タイトル:学校怪談冬の陣マスター:KINUTA

シナリオ形態: イベント
難易度: やや易
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/11 17:37

●オープニング本文


 もう師走。
 寒い。寒いが本日諸君らには真夜中の小学校に忍び込むという、まるで夏の肝試しのようなミッションが与えられている。
 全ては(恐らく)バグアのくだらない悪巧みのせいである。
 およそ一週間前からだろうか、この学校では次々子供たちが不登校になり始めた。その広がりがあまりに急であったので、学校側が急いで調査したところ、全員がお化けを見たと証言した。それが怖いから、もう学校には行かないと言うのだ。
 教師たちは最初集団ヒステリーかと疑っていた。だが、当直の警備員が直後何者かに襲われ、大怪我すると共に精神をまいらせ、そのまま入院してしまったところからするに、どうやら事態は現実であると認識せざるを得なくなった。


 以下、子供たちの間で囁かれている学校の7不思議を列挙する。


1 美術室のムンク 目玉が動き対象物に向けて熱線が発射される。

2 トイレの花子さん トイレの中から遊ぼうと誘いかけてきて、いいよと答えると飛び出てきて首絞め遊びを強要。嫌よと答えても同様。

3 体育館で跳ね回るバレーボールの群れ ただ理不尽に思い切りぶつかってくる。

4 動く人体模型 校内を徘徊し帰り遅れた生徒を見ると襲い掛かり、体の皮を剥いで自分と入れ替わらせる。

5 調理室で踊る包丁 人間を刻みたいと始終歌う危険な包丁。人を見ると、とにかく襲ってくる。

6 花壇のかんなおじさん フレンドリーに話しかけてきたと思いきや、いきなり自分で首をもぐ。もげた首と首なし胴体とで追いかけてくる。掴まるとドコカノ国に連れて行かれて帰れない。

7 音楽室で勝手に鳴り出すピアノ 一人で音楽を奏でる。興味を持って近づくと食いついてくる人食いピアノ。 

 これで全てだ。

 とにかく傭兵諸君、ミッションの成功を祈る。



●参加者一覧

/ シルヴィーナ(gc5551) / シャルロット(gc6678) / 鈴木庚一(gc7077) / 香月透子(gc7078) / 月居ヤエル(gc7173

●リプレイ本文


「おばけさんですか‥‥たのしみです! 子供たちのためにも精一杯がんばってみせるのですよっ!」

 シルヴィーナ(gc5551)はガッツポーズを作り、深夜の冷えきった校舎を見やった。
 変哲もないコの字型。のっぺりした壁にのっぺりした窓。

「ふふふっ‥‥狼の力を見せ付けてあげましょう‥‥」

 学校=賑やかという先入観があるせいか、無人になると不気味さが増して感じられる。
 校舎の入り口は真っ暗な洞穴のようで、長く伸びた廊下の先や階段の上も見通し辛い。
 実は怪談や暗闇といった要素が苦手な月居ヤエル(gc7173)は、落ち着きなく意気を上げる。

「ある意味、定番なのが揃ってると思うけど、不登校な子もでてるみたいだし、頑張って退治しないと、だよ。怪談っていっても、キメラだし。偽物だし、大丈夫‥‥! こ、怖くなんてないんだからねーっ!」

 声は建物内に反響し、余韻を伴って戻ってきた。後には沈黙。
 しまった。余計なんだか怖い。
 後悔する彼女に向け、シャルロット(gc6678)が、からかいかける。

「確かにお話で良く聞く出そうな雰囲気だよね〜。あれ? やえるんもしかして怖いの?」

「そっ、そんなこと」

 振り向いたヤエルの先には、下から懐中電灯を当てたシャルロットの顔が。
 反射的に平手が飛ぶ。

「もうなにシャル君! びっくりするじゃないの!」

 張り飛ばされたシャルロットが下駄箱に頭から激突する。
 それを見下ろしながら鈴木庚一(gc7077)は、何となく誘って来た香月透子(gc7078)に言った。

「‥‥あー‥‥今回は肝試し。学校の怪談‥‥七不思議ってやつね。こういうの、好きだろ、透子?」

 『学校に出るキメラ退治』以外の情報を与えられずここまで来た透子は、この瞬間はっきり思った。ハメられた! と。
 ぬらりひょんな元婚約者がこうやってかついでくるのは何も初めてではないのに、なぜ毎回私は騙されるのだ。
 己のうかつさを悔やみつつ、彼女は彼に抗議する。

「ちょ、ちょっと庚一‥‥聞いてないわよ! ‥‥べ、別に怖いとか、そう言うんじゃないんだからねっ! そうでもないんだけど話が違うって言うか!?」

 しかしあっさり受け流される。

「そうでもない? ‥‥ああ、そう‥‥」

「‥‥わざとよね? その受け答え絶対わざとよね?」

 怒りに震える彼女の側を、シルヴィーナが通り抜ける。

「あら、どこに行くのシルヴィーナ」

「あ、私単独で撃破して行きますので。心配ご無用です透子さん。私は、お化け平気なのですよ」

 白い悪魔の羽をつけたゴスロリ衣装に、黒マントに、大鎌「戮魂幡」。腰の左右に「ブラッディローズ」。
 新手の学校伝説を作り出してしまいそうな少女は、暗闇を恐れる様子もなく、軽快な足取りで闇に消える。

「じゃ、こっちも行くか‥‥あー‥‥透子、落ち着け。俺はここに居るし、怪異でもないから」

 けだるく呟き移動を始める庚一に、透子は急いでついていく。心で叫びながら。

(もーぅ、庚一の馬鹿ぁーっ!)

 やっとこさ起き上がったシャルロットも、首をこきこき調整しながら歩きだした。ヤエルと一緒に。
 かくして傭兵編成は4・1となった。

● 美術室のムンク

 自身の横に黒狼の影を漂わせるシルヴィーナは、美術室につくや否や、迷いもなくバーンと扉を開けた。
 カギがかかったままだったのだが、そんなもの能力者の力の前では無きに等しい。まして器物損壊を彼女は毫も念頭に置いていない。
 室内に入り込み教室後方にあるムンクの絵を見つけるや否や、ホラーにありがちな溜め的行動など微塵もしてやらず、秒速で「ブラッディローズ」を向けた。

「消えろ」

『ちょ‥‥』

 引き金に指がかかる直前絵から声が聞こえてきたようであったがスルー。

 ガガガガガガガガガガガガガガ!

 耳をつんざく銃声が止んだとき、そこには穴だらけの壁と、内部に仕込まれていた機械部品ごと粉砕されたムンクの絵があるだけだった。
 シルヴィーナは表情ひとつ変えず赤く目を光らせ、壊れた扉を壊れたままに撤退して行く。次の獲物を探して。
 そのためらいなき様、ターミネーターのごとし。

● トイレの花子さん。

 暗い廊下を歩いていく庚一、透子、ヤエル、シャルロット一行は、遠くで起きたらしき銃声を聞く。早速シルヴィーナがやっつけたらしい。

「学校の7不思議をモチーフにしたキメラねぇ‥‥バグアも色々やるね」

 バイブレーションセンサーで敵の動向を探るシャルロットは、庚一に尋ねる。

「そういえば、昔の学校の7不思議ってどんなのがあったんですか? やっぱり今のとは違います?」

「いや‥‥俺らの頃とそう変わったりもしてないもんだね。取り合えず俺らの頃もあった7不思議は‥‥花子とボールとピアノだな。花子は‥‥俺らのトコはノックと返事が返ってくる程度だったか? なあ透子」

「知らないわよ。2階の女子トイレの最後尾の個室にどうして女の子が住めるのよ。人が呼ぶまで常に待機してるのよ。科学的にあり得ないわね」

「そうですよ。何もかも幻覚ですよ。気のせいですよ。アカチリガミって3度唱えたら消えるというのもデタラメですよ」

「‥‥結構詳しいですよね、2人とも」

「ああ、こういうことは女子の方が熱心だ‥‥まあ発生するのが女子トイレなんだから、当然か‥‥そういや男子トイレにはその手の話ってあまりないな」

「言われてみればそうですね。個室じゃないからかな」

 話が途切れたところで、いきなりジャーっと水音が。
 女子2人は硬直して立ち止まる。
 息を飲んで振り向くと、後ろにいたシャルロットが廊下手荒い場の蛇口を全開にしているだけだった。

「‥‥ちょっと、なんか‥‥わざと怖がらせようとしてない?」

「いや、そんなつもりないよ。ただほら、栓が緩んでいたから閉めておこうと思って逆に開けちゃっただけで」

 ヤエルが訝しみさらに問い詰めようとしたとき、行く手のトイレから流水音が聞こえてきた。
 こればかりは誰のいたずらでもないと分かるだけに、ヤエルも動転する。シャルロットに抱きつく。

「きゃーきゃーきゃー、なんかでたーーーっ!!」

 ついでに思い切り首を絞める。

「ちょ、まっ、、ギブギブ」

 花子さんに襲われる前に早くも危機的状況のシャルロット。
 まだしも落ち着いている大人2人が、先に現場へ乗り込んだ。
 はたせるかな、最奥の個室から声が。

『そこにいるの、だあれ、わたしとあそびましょう』

 ギクッとしながら怖いもの見たさもある透子は、庚一の裾を引っ張る。後ろに隠れながらツバを飲む。

「花子さん‥‥本当に出てくる、の?」

 期待は裏切られなかった。トイレの扉を開き、花子さんが飛び出てきた。
 気持ち悪いほど白い肌、乱れのなさ過ぎるおかっぱ、左右別々にぐるぐる動いて定まらない黒目、やたら真っ赤な大きい口。
 小学生が突然見たらチビっちゃいそうな、まがまがしい容貌だ。

『ねええ、しようしよう! くびしめあそび! くびしめあそび!』

「って! 出たぁっ!!」

 透子は悲鳴を上げるが、庚一は冷静に呟く。

「おお、ほら見てみろ透子、出てきたぞマジで」

 そして残念そうに続けた。

「‥‥あー‥‥でも実際出てくると何とも残念な気になるな。やっぱり、怪奇とかそういうのは想像で補完して何ぼだな‥‥」

 透子はその意見に首をかしげる。

「そう? こ、怖い‥‥けど、私はちょっと感動かも。昔からの伝説だもの――」

 だがまあ、そんなことしてる場合でも無さそうだった。

「――じゃなくて。首、絞められてるわよ、庚一」

「‥‥ああ、なんか絞められてるな‥‥」

 顔が鬱血しかけているのに常と変わらない風情なのはさすがと言ったらいいのかどうか。

「仕方ないわね。ちょっと失礼?」

 透子は庚一の首に全力かけてぶら下がっている花子に「クラウ・ソラス」をたたき込んだ。
 花子さんが肩口から切断され、人とも思えぬ狂声を発する。

『むるぐりああああああああ!』

 咳き込みながら庚一は素早く退き、「アルファル」をつがえる。
 花子さんの両目に矢が食い込んだ。
 大きく開いた口の中に「クラウ・ソラス」が突き刺さり、そのまま上に向かって跳ね上がる。
 頭部を真っ二つに切断された花子さんは、色々撒き散らし、トイレの床に倒れた。

「‥‥後で掃除しておかんとなあ‥‥登校してきた子がこれ見たら新たにトラウマだ‥‥」

 うそぶいて締めくくる庚一。
 ちなみにこの短い戦いの間シャルロットは。

「何白眼むいてるのよ、シャル君のばかばかばか!」

 ヤエルに揺さぶられながら気絶したままだった。

 この後2組はいったん別れ、別行動を取ることとする。

● 人体模型

 廊下の奥から湿った足音が響いてくる、まるで裸足の人間が歩いているような。
 そう、それは確かに裸足の少年だった。しかも全裸。体半分皮が剥けて腹の部分もぱっくり開いて、筋肉だの毛細血管だの内蔵だの脳だの見てはならぬものが丸出し。
 少年は無表情で獲物を探し、ひたひた徘徊する。
 教室扉の影から何物かの足音を嗅ぎ付けた様に不気味にゆるゆる首を向け――。

 ガガガガガガ!

 扉越しに前フリなく打ち込まれた銃弾により、床に倒される。
 起き上がろうとした瞬間、頸椎部を「戮魂幡」の刃が通り過ぎた。

 ゴトン。

 転がり落ちた頭部は踏み付けられ、蹴り飛ばされる。

「邪魔だ」

 言い捨てるシルヴィーナによって。
 怪談のセオリーを無視され、終了。お化けも少し可哀想かもしれない。

● 跳ね回るバレーボール

 入る前から体育館はうるさかった。ボンボンボンボンと。
 開けてみると、やはりボールが跳ね回っている。設置されているバレーネット付近で。

「‥‥これはあんまり怖くないのね」

 透子はおおいにほっとする。
 と、そこにボールが1個全力で飛んできた。
 咄嗟に両手を重ね合わせ、構える。

「えぃっ!」

 華麗なレシーブであった。ボールは高く飛び、ネットの向こう側へ入ってしまう。
 負けじというのか別のボールがアタックをかけてくる。

「ふぅ‥‥何、このスポーツ的高揚感!」

 またもや得点を封じられてしまう。
 勘弁ならんというのかボールたちは、鬼教官のように次々間を置かず飛んでき始める。
 そのいずれをも透子は見事に跳ね返した。自コートにはけして落とさせないその姿、さながら東洋の魔女。

「‥‥キリが無いわね。やっぱりボールを全部潰すしかないのかしら。えぃ!」

 彼女の生き生きした様に、庚一も感心しきりだ。

「‥‥透子、やけに楽しそうだね、お前」

 まあ、ボール自身もなんか楽しそうではある。
 心で付け加え彼は「アルファル」を構え、飛んでくる一つ一つに的を絞り、破裂させる。

「‥‥あー‥‥これ、射撃の訓練になるね」

 怖いよりも面白い印象が強いキメラだ。とはいえいつまでも付き合っているわけにいかない。
 透子は最後のトスを終えた後ソニックブームを抜き放つ。
 賑やかな破裂音がいっせいに響いた。

● 歌う包丁

 調理室。

『刻みたい♪ 刻みたい♪ かわいいお顔を刻みたい♪ かわいいお手手を刻みたい♪ かわいいあんよを刻みたい♪』

 危険な歌を歌う包丁を前に、シャルロットはきっぱり言った。

「これがおばけ? そんな非科学的なものいるわけないじゃない‥‥どう見てもただのキメラだよ」

 ヤエルも冷静に答える。

「うん。これはお化けじゃないね。だって」

 柄の部分から青白い炎を噴射し浮いている姿。どこから見ても科学の産物だ。そうとはっきりしているなら、ヤエルだって怖くない。たとえ刃渡り50センチはありそうな刺し身包丁でも。

『刻ませてえ♪』

 高速で飛んできた包丁を「鉄扇」が弾き飛ばす。
 包丁は逸れ、刃の先を壁にめり込ませた。けれどもすぐ逆噴射し、抜け出す。そしてまた切っ先を向けてくる。
 何度もそれを繰り返しているため、壁がすでに傷だらけだ。なるべく設備を傷つけまいと心掛けているゆえ、ヤエルの動きはどうしても決定的なものになりにくい。
 シャルロットは彼女の補助をするため、呪歌を歌い始める。

「止まれ、止まれ、動かずに、止まれ、止まれ、動かずに」

 同時に「紫電」から電磁波も放つ。
 それを受け包丁は、回路を損傷したらしい。ろれつが急に回らなくなった。

『刻、キザ、きざ、きザ‥‥』

 飛び回る動きも鈍ったのを見て取ったヤエルは、「鉄扇」から仕込み刃を引き出し、俊足で切りかかった。

「刻まれるのは包丁さんだよ?」

 カキーンと澄んだ音が響く。
 包丁は二つに分断され床に落ち、火花を散らして砕け散った。

● 花壇のかんなおじさん

 何にもない冬の花壇にニコニコ座り込んでいる、若いのか年寄りなのかはっきりしない男。
 見た目からしてすでにあやしい。

『やあこんにちはお嬢ちゃん。私はかんなだよ。ドコカノ国から来たんだよ。きみが一緒にその国まで来てくれたら、おいしいお菓子をあげよう』

 ‥‥キメラでないとしても完全な変質者。そして基本的に変質者もキメラと同じ扱いをして支障なし。
 話しかけられたシルヴィーナは、冷酷無比にそう断じた。

『私はね、こんなことが出来』

 フレンドリーに近づいてきた相手が首に手をかけアクションし終わらないうち、「戮魂幡」をふるう。
 悲鳴も上げず男は上下左右に分割され、肉の塊となる。
 特に感想なく場を去りかけた少女は直後、奇妙な顔をして振り向いた。

『まあそう急がないで、お聞きよお嬢ちゃん』

 肉塊がもそもそ動き、縦半分になった顔が口をきいている。

『ドコカノ国はとっても素敵なところでね』

 存外丈夫なキメラだ。
 それ以外の念を持たずシルヴィーナは「ブラッディーローズ」2丁の残りの弾を、ありったけかんなおじさんに撃ち込んでいく。

● 人食いピアノ

 音楽室から流れてくるのは「エリーゼのために」。
 入ってみると暗い部屋には誰もおらず、鍵盤だけが勝手に動いている。

「きっと自動ピアノだよ! スイッチ入ってるだけ、だよね?!」

 己に言い聞かせヤエルはふふんと鼻を鳴らす。
 途端にぴたりと演奏が止み、ド派手な「運命」に切り替わったので、ドキッとすることおびただしい。
 よく見たら広げてある楽譜がめくられている。ゆっくりと、いかにも何かがそこにいるように。

「手が込んでるなあ‥‥どうやってるんだろ」

 シャルロットが首を傾げたところ、体育館から戻ってきた、透子の声が聞こえてきた。

「あら‥‥素敵な音色。庚一、誰が弾いてるのかちょっと見てきてよ」

 戸口の外で止まっている彼女の代わりに、庚一が顔を出す。

「あー‥‥もちろん誰もいないぞ。怪談だからな」

 しばしの沈黙の後、透子がやっと顔を出す。自身でピアノを確認し、弱気な言葉。

「そ、そうね‥‥確かにそうかも。それじゃもうこの際、ここから攻撃しちゃう?」

「近づかなきゃ放っておいて良い気もするが」

 投げやりな調子で庚一が言ったところ、ヤエルがしっ、と指を当てる。覚醒の証しであるウサギ耳を動かして。

「なにか、変な音が交じってますよ」

 一同が耳をすますと、なるほど彼女の言うとおり、ずり、ずりと重い音がする。

「‥‥あのピアノ動いてませんか?」

 半眼になったシャルロットが指摘した通り、ピアノは動いていた。後ろ足を軸にし、反転。傭兵たちのほうへ鍵盤部分を向けてくる。そして近づいてくる。
 鍵盤の透き間から、いや、至るところの透き間から、糸ミミズまがいな触手がうようよ出てきた。どうやら、あれで楽譜もめくったらしい。

「‥‥まあ、勿体無い気もするがぶち壊すか」

 否やがある訳がない。
 庚一がまず、「アルファル」でピアノもどきに射かける。
 矢が刺さった部分から、半透明の体液が漏れてくる。
 痛覚があるのかピアノはいきり立ち向かってきた。足を小刻みに動かして。

「まったく‥‥君らのせいで酷い目にあったよ!」

 シャルロットは機械剣「シャルトリューズ」で、正面から切り込んだ。
 鍵盤の擬態が砕け、上から顎となる蓋が落ちてきた。
 ヤエルが彼をかばい、獣突をピアノの足元に仕掛ける。
 ピアノは横倒しになり、ばたばた足を動かした。はずみで何個か机が犠牲になったが、そこは仕方ない。
 透子は「クラウ・ソラス」で、うるさく動く足を切り落とした。
 続けてヤエルが「鉄扇」で腹側を突き刺す。得体が知れない粘液が流れてきて、痙攣が始まった。

「あー‥‥どこが顔だかなんだかわからんな、こいつは」

 だから、というのか庚一は「アルファル」にて、相手をハリネズミにしてしまう。そこでやっと、動きが止まった。
 気が付けば辺りが白々しかけている。
 外からシルヴィーナが呼びかけているのが聞こえてきた。

「すいませーん、皆花壇まで降りてきてくれませんかー。どうもしつこいのが一匹いましてー」



「これなんですよねえ。なかなか死ななくて」

 シルヴィーナが示したのは、銃撃を存分に浴び「塊」以外に言いようがなくなっているモノだ。それが驚異的なことに、まだもそもそしている。

『そりゃ私、死にませんよ。生きてないんですから』

 おまけに口もないはずなのに、どうやってか喋っている。しかもかなり知的なことを言っている。

「‥‥あー‥‥ひとまずキメラ研究所に引き取ってもらうべきなんじゃないか?」

「賛成ね。新型かもしれないし」

「だとしたら大問題ですよ。こんなのが量産されだしたらえらいことです」

 皆が花壇の脇で話し合うところ、塊が残念そうに言った。

『あ、皆様、申し訳ないですが、朝になりましたので私これで‥‥最近は全く困りますねえ。我々のことが子供にも認識され辛くて』

 一同は再度そちらに目を向け、固まる。
 何事もなかった様子で男が立っていたのだ。自分の頭を小わきに抱えて。

『私いたるところ巡回していますのでね、帰らなくていいドコカに行きたくなったらぜひお声かけを』

 朝日が花壇にさしてくる。男はへらへらしながら輪郭を薄らがせ、消えていってしまう。
 完全に消えた後、そこには足跡だけが残っていた。
 重い静けさの満ちる中シャルロットは、こわばった笑みを浮かべる。

「‥‥お化けって本当にいたんだね‥‥認識を改めないといけないね‥‥はは」