●リプレイ本文
「ところで桃太郎ってどこにいるんだ」
犬のレオポール。
「知らねえよ、でも桃太郎なんだからこっちに向かってんだろ」
猿のミーチャ。
「ご都合主義だよね。昔話だからそれでいいんだけどさ」
孔雀のペーチャ。
3匹は道を逆戻りして行く。来るはずである桃太郎を迎えに。
そこへウサギの着ぐるみを着た少女、最上 憐 (
gb0002)がやってきて、堂々宣言した。
「‥‥ん。私は。通りすがりのウサ‥‥じゃなくて。桃太郎? 多分。桃太郎」
レオポールがうれしがり、尻尾を振る。
「おお、早くも見つかったな。これでオレたち安心だ」
ミーチャは彼女に尋ねた。
「‥‥念のために聞くが、桃太郎の筋書きは分かってるよな?」
憐はこの問いに、大きく胸を反らして答える。
「‥‥ん。もちろん。鬼は大きい。きっと食べ物も。沢山。食べる。鬼が島には。食べ物が沢山。鬼から。食べ物を。略奪。しよう」
「‥‥」
複雑な顔になるお猿。その肩を孔雀が嘴でつつく。
「いいじゃないの。本人がやる気になってるんだから。それよりほら、新しいのが来たよ」
彼が言うとおり、続けて白い虎柄の衣装を着、右腕に桃のマークの腕章をつけた西島 百白(
ga2123)がやってきた。
レオポールはワンワン吠えながら彼の回りをぐるぐるし、投げてもらった団子を追いすっ飛んで行く。
「で、お前も桃太郎か?」
彼はミーチャの問いかけに重々しく頷き、道端の岩に腰掛ける。そしてとうとうと語り出した。
「俺は奴らに貸しがあってな‥‥あれはそう、今から丁度一週間前のことだった」
憐が彼の腰から団子が入った袋を拝借し、際限なく食べ始める。
「‥‥ん。この人。語り。だした。けど」
「‥‥まあ聞こうぜ。特に急ぐ話でもないし」
ペーチャは付近の雌孔雀相手に羽を広げて回っている。
レオポールは浜辺にまで転がって行った団子をパクリとやったついでに、カニに鼻を挟まれ痛がっている。
「俺は山で修行中、鬼に襲われ金品を奪われたあげく、谷底へ突き落とされたんだ。顔に大きな傷があってな、右目がつぶれているやつだった――幸い下は渓流で、意識のないまま俺は川下に流されて行き、とある村で助けられた――」
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目を開けてみると、すすけた天井が見えた。
「おお、気が付かれましたか。大変な目に遭われたようで」
顔をのぞき込んでいるのは人の良さそうな老夫婦。
「‥‥ここは?」
「はい、ここはおとぎ村と申します。あなたは傷だらけで川から流れてきたのですよ」
すぐ体調も元通りになったので起き、村の様子を見て回ると、随分荒らされていた。あちこちの家が壊され、焼かれたものもある。
「詳しく‥‥聞かせて‥‥もらえるか?」
事情を聞くと、鬼がやってきて村の金品食料をあらかた奪って行ったという説明を受けた。
「なんとか食べる分だけは隠しておいたのですが、後はきれいさっぱり持って行かれてしまって‥‥」
「‥‥ここだけではなくてよその村落なども襲われました。ですから我々はもう、鬼の来ないもっと山奥へ移住しようかと思っているのです」
打ち明ける老夫婦の目には、涙が光っている。
百白は深呼吸を一つし、恩人の肩に手を載せた。
「‥‥なるほど。で‥‥鬼共の拠点は‥‥どこだ? あと、武器を‥‥扱ってる所‥‥だ」
言葉の意味を悟った年寄りたちは、慌てて止めにかかる。
「お止めなさい、鬼はとても強いのです!」
「都の代官でさえ手が出せないのですよ!」
しかるに彼は、明るく笑って手を振った。
「恩を‥‥返さないと‥‥な?」
かくして装備を整え、きびではないが団子を腰に、意気揚々と旅に出る――。
「‥‥得物は‥‥大剣だけ‥‥だが‥‥手に‥‥馴染む」
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「と、いうわけだ‥‥」
百白が全て語り終わると、一条 薫(
gc7932)が拍手した。
「へー、なかなかシリアスな設定じゃん。オレもそんなの作ったらよかったかな」
彼もまた桃太郎。百白が話をしている間に追いついてきて、場に加わったのである。
「ま、今回は桃太郎! よく昔話は劇でみてたから、いつも以上にテンションが上がってるぜ! せっかく着物も用意したんだし、楽しんでいくZe♪」
ノリは軽いが、とにかくやる気はあるもよう。衣装も着物で、一番それっぽい。
「さ、早く鬼が島へ行こう!」
憐も百白も異存なし。
が、猿のミーチャはいいとして、気が付けば残りの犬と孔雀がいない。
確かめてみればレオポールはカニを払いのけようとしているうちにあらぬ方向へ走って行ってしまい、ペーチャは明らかにずらかる気で飛び立とうとしていた。
「こらこらどこに行く!」
薫は蠅叩きを手に、ペーチャを取っ捕まえにかかる。
「‥‥ん。しっかり。働かないと。私の。胃の中に。ご案内するよ?」
憐はレオポールを高速で追いかけていく。
残っているミーチャを百白が見下ろす。
「‥‥邪魔はするな。これは俺の戦いだ‥‥」
「いや、しねえけどよ」
●
薫の槍に取り付けられ、たなびく「日本一」の文字。
桃太郎3人とお供3匹のご一行は、分かりやすい鬼が島へ一路舟で向かっていた。
舳先から前方をしかと見やる憐が、鼻をうごめかす。
「‥‥ん。鬼が島。食べ物の。匂いと気配が。プンプンする。楽しみ」
レオポールは臆病風を吹かせている。
「ああ、鬼がすげえたくさんいそうな感じ‥‥なあ、お前らちゃんと戦ってくれるんだよな」
少女はすっと親指を持ち上げ、彼の不安を払拭してやった。
「‥‥ん。大丈夫。危なくなったら。レオポール・シールドを展開する」
「おおそうか‥‥て、レオポールはオレじゃねえか!」
「‥‥ん。心配ない。レオポール・シールドは。無敵。だったら。いいのにね」
「単なる願望だろそれ! もうオレ帰りてえよおおおお」
その時、近づいていく鬼が島から大音響のアナウンスが聞こえてきた。
『そこの舟、即刻停止せよ! お前たちは領海侵犯を行っている! 鬼が島人民共和国への侵略戦争について断固抗議を行おう! 主権は侵されてはならん!』
薫は目を丸くした。
「鬼が島って国なのか?」
百白が事もなげに答える。
「‥‥まあ、国号なんて所詮自称だからな。中身がどうでも一応は名乗れる‥‥しかしどこかで聞いたような声だな‥‥」
そこの疑問については、アナウンス自らが回答を出した。
『私は普遍性と中立性をもって各国の主権の保護と確保を願うもの‥‥UNKNOWN(
ga4276)だ!』
「‥‥おい。何やってんだお前。桃太郎にならなきゃ駄目だろ」
『残念ながらそのような条文は、OPに明記されてなかった』
ミーチャの指摘は軽く流され、サイレンが鳴り始める。
『とにかく島に危害を加えることは、なんぴとたりとも、許さん』
轟音が轟き始めた。雨あられと陸から火炎弾が降ってきたのだ。
「きゃー! 助けてえ!」
脅えて船底に縮こまってしまうレオポールのお尻を、薫が蠅叩きでひっぱたいた。ついでに孔雀も。
「こら、早く舮をこげ! 沈められちまうぞ! 鳥逃げるな! 全速前進だ!」
お猿は彼から言われるまでもなく全力で舮を漕いでいる。ぶつぶつ文句をたれながら。
「鬼が島じゃなくなってるな。まあ最初から期待出来そうにはなかったんだが」
かくして木っ端舟は炎の間をかいくぐり、岩だらけの海岸へ到達する。
そこには鬼の集団がどでかい金棒を手に多数待ち構えていた。
角を生やし牙を生やし、赤に青に黄色にと、昔話と変わらぬ姿だ。頭は悪そうだが力は強そう。
「野郎共、奴らをミンチにしてやろうぜ! グハハハ!」
「おう、鍋の具にしてやろうじゃねえか! ガハハハ!」
彼らを前に百白の目は、不敵に輝く。
「‥‥さて‥‥俺を‥‥狩ろうとした鬼は‥‥どこだ?」
大剣を軽々振るい、舟から浅瀬へ降りて行く。
「狩りの‥‥時間だ‥‥」
薫も急いで後を追う。槍を手に。
「待てよ、一人はしんどいぜ」
ミーチャも舮を武器とし、協力に向かう。
一方レオポールとペーチャは鬼のことなど後回し、食料強奪に向かう憐の後をついて行く。
「‥‥ん。アッチから。食べ物の。気配。急行する。食べ物は。全て。頂く」
「ああっ、待ってえ、オレもそっち行くう」
「ぼくもお供するよ。暴力って好きじゃないし」
楽な方を選んだだけなのは言うまでもない。
●
「くらえ!」
振り下ろされる刺だらけの鉄塊を避け、百白は相手よりはるかに鋭い動きで剣をふるう。
毛むくじゃらの腕が切って落とされた。うめき声を上げて鬼が倒れる。
「おりゃあああ!」
別の鬼が横殴りに金棒を振り回してきた。
目の端でそれを捕らえた百白は舌打ちし、紙一重でかわす。
勢いを殺せずその一撃、仲間の鬼に当たった。たちまち怒鳴り声が響き渡る。
「何しやがるてめえ!」
「うるせえよ! お前がトロトロしてるのが悪いんだろうが!」
「あんだとこのクソが!」
たちまち起きる仲間割れ。大きな拳でぼかぼか殴り合いが始まる。
そこに拍車をかけているのがUNKNOWN。
彼は海岸を見下ろせる崖にてフロックコートを翻し、下界へ火炎弾を浴びせていた。
「戦争は、悲しみしか生み出さん」
桃太郎たちに対してばかりでなく鬼も巻き込み、動くもの全てに対しての攻撃だ。
「さあ、踊れ。ファイヤーダンス、だ」
最終的に侵略者を撃退しているのか手助けしているのか、よく分からないことになっている。
「あちちち! なにやってんだあの野郎!」
「明らかに邪魔してるだろあいつ!」
口々に不満を漏らす鬼たち。
混乱に乗じて百白は、彼らを次々成敗していく。
薫は槍で急所を突くに止めているし、ミーチャは櫂で殴るだけなのだが、彼の場合本気で命を取りに行ってるという印象だ。
「ち、ちょっと待て! 降参、降参する」
かく言い出した相手も「‥‥だから何だ?」とバッサリ切り捨てている。
むしろ彼の方が鬼っぽい。
●
鬼が島の鬼が城に潜入した憐は、すいすい中に入って行った。鬼たちは桃太郎迎撃にほとんど出払っているので、妨害も受けない。
鳥と犬をお供にしながら彼女が探すのは、もちろん食料。
「‥‥ん。カレーの気配。鬼も。カレー食べるのかな。どんなのかな。やっぱり。超大盛りかな。期待が膨らむ」
導かれるまま辿り着いたのは食堂であった。
攻め入ったのがご飯の時間だったのか、まだ暖かいお膳が放置されている。
カレーはもちろんフライ定食もしょうが焼き定食もあった。空揚げ定食もあるし、ステーキ定食もある――おおよそ通常の5倍の大きさの特盛りだ。
牛豚羊の丸焼きまで無造作に置かれていた。
「‥‥ん。大漁。大漁。コレだけあれば。一週間は。持つかな?」
ほくほくしながら彼女は、この場で食べられる分を胃に収め始めた。
そこに荒々しい足音が。
「何だ、どこから入ってきやがった!」
それは恐ろしい形相の赤鬼だった。顔に傷があって、右目がつぶれている。
牛の骨を齧っていたレオポールは悲鳴を上げ、たちまち憐の背後に回り込んだ。
が、首をむんずと掴まれ、鬼に向かってかざされる。
「おい止めろよなんのつもりだよ!」
「‥‥ん。騒ぐで。ない。レオポール・シールド。お前で遮れない。ものは。ない。鬼よ。邪魔。どかないと。食べるよ? ‥‥うん。冗談。流石に。食べないけど。何味か気になる」
「ほう、でけえ口叩きやがって面白え‥‥試してやろうじゃねえかシールドとやらを。そこ動くなよ」
「‥‥ん。望む。ところ」
「イヤアアアア! 止めてオレを金棒で打たないでえ!」
一気に緊迫する場面。
そのあわやという瞬間、第三者が割って入ってきた。
「まて、平和的な解決方法を双方で考えよう」
見ると、珊瑚と金の延べ棒がはみ出した風呂敷包みを背負う――ロイヤルブラックの艶無しのフロックコート、同色の艶無しのウェストコートとズボン、兎皮の黒帽子、コードバンの黒皮靴と共皮の革手袋、パールホワイトの立襟カフスシャツ、スカーレットのタイとチーフ、古美術品なカフとタイピンで装飾された男――UNKNOWNであった。
「おいてめえ、なにいきなり火事場ドロやってんだ」
まっとうな突っ込みを鬼から受けた彼は、帽子を押さえ紫煙をくゆらす。
「――悲しいものだ、な。人間は」
「関係ねえだろ。殺すぞコラ」
額に青筋を立てた赤鬼は、目標を憐から彼に切り替えた。
金棒を軽く振り回し、接近して行く。
だがまたもや第三者が。
「‥‥俺に‥‥不意打ちをした‥‥鬼は‥‥どこだ?」
返り血を浴びた百白だ。
鬼気を漂わせた彼は場にいた鬼を見るなりかっと目を見開き、刃をかざして猛突進。
「見つけた!」
鬼は金棒を構え、第一撃を防いだ。しかし返す刃の二撃は防げなかった。眉間目がけてきれいに太刀が入る。
「きっ‥‥貴様‥‥もしや‥‥あの時の‥‥」
敵が地に崩れ落ちる姿を見届けた百白が、勝利の咆哮を上げる。
「ガアァァァァァ!」
城外から雄叫びを聞き届けた薫は、累々と横たわる鬼たちの上に立ち、金タワシみたいな頭を執拗に槍で突っつく。高らかに見栄を切って。
「これにて、あ一件落着〜! 日本一の桃太郎!」
お猿のミーチャはくたびれたのか鬼と同じく地に伏し、ぼやいている。
「おおそうか‥‥もうやりたくねえな昔話は‥‥」
●
鬼が島所有の大船を接収し、宝と食料を積み込み、桃太郎一行帰路につく。
薫と百白はそれらを眺めながら、会話を交わす。
「で、全部村に持って帰るのか?」
「‥‥ああ。喜ぶだろうな。もう鬼はやってこないと教えたら‥‥」
お腹の膨れたウサギ娘は、薫から貰ったオニギリを食べている三匹に言う。
「‥‥ん。無くなったら。また。鬼が島に。略奪しに行こうかな? 三人とも。次来る時も。手伝ってね? 逃げたら。地獄の底まで。追って。食すよ?」
レオポールは後退りした。
「‥‥もうヤダ」
ミーチャは船尾で、遠ざかる島影を眺めている。『二度と来るな』という垂れ幕が掲げられた奴を。
「鬼が出ない奴ならな」
ペーチャは羽をお手入れだ。
「それなら次は、かぐや姫とかいいんじゃない?」
――ところでその頃、UNKNOWNは火事場泥棒した財宝を闇に流して売り払い、
「――次の調停先はどこかね?」
スイス銀行に預金サインをしているところだった。
一番油断ならないのは、この神出鬼没紳士に他ならないようである。