●リプレイ本文
午前8時。
子供たちは、いまだ寝所から出てきていない。起きてはいるのだが着替えもせず、枕元にポテチだのポッキーだの開けたままに置き、漫画やゲーム機を手にのんべんだらりしている。
ルーガ・バルハザード(
gc8043)は、このよどんだ様を一瞥し、口の端を吊り上げた。
(なるほど、絞り甲斐のありそうな奴ばかりだ。糞餓鬼どもの指導か‥‥くくく、思いきりやらせてもらおうかなあ!)
不穏な前置きを心の中でした後彼女は、ぱんぱんと手を打ち合わせ注目を誘った。
「根性の緩みきったお子様たち、どうやらちょっとばかり怠けすぎのようだな?」
まずは冷たい笑顔とどすの利いた口調で即座に上下関係を悟らせる。続いて何人か踏み付けながら室内を横切り、縁側に面した障子と雨戸を一気に開ける。
「さあ、お姉さんがお前たちのだらけきった性根を鍛えて差し上げようッ!」
さっと部屋に日が差し込んできた。2月の山の清々しい冷気も。
そのまま庭に降りた彼女は、仁王立ちになって呼びかける。
「まずはラジオ体操だ! 降りてきなさい少年たち!」
居心地のいい薄暗くて生ぬるい空間を壊され、中学組が抗議した。
14、5の頃というのは、何事につけ本当の恐れを知らぬゆえ、とんがっているものだ。
「なにすんだよ寒いだろ! 何時だって知らねーよ!」
「閉めろよババア!」
瞬間、ルーガの近くにあった松の古木が半ばから消滅した。
一瞬だ。一瞬で太く堅い幹がえぐり取られたのだ。至近距離から砲撃にあったかのように。
それによって生じた衝撃波が部屋の中を駆け抜け、上布団をめくれ上げる。
「ん〜〜〜〜〜? 何か言ったかな、少年?」
恐れを知った今、笑顔の女に反論しようという気骨は、少年たちからきれいさっぱり消え去った。
海より深い沈黙が支配する中、山田 虎太郎(
gc6679)が自己紹介をする。
「山田は他人を鍛える事が趣味なので、いぢめに‥‥間違えました、しごきに来ましたよー」
言いながら布団の間を歩き回り、菓子とゲームを根こそぎ没収にかかる。
「ダイエットに不必要な物は、全て山田が没収しますよー」
坂上 透(
gc8191)も没収に協力した。サンタの担ぐに似た大きなずだ袋に、私物を投入しまくっていく。
「ちゃんとせんといかんぞう、ちゃんとせんと。こういうものはダイエットの敵じゃでのう、我がちゃああんと大事に帰るときまで預かっておこうのう」
彼女らは少なくとも、見た目普通の女の子に見える。だもので、抵抗が再燃した。
「あっ、止めろよ! その最新号読んでないんだ!」
「返せよチビ、それまだデータセーブしてないんだぞ、触るなよ!」
透は足払いだけで突進してきた年上の巨体を宙に浮かせ、一本取った。
己の体重で畳に叩きつけられ、最大級の肥満児が目を回す。
その間虎太郎は呪歌を口ずさみ、さっさと全員の動きを止めてしまう。
「ちなみに、抵抗すると、どうなるか分かりますよねー?」
かくして子供たちは不必要な所有物を全て取り上げられてしまった。
後は鬼教官ルーガの指示に従うしかない。
「さあ、3分で着替えて外に出てこい! 体操を始めるぞ!」
大急ぎで寝間着から普段着に着替え始める子供たち。
戦々恐々たる彼らをわずかに慰めたのは、自分たちとよく似た体型――仲間とおぼしきR.R.(
ga5135)からの言葉であった。
「ワタシ、R.R.(アル アル)アルね。中華料理人アル。よろしくアル。心配することないアルよ。ちゃんと美味しい食事を用意するアルからね。張り切って運動してくるアルよ」
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本格的な運動の前には、ストレッチ体操。
腹の肉が邪魔しなくても前屈出来ない子が、大多数。
「なんだなんだ情けない。その若さでもはや老人並の固さだぞ。もっと曲がらんのか」
「無理ですぅ‥‥これがギリギリ‥‥」
「馬鹿言え。まだ行ける」
座り込み手を前に突き出しているだけの背中を、ルーガが押して回る。
悲鳴があちこちで上がった。
「ぶぎゃあああああ!!」
「うぎゃひいいいい!!」
「この程度でわめくな、股割りに比べたら楽なもんだ。全く‥‥お前達見てみろ、R.R.を。太っていたとしても体を柔らかくしておくことは十分可能なんだぞ」
確かにR.R.は前屈からエビ反り、片足立ちから腕立て伏せから反復横飛びまで軽快にやってのけている。
「まあ、毎日ちょっとずつの訓練が肝心アルよ。継続は力アル。柔軟性を身につけておけば、怪我もしにくくなって体にお得アル」
おでぶちゃんたちがどれ一つとして彼の動きについて行けてないこと、言わずもがな。
腕立て伏せも3回どころか1回もやれないものが続出。浜辺に寝そべったトドみたいに伏してぜいぜい息をあげている。
その有り様に、透と虎太郎が野次を飛ばした。
「全く、おぬし達ゃ普段何をして過ごしているのじゃ。どうせ食っちゃ寝ばかりじゃろ。そんなことだから、そこまでぶよってしまうのじゃぞ。猛省せい」
「同感ですね。添加物てんこもりのジャンクフードをむさぼり食い脂肪に変換などもってのほかです。体に毒ですからね」
男の子たちは大から小まで納得出来なかった。
なぜなら少女たちは2人して、暖かい座敷の掘りごたつにすっぽりはまりごろごろしている真っ最中。
取り上げたお菓子を勝手に消費、漫画を読み耽っている。
「ルーガ教官、いいんですかあれ!」
「あいつらなんにもしてませんよ!?」
沸き起こる非難の嵐に、透は平然たるものだ。寝転んだまま答える。
「え〜、だって我は超スレンダーでしなやかで魅惑的でぷりちーな肢体じゃしのぅ。我のような天才はダイエットとは無縁なのじゃ、やりたい者だけやればよかろ‥‥虎太郎、きのこの山分けてくれんかの、代わりにこの漫画を読む権利を与えてやるのじゃ」
「はい、どうぞ。面白いんですか、それ」
「おお、読むのは初めてじゃったがはまるぞ。最近珍しく、恐ろしいまでにシビアな作風じゃ。キャラ立ちしてるキャラもモブと差別つけず殺しおる。ちなみにお勧めは3巻の下りじゃな。死んだと思われていた主人公、実は生きていたのじゃが、それがまたとんでもない理由でな」
「ほう‥‥それは興味ありますね。しかし子供達を見ながらお菓子をむさぼり食うのは、堪りませんねー。羨望と怨嗟の視線が更に食欲を誘いますねー」
「教官、なんとか言ってくださいよお! 不公平じゃないですか、こんなの!」
彼らへ向けてルーガは、静かに言った。
「なあ少年たち、耳穴をほじってよくお聞き。教える側と教えられる側は平等ではないぞ?」
「‥‥あのう‥‥あの2人からは、ぼくら何も教わってない気がするんですが」
「いや、教わっている。屈辱感という奴を。お前達はまず、己の姿を直視し脱却することを覚えなくてはならない――さあ、動かざる者喰うべからず、だ! 中学生グループ、小学生グループの順に列を作ってついてこい! ついてこない奴は問答無用で朝飯抜きだ!」
不公平とともに理不尽も味わいながら一同は、朝練仕上げとして、寺の周囲を歩かされることとなった。
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歩きから帰ってきて朝食。消化のいい中華粥とおかず数点。
小休止を置いてまた体操。運動と実益を兼ねて山道の草むしり。
昼。野菜たっぷりの八宝菜とわかめスープ。御飯はお膳一杯。
小休止の後、再度歩き。沢まで降りて帰ってくる。
ここまでの段階で子供たちは、どうしようもないくらいお腹が減ってきていた。確かに昼は食べたのだが、物足りない。お菓子も取り上げられているため、間の口を紛らわすものがない。
少しは体力の残っていた連中は、休み時間座敷で転がっているのを潔しとせず、コンビニへ何か調達しに行こうと企んだ。
「片道20分くらいだからな、行って帰ってこられる」
「ああ、裏口から行こうぜ」
こそこそ打ち合わせしている彼らの様子に気づかない訳がないコタツの虎太郎と透は、協力しデマを流す。
「傭兵連絡網がさっきメールで回ってきたが、近くにまたぞろキメラが出たらしいのう」
「ええ。罠とかも仕掛けたので、迂闊にお寺から出ると大変な事になりますよー?」
「まあ鍛え上げられた我らには関係ないがな、一般人は危険じゃろうて」
「そうですね。キメラは肥えた子供とかが、大好物だそうですよー」
「じゃのう。奴らは常に脂肪たっぷりな霜降り肉を好むでな」
「ここにいる皆さんはキメラにとっては、凄いご馳走になりそうですねー」
「うむ。まず一番に狙われる事請け合いじゃな。鈍い獲物から襲う。これ生物界においての常識じゃ」
かくして調達組の士気はだだ下がりになる。キメラの餌になりたい人間はどこにもいない。
そのとき庭先に、トレーニングウェアに身を包んだ見知らぬ人間が入ってきた。
「やあ皆、昼の分のトレーニングは終了したアルか。小腹がすいているなら、おやつにオカラお結びを作ってあげるアルよ」
寝転んでゲームしていた透が、思わず身を起こす。
「あーん、と‥‥誰じゃなおぬし」
「冗談言っちゃいやアルね。ワタシR.R.アルよ」
ウソだ。と誰もが思った。それほどに一人山道走行を終えたR.R.の姿は激変していた。
でっぷりしていた腹などどこへやら、二の腕も腿も引き締まり、顎も出現し、肉に塞がれ3の字だった目はぱっちり開き――完全に別人だ。
変わらないのは、鼻と頬の赤みだけ。ぱっと見、そこそこいけてる中年男性と化している。
「エミタのせいと思うが、ワタシ長時間脂肪燃焼すると、ものすごく体が軽くなるアル!」
恐るべしエミタ。その力の全てを人類が把握するには、まだ時間が足りないようだ。
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肉少なめのホイコーローとご飯、薬膳スープ。寒天ゼリーつき。
そんな夕飯が過ぎ、後は就寝を控えるだけ。
「ほほう、帰ったら焼き肉食べ放題するとな。それはそれは、リバウンド確実じゃのう。まあよいが。それでお主は牛丼大盛り食べるとな。別に止めんぞ我は。ぞのざまで好きな子に告白しても、マニアでない限り鼻もひっかけられまいが‥‥なに? 人間中身じゃと? 馬鹿を申せ。見た目が9割9分じゃ」
透が言いたい放題という名の悩み相談を繰り広げ、虎太郎が筋肉痛で動くこともままならぬ相手を治療して回った後。夕飯でまたもとのプクプクポン体型に回帰してしまったR.R.が明日の朝の仕込みを行う時間帯。
明かりを消し寝込んでいる部屋から、こそこそ数人の子供たちが這い出てきた。
目指すところは台所の冷蔵庫だ。とりあえずあそこならば何かはあるだろう。
足音を忍ばせ長い廊下を歩いていた彼らはしかし、目的地までたどりつかない内、あっさり見つかってしまった。
こんなこともあろうかと、ルーガが夜番をしていたのである。
「お前達こんな時間に何してる」
「あっ、えー、ええと、トイレ‥‥」
「トイレは逆方向のはずだがな」
言い抜けは出来ない。食料は諦めざるを得ないようだ。
失望を覚えつつ子供たちは、ぶちぶち零す。
「‥‥だって‥‥こんなの意味ないよ。ちょっとくらい体重減ったってさ、誰にも分からないし、やっぱり立ち位置デブだもん。な?」
「そうだよ。そういうキャラで固まってんだもん」
ルーガはその言い分に嘆息し、次いで昼とは打って変わって優しく言った。
「身体が自由に動くというのは大切なことだぞ。多少の節制と心がけさえあれば、たいして難しくもないさ。痩せるのは」
それから重そうな胸部を誇らしげに張り、微笑った。
「‥‥まあ、私など、多少邪魔なこいつを減らしたいぐらいだがな――周囲がお前達をどう思うかじゃない、お前達自身がどう思うかだ。よく考えろ。このままでいいか、よくないか。基本他人なんて無責任だからな、いちいちその評価に付き合うこともない。お前達の家族はお前達を心配して、ここに寄越したんだろう?」
子供たちは互いの顔を見交わした。足音を響かせて、R.R.がひょいと顔を出す。
「おや、お腹がすいたアルか。お結びの残り、あるアルよ」
彼らはさんざ迷った揚げ句、言った。
「‥‥ううん、明日でいいよ。もう寝る」
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合宿は終了した。
子供たちを全員見送った後住職は、傭兵たちに深々頭を下げる。
「この度は有り難うございました。おかげで全員一定の成果を得て、帰らせることが出来ました」
虎太郎は謙遜しつつ言う。
「お役に立てたようで何よりです。こういう方面の人助けなら面倒臭くないので。またいつでもお声かけください」
透も深々と頷く。
「我も同感じゃ。漫画とお菓子とゲームがある限り、またいつでも呼んでたもれ」
R.R.は膨らんだ頬を揺らし、お腹も揺らす。
「ワタシの料理が役立ってよかったアル。皆ある程度体質改善出来たようだったアルな」
最後にルーガが朗らかに言った。
「そうだな。子どもたちはこの成功を喜ぶだろう。そうすれば、その自信が次につながっていく‥‥」
ダイエットのお手伝いミッション、無事終了。後は――本人達の頑張り次第!