ええ、それはガトリングを構えてばーーっと! バリバリー! ドォーーン! と」
「私の武勇伝を自分の手柄として話すつもりか、あの男はっ!?」
聞いていたメルセスは思わず雑誌を力一杯閉じたが、彼の暴走は止まらない。
「通常の最高速度はマッハ2で、ブーストつきなら最高速度マッハ6.7で、巡航速度は毎時900Kmなんですけどね」
門外漢であろう森ガールも、さすがにちょっと不審そうな顔になってくる。
「‥‥早くもグダグダだぞ」
「‥‥そうですね。フォロー行きましょうか」
「うーん、戦闘訓練や心構えだけでなくて、問答練習もしておいた方がよかったかね〜」
「ここは一つ場を移して、仕切り直しするのがいいかと思うであります」
茂みで好き勝手に批評しあう観察者たち。
しかし場を移すまでもなく仕切り直しの機会はやってきた。
「ようよう、そこの可愛いおねえちゃん。そんなダセェ奴なんかほっといてよ、オレと付き合わないか?」
唐突にベタなヤクザが出てきたのだ。
誰かと思えば変装した透だった。
どうりでさっきからいなかったわけだと、護たちは納得する。
「な、なんだキミは、ナオミさんに失礼じゃないか!」
突っ掛かってくるだけまあよしとしよう。
だが問題はここからだ。攻撃を受けてなお立ち向かってくるかどうか。
透は春野を突き飛ばす。そして馴れ馴れしく手をナオミの肩にかける。
「なあお姉ちゃん、オレと行こうや。こんなん頼りになんねえだ」
直後ナオミが森ガールとも思えない台詞を発した。
「あ゛? 何気安く触ってんだ‥‥手え離せやこのドサンピン」
直後、指を一本掴み、全力で逆方向に曲げようとしてくる。
(‥‥あれ? この子何か怖い?)
一寸本気でビビったニセヤクザ、お約束な捨て台詞を吐き早々退散。
「お、覚えてやがれっ!」
豹変を目の当たりに、春野も見ている面子もあっけにとられる。
UNKNOWNのみが落ち着き払い珈琲を飲んでいる。犬にジャーキーをやりながら。
ナオミは腕組みをし、ジロリと春野を見下ろした。
「本当に傭兵?」
春野は一瞬口ごもった後、白状した。
「あの、あの、すいません、嘘です」
「じゃないかと思ったわ。喧嘩弱すぎだし‥‥なんで嘘つくのよ、趣味が合う人かなと思って来たのに!」
「そ、そんなの僕だって言いたいよ、キミはもっとおしとやかな子だったじゃないか、メールでは!」
「そう作ってなきゃ来ないでしょ! あんただってメールじゃもっと威勢よかったでしょうが!」
「だってそうしなきゃキミ‥‥来てくれそうになかったし‥‥」
イメージと現実の違いにショックを受けてるのか、春野は涙声だ。
ナオミは舌打ちをする。
「一体私の何を見て会いたいと思ったわけ」
「‥‥顔がかわいくて‥‥優しい子だと思って‥‥」
「‥‥奇遇ね。私も顔が好みで性格も好みかと思ったの。念のため聞くけど格闘に興味はない?」
「あんまり‥‥キミはあるの?」
「‥‥あるわ。特にプロレス系統。異種格闘戦イベントも欠かさず行くのよ」
気まずい沈黙。
ここまでお互いモロバレになった以上、部外者が出る幕はない。
まあ、こっちのほうがよかったと宵藍などは思う。本来の春野を受け止めてくれる相手じゃなきゃ意味ないし。最初からそう当人に念を押していたのだし。
「偽った関係などいずれボロがでる、いい経験になっただろうさ‥‥」
メルセスは息をつき、ほろ苦い珈琲を飲む。
ナオミも春野に嘆息し、ほろ苦い言葉を。
「‥‥まあ友達ならいいけど、友達なら。でも付き合うのは無理そうね私たち」
「‥‥そうかも‥‥」
残念な結果になってしまったが、これはこれでしょうがあるまい。
成り行きと自分の力によってこうなったのだから。
お互い辛うじて悪感情を抱かず済んだだけ、よしとしなければ。
茂みから出てきた護は一同を代表し、ぽんと春野の肩を叩く。
「みんなで何か食べに行きますか。大丈夫ですよ、支払いは僕がなんとかしますから」
宵藍も一応慰めをかける。
「夢は見れたか?」
幾らか皮肉っぽくはあったけれど、男としての同情のもと。
UNKNOWNだけが優雅に平静。
「ん? 格闘のL−1は今日やるのか」
などうそぶくばかり。