●リプレイ本文
買い物帰り、食材の入った袋を抱えた終夜・無月(
ga3084)は、たまたま通りがかった店先での喧噪に目を見張った。
「何でしょうね‥‥この騒ぎは‥‥」
ただの特売セールによる盛り上がりでは無さそうだが。思って立ち止まり聞いてみると、喧嘩腰の声が目立つ。
「なによ、子供がちょっと走ったからって注意しないでよ、あんたの子じゃないのよ!」
「あんた今ビニール袋を投げて寄越したわね、客を何だと思ってるの! 名を名乗りなさい!」
「弁当に箸をつけるなオレはスプーンで食いたいんだ!」
「何度ガチャガチャしても欲しいストラップが出ないのよ、どうなってんの!」
どれもこれもかなり理不尽度が高い訴えのような気がするが。
訝しんでいると、どこからともなくドクター・ウェスト(
ga0241)が現れた。彼もこの商店街をうろついていたもようだ。
「おやおや〜これはいささか異常事態のようだね〜」
そこに、主婦としてタイムセールを当て込んで来た紅 アリカ(
ga8708)と、
「‥‥全くです。せっかく買い物に来たのに、これでは中に入れませんよ‥‥」
ウェストと同じくそぞろ歩きをやっていた十六夜・朔夜(
gb4474)が加わってきた。
「ほんまやわ。人垣のバリケード出来てはるえ。どないなってんますのん‥‥あ、もしもし、そこにおられるのはお店の方? よろしければ事情をお聞かせいただけませんですやろか」
朔夜は目が見えないが、その代わり他の感覚――特に聴覚が尋常でなく鋭い。周囲にいる人の気配もなんなく察せる。その人物が途方に暮れているということも。
「あ、あの、それが私にも何がなんだか‥‥あなたがたは?」
「あ、我々通りすがりのUPC傭兵でね〜この騒乱に実に興味があるのだよ〜、なにしろいかにも人為的なのでね〜」
話しかけられた男は傭兵という言葉に頼もしさを覚えたか、自分が店長であることを明かし、先だって店にからんできたチンピラが居たこと、急にこの騒ぎが起きたこと、それから今電話がかかってきたことを洗いざらい説明してくれた。
それを受け、朔夜が眉をひそめた。
「酷い話やなぁ」
無月も渋い顔をする。
「成る程‥‥確実にバグア絡みですね‥‥」
ウェストは眼を輝かせていた。彼にとってバグアは不倶戴天の敵であるとともに、興味をそそられる研究対象なのだ。
「ふむ、たかりのギャングというのが怪しいね〜それに‥‥ココまで生物を操ることは、地球の科学では無理だね〜」
もしかするとバグアの機械を入手するチャンスかも知れない。思えば気がはやる。だがまあそれ以前に。
「さっさと片付けて明日の料理の仕込みをしなくてはね‥‥」
無月が言うように、興奮状態に陥っている群衆を宥めねばなるまい。
ひとまず皆はその場で、今回の行きがかりミッションにおける簡単な計画を立てた。
その1。とにかく店内の客がおかしくなっているのだから、店内にそれを起こさせている何かがあるはずである。それを見つけて破壊する。
その2。電話をかけてきたということは、チンピラはごく近くにいて様子をうかがっている可能性が高い。そいつを捕まえしかるべき場所にぶち込む。
目的が決まった後、皆は分担を決めた。
第1目的に従って「何か」を探すのはウェスト、アリカ、朔夜。第2目的に従ってチンピラを捕獲するのが無月である。
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「まあ、とにかくコチラを何とかしなければならないか〜。はいはいすまないね〜通してください〜」
ウェストは主婦の群れの間を通り、額を拭う。
店内はものすごい喧噪で、収拾がつかない有り様だ。
普通に買い物している客は見当たらなかった。誰も彼もなにがなんだか訳が分からなくなってきているらしい。レジスターにいる店員はもとより、客同士でクレームをつけあっている姿も見受けられる。
「大体この店のおはぎは甘すぎるのよ! もっと砂糖を控えめにしなさいよ!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! これでいいのよ! いやならあんた買わなきゃいいでしょう!」
道理だ。思っていると話が突然あさってに向いた。
「あんたじゃ話にならないわ、店長を呼びなさい店長を!」
「そうよ、店長を呼びなさいよ!」
これがクレーマー脳と言う奴だろうか。店長というのは大変な仕事だ。
ウェストは心で同情し、直後無線機からおかしなノイズが聞こえてくることに気が付いた。
「コレは、妙な電波が混じっている?」
敵は電波装置を使っているらしい。となればこのヒス音が高鳴る方に近づいて行けばいいわけだ。簡単簡単。
心も軽く進み始めたウェストはしかし、紫髪の巨大なババ‥‥もとい中年婦人に立ちはだかられた。
「この煎餅割れてたわよ。新品と取り替えてよ」
お門違いじゃございませんかね。私店員でもなんでもないんですが。ていうかそれ開封済みですよね。すでに食ってますよね半分くらい。
突っ込みどころは限りなくありそうだったが、ウェストはあえて言わなかった。素早く愛想よく、近くの棚にあった袋を取って渡す。
「大変申し訳ありませんでした。こちらの品と交換させていただきます」
地球の生命体に対しては、彼も割と親切なのである。
中年婦人はへりくだったった対応に満足し、のしのし離れて行った。渡されたのは煎餅ではなく衣類虫よけ消臭剤の袋だったのだが、別にそれで構わなかったらしい。
やはり人々の認識力がおかしくされている。
確認を終えウェストは仲間にこの旨を知らせ、衣料品売り場に向かい、山積みとなった下着類をあさり始める。
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「‥‥はい、分かりましたドクター。電波装置らしきものを探せばいいんですね。了解です‥‥」
ウェストからの報告を受けたアリカは、早速探索を始めた。
「‥‥長ネギ、しらたき、豆腐‥‥」
今晩の食材をカゴに入れながら。
奮発してすき焼きにしようかなと思っているのだ。
「‥‥シイタケ、ニンジン、牛肉‥‥」
食品エリアを回るついで、青果物や食品類の積まれているダンボールも注意深く調べていく。
「‥‥ついでにリンゴも買って帰ろうかな」
その矢先、尖った爪にごちゃごちゃしたネイルをつけた女にからまれた。
「ちょっと、このブドウ、パックに穴が空いてるわよ、どういうこと!」
傷つけたんでしょその爪で。もう切れ。根元から切れ。
思ったけれど面倒臭くなるので、アリカは口にしないでいた。
「‥‥これでも私は主婦ですので、普通に買い物に来ただけです。邪魔しないでもらえますか‥‥?」
穏やかに諭していなすと、相手は去った。誠意の勝利だ。
もっとも彼女はその時瞳を赤色に変え、背後に蒼炎の如き陽炎を立ちのぼらせていたので、そちらが効いたのかも知れない。
とにかく滞りなく買い物と探索を再開させ、リンゴの積まれている台に手を伸ばし、その下に銘柄の書かれていない箱が隠されているのを見つけた。
一番下に入り込んでいたので、注意し引っ張り出す。
段ボールにしては質感がおかしいし、蓋が開く様子もない。かすかに振動し、熱を持っているようだ。
躊躇なく彼女は引き出した箱目がけ、能力者の力で拳を叩きつけた。
ビュウンと小さな音がし、振動が止まる。
「‥‥これでよし、っと。後は他のエリアね‥‥」
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雑貨コーナーにて台所用品を漁っていた朔夜は、困った男と対峙していた。
「見ろこれを」
なにやら持ち込んだ服を広げてくる。
「ここで買った醤油差しで今朝焼き魚に醤油をかけようとしたら、蓋が取れて服に零れたんだ。おかげでシャツが一枚台なしになった、弁償しろ!」
朔夜は少し考えにっこりとする。
「それはお気の毒なことでございます。けれどあんさん、よう考えてみておくれやす。その醤油が零れた原因は、醤油差しだけですやろか‥‥もしかして醤油そのものに原因があるかも知れませんえ。そう、例えば通常の醤油より腐食作用が強い醤油で容器を痛めてしもたとか。ああ、きっとそうに違いおへん。どこの醤油メーカーのものかお分かりになりまへんか? お分かりでしたら仕入れのほうからメーカーに苦情申し上げますさかい」
「そ、そんなもの分かるか! 醤油のメーカーなんかいちいち覚えてるわけないだろう!」
「おや、そうですのん。ほしたらなんで醤油差しだけうちのもんと分かりますのん」
「こ‥‥ここで買ったからだ!」
「それにしては売り場にない型の醤油差しですけど、ご購入されたのは何年前のことですやろ」
かまをかけると相手が詰まった。
やはり単なるいちゃもんだったか。
間髪入れず朔夜は男の目の前で両手を打った。キュアをかけたのだ。
「一生懸命働いてる人の邪魔はしたらあかんよ」
男は毒気を抜かれたような顔でくたくたっとなり、棚に体をぶつけた。
拍子に上から小さな箱が落ちてきた。手に取り拾い上げたところ怪しい気配を感じたので、即時破壊する。
とたんに周囲から怒鳴り声が立ち消え、戸惑うようなザワザワ声に変わる。
「おお、ここにあったあった〜けっひゃっひゃっ」
ウェストの楽しげな笑い声が聞こえた。衣料品の方の騒音も消える。
皆、手早くうまくやったらしい。後は‥‥。
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身体能力とキュアを駆使し、難無くバックヤードへ入り込んだ無月は、そこでクレーマーらしき老人と風体のよくない男3人が揉めているのを見つけた。
「あのな、ここの総菜はわしが買いに来るときいつもほとんど売り切れとるでな、客商売としてそこのところをよく考えてじゃな‥‥」
「なんだこのジジイ! しつけーんだよ! オレは店員じゃねえって言ってるだろうが!」
1人が老人を殴りつけた。老人は倒れ、うめき声を上げる。
その上また蹴飛ばそうとした次の瞬間、殴った男の体を身の毛もよだつ殺気が貫いた。
間髪入れずでこぴんで壁際目がけて吹き飛び、積まれていた段ボールの山に激突する。
瞬きの間の出来事だ。
虚を突かれた他2名は立ち尽くし、仲間を弾き飛ばした見知らぬ青年に目を見張る。
脅し文句一つ並べず、バックヤードの出口まで一目散に逃げようと背を向けた。
無月がそれを許す訳がない。老人を抱き抱え壁際に寄せてから、余裕で追ってくる。
虎に追われるのと変わらぬ、いやもっと格が上の恐怖に浸る前に、チンピラたちは別の恐怖も味わうことになった。
出口に他の傭兵が来ていたのである。
「‥‥お約束な行動ね。お約束な連中だけに」
乗り込もうとしていた車がアリカの「鴉羽」でずんばらりん、前と後ろに泣き別れ。
「逃げてはいけませんえ」
朔夜の「月の宮」は、ズボンの裾を地面に縫い付け。
「くだらない事してるんじゃありませんよ‥‥」
無月のでこぴんが止めをさす。
先程と同じく手加減しているというものの、ただのチンピラはただの人間。たったそれだけの衝撃に耐えられず、植え込みまで吹き飛んでしまう。
「‥‥今回の件でこの店にどれだけの迷惑がかかったか、よく考える事ね。次こんな事したら‥‥半殺しじゃ済まないわよ?」
「是に懲りたらって‥‥聞いてますか? ‥‥」
その後は、むろんアリカと無月の言葉など届かない。何しろ完全に気絶してしまっているので。
「ウェストさん、どこにお電話かけてはりますの?」
「いやいや、警察でどうにかなる話ではないだろう〜。UPCにも連絡しておこう〜」
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騒動を鎮めた後、傭兵たちは帰路につく。買い物があったものは買い物を済ませて。そうでないものはそのままに。
「皆さん、本当にありがとうございました。ほんの気持ちにしかなりませんが、これをどうぞ」
頭を深々と下げる店長が彼らに渡してきたのは、特売の割引券だった。
無月は微笑んで言う。
「今回に限らずこの先色々在るでしょうが‥‥頑張って下さいね‥‥」
「はい。どうぞ今後ともご贔屓に」
小さな事件はこれで一段落。
さあ、家に帰ってご飯にしよう。