●リプレイ本文
ナイトフォーゲルG−100ハヤテの中で、蓮田 倍章(
gb4358)は呟いた。
「ヒリヒリするな」
上から見ただけでも現場が完全なパニック状態にあるのが分かる。
あちこちで事故を起こし、流れが遮られている車列のあい間に、徒歩で逃げている人々の姿がある。後方から迫る、かれこれ30メートルはあろうかというムカデ型キメラに恐怖し、乗り物を捨ててしまったものらしいが――それが混乱に拍車をかけている。無理やりにでも脱出を図る車と接触し、人身事故を引き起こすことによって。
ナイトフォーゲルCD−016Gシュテルン・G――愛称:アズリエルに乗ったクラリッサ・メディスン(
ga0853)は、眉をひそめた。
「ともかく、キメラの侵攻を食い止め、避難民の為に退避の時間を作るのが先決ですわね。此処は何としても死守しなくてはなりませんわ」
彼女のママ友である百地・悠季(
ga8270)は、ナイトフォーゲルEPW−2400Xmas ピュアホワイトXmas――愛称:アルスター・アサルト・カスタムの席から応える。
「さっと討伐して安心させられたら良いわよね‥‥クラリッサのKV復帰なのでもあるし色々支援してあげるわよ」
目下ムカデと避難民の間に何の障害もないというのが問題だ。正規軍は市街戦に手一杯で、こちらにまだ回ってこられないらしい。
ナイトフォーゲルF−108改ディアブロ――愛称:スティングレイのヤナギ・エリューナク(
gb5107)は舌打ちした。
「チッ、避難地区まで届ける人数が居ねェ‥‥」
その台詞を遮るように入間 来栖(
gc8854)が、ナイトフォーゲルPT−100ラスヴィエート――愛称:ククルーから叫んだ。
「現着しました! ‥‥作戦行動を開始しますっ!」
終夜・無月(
ga3084)のナイトフォーゲルXF−08Bミカガミ――愛称:白皇 月牙極式が降下を始める。
「是以上は決してやらせない‥‥」
車に乗車している人間ごと次々噛み壊していくムカデたちは、上空から接近してくるジェット音に興奮し、平たい顔を上げ触覚を振り回す。
悠季は即座に機体の複合EMSを作動させ、距離、位置関係から、仲間たちの担当配分を割り振った。
事故現場に最も接近している分は倍章、来栖、ヤナギが、右後ろの分は無月が、左後方はクラリッサと悠季が当たることになる。
「というわけで、いいかしら?」
「悠季さん、ろじゃーです!」
来栖は皆を代表して元気よく答え、皆と降下して行く。避難者を踏まないよう、双眼鏡で足元を随時確かめながら。
●
「とっとと終わらせてやンぜ。行くゼ、スティングレイ! 虫退治だ‥‥っ」
ヤナギのスティングレイは横転しているバス、及び潰れているトラックがある地点に降り立つや否や、接近してくるムカデに向け、「アーバレスト」を立て続けに発射する。
「手前ェら、邪魔なンだよ‥‥ッ!」
出端を挫かれたムカデは長い体をくねらせ、半身をのけぞらせる。間髪入れずその前に降り立ったのは、倍章のハヤテ。
「このハヤテって機体、なかなか面白い‥‥ぜ!」
うそぶきながら彼は、ムカデに「スクラマサス」での突撃をかけた。残像が残るほどの速度で。
「これが蓮田流先行術、KV式穿孔! ってな!」
態勢がまだちゃんと戻ってなかったこともあり、ムカデも更なる後退を余儀なくされる。
行動を阻害され怒ったか、顎の左右に生えた大きな牙が噛み合わされた。
ふらふら動く触覚。赤と紫に毒々しく彩られた堅い背中。反して妙に柔らかそうな腹。連なる節々にうじゃうじゃ生えた足が規則正しく蠢く様。
見ているだけで体の上を這い回られているような気がし、来栖はつい、口を押さえた。うすら怖さを感じて。
昆虫というのは小さいからこそまだ見られるものなのだと、思い知らされる次第である。
「う‥‥くっ!」
しかし原初的嫌悪感を味わっている場合ではない。状況は危機的なのだ。
(誰も死なせません‥‥だれもっ!)
「ピリジーチ」を構えムカデに何度も体当たりし、更に現場から遠ざけにかかる。KVから最大音量で、周囲に呼びかけながら。
「お‥‥落ちついて避難して下さいっ。KVが護衛しますっ! だいじょうぶです‥‥っ」
戦闘が行われている脇を、車が通り抜けて行く。一刻も早く脱出しようと。拍子に徒歩避難者の誰かが跳ねられたのが、モニタの片隅に映った。
来栖は悲鳴に似た声を上げる。
「落ち着いて、回りを見て進んでください! 大丈夫ですから!」
ムカデが歯を立て「ピリジーチ」に食いつき、押し返してくる。牙の先からぬらぬらした液体が滲みだし、盾を濡らした。毒液を持っているらしい。
「防御っ‥‥します!」
来栖が作った隙を利用し、ヤナギは、「3.2cm高分子レーザー砲」を横からムカデの口の中に突っ込んだ。そのまま、出力を最大に上げる。
ムカデは顎を焼き切られ、一旦盾から離れた。大きく半身を持ち上げ、体当たりで攻めてこようと試みた。
盾によじ登られそうになられた来栖は、小さく悲鳴を上げた。
「ひいいいい! 生っぽいですう!」
裏から見た巨大なムカデの腹の白っぽさに、足関節のかしゃかしゃ動く様に、鳥肌が立ちそうだった。
倍章が割り込み、引き離しにかかる。
「蓮田流剣術! KV式波動剣!」
「雨花」で切り込むと同時に、ガトリングを撃ち込む。もちろん射線の先に避難民がいないことを確認して。
「逝っちまいな‥‥」
ヤナギの「玄双羽」が、ムカデの頭部に向け切り込まれる。
頭の左半分が切れたムカデは持ち上げた身を地面に倒した。それから暴れ始めた。
原型が虫なだけに、脳を破壊されるとすぐ活動停止してしまうというものでもないらしい。
そう見て取った倍章は、勢いよく残った頭部分に「雨花」を突き刺した。
「蓮田流ウナギさばき術、関東風背中開き! というか真っ二つ!」
言葉どおり「スクラマサス」が、背中から尾まで一直線、縦割りにする。
ここまでされるとさすがにムカデも、往生を決めざるを得なかった。小刻みに足だけが動いていたのも、やがて静かになる。
●
先手必勝の習いどおり、無月はムカデに対し、出合い頭の猛攻を加えた。
「ロンゴミニアト」がうなりをあげて空気を切り裂く。巨体を突き、薙ぎ、斬る。
頑丈に作られた下顎が一撃で曲がってしまう。甲殻に切り込みが入り、ペンキのような青い体液が吹き出す。足が幾つも切り落とされる。長い触覚も。
ムカデはキキキキキと甲高い声を上げた。いきり立っているらしい。
体の一部を失っても動き回り、もがく。長い胴体を振り回し、あちこちへむやみと衝突させる。
無人の車が尾の先で次々跳ね飛ばされた。
漏れたガソリンから火が噴く。いやな匂いのどす黒い煙をあげて。
「なるほど、なかなか生命力が旺盛ですね。だがその大きさで暴れられては迷惑です」
「RA.3.2in.プラズマライフル」が火を吹く。
「ロンゴミニアト」から「雪村」へ、武器が差し替えられる。
「ムカデには熱湯がきくそうですが‥‥ここにはそんなものありませんから、バラバラになってもらいましょうか」
鋭い風圧が生まれると同時に、尾の先が切り離された。
離された体の一部が宙を飛び落下するまでの間に、無月は、次々体を分断して行く。相手がついてこられないほどの動きで。 青い血をふりまいて最後に地に転がった頭は、動くことも出来ぬまま歯を鳴らし続ける。その上に彼は改めて白刃を振り下ろした。
頭蓋が砕け散る。
●
降下と同時に頭を踏み付けたムカデに対し、クラリッサは皮肉った。
「あらあら、足元にいては危ないですわよ。それとも踏まれるのがお好きな趣味?」
ムカデはかっと口を開け、長い体を巻き付かせようとする。そうなる前に彼女は避け、飛び下がった。もちろん車両など踏まないよう配慮して。
悠季はクラリッサの前に出る。割り振りした配置に今一度目を走らせて。
(倍章と来栖とヤナギに1体、無月に1体‥‥そしてクラリッサとにあたしに1体)
「さあ、お帰り願いましょうか」
彼女は「レグルス」を構え、勢いつけてムカデにぶつかった。
ムカデは押され、道から離されてしまう。続けてクラリッサが「真スラスターライフル」での段幕射撃を行い、援護する。これは致命傷にならないまでも、足止めに効果を発揮した。
ムカデはじりじりして何度も鳴くが、正面突破してこない。身を翻し横に避け前進を試みようとする動きを見せた。
悠季はそれにぴったり着き添う形で、圧し返しを続行する。負けじとぶつかり返してくる圧力に耐えながら、相手の最大の武器である牙がどこにあるか見定め、「ムーンライト」を突き入れ――作動させる。
レーザーに焼かれ牙が焦げ落ちた。間髪入れずライフルをも喉の奥まではめ込み、引き金を曳く。
跳弾が口中から後頭部を突き抜け吹き飛ばす。
ムカデの体が大きく跳ね、うねり狂う。
「っと! しつこいわね!」
悠季は足を掴み、ムカデを押さえた。クラリッサも「アイギス」を押し付け押さえ込んだ。ついでに至近距離から再度弾丸の雨を浴びせる。
手のすいたヤナギがそこに回ってきて、「幻双刃」でムカデの頭部をえぐるよう切り離す。
「止めは念入りに、な。虫だからな、何しろ」
これでキメラは全て排除した。
だが避難民は残っている。このまま帰って任務完了とはいかないのだ、今回の依頼は。
●
(‥‥ごめん‥‥なさい‥‥。ごめんなさい‥‥)
キメラに食いちぎられたものから、事故で亡くなったもの、人波に踏み潰されたものに至るまで、全ての屍に来栖は詫びを入れた。入れながら、呼びかけた。
「皆さん、落ち着いて行動すれば必ず助かります。押さないで、先から順に。大丈夫、もうキメラはいませんから」
倍章は負傷者を担ぎ、車の残骸を道からどかす。無線で、最も近いUPC基地に救援要請を申し入れる。
「安全地帯までざっと20kmって、絶対無理だぜ、そこまで誘導なんて。オレたちは6人しかいないし、避難民は何千といるんだ。いつまたパニックが再燃するか分からないしな‥‥今でもそんなに落ち着いているわけじゃない」
キメラが死んで一件落着かといえば、そんなことはい。町は攻撃を受け続けているし、いつまた新手が来ないとも限らないのだ。
「こういう仕事は正規の人にやってもらわないと。オレたちの専門は主にキメラと戦うことだからな」
ヤナギは生存者を探し、避難路を回っていた。息のあるものはとにかく脇に寄せ、運ぶ。
「お前ェら。死ぬんじゃねェぞ! 轢かれただけだ、骨が折れた以外は問題ねェ!」
外傷や火傷がほとんどだったが、中にはそれ以外のもいる。堅く歯を食いしばり、引っ切りなし痙攣しているのだ。意識は定かでない。明らかに重症である。
どれも体の傷が通常と違って、堅く黒っぽく膨らんでいる。ムカデの牙にひっかけられるかどうかして、毒物が入ってしまったらしい。
「しっかりしろ、舌噛むな! 来栖が解毒班を呼んでるからな!」
彼は口に布切れなどを噛ませ、他の怪我人たちとともに、クラリッサたちのところへ連れて行く。彼女は無月、悠季らとともに怪我人へ手当を施しているのだ。
スクールバスの子供たちも一人残らず救助されたが、泣きわめく子は少数で、大部分が放心していた。
それがまた痛々しく思われ、子供を持つ身であるクラリッサは、ため息をついてしまう。
「‥‥後手にまわりさえしなければ、もっと被害を少なくできたでしょうに‥‥せめて今此処にいる人だけでも助けなくては‥‥」
同じ母親として悠季も、その点強く感じている。
「そうね‥‥犠牲になるのは下からなんだから‥‥大丈夫よ、ボク。お父さんもお母さんも先に避難所に行って待ってるわ」
無月は特に状態が悪そうな人々を選び、KVを利用して、順次安全区域まで運んで行く。待っているだけではいられないからと。
UPCの旗を掲げた頑強なジープが何台も連なり、向かってくる。
双眼鏡ごしにそれを確かめた来栖は、なお声を張り上げ呼びかけた。移動しつつある人々に向けて。
「――来ましたよ、救援です! さあ、元気を出しましょう! 助かりますから、絶対に助かりますから――」