タイトル:尻尾のためにマスター:KINUTA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/19 21:55

●オープニング本文


「はあ‥‥」

 レオポールはここのとこすっかり元気がない。
 この前の任務で尻尾がずる剥けになってしまって、なかなか回復しないからだ。
 ようやく子犬の尾くらいの産毛は生えてきたのだが、目にするたびなんだかテンションが落ちてしまう。
 獣化しなければ分かりはしないのだが、この残念な男は感情の大幅な上下動と共に覚醒変化を起こすという厄介な癖があるのである。

「そんなに変じゃないわよ、レオポール。すぐふさふさになるわ」

 妻メリーから尻尾にかわいいリボンを結んでもらっても、いまいち仕事に身が入らない。ネズミキメラとかスズメキメラとかカエルキメラとか、小物ばかりしょぼしょぼ狩っている。
 よくない傾向だ。このままだとまたもとの働かないパパになってしまうのではないだろうか。
 長男レオンは一抹の懸念を抱き、なにか父の気を引き立てるものはないかと考え続け、あんまりあてにならないうろ覚えの情報を披露してみることとした。

「ねえ、パパ」

「なんだ」

「ヤモリの黒焼きってね、ハゲにきくんだって」

「馬鹿やろうなんだよオレはハゲじゃねえよなんだよ馬鹿やろう」

 パパ、すっごく気にしてる。
 いかにも負け犬っぽい吼え方だもの。逃げていくし。



 かくして夜の雑木林。レオポールは網を持って懐中電灯を手にうろうろしていた。
 目的はもちろんヤモリ取りである。仕事のときより目が真剣だ。

「でかいのいないかー、でかいの出てこーい」

 願いが通じただろうか。林の奥からバキバキ枝を踏み折る音が聞こえてきた。
 目を向けると闇の中、人の顔ほど大きい目が2つ。

「いたあ!」

 巨大ヤモリキメラ、お出ましである。


●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
クロノ・ストール(gc3274
25歳・♂・CA
楊 雪花(gc7252
17歳・♀・HD
ルーガ・バルハザード(gc8043
28歳・♀・AA

●リプレイ本文


 事の始まる少し前。雑木林の入り口。
 クロノ・ストール(gc3274)の視線の先には、オーバーコートの毛も失った上にリボンをつけている尻尾があった。
 数秒ためらいの沈黙をへた後、なるべくさりげない風を装った質問が発される。

「レオポール君‥‥換毛期かい?」

 犬男の耳がびくっと震えた。触れられたくない箇所だったらしい。しかし楊 雪花(gc7252)は彼の心理などものともせず、むしろ分かった上でもっと大胆に切り込んだ。

「おおレオポール、ハゲてしまうとはなさけなイ!」

 傷心に追い打ちをかけてしまったらしい。吠え散らしつつレオポールは、滝のような涙を流した。

「ハゲじゃねえよなんだよ馬鹿野郎オレはハゲじゃねえよ!」

「いや、その状態はハゲてると言う。やれやれ‥‥そんなことを気にせずともよいだろうに」

 容赦なく言いながらルーガ・バルハザード(gc8043)は、髪をふぁさっとかきあげた。
 全く、ハゲ(尻尾だけだが)を前に嫌みなほど豊かな頭髪だ。

「気、気、気になんかしてねーよ! こんなのヤモリの黒焼き食ったらすぐ治るんだよ! たかがキメラの消化液にかぶれただけなんだからな!」

 ああ、それで今日レオポールこんなに乗り気なのか。
 彼のヘタレぶりを知っている人間は皆、納得を覚えた瞬間である。
 それにしてもわざわざキメラから育毛剤の材料を取らなくていいんじゃないだろうかと、シクル・ハーツ(gc1986)は思う。どっちにしても、キメラがいるんなら退治しないと駄目だが‥‥確かヤモリの尻尾って、風邪とかの漢方薬だったような気がするし。
 時枝・悠(ga8810)も内心その点疑問だった。

(ハゲに効いたっけ、あれ。まあ、最低でもプラシーボ効果があれば無駄骨にはならないのか)

 石動 小夜子(ga0121)は人差し指を顎に当て、夜空を見上げながら確認を取る。彼女の大切な人――新条 拓那(ga1294)を相手に。

「つまり今回の任務は、ヤモリ退治と、レオポールさんのしっぽハゲの治療、ですね」

「うん、そうみたいだな。でもヤモリの黒焼きって、正味効くのか?」

「そうですねえ‥‥よく聞く民間療法の一つではありますけれど」

 未知なるグルメ探求のためヤモリ退治に参上した最上 憐 (gb0002)は目の前で揺れ動く尻尾を眺めた後、わっしと掴んでみた。ちらちら動くリボンがどうも気になってしまって。
 毛がないだけ敏感になっているのか、レオポールは飛び上がりかけた。そして次の台詞にまた泣かされる。

「‥‥ん。レオポールの。尻尾は。ヤモリみたいに。切ったら。新しいの。生えてこないの? こないの?」

「おオ、それはなかなかグドアイデア憐サン。試してみる価値ありそうネ。レオポールどうかナ。スポーンとやてみるカ?」

「止めろお前ら恐ろしいことを言うんじゃねえ! 人の尻尾だと思って粗末にすんな! もしこれがお前らの尻尾だったらどう思う!」

 あんまり心に響いてこない譬えだと、憐、雪花以外のメンバーも思った。
 でも本人がえらく真剣だし、これから任務に向かうところであるし、このまま前向き姿勢でいてもらうため、あえて異論を唱えないでおく。

「男の子が泣くでないヨ、レオポール。正直よく覚えていないのだガ、私にも若干原因が有る気がするから手伝てはあげるからサ。黒焼きの作り方知らないでショ? さあ皆で探索にレツゴーヨ」

 雪花は、風邪も引いてないのに長い鼻先をじゅるじゅる言わせているレオポールの背を押し、一番に現場へ入って行く。それに続いてクロノも彼の肩を叩き、適当な元気づけをしてやった。

「OK、協力するよ。じゃ、今日も頑張っていくとしますか。育毛効果‥‥聞いたことある‥‥ね。東西の歴史に裏打ちされた薬効だよ」

「おお、本当か」

「ああ、本当さ‥‥(多分‥‥)」

 後半を聞こえないほどの小声で付け足して。
 憐は歩きながらレオポールの尻尾をまだいじっていた。巻いてあるリボンの下にリボンを追加してやる。

「‥‥ん。尻尾。リボン一つだと。寂しそうなので。もう一つ。巻いてあげる」

 ついでだから傘カバーで包んでおいてはどうだろう。もっと間抜けに見えるだろうが。
 冷淡な感想を抱くルーガの満ち足りた頭髪が、夜風にさらさら揺れる。木々の透き間から入り込む明るい月明かりを反射させて。
 レオポールの懐中電灯に加えて、拓那、悠、憐たちがランタンを持参してきているので一行は、足元も確かに照らすことが出来る。
 かくして探索を始めた30分後――明かりに引かれ敵が向こうから姿を見せた。



「これまた、でっかいなぁ!」

 立ち上がったらざっと5メートルはありそうだ。灰色っぽい皮膚、膨れた指先、猫みたいな目――形は紛れも無くヤモリ。だがこれだけ大きいと、もはや恐竜と大差ない。

「口から火でも吐いてきそうな雰囲気‥‥確か、そんな特殊能力はなかったよね?」

 一人ごちるや、拓那は素早くランタンを地面に置き、暗視スコープ機能をオンにする。
 小夜子が彼と組む形で側に寄り添い、「煙管刀」を引き出した。小さな刀なので、切りつける場所は選ばなければならない。
 2人はヤモリの右から慎重に回り込んでいく。
 ルーガはその様子を横目に、沈黙したまま左へ。

「‥‥ん。巨大ヤモリを。食べに来たよ。爬虫類系。キメラは。私も。あまり。食べた事ないので。楽しみ」

 憐もまたランタンを置き、音もなく「ハーメルン」を振り上げる。尻尾の付け根がどこにあるか確認しながら。

「大きいな‥‥。人が襲われる前に見つけられたのは幸いだな」

 シクルは「風鳥」を手に、右側面へ移動して行く。
 悠は場の地形に目を走らせ、戦うに支障ないことを確かめながら左へ。
 雪花は大回りし、敵の真後ろまで下がって行く。
 一同の動作を目で追いながら巨大ヤモリは、ずっと間合いを計っている。本物のヤモリが餌を見つけたときそうするように。

「さて、と‥‥それなら僕らが引き付け役をしましょうか」

 目下ぴたりとその射程にいるのが、「エンジェルシールド」を構えているクロノと、一応やる気を出しているレオポールだ。

「お、おお」

 もっともレオポールはこれだけ大物が来ると思っていなかったらしく、相当動揺している。何の役にも立たない捕虫網を手放すのを忘れ、剣との二刀流みたいな姿になっているのがいい証拠だ。
 動きのないまま張り詰めていた緊張感は、敵の側から破られた。
 ヤモリは重さを感じさせないほど素早い動きで、正面にいたクロノたちとの距離を一気に縮める。

「‥‥大人しいうちに叩いちゃおう!」

 拓那の発破に合わせ、憐が真っ先に尻尾目がけ「ハーメルン」で切り込んだ。

「‥‥ん。とりあえず。長くて。邪魔そうな。尻尾は。頂く」

 狙われた部分が大きな音を立てて落ちる。
 とはいえ、全面的にただ切り落とされたというわけではない。刺激を受けた刹那、半ば自分から千切れたのだ。そうして一個の生き物みたいに跳ね回りだす。よじれ、伸び、周囲のものに手当たり次第ぶち当たる。

「‥‥ん。こんな。ところも。本物。そっくり。とは」

 憐は眉をひそめ、早々脚部と頭への攻撃を諦める。この尻尾を更なる細切れにし活動停止させることに全力を注ぐ。雪花もそれに参加した。

「おとト! 私も手伝うのコトヨ。生きのいい尻尾だネ、全ク!」

 その時ヤモリ本体はクロノから盾で鼻面を殴られ、シクルの「風鳥」で右前足を切り飛ばされていた。
 巨体が後ろ足を軸にし、引っ繰り返るよう身をひるがえす。早くも逃げようというつもりらしい。暴れる尻尾を身代わりにして。
 レオポールはそれを見て焦った。

「待て、オレの毛生え薬!」

 ヤモリは再度身を翻そうとする。
 シクルが急ぎ行く手の木を切り倒した。ヤモリを押し潰そうと。

「潰れろ!」

 残念ながら敵が体を引っ込めたので、真上には落ちなかった。だが足止めにはなる。
 立ち止まったところを見計らい、横に回り込んでいた小夜子が、咄嗟に左後ろ足の甲を刺した。

「レオポールさん、あまり先走ると逃げられるので、落ち着いて相手の出方を見ないと!」

 跳ね上がろうとしていた勢いが殺がれ、前足が片方ないこともあり、横滑りするようヤモリの姿勢が崩れる。

「ギャワン!」

 併走していたレオポールが巨体の横っ腹に弾き飛ばされた。
 自分の真横を通り過ぎて彼をスルーし、ルーガが「烈火」で「煙管刀」に縫い止められていた後ろ左足を切り飛ばす。

「お前には悪いが‥‥大人しくしてもらおうか!」

 ヤモリの動きは格段に鈍った。
 悠が「紅炎」に全力を込めてぶつかった。巨体が衝撃によって地面に叩きつけられる。
 横倒しになった体勢から素早く戻ることは出来なかった。
 木々の枝の上を伝い忍者の如く軽快に追いかけていた拓那が、「ツーハンドソード」を手に勢いつけて飛び降り、残っていた足を2つそいだ。
 後は狂ったようにどたばた動く胴体を止めるだけ。そのために頭脳をつぶす必要がある。
 ヤモリ黒焼き調達計画の首謀者に役をやってもらおうと悠は、木に正面衝突して引っ繰り返っているレオポールを、尻尾を掴んで引き起こした。

「さあ、ハゲ治療の為に頑張れ」

 レオポールはよろつきながら立ち上がり、力いっぱい彼女に訴える。

「オレは‥‥オレはハゲじゃねえ!」

「これは失礼を。まあしかしとにかく止めは急いだほうがいい。体が無駄に傷ついてしまって黒焼きがとれなくなるぞ」

 見ればシクルが「電上動」で、ヤモリの顔面目がけ、弾頭矢を矢継ぎ早に放たっていた。
 宵闇に爆音と火花が散る。

「冗談じゃねえよ。ハゲが直らなかったらどうしてくれんだ!」

 レオポールは剣を手に、ヤモリへと向かって行く。クロノが「鴉羽」で、その生白い喉を裂こうとしているところに。

「‥‥今ハゲって自分で認めたな」

 という悠の突っ込みを聞かなかったことにして。
 ちょうど本体に負けず劣らず暴れていた尻尾も制圧されかけていた。「ハーメルン」と「ティルフィング」とにより、きれいに下ろされ、捌かれし。

「はーやれやレ。辛抱強かったコトネ。まるでまな板の上の蛇のごとき粘りようだたヨ」

「‥‥ん。蛇。捌いたこと。ある。の?」

「そりゃもちヨ。中華薬膳には欠かせないアイテムネ。用途様々ヨ。生き血を絞ってみたリ、生きたまま焼酎に浸けたリ、毒を取って置いたリ」

 最後の薬でない気がするが。まあいいけど。
 憐が素早くそう片付けた所、体の暴れる音が止み、拓那のぼやきが発される。

「で、たたっ斬ったのはいいとして、これ、どうすればいいんだろ? とりあえず、食べてみる?」

「‥‥ん。もちろん。食して。滅する」

 鉄の胃袋を誇る少女は重々しく頷き、調理セットを用意し始めた。



 ヤモリの頭は随分痛んだので、食用には適さなくなってしまった。
 しかし四肢と胴体はそれを補って余りある。よって憐は満足である。

「‥‥ん。丸焼き。丸焼き。こんがり丸焼き」

 火の上でジューシィに焼ける肉の塊。
 そろそろいい具合かと思えるものを取り、少女は一口。そのお味、鳥のササミによく似ている。

「‥‥ん。ちょっと。淡泊。醤油を用意して来て。正解」

 薪拾いを手伝った拓那は、彼女から少し肉を分けてもらっている。

「そうかな。俺は塩ダレがいいと思うけど」

「‥‥ん。丁度。カレーもあるので。ヤモリカレーも。試す」

「豪快だな、きみ‥‥」

 一方、黒焼き作りも順調に進んでいた。

「こうやて適当な大きさに切テ、串に刺すネー。んで枯れ木を燃やして一昼夜燻すヨロシこれで出来上がりヨ」

 雪花から教えられるとおり、レオポールはヤモリの尻尾の細切れを串に通し、くしゃみばかりしながら煙をたいていた。
 物珍しさから小夜子も、燻製のお手伝いをしている。

「ふふ‥‥こういう料理は初めてです」

 しかして彼女は、黒焼きの効力をあんまり信じていない。

「尻尾ハゲは、なるべく皮膚を清潔にして刺激を与えないよう安静にするのが一番、だそうですけど‥‥あ、昆布や若布といった海藻類を食べるのも効くそうです」

 などとアドバイスしている。

「わ、ふわふわだね」

 ひたすらレオポールの毛の感触を楽しんでいるシクルも、その点同様だ。犬男が落ち込むといけないので、あえて口にしないでいるが。

「哺乳類の体毛は、身体の保護と体温の保持の役割を担っているらしい。なので、その機能の代替となるようにカバーでも被せてやればさ」

 悠の意見にレオポールは渋った。彼の感覚ではリボンまではまだいいとして、カバーはみっともないんだそうな。

「えー、そんならアレだ。くず鉄博士に弄り回して貰えばどうだ」

「やだよ! 一層なにがどうなるか分かんねえじゃねえか! そんなのよりオレはこれでフサフサになるんだ、フサフサに!」

(こいつ信じて疑ってないな‥‥さてはアホか‥‥)

 ルーガはあいも変わらず自然体な上から目線。犬人間に向け、何処か冷たい眼差しを注いでいる。
 レオポールは黒焼きの出来具合に気をもむばかりで、他人の言葉があんまり聞こえていない。お肉をもぐもぐしながら様子見にやってきた憐とクロノによる、以下の会話も。

「‥‥ん。逆転の。発想で。全身の毛を。剃れば。尻尾が。目立たなくなるよ?」

「サマーカットか。いろんな意味でレオポール君が悲しくなるから止めた方がいいね」

 しかし雪花の言葉には耳を奪われた。

「ところでレオポール、私超強力な毛生え薬を持てるのことヨ」

「‥‥な,なにっ!? どういうことだ!」

「黒焼きが効かなかたときの保険として店からコソーリ持てきたのヨ。楊家秘伝の塗り薬ネ。古文書どおり作てみたけど実験まだだかラ、結果が見えるように是非ここで使てみてもらいたいナー」

 塗り薬容器にはかすれた「666」という数字以外なにも書かれていない。
 皆、はっきり怪しいと思った。
 だけど脱毛問題に悩まされているレオポールだけは怪しまなかった。

「雪花‥‥お前、お前割といいやつだったんだな!」

 で、塗り薬を尻尾に振りかけた。
 次の瞬間、

 ボン。

 正体不明の煙幕が彼の体を覆う。それが晴れた後。

「‥‥あれ? 前が見えねえ」

 レオポールは尻尾を除き倍ほど毛深くなっていた。もはや別の犬種である。
 静まり返る場に雪花の芝居がかった声が響く。

「ああ、なんてコト‥‥私は私の天賦の才に震え戦くしかないヨ」

 ――しかしこのモサモサぶり、本人は気に入っていた。痛んだ尻尾が目立たなくなるので。
 でも結局一日と持たず、標準まで刈り込むこととなった。帰宅して早々、ゴキブリホイホイとハエトリガミをイヤというほどくっつけてしまったので。


 大事な尻尾は黒焼きのおかげかどうか、遅々としてではあるが復興中である。