●リプレイ本文
高度10000の高みへ、旅客機襲撃の報を受けた傭兵たちが急行している。
「非武装の旅客機を襲うなんて‥‥酷いことを」
ただ今高度6000。
里見・さやか(
ga0153)は憤懣やる方ない呟きを、ナイトフォーゲルXF−08Aミカガミ――愛称「秋水」のコックピット内で漏らした。今更バグアの破廉恥さを責めた所で始まらないと、分かっていても。
「乗客の命が掛かっているからな。この任務、何としても成功させねばなるまいな。最善を尽くす事としよう」
ナイトフォーゲルXF−08DX改2雷電――愛称「忠勝」に乗る榊 兵衛(
ga0388)は、悪天候が気にかかっていた。雨雲が立ち込め視界は不良。風も強い。
ひたすら上へ、上へ。高度7000。
上空から何かが降ってきた。KVに比べればほんの取るに足らない大きさで、止まりようもないまま下へ下へ落ちて行く。
傭兵たちは刹那、目を見張る。
「「!!」」
それは全て生身の人間だった。凍りつく強風にあおられながら極寒の虚空を舞い、はるか遠い地上へ消えていく。
BEATRICE(
gc6758)が、ナイトフォーゲルA−1DロングボウII――愛称「ミサイルキャリア」のコックピット内から前方を見据え、無表情に一人ごちる。
「ただ‥‥弱いものを狩るだけの‥‥獣以下の行い‥‥どうして‥‥こう苛立つことをしてくれるのでしょうね‥‥」
高度8000。
「多くの命が危機的状況だ! 速やかに確実に救助する!」
ナイトフォーゲルZGF−R1オウガ――愛称「天之尾羽張(アメノオハバリ)」に乗る孫六 兼元(
gb5331)は気を逸らせる。多くの命が危機的状況にあることが、今ので証明されたようなものだからだ。機体が完全に空中分解しようものなら、人命救助など不可能となる。
「スーザン・高橋‥‥」
ナイトフォーゲルDE−011ワイズマン――愛称「Schwalbe・Ev」に乗る、奏歌 アルブレヒト(
gb9003)は呟く。乗客名簿の中にあった、ただ一人の傭兵の名を。内部協力者になり得る者の名を。
(傭兵なら‥‥やすやす死ぬわけがない‥‥ですよね‥‥)
ナイトフォーゲルCD‐016Gシュテルン・G――愛称「Edain」に乗るリゼット・ランドルフ(
ga5171)は、奏歌と同じくスーザンのことを考えながらも、別の不安を覚えていた。
(スーザンさん‥‥無事かしら‥‥)
以前共に依頼を遂行した事があるだけに、彼女は、スーザンが「航空機」というもの全般に恐怖心を抱いていることを知っているのだ。旅客機に乗っていたというならば、あるいはその点も解消されたのかもかとは思うが‥‥そう期待したいが。
(とにかく、一刻を争う事態ですね、気を引き締めていきます)
高度は9000を突破する。
効果の及ぶ範囲に入ったと確認して、奏歌は「情報伝達」を試みる。
『無線・応答・至急』
そこで、ナイトフォーゲルS−02リヴァティー――愛称「ロゼッタ」に搭乗しているテイ(
gc8246)が叫んだ。
「見えた!」
そこには、機首を上げた姿勢で失速していくB777の姿。明らかに操縦が出来ていない様子だ。
ナイトフォーゲルDRM−1Bリンクス改――愛称「エスプローラトーレ・ケットシー」のドゥ・ヤフーリヴァ(
gc4751)は、旅客機に群がる翼竜キメラの数を1から9までカウントし、「フヒヒ」という独特な笑い声を響かせた。
「‥‥1年前の僕なら大変だとか喚いていたろうけど 作戦通りにやれば‥‥ね。ピンチ脱出の手伝いだよトゥオマジア!」
全ての機体はブーストをかけ、一気に間合いを詰める。
接近してくる敵機にキメラが注意を向けた。
「B777を壊す」ことを目的として作られたこのキメラは、基本としてその他の対象に無関心。だが、明らかに破壊作業を妨害すると認識したものに対しては牙をむく。
右主翼エンジン部分に体当たりを食わしていた1匹が威嚇音を発し、「忠勝」に向け旋回しながら向かってきた。
固定翼でないだけに、動きは敏捷だ。
だが兵衛は見損なう事なく捕捉、出合い頭にスナイパーライフルをお見舞いした。キメラは体当たりする前に頭を弾けさせ死ぬ。
血の匂いで興奮したか、周囲を飛び回るキメラたちが、肩の機関砲を乱射し始める。
25ミリ口径機関砲程度であれば、KVにはさほど脅威でも無い。だが旅客機には脅威だ。簡単に穴があく。
いち早くそれを排除するため、「Edain」が航空機の上を飛んでいるキメラにソードウイングを当てた。
翼を切り裂かれたキメラはB777の左翼にぶちあたりバウンドし宙に落ち、姿勢を立て直そうと羽を広げたところ、後方から来た「天之尾羽張」のソードウイングに長い首を切り落とされ死んだ。
「Schwalbe・Ev」は向かってきたキメラの攻撃を受けつつも、レーザーガンを撃ちかけた。
「スーザン、スーザン・高橋‥‥いるのでしたら返事してください‥‥」
キメラが失速し雲間に没した合間を縫い、奏歌は再度B777の機内に呼びかける。
先程の情報伝達が届いていたと見える。無線での返事はすぐ戻ってきた。
「は‥‥はい、こちらスーザン‥‥き、救援。感謝します‥‥」
声が異様に上ずっている。
「‥‥内部はどんな状況なのですか‥‥?」
どうやら機内を移動しながら会話しているらしい。物音がする。
「きっ、機内はっ、あのっ、左手の搭乗口が壊されて‥‥ま、窓も破られて‥‥乱気流で何人か吸い出されて‥‥負傷者が多数‥‥そう、操縦士は‥‥あ」
ただならぬ沈黙の後、絶望的な言葉が聞こえてきた。
「駄目です‥‥操縦士も副操縦士も‥‥」
奏歌の眉がわずかに曇った。
「‥‥能力者ならば‥‥AI補助で操縦可能です。‥‥今‥‥その機を救う鍵を握っているのは…貴方だけです」
静寂の後震え声が戻ってくる。
「‥‥落ちる‥‥」
雲間に消えたキメラが勢いをつけ「Schwalbe・Ev」の後方から飛び出してきた。
が、そのまた背後に「秋水」が回り込んだ。MSIバルカンRが火を吹き、今度こそキメラは無に帰した。
そのまま「秋水」は僚友機の証として機体を傾け、B777をフライパスしていく。窓から見るだろう乗客に救援が来たとはっきり知らしめ、安心させるために。
その間、リゼットが説得に加わる。
「お久しぶりですスーザンさん。聞こえますか? キメラは私達が引き受けますから、大丈夫です。絶対に、これ以上、手出しはさせませんから!」
「ロゼッタ」は降下して行くB777にまといつく1体に狙いを定め、スナイパーライフルを発射した。キメラは急いで身を翻すが、顎を吹き飛ばされ雲間に没する。
「そうです、空に居る限りは落とさせやしない。先ずは1匹!」
テイが叫んだそのとき、別のキメラがB777の左主翼付け根にぶちあたり、機体をまた傾けた。
スーザンの悲鳴が上がる。
いったん離れて再突撃をかけようとしたそいつには、「ミサイルキャリア」が対応した。
体当たりの助走をつけるため離れたキメラの上を取り、真スラスターライフルを浴びせかけ蜂の巣にし、落す。
「エスプローラトーレ・ケットシー」は、旅客機への攻撃を試み舞い戻ってきた顎なしキメラの背面に回り、スナイパーライフルLPM−1で息の根を止めた。
呼びかけにさやかが加わった。
「スーザンさん、あなたの過去の依頼について、勝手ながら私調べさせていただきました」
返事は荒い息だけだ。極度に緊張している。
「辛いことがあったのですね‥‥。その心中は私にはとても察するなんて言えるものではありません。ご愁傷様です。‥‥ですが、今あなたに旅客機の操縦をしていただけなければ、あなたと同じ悲しみを背負う方が増えてしまうのですよ。お願いです、機の操縦回復にご助力下さいませんか!」
さやかの呼びかけが響く中、「忠勝」はB777の腹側に回り込んだ。キメラの攻撃を肩代わりするために。
6メートルある体の体当たりは、多少響いた。だが兵衛は機体をすぐさま体勢を立て直し、とんぼ返りにまた仕掛けようとする相手を嘲笑う。
「‥‥これまでの戦いでエース級の敵の攻撃も何度も受けてきている。今更、キメラの体当たりくらいでどうにかなるほど柔な機体でも俺でもないぞ」
スナイパーライフルに撃ち抜かれたキメラの死骸が、自由落下していく。
しかしB777も本格的に自由落下しそうな勢いだ。焦りを込めてドゥが叫ぶ。
「あなたが今まで何を経験してきたのか僕は知りません。でも‥‥今何もしなくてもまた後悔が増えるだけだと思います!」
「わか、分かってる‥‥けど、けど、手が、うご、動かない‥‥」
そこにBEATRICEの声が割り込んできた。聞こえよがしなため息とともに。
「傭兵だと聞いていましたが‥‥布団を被って震えているとは‥‥自宅の警備でもしていたのですか‥‥? 私は‥‥無操縦状態で市街地に近づくようであれば‥‥旅客機を撃墜する必要もあると考えています‥‥」
そんな言い方をしなくてもと思うリゼットであったが、話に割り込む暇は無い。キメラの相手をしていたので。
「Edain」のソードウィングに翼の膜を切り裂かれた1体は、落ちまいと死にもの狂いで羽ばたき、B777尾翼に取り付こうとする。
それを「天之尾羽張」のD−502ラスターマシンガンが粉砕、抹殺した。
BEATRICEは軽蔑を装い、語り続けている。
「が、まあこのままなら‥‥そうせずともよさそうですね‥‥人のいない海中にドボンするだけですから‥‥」
突然、スーザンとの通信に妙な音が入ってくる。ゴアン!か、ゴワン!か、兎に角力一杯硬い何かを殴りつける音。
リゼットはいささか気掛かりになり、恐る恐る呼びかける。
「‥‥あの、スーザンさん。大丈夫ですか?」
一拍遅れて先程までと打って変わった調子の声が戻ってくる。
「‥‥ええ大丈夫です。気合入れ直してやっと覚醒しましたので。かったいですね航空機の窓ガラスって。手が血だらけになりましたよ。それ以前に気圧調節がパーになってて超寒すぎて。あ、副操縦士さん呻いてるからまだ生きてるわ。ごめん死んだと思ってた。あははははは」
「‥‥あの、本当に大丈夫ですか?」
「もちろん、てゆーことで援護お願いしまっす♪ やだもう操縦席血だらけ。あはははは」
不自然極まる唐突な明るさは、特別不審を抱かれなかった。覚醒すると別人格というのは、よくある話なので――スーザンの覚醒状態を直に知るリゼットだけが、覚醒変化ではなく追い詰められて鬱が躁に転換しただけではと疑ってはいたが――むろんさやかも、相手のやる気が出たとだけ受け止めた。
「了解しました! スーザンさん、退避お願いしますね!」
「秋水」はB777の機首が下げられ、機体が揚力を受け再度持ち上がっていくのを横目に、張りきって残り2匹のうち1匹を追い回しにかかる。目標機体から引きはがし、十分距離をとったところMSIバルカンRで粉砕。
B777は巨体を斜めに傾け、後方へ旋回していく。
それに追いすがろうとする最後の1匹は、「エスプローラトーレ・ケットシー」がレーザーガンでなぎ払う。「ミサイルキャリア」が落ちていくそれへ最後の駄賃とばかり、PCB−01ガトリング砲をもれなく撃ちかける。
これで、最初に確認した9匹全てが始末された。
残るところは損傷したB777の着陸だけだ。
現在位置から確認するに、オランダ・スキポールが最も近いのでそちらに向かう。ロンドン・ガトウィックには緊急滑走路があり打ってつけなのだが、そこまでたどり着くには燃料が足りない。
天候は相変わらずだが、幸い空港との通信はうまくいった。
「‥‥こちら‥‥LH所属の傭兵です。‥‥護送している民間旅客機の‥‥緊急着陸許可を願います」
奏歌は、空港管制塔に緊急着陸の為の必要措置のみならず、同型機の操縦士召喚も求めた。それは認められた。緊急着陸を控え、一時的に発着を見送らせた便の操縦士が、任に当たってくれた。
KVに誘導されながらB777は、高度4000メートルを維持し海上を抜け陸へと戻る。そしてまた高度を徐々に下げて行く。アムステルダム上空を通過。北ホラント州 ハーレマーメールに入る。
相変わらず天気が優れず雨降りだ。
「スーザン。このままいけばきっと着陸できる。がんばれ」
「もう空港が見えてきましたよ。後少しです‥‥問題ありませんか?」
テイに続けてリゼットも声かけをする。かなり相手の精神状態が心配になっていたので。
「あー、だいじょぶだいじょぶ。管制塔と繋がってるし誘導してもらってるから。まあ燃料もうないけどね。これ以上どこにも行けないんだけどね。あはははは」
ここに至ってさやかもBEATRICEも――いや、全員スーザンについてちょっと心配になってきてしまっている。何しろ彼女は延々と、息切れしそうなほどテンションを上げっぱなしなのだ。
とまれ少し離れた位置で哨戒飛行を行っている兵衛からは、全体の様子がはっきりと見える。
「Schwalbe・Ev」は、空港の滑走路との軸を合わせ降下して行く。その後についてB777がついに着陸態勢に入った。滑走路とは平行だ。機体のずれもない。
進路の邪魔にならぬよう「Schwalbe・Ev」が、再び空に舞い上がった。
B777はスムーズに、車輪を接地させる。
だがこの最後の段階でアクシデントが起きた。左主脚がいきなり車軸ごと折れ、外れたのだ。滑走中のB777は大きく傾く。左翼が地面に接触し軋みを上げ進んで行く。
傭兵たちは息を飲む。
スーザンの怒声が上がる。
「ふざけるな止まれえええええええ!」
滑走路残り200、100、0――
B777は軌道を逸れ10メートルほどオーバーラン、緑地帯をえぐって停止した。
大急ぎで消防隊、並びに救急隊が駆けつける。
傭兵たちも機体を降り、駆けつける。
スーザンはよろつきながら自力で這い出てきた。手と、今し方の衝撃でぶつけたらしい額を血まみれにして。
降りてきた彼女は、雨の中天に向かい、ガッツポーズを取る。
「いっ、生きてた‥‥生きててよかった!」
涙を流し喜んでいるらしき彼女に兵衛が近づき、心からねぎらいをかける。
「‥‥おぬしがいなかったら、多くの命が失われていただろう。ありがとうな」
「ウイッス、ちょろいですよこんなも――」
言いかけスーザンは、いきなり倒れた。よく見たら背中側に、被弾したとおぼしき赤い染みが出来ている。
「おい、しっかりせい、キミ!」
兼元は大急ぎで彼女を抱き上げ、救急隊員へ引き渡す。
乗客300人のうち行方不明者6人。
乗務員8人のうち行方不明者5人。
重軽傷者25人(スーザン含む)。
死亡確認1名(操縦士)。