●リプレイ本文
傭兵たちは息も詰まりそうな濃い緑のただなか、くねった道を急ぐ。行方をくらませていた脱走チンパンジーの群れが再び出没し、村を襲っているという情報が入ったのだ。
「すでにかなりの犠牲者も出ているようです。早急に対処しないと‥‥」
息を弾ませたエリーゼ・アレクシア(
gc8446)は足を止めないまま、上方に顔を向ける。煙が見えた。一筋、二筋、三筋、次々増えて行く。自然発火などではない。
トゥリム(
gc6022)は両目をすがめる。
「人間を舐めきってるね、お灸を据える程度じゃ生ぬるいかも」
未名月 璃々(
gb9751)は多々うんざりした様子で、それに続けた。
「和む動物撮影かと思いきや、狂暴でした、ですかぁ。何て言うか、やはり類人猿ですねぇ‥‥私も帰っていいですか?」
「おい止めろよ、帰るなよ人数減るじゃねえか! お前が帰るならオレだって帰るよ!」
ワンワン吠えるレオポールは、尻尾が下へ曲がりそうになっている。キメラもだが、集団チンパンジーの方について相当ブルってしまっているらしい。
そうはいっても実際に依頼を受け逃げないだけ少し逞しくなった様子だ。そう思い、門鞍将司(
ga4266)は励ましてやる。
「チンパンジーの集団が人間を襲うんですかぁ‥‥怖いですねぇ。でも依頼が成功したらぁ、お義父さんの好感度がアップするかもしれませんよぉ」
フェンダー(
gc6778)も盛り上げてやる。
「レオポール殿が頑張っておると、なんかこう騙された気がしないでもないが、人命に関わる事じゃ。たまには真面目にやってやろうかや。なに相手は50匹とはいえその内49匹は普通のモンチッチじゃ。我らにとって敵ではないぞよ」
だが楊 雪花(
gc7252)は下げた。
「その普通のモン吉が普通に握力200〜300キロなのヨ。確か怒たメスが500以上出したという記録もあたと思うネ。本気で掴まれたら人間手足もがれるコトヨ。ジャンプすれば3メートルはいくシ、鉄塊も楽々持ち上げられル。まさしく猛獣ヨ。いやア、今回はいつになくスリリングなお仕事ダナ」
レオポールの毛色がたちまち漂白される。
そこでエドワード・マイヤーズ(
gc5162)が反論した。
「雪花嬢、それは一面的な見方だよ。チンパンジーは複雑な社会を育む、繊細な心の持ち主だ。本来は森で平和に暮らしているはずなんだが、どうしてこうなったんだろうね‥‥やむを得ない場合とはいえ、無益な殺生は僕の性分に反するんだがね‥‥?」
彼はチンパンジーの掃討に複雑な心情を抱いている。御法川 沙雪華(
gb5322)もまた、その点同様だった。
「チンパンジーが、今後も森で生きてゆくのでしたら‥‥敵意は、解くことはできないのでしょうか‥‥」
「うーン、無理じゃないかネ。言てたでショ、あそこのチンパンジー、密猟から保護されたのが大半だテ」
雪花の言葉で彼女は、所長の疲れた顔を思い起こす。彼が呟いた独白も。
(人間への憎しみは消えていなかったのかも知れません。私たちはすっかりこちらに馴れてくれたものと思っていたのですが)
キメラがいつ紛れ込んだのか、その点は施設管理者にもはっきりしないらしかった。元からいた個体とどこかの時点で入れ替わった可能性が高い、とのこと。
「‥‥しかし、これまでは友好的にしていたのです。こうも豹変したのは、やはりキメラが原因のように思えるのですが」
「いい機会が来なかたから大人しくしてたダケじゃないカナ。とりあえずワタシは、チンパンジーの好きそうな肉や果物を用意しておいたヨ。赤犬の肉もあるヨ」
「なんで犬にそんなかわいそうなことすんだよ!」
「鳴かないヨレオポール。なんかアイディア出してヨ。犬猿の仲て言う位だかラ猿を怒らせるのハ得意デショ?」
ひとまず現場に着く前に皆は、戦闘班と護衛班に分かれておいた。
前者は雪花、沙雪華、将司、トゥリム、エドワード。後者はフェンダー、レオポール、璃々、エリーゼだ。
この班分けについて将司は残念であった。レオポールの観察が出来ないだけに。なので、前以て護衛班に頼んでおく。
「レオポールさんの活躍が見られないのが残念ですぅ。護衛班の皆さん、後でどうだったか教えてくださいねぇ」
●
現場につくが早いかトゥリムは、チンパンジー撃退へ向かう。複数のチンパンジーが団子になり跳びはねているところへ「エルガード」を構えて突っ込む。
チンパンジーの塊がさっと引いた後現れたのは、仰向けになって転がっている死体だった。体中に、束になって踏み付けられた事による外傷が確認される。顔は血膨れして性別もはっきりしない。
「お前たちに寄せ餌など勿体無い‥‥恐怖を教えてやる」
チンパンジーたちは歯を剥いて手を打ち合わせ、笑うような声を上げる。集団でいることもあるが、彼女が小さいので侮っているらしい。逆襲しようという気配さえ示した。
しかしトゥリムはそれを待たない。地面の砂を拾い、ばっと集団の上に降らせる。FFがあるかないかの確認だ。ここでの反応は――ない。
次の瞬間彼女は一番近くにいたチンパンジー目がけ盾を叩きつけ、いとも容易く吹き飛ばした。続けて何匹も、手当たり次第殴り飛ばす。
他のチンパンジーたちはその様を見て、今度は一斉に飛びのいた。口々に吠える。
「ホウ、ホウ、ホウ」「キャア、キャアア」
エドワードは注意深く周囲を見回し観察した。
チンパンジーは何匹かの小集団を作り、組んで行動している。燃えていない屋根、それから木の上など、高所からこちらを見下ろしている――だけならまだいいが、赤ん坊の頭程もある石をぽんぽん上から投げ付けてくる。こんなものを一般人が食らった日には即死だろう。
けたたましい鳴き声がしたので顔を向ければ、チンパンジー数匹が棒の刺さった人間の遺体を引きずり回していた。
見るに見かねる光景だ。とはいってもただの遊びでなく、意識的になされている行為だとは感じ取れる。どうもこちらを引き付けたいらしい。
「何をする気か知らないが、きみたちの攻撃が僕にはきかないことを知らしめてあげよう」
エドワードはあえて挑発に乗ってみた。
開けた場所の中央まで遺体を引きずったチンパンジーは、遺体を置き去りにして素早く逃げた。次の瞬間、周囲の家の屋根から、石ではなく棒が――投げ槍が雨あられと降ってきた。
エドワードは「レイシールド」を構え、それらを全て弾いた。チンパンジーの集団がざわめく。
〈気絶させる程度が一番望ましいが‥‥)
FF確認のため、ペイント弾を放つ。
チンパンジーらは首を引っ込め一斉に散会した。高い声で鳴き交わし、村を囲む森の方角へ移動を始める。
その前へ、沙雪華が立ちはだかる。彼女はとにかく目につく限り「百花繚乱」で撃つ。飛び道具を使う手元、木に飛び移る足を狙って。
(それにしてもこの統率の取れた動き‥‥崩れない群れ‥‥)
指示する強力な個体がいなければ不可能――そう見るのは彼女だけではない。雪花も同様だ。
「ホラホラ、お肉だヨ果物だヨー」
餌をばらまいてみるものの、ほとんど引っ掛かってこなかった。来たそうにしているのはかなりいるのだが、遠巻きに眺めているだけだ。
「なんともまア、頭がいい子たちだネ」
と言ってもこの試み、まるきり意味がないというわけではない。ひとまず人間を襲う以外に気が散ってしまっているのは確かだ。
うろうろしている連中目がけ彼女は、土を投げた。キメラはいない。
将司はそれを手伝い、向こう側にいる集団にやってみる。これも外れ。
チンパンジーたちはどうやら、目立った武器を持っている人間を強く警戒している。その見方からして「スパークマシンα」しか持たない将司は与し易そうに思えたもようだ。接近し強力な腕でのフックや飛び蹴り、パンチを見舞ってくる。石で殴りつけもする。
「いたたたた! 噛むな噛むな! 引っ張るな! 鈍器を使うな!」
彼はただのチンパンジーを傷つけたくないからと、素手で対応している。そこも恐れを減じさせている原因だろう。
「大丈夫かネ門鞍サン。そレ、一般人なら死んでると思うけド」
かく言う雪花も、あまり攻撃してない。自分に向かって来るものは相手するが、そうでなければほっておくというスタンスなのだ。
「中華では猿の脳味噌や腕も食材だけド、あれはチンパンジーとは違うんだよネ‥‥ワタシ税務署とワシントン条約だけは怖いヨ」
お金にならないからではない、多分。
その時、フェンダーの声が上がった。
「いたぞ!」
続けて銃声が響く。
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「えっ、いた? そんならさくっとやっつけてこっち早く来てえ! なんか数が多いよ!」
無線に吠えるレオポールは車列の先を行き、道へ無数に倒されている木を撤去するとともに、チンパンジーを追い払っていた。相手の形相の凄まじさに脅えつつ。
「へ? 取り逃がしてこっち向かってるって、何だよそ――おほお!」
尖った棒が飛んできた。狙われているのはタイヤだ。既に車列の何台もがパンクさせられ、放棄する羽目になっている。
後方にいるエリーゼは、「ヘラクレス」の腹で、追いすがってくるチンパンジーを殴りつける。なるべく殺さないようにとの配慮だ。
しかしそんな直接攻撃より遠距離攻撃のほうにこそ神経を使う。チンパンジーたちは道を挟む森から飛び道具でしかけてくるのだ。槍だけならまだしも、村から盗んできたとおぼしき鍬や鎌まで飛ばしてくる。一般人には危険極まりない。
「落ち着くのじゃ皆の衆、落ち着くのじゃ! 離れてはならん、固まるのじゃ!」
フェンダーは避難民を守りなだめるのに手一杯、餌誘導まではとても手が回らない。とりあえず襲ってくるチンパンジーは射殺という態度を貫き、近づかせないようにはしているのだが。
「全く厄介な奴らじゃ‥‥皆、目を逸らすがよいぞ!」
暗い森の中に彼女は閃光手榴弾を投げ込み、牽制を行う。
璃々は手で目を覆いつつ、一人ごちる。
「ぶっちゃけ、撒き餌のような気もしますが」
誰がって自分たちが。正確には村民が。
とにかくチンパンジーは一般人を目標にしている。全滅させたいのか、それとも徹底して追い払ってしまいたいのかは不明だが、並々ならぬ執着を持って迫ってくる。先ほど照明銃で目くらまししたが、このように追跡をやめようとしない。
全部で50匹いたということだが、その半分以上がこっちに回ってきているのではないだろうか。能力者についていえば相当注意しているのか、なるべく接近しないようにしている‥‥。
「ギャー! むしられるー!」
‥‥レオポールにはどういうわけか接近攻撃している。もしかすると外見から、人間ではない別の生き物と思っているのかも知れない。
(ナンバーワンのキメラオスを早く始末しないと)
無線ではこちらに向かっているということだった。ペイント弾を撃ったという話だから、判別はしやすいはずだ。璃々がそう思うところ、レオポールが叫んだ。
「おい、あれじゃねえか!?」
後方から迫ってくるチンパンジーは、確かにペイントをつけている。
エリーゼがすかさず「ヘラクレス」で斬りかかる。瞬時に両手足を切り落とし、眉をひそめる。
「違います! これは普通のチンパンジーです!」
ペイントをつけたのがまた複数現れた。
彼女はすぐさま理由を悟る。
「偽装工作してますね。多分、体についたペイントをぬぐって別の猿にもつけたんです」
「ええい、猪口才なモンチッチめ!」
フェンダーは怒るが、こうくると自分たちで確かめるしかない。
ペイントはなすり付けることは出来ても、消すことは出来ない。だからついているのがキメラのはず。思いながら目をこらした璃々の目は、群れの奥にいる一頭に向けられる。派手に飛び移ることなく、地上付近を選んで進んで行く奴に。
「――ああ、怪しいっぽいです。理由は、直感ですねぇ」
走りざま石を拾い、そちらの方角目がけて投げ付ける。
相手はそれを避け、一瞬にして樹上まで跳び上がる。いくらチンパンジーといっても身体能力が高すぎること明白だ。
すかさずそちらに目がけ、ペイント弾が発射された。
直後、フェンダーが声を張り上げる。
「いかん、車を止めるのじゃ! 罠じゃぞ!」
先頭にいたトラックが急停車する。地面が崩れ、大穴が姿を現す。落とし穴だ。
ブレーキを先にかけたため落ち込まずすんだが、列の前進が止まってしまう。
鋭い咆哮が上がった。
「キャア、キャウッ」
キメラがまず飛び出し、レオポール目掛けトラックを引っ繰り返し、エリーゼから「ヘラクレス」を奪おうとつかみ掛かる。能力者の腕さえへし折りそうな腕力で。
彼女はなんとか引きはがし、斬りかかる。血が飛沫く。
キメラはさほどダメージを受けた様子ではない。手も足も健在で、激しく跳びはね牙を剥いた。
その間普通のチンパンジーは、一般人を襲いにかかっている。それを阻止するため他の能力者たちは手を取られざるを得ず、助太刀に回れない。
焦りが生じかけたところ、戦闘を担当していた仲間が追いついてきた。
トゥリムは雑魚に一切かまわず、キメラに「超機械α」を叩きつける。火花を上げキメラは吠える。だが逃げはしない。
そこへエドワードが「ミスティックT」で追い打ちをかけた。打撃と爪牙によって、盾をボロボロにされつつ。
「無駄な抵抗はやめたまえ! もはや逃げ場はないのだよ!」
将司が練成強化をかける。沙雪華が放つ矢がキメラの足に、手に刺さる。
それでもまだ倒れないのだから、相当頑丈な作りだ。だが、不利と悟ったらしい。逃げの姿勢に入り森へ駆け出す。
雪花はそこに立ち塞がった。
「おト、行かせるわけにはいかないネ!」
「ティルフィング」が喉を抉る。
キメラは悪鬼の形相で雪花の手首を掴み、ギリギリ締め上げた。口と鼻から血を噴きそのまま力尽きるまで。
頭目が殺されたことでチンパンジーたちが恐慌に襲われ、一斉に逃げ出す。
「あちチ‥‥アイツ、とんでもない握力だたヨ」
痺れてしまった雪花の手に治療をかけながら、将司が尋ねる。
「レオポールさんはちゃんと働いていましたかぁ?」
「まア、そこそこだたかナ」
トラックを立て直しながら這い出してきた犬男は、次の言葉に、減毛された尻尾を垂れた。
「今日のことはお義父さんにお話しましょうねぇ。さて、残りの逃げたチンパンジーを捕獲しましょう」
「まだやんのかよ‥‥」
フェンダーが、彼の頭に出来た十円はげを撫でる。
「仕方あるまい、ほっといたら奴らまたやりそうじゃしのう。というわけで、今回のお主への貸しは1000モフモフじゃ」
こうしてまだ生きているチンパンジーは全頭捕獲され、二度と群れられぬよう別施設に移送分散された。
フェンダーは何かと思うところがあり、後で現地にこっそり見舞金を送ったということである。