●リプレイ本文
プールの縁でスロウター(
gc8161)が叫ぶ。
「サメ食いてェエーー!」
願いはすぐ叶えられそうだ。プールの中には体長2メートルのサメ(キメラ)がいるのだから。
楊 雪花(
gc7252)もこの生き物には大いに興を催している。
「むム、なかなか形のいいヒレ持てるネお兄サン。これは見過ごせないヨ」
月隠 朔夜(
gc7397)も彼女と同じ視点から対象を見ている。
「サメキメラですか‥‥DHAとか豊富そうですね〜」
漸 王零(
ga2930)も呟いている。
「‥‥せっかくだしフカヒレの材料にでもしてやるか」
ちょっと用事がと言い残しどこぞへ行っていた最上 憐(
gb0002)までが、帰ってくるなりこう言い出した。敵の姿をとっくり観察しながら。
「‥‥ん。さて。焼いたり。蒸したり。唐揚げでも。酢漬けでも。よし」
そういう興味をあまり持たない面々――エヴァ・アグレル(
gc7155)、白虎(
ga9191)は、同行者であるレオポールの様子の方が気になっている。
来る途中リザの写真を見せられたので、随分警戒している模様だ。鼻を周囲に向け匂いを嗅ぎ回っている。びくびくと。
かくも情けないおじさんの背後を取り、エヴァは尻尾を掴んだ。
「今日の敵前逃亡は尻尾ハゲの刑でどーお?」
「止めろ尻尾は止めろ鎌を向けるなオレに何の恨みがあるんだ!」
悲鳴に対し彼女は口を尖らせる。
「だっておじさん、情けないんだもの。メリーさんに泣きついて逃げてばかりいたんじゃないの?」
「ウン」
((そこ否定しないんだ))
リア充男に半眼を向けている白虎とエヴァの意識が重なった瞬間である。
「‥‥ちゃんと向き合わないと、相手の真意なんて分からないじゃない? おじさん、誤解してると思うの。話を聞くとリザさん、おじさんに構って欲しかっただけに思えるし」
「そんなことない‥‥大体リザには親衛隊とかいって男子の取り巻き多かったんだから。たまにそいつらからも相手にされ過ぎるとかいちゃもんつけられて、たまったもんじゃなかったぜこっちはよ」
これを耳にしっと団総帥の正義心は燃え上がった。
聞けば聞くほど学園ツンデレアイドルとのフラグ立ちまくりじゃないか。これだけお膳立てしてもらっておいてこの体たらくは何だこの鈍感リア充野郎!
――との心意気から、さっとロープを取り出す。
「よし、釣りましょう」
「はえ? 何を」
「サメを。レオポールさんをサメの餌にして釣り上げるのだー」
この宣言を耳聡く聞き付け、スロウターが寄って来た。
「面白そうだな。俺様も手伝ってやるよ! ヒャッハー!簀巻きだァー!」
彼女は基本何も考えてない上、ノリだけで動く人間。そのへんに置いてあった海水浴用のビニールシートをひったくり、白虎とともに犬目がけ襲いかかる。
「ギャー! 来るなオレがなにをしたー!」
「フラグを軽視するリア充は粛正なのです!」
「粛正だァー!」
犬と人間が全力でプールの周囲をぐるぐる回る。
「ちょ‥‥何してるのですか!?」
朔夜の注意も聞かず回る。
憐はこの騒ぎに眉を潜め、レオポールが目の前を通り過ぎた瞬間「ハーメルン」をかざし、口頭で2人に注意した。
「‥‥ん。只今。任務。中。おふざけは。ナシの。方向で」
両者緊急停止する。刃先が向いていたこともあって。
そうこうしている間にプールの水は空になっていた。
しゅんしゅん鼻を垂らしているコリー人間の肩を叩き、王零が励ましてやる。
「なに、キメラ退治は任せておけ。無茶して怪我して奥さんを心配させてはいけないだろうしな」
息が出来なくなって苦しいのか、サメは体全体をくねらせ暴れている。
プールを壊されるといけないので、憐の「ビスクドール」、エヴァの「マジカル・ドライバー」、王零の「シャドウオーブ」 が、揃って電磁波を浴びせる。
サメは一度大きく跳ね上がり動きを止め、小刻みに震えるだけとなった。痺れてしまったのだ。
皆は落ち着いてぞろぞろ、プールの底に降りてくる。
まず憐が電光石火の素早さで接近するや否や、サメの頭部を切り落とす。
真っ赤な血が吹き出しプールの底を染める中残った胴体の背びれを、雪花がすぱりと「ティルフィング」で刈る。
「全く瞬殺だたネ。これを干してフカヒレとして売れば大儲けヨ。しかも元手はゼロネ♪」
続いて王零も「ティルフィング」で尾びれの半分を刈る。
「我はここを貰おうか」
朔夜は「ターミガンで」残りを取る。
「なら、私はここを〜」
白い目を剥き顎を鳴らしまだ生きている頭を、白虎が「ライトニングクロー」で殴りつけた。
頭は焦げ臭い匂いを上げて吹き飛ぶ。
それをスロウターが「傭兵刀」で両断。それを。
「ギャー! まだなんか生きてる気持ち悪いっ!」
レオポールが騒ぎながら始末した。
「サメは食べるのですよね‥‥では血抜きして鮮度が落ちないようにしますね〜」
「死んでからすぐ処理しないとアンモニア臭くなるからな」
「最上サンは肉を食べるテ? はーそれて美味いのかネ? 日本人も侮れないナ」
全体的に退治というより、解体作業になった依頼であった。
●
ホテルラウンジにはペーチャが待っていた。
「‥‥何でお前がここにいるんだ?」
「おや、王零さんから聞いてませんか?」
こいつは本当にいい趣味している。
思いながら王零は、不審そうなレオポールに切り出した。
「そういえば、いぬこ‥‥レオポール。実は彼が汝の大切な人を招待してるんだが‥‥」
「おお、メリーか! たまには気のきいたことしてくれるんだなこいつも。ただの守銭奴かと思ってたけど」
尻尾を振って喜ぶ相手に、ペーチャの笑みが一層深くなる。
「ええ、ぼくもたまには人助けしますよ。では、あちらのレストランにどうぞ。招待した方が待っておられますので」
珍しくレオポールの肩を持ってやろうかなと企んでいた雪花は、たわいなくレストランへ向かう相手へ話しかけた。小声で。
「レオポール、落ち着いて聞いて欲しいヨ‥‥実は私さっきこのホテルに件のリザサンらしき人物がいるのを見てしまたのヨ‥‥シッ! そのまま気づかない振りして歩くのコトヨ‥‥」
寝てしまった耳と丸まった尻尾を見て満足し、更に続ける。
「‥‥思うに彼女はレオポールのストーカー兼殺し屋だナ。事故に見せかけるカ、爆弾を投げつけるカ、毒殺するカ‥‥あらゆる手段で狙われていたのヨ」
足が止まった。
「見た瞬間分かタ。あれは人でなしの眼だヨ! うちの店にあんな眼をしたお客サンが来るから分かるのコトネ。きと在学中に殺せなかたかラ、今日タマ取るつもりだナあれハ‥‥もしかしてレオポールの家族も狙ってるかモ‥‥ペーチャは間違いなくあの女とグルだと私信じるネ」
とうとう無言できびすを返しそそくさ帰ろうとする。
「ちょっ、どうしたのおじさん!」
慌ててエヴァが引き留めかけた時、近くの席に背を向けて座っていた女が椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、レオポール目がけ、かけていたサングラスを投げ付けた。
「会ってもないのに帰ろうってどういうつもり! なんなの、ちょっと見ない間に超毛深くなって見苦しいったらありゃしないわね!」
柳眉を逆立てた美人の姿を見た犬男は、キャーンと紛れも無い犬語で恐怖の叫びを上げ、脱走を謀る。
しかしすぐ捕まった。エヴァと白虎はさることながら、
「ヒャッハー! ご奉仕だァー!」
何故か給仕役が気に入って即席バイトをしていたスロウターと、
「この抹茶アイス美味しい〜♪」
ひと足早くバイキングスイーツを屠っていた朔夜と、
「だから言っただろう? 汝の大切な人を招待してるって」
王零とに押さえ込まれて。
続けて雪花により椅子に縄で固定され、リザのもとへ帰還させられる。
依頼はすんでいるも同然なので、今度は憐も狼藉を止めない。サメ料理が出来上がるまでの腹慰みに、塊のローストビーフを食べ眺めているだけだ。
「いやだいやだもうこいつだけは勘弁‥‥いていて! 何すんだお前!」
見苦しいばかりの男の頭目がけ、白虎がピコハンで殴りつけた。
「黙るのです。ここまで来てまだ分からないとはなんというトンチキなんですか」
効果が薄いと思って毛抜きを持ちだし、犬毛を一本一本抜くという地味な攻撃も加える。
「いでででで! やめろお!」
「止めません。世界のツンデレさんに対し全身丸坊主になって詫びるべきです」
それを止めたのは意外にも――いや外部から見れば意外でもなんでもないが――リザだった。彼女は白虎の手から毛抜きをもぎ取り、叫ぶ。
「止めなさいよ、話が出来ないでしょう!」
対し白虎は、ちょっと意地悪に言ってみる。
「別に好きでも何でもないならレオポールさんが酷い目にあっても関係ないよね? よね?」
リザは一瞬止まり、それから赤くなった。とても分かりやすい。
「関係ないわよ! だから私が抜くのよ! なんなのこの‥‥このもふもふは! 媚びてるんじゃないわよ!」
もはや毛抜きを使わず素手でレオポールの襟毛を掴み引っ掻き回し引っ張り倒す。
レオポールはひたすら恐がってヒャンヒャン鳴き出した。彼女よりずっと大きい体をしているのに。
「うわーん、メリー、メリー!」
恐らく学生のときもこんな感じだったんだろう。リザは多分俗に言う「駄目人間」好きに違いない。まあ一緒になった奥さんもその傾向が多々あるかと思うが。
かく分析している王零の前を横切って、エヴァが仲裁に入った。
まずリザへ制止をかける。
「おじさん、こんなだから‥‥怖がっちゃうわ お姉さんも少しは分かってあげて? 今のままじゃ、リザさん、おじさんにとってただの怖い人で終わっちゃうと思うの。それで良いの?」
それからレオポールに向き直って言い聞かせる。
「今回だけで良いから、ちゃんと話を聞いてあげて? 助け舟くらいはしてあげるから」
「だってよう、だってようお前‥‥こいつ何考えてるかわかんなくて予測が立てられなくておっかねえんだよ本当‥‥なんだ、もしかしてオレとメリーと子供に嫌がらせするために帰ってきたんじゃねえよな、やめてくれよそういうの‥‥」
よよと泣くレオポールにまた腹が立ってきたか、リザはますます真っ赤になった。
「鼻の穴にワサビぶちこむわよあんた! 私をそういう風に見てる訳!?」
「ひいいいい! だってそうじゃねえかよう」
雪花が縛り方をワザと甘くしておいたので、レオポールは拘束を簡単に断ち切り、再度猛威から逃れようとした。
そして即時スロウターと朔夜に捕まえ戻される。それには白虎とエヴァ、王零も手助けした。
今度は縛り付けるなんて手間は取らない。皆して上に乗る。
「まぁまぁ〜レオポールさん、落ち着いてくださいね〜。何もリザさんはあなたを取って食べようというんじゃないんですから〜。伝えたいことがあるだけなんですよ〜」
「そうそう。積もり積もったもんをここでぶちまけたいというやつでよ。全く妻子持ちを吹っ切れないってのもまぁ相当だよな! 乙女心と秋の空とはいかねえか。あー、サンマ食いたくなってきた」
「ここは大人しく粛正されないと」
「逃げちゃ駄目よ」
「そうだ。せっかく招待した相手を粗末にしてはいかんな」
レオポールは床をバンバン叩いていた。重いというサインらしい。
だけど誰も意見を汲みどいてくれなかった。
腕組みをして睨み下ろすリザへ、朔夜がおっとり促す。
「リザさん、自分に正直にならないと相手には伝わりませんよ〜?」
出来立てのサメ揚げを大皿に乗せた憐が、見物のため近くに寄ってきた。
雪花はそのうちから一つ拝借し、モグモグしながらぼやく。
「全く困ったものネ。2人ともいい大人なのニ」
レオポールは白虎が抜かりなくリザに渡したハリセンにより、しばき倒された。
「何よ、この馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿! どーしてあんたはいっつもメリーばっかりなのよ! 私の出る幕全然ないままだったじゃない‥‥謝りなさいよこの駄犬! 私の好意を弄んだ罪は万死に値するんだから! 謝れえっ!」
「ひえ! ご、ごめんなさい‥‥て、好意って何?」
疑問を示した途端最後にして最大の一撃が飛んでくる。
投げ捨てたハリセンの代わりに、バイキング用の盆で殴られたのだ。盆自体が凹むほど。
「ばかっ!」
目を白黒させるコリー人間を置き去りに肩を怒らせ、彼女は立ち去って行く。
入れ替わるようにして、奥さんのメリーと子供たちが入ってきた。
「‥‥うわーん、メリー‥‥リザが、リザが‥‥ひどいよー‥‥」
大きなコブを作ってしまったレオポールは、彼女に泣きつく。
これまでのやりとりを見ていたらしい奥さんはコブを撫でてやりながら、小さく息をついた。
「あのね、レオポール‥‥リザを怒らないであげてね。これまで全然分知らなかったみたいだから言うけど、あの子あなたが好きだったのよ」
「‥‥そうなの? ‥‥だってもう、あんなんじゃ全然分かんねえ‥‥」
ぐすぐす鼻を鳴らすレオポールの脇から、エヴァがそっとジャーキーを差し出した。
「脅したお詫びも兼ねて頑張った報酬。無理強いしたのは謝るわ‥‥でもね、伝わらなかったとしても、お姉さんも自分なりに必死だったと思うの。そこは分かってあげて欲しいわ」
女2人に言われレオポールは、自信無さそうに頷いた。
変わらず多数の下敷きになったまま。
●
ホテル屋上で海を見ていたリザは、背後から誰か近づいてきたのを感じ振り向く。
そこにはエヴァがいた。追いかけてきたのだ。
「お姉さんはもっと良い女になれるわ。綺麗で性格も可愛いし、もう少し素直になれば次はもっと素敵な恋が出来ると思うの」
「‥‥子供に励まされるようじゃ私もおしまいね‥‥」
「あら、子供でもお姉さんと同じ女よ。男なんて仕方ない生き物だわ。その分、エヴァ達が確りしないとね。女は度胸と包容力よ」
眼下に見えるプールから騒ぎが聞こえてくる。
「ヘイそこのショタ! お姉さんと遊ぼうぜェェェーーーッ!!」
「うわー! 変な女来たー!」
スロウターが逆ナンしているのだ。
「‥‥もう大丈夫よ。おじさんリザさんが意地悪していたんじゃないって理解したから。レストランに戻りましょう。メリーさんも懐かしいから、お話ししたいって」
「‥‥そう」
女はため息をひとつ吐き、少女と一緒に戻って行く。
「あなたは鈍い男に恋しないように気をつけなさいね。まあ、気をつけようがないんだけどね‥‥」
人生の後輩に、そう言い聞かせながら。