●リプレイ本文
「ハッピーニューイヤーって暢気に挨拶している場合じゃないようだね」
エイミー・H・メイヤー(
gb5994)の目に映るは巨大な七面鳥。変なびらびらが揺れるクチバシの先にいっぱいついている食い滓。テーブルのみならず床にも散乱した無数の残骸。
特に関係者ではないが、お祝い事へ賑やかさを添えようと訪れた百地・悠季(
ga8270)も、到着するや否やの光景に眉をひそめる。
「何という惨状かしらねえ‥‥」
だが、こんな状況においてもフェンダー(
gc6778)は、穏やかにほほ笑んでいた。ロザリオを握り十字を切り、神に感謝を捧げている。
「おお、美味そうな七面鳥じゃのう‥‥これも主様のお導きなのじゃ。こやつこそ我らに父と子と精霊が与えたもうた有り難き食料ぞ」
お腹からクーという切なげな音が鳴り、口元からたらりと涎が出る。それを大急ぎで拭い彼女は、すまして取り繕った。
「け、決してギャンブルで負けて最近ロクなものを食べてなかったとかじゃ無いのじゃ‥‥しかしやはりあそこはダブルアップはやめておくべきだったかのう」
かえってぼろが出たが。
トゥリム(
gc6022)は、でっぷり肥えた巨鳥の腹回りを見て呟く。
「でかすぎ、あんなのどう料理すればいいの」
それにはスーザンが据わった目で応じてきた。
「そこは後で考えましょう。とにかく奴を殺らなきゃ。そうしなきゃ朝から抜いてきた私の心が満たされない」
かなり殺気立っている模様なので、エイミーが横から釘を刺す。
「スーザン嬢、食材はあまり傷つけすぎないでくださいね」
中華料理人R.R.(
ga5135)も急いでなだめに回る。
「そうよ、早まるよくないアルよ。折角のお肉、おいしい料理の食材としてなるべく傷つけないようにしなくてはいけないとワタシアルアル思うのアルよ」
「‥‥ごめん。あなたの名前、何回アルを言えばいいんだったっけ?」
素でちょっと混乱したスーザンをさておき、天・明星(
ga2984)は、ミーチャに言う。
「キメラとはいえ、食材としては申し分ないです。さっさと倒して、美味しくいただきましょう。というわけでドミトリイさん、子供達をお願いします」
エイミーもついでに頼む。手土産のロールケーキとアップルパイについて。
「カサトキン氏、これも持って行ってくれ。どさくさで崩れたらなんにもならないからな」
「なんだこれ」
「手土産のケーキだよ。後でみんなで食べよう。戦闘時は危ないので隠れててくれ」
「おお、悪いな‥‥」
「とりー」
「とりさーん」
「‥‥おいレオン、ポール持て。おれはポーレットを持つ」
箱と小さな双子をレオンと分担して運ぶミーチャは、エイミーに護衛してもらいつつ台所から退散して行く。七面鳥はまた食欲がわいてきたか、調味料の棚ばかり熱心につつき回っていたので、さして切羽詰まった危険性もなかったが。
「アマブル氏のお子さん達か‥‥アマブル氏にはいつもお世話に‥‥いやお世話してるよ‥‥かな?」
「大体分かるよ。パパはどう考えても世話する方じゃないものね。そんなパパの相手をいつもしてくれて、有り難うございます。感謝してます」
「‥‥父に似ずなかなかしっかりしてるな、レオン」
一般人全員退場。これで場には七面鳥と傭兵だけになった。
しかし、退治するにはもうひと手間。外に出すということをしなくてはならない。屋内は狭いし、解体もやりにくい。
幸い食い意地の張った性分だけあって、おびき出しは簡単に出来た。エイミーがレーション「グリーンカレー」を開けると、早速反応を示してくる。匂いに引き付けられ、近寄ってくる。
「ホロロロロロロロロ」
トゥリムは武器を「スブロフ」でアルコール消毒してから、エイミーと同じく「グリーンカレー」を持ち出し「エルガード」に塗り付けかざし、標的を裏口へとおびき出して行く。フェンダーがその後ろにつく。
彼女らの護衛は、明星が担当する。
「ほーら、トットットット‥‥」
盾をつつく七面鳥は釣り込まれて、庭へ降りた。
「ホロロロロロロロ‥‥」
長い首に乗っかった頭がぐらぐらし始める。フェンダーが子守歌を歌っているのだ。
「痛みを知らずに逝くがいいのじゃ〜♪ 慈悲深い我に感謝するが良いぞ〜♪ 怖がらせると肉が硬くなるらしいしのう〜♪ らららジューシイーなお肉が早く食べたい〜♪ るるる炙られる脂身最高〜♪」
歌詞はともかくとして、それはとてもよく効いた。七面鳥の瞼が閉じられそうになっては開き、また閉じられそうになっては開きしている。だが食欲の方が強いのか倒れることはなく、カレーの香りを追っている。
周囲に展開しているR.R.、悠季、エイミー、スーザンがじりじり輪を狭めていく。
悠季は脇から「スコル」で軽く蹴りを入れ、なお輪の真ん中へと相手の位置を修正してする。
包囲網が固まったと見たトゥリムは、七面鳥の頭部に狙い違わず「小型超機械α」を突き当てる。
強烈な電磁波を受けた体が引っ繰り返る。身を激しく痙攣させる。
明星が瞬時に足を蹴り砕き、起き上がれないようにさせた。同時にトゥリムが喉へ「苦無」を差し、突き刺し抜けないよう押えながら地面に伏させる。
「全てをこめてー!!」
叫びながら彼女は、「ノコギリアックス」を振り下ろした。切られた箇所から血が噴水のように吹き上がる。しかし完全には切り落とせなかった。皮一枚残しぶら下げたまま、全力で体がもがく。
そこにエイミーの「蝙蝠」が入る。
「食べ物の恨みは深いのですよ?」
七面鳥の頭が落ちた。
悠季は残った首を掴み締め上げ、全力で地面に押し付ける。頭がないというのに、体がなかなか大人しくならない。鶏にもよくある死後の足掻きだ。
「スーザンもR.R.も押さえて押さえて!」
「なによこいつ! 何でまだ動くのよ!」
「アイヤ、こりゃ生きがいいアル!」
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「これでいいか」
物干し台周辺をブルーシートで囲んだミーチャに、エプロン姿の悠季が、満足そうな声で答える。
「ありがとうねえ。出先で解体行為するとは思わなかったけど。調理人としてはやり遂げてみせるわよねえ」
そう、解体は彼女の受け持ち。
補強した物干し竿に七面鳥は、逆さになってぶら下げられている。体の下にあるバケツには、もう血が滴ってこない。完全に抜けたのだ。
明星は風呂にもなりそうなドラム缶の下に薪を突っ込み、湯をグラグラ煮え立たせている。
「お湯が沸きましたよ。ここからどうするんです?」
「入れて数分茹でるのよ。そうしたら、羽が抜きやすくなるからねえ」
「へええ、そうなんですか」
七面鳥は熱湯の中に突っ込まれ、再度引き出され、悠季、明星、エイミー、スーザン、トゥリム、R.R.、ミーチャの手で猛烈に羽をむしられた。
フェンダーはいない。解体を子供に見せないように相手するという口実の元、暖かい屋内にいる。
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汚れたお皿を洗って片付けているフェンダーは、自画自賛していた。
「折角なので綺麗にしておくのじゃ、さすが我は気が効くのう」
鼻歌交じりに、ちょこちょこしている双子に言い聞かせている。
「もう少し待つのじゃ、グレートでスペシャルでマーベラスかつデリシャスな料理が来るのじゃ」
なにしろR.R.が本格的な料理を作ってくれるらしいので、彼女もとても楽しみなのだ。
「中華料理‥‥楽しみじゃな。我はヤキトリを所望じゃ」
「ヤキトリって中華だったかな‥‥」
べとべとの床をモップがけするレオンが突っ込むが、そこはスルーの方向で鼻歌を続ける。
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羽の残った部分は火で焼き処理し、七面鳥もようやく裸んぼになる。
「さあ、ここからが本番だわよ」
明星は興味津々に、悠季の手並みを拝見する。
まず体と腿の間の皮に切り込みを入れる。それから足を持ち、大きく股を開く。
グォキッ。
大層な音がしたがそこはご愛嬌。これで足が外しやすくなった。次に尻から刃を入れていく。腹を割き、胆嚢を取り除く。それから食用になる内臓――心臓、肝臓、砂ずり等取り出し、別のバケツへ隔離。
「食べられるんですか、それ」
「食べられるわよお。強めの甘辛風に調味料ソースを浸けて‥‥一口サイズに切ったのを焼く感じよねえ。旦那用に酒の肴でよくやるのねえ」
惚気も交える彼女は、手羽先・首周り・胸元・あばら骨沿い・尻尾元・太ももの順に切り分けて行く。
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舞台は台所に移る。明星とエイミーは、R.R.の下ごしらえの手伝いに忙しい。
「それでは湯(タン)を取るから、この肉にたっぷり熱湯をかけ、水を切っておいて欲しいアル。それからこっちの炸子鶏(ザーツゥーチー)用の肉にはしっかり下味をつけること。ワタシその間に、この皮付き肉をカオヤー(北京ダック)風にしてみるアル」
「はい、分かりました。余った肉はいただいていいですか?」
「おお、それは好きにしてくれていいアルよ、明星さん。ミーチャさん、ショウガと白ネギはあるアルか?」
「ああ、多分裏の畑にあったかな‥‥取ってくらあ。トゥリム、お前はなんかいらねえのか」
「‥‥あ、特にはありませんのでおかまいなく」
言いながらトゥリムは、ラーメン屋で使うような特大の寸胴鍋をかきまぜる。R.R.の提案により、彼女も中華スープを作っているのだ。ただしひき肉から作る短縮版。小腹くらいは満たせるものを早く与えておかないと、小さな双子ポール、ポーレットがうろうろしてしょうがないので。
「ごはん」
「ごはん」
フェンダーも双子と同レベルの意識で、いい匂いのしてきた台所を徘徊する。
「まだかのう。まだかのう」
双子の兄レオンも呼び戻しに入ってくる。
「‥‥悪いんだけど、まだ食べさせるもの出来てない?」
何しろ湯を作るに1、2時間はどうしてもかかってしまう。その他の料理も含めるともう少しかかる。何もなしでいさせるわけにもいかない。
スープにR.R.から横流ししてもらった餃子の皮の種、肉の薄切り、タマネギを入れ、カタクリ粉でとろみをつけ完成。それをお椀に一杯与えると、子供たちはひっこんで行った。
特性たれに焼き鳥の材料を全て漬け込み、後は焼くだけにこぎつけた悠季は、ネギとショウガを抱えて戻ってきたミーチャに尋ねる。
「ねえ、シャワー貸してくれないかしら。返り血の匂いをさせたままで、祝いの席に出たくないし」
「なんだもううるせえな。そっちの廊下の突き当たりだ」
「ありがと。覗いちゃ駄目よ」
「誰も覗かねえ! ったく、もはや新年会でもなんでもなくなってきたなこれ」
零すミーチャに、余り肉のハンバーグを焼く明星が、顔を向ける。
「まあまあ、わいわいやるのもいいもんですよ。ところでミーチャさん、そのバケツの血、どうするんです?」
「ああ、勿体ねえからブラッドソーセージでも作れないかと思ってよ。脂身もあるしな。スーザン手伝え」
「うえっ。なんだかグロい‥‥」
「文句を言うな。解体作業見たんだったらなんでもねえだろ」
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夕方頃になり、再度食事の席は整った。
内訳は、チーズとレタスの入った七面鳥バーガー。パプリカの七面鳥轢き肉詰め。餡かけ中華スープ。水餃子、シュウマイ、肉饅頭、棒棒鶏(バンバンジー)、炸子鶏(ザーツゥーチー)、カオヤー(北京ダック)風皮付きあぶり肉。甘辛たれのモツ焼き。ブラッドソーセージ――アップル・ソースとマッシュポテトつき。まずまずのボリュームだ。
改めての新年祝い兼快気祝い開始には、明星とフェンダーが音頭を取る。
「遅くなりましたが、スーザンさんにご挨拶を。はじめまして、天・明星です。依頼でお会いしたらよろしくお願いします――本日は皆さんに料理を楽しんでもらいたいです」
「おほん。スーザン殿、完全退院まことにおめでとうなのじゃ。そして新年お目でたい。今日は飲んで食べて騒ぐのじゃ。それでは、乾杯!」
「「乾杯!」」
揃った声と共にグラスが打ち鳴らされる。
子供はジュース、大人は酒――それに関して言えば、R.R.が一通り揃えてきてくれている。スブロフ、ワイン、日本酒 、発泡酒 、コスケンコルヴァ。よりどりみどり。
そのうちからR.R.は日本酒をキュッと一杯やり、子供たちに料理を勧める。
「おまたせアルね、熱々の料理を食べて、体を温めるアルね」
「わあ、ごちそう」
「いただきます」
ハンバーガーと肉饅頭にかぶりつく双子は、顔中口にして食べる。
「七面鳥と主様に感謝し残さず食べるのじゃ〜」
フェンダーも同じく顔で食べている。餡かけスープを流し込み、水餃子をすすり混み、炸子鶏(ザーツゥーチー)を噛み締め、あぶり肉を食いちぎる。ここで一週間分は詰め込むつもりらしい。
「そんなにペース上げるとデザートまでたどり着けないわよ、フェンダーちゃん」
注意するスーザンに、問題なしと親指を上げる。
「まあ、デザートまでには小休止をおいてもいいね」
苦笑するエイミー。
レオンは肉詰めを食べながら、明星に聞く。
「そういえば折詰め作って持って帰っていいのかな。多分家に戻ったら、パパが何食べた何食べたってうるさくすると思うんだよね」
「それは全くかまわないんじゃないかな。ねえドミトリイさん」
「ああ、好きにしろ。いくらでも持って帰れ。そこの骨なんか喜ぶんじゃないか?」
「いかん! これは我のじゃぞ!」
「何でお前が執着すんだ、フェンダー」
R.R.は甘辛いモツ焼きを試食し、舌鼓を打つ。
「これ美味しいアルね、もうちょっと塩がきいてるといいアルけど――お酒にぴったりアル」
「そうでしょう。でもあんたのもいいわねえ。通好みじゃないけど、万人受けする味で」
「高級飯店でなくていい、たくさんの人にたくさん美味しいものを食べてもらうが、ワタシのポリシーアルよ。しかしこのモツ焼き鳥‥‥中華にも応用できそうアル。味付けはそうね、ニンニクと八角と胡麻油と‥‥」
かくして、楽しい夕べは更けて行く。