タイトル:【白】地獄より遠い場所マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/10/07 14:09

●オープニング本文


 その基地の研究施設は地下にあった。
 日が昇っても日が沈んでも、電灯の光だけが学者達の光だった。
 並んだ机の上には散乱した資料と実験器具、そして新しいサンプル。
「これか、フェリックス中隊の置き土産は‥」
 白衣の男達は台車の上に載せられたライフルをまじまじと眺めた。
 ただのライフルではない。
 バグア製の生体パーツが多用されているライフルだ。
「生体パーツ部分はほぼキメラと同じ構成だな」
「ここが電極で、ここで生体認証が‥」
「おお‥興味深い」
 銃の構造自体は割合シンプルなため、
 生体パーツがどんな役割をしているかはすぐにわかった。
 弾丸を高速で射出するパーツ、セーフティとなるパーツなどだ。
 ただし、何がどうやって筋肉の塊がそう動けるのかはさっぱりだった。
「これまでと違って、生きているパーツだ。
 研究材料としては貴重な部類だ」
 リーダーらしい壮年の男が、短いヒゲを撫でながら呼びかけた。
「しかし、班長。こんなもの、構造なんて解明できるんですかね‥」
「やらねばならん。ワシらが研究する時間を前線の兵士が作れる間になんとしてもな」
「そうですね‥。必ず、私達で解明してみせましょう‥!」
「うーん、まあ、頑張ってもらうと困るんですけどね」
「え?」
 研究者達は聞き覚えの無い場違いな声に、一斉に振り帰った。
 班長の後ろに影のような気配。
 そこには白いスーツを着た男が一人、邪悪な笑みを浮かべて立っていた‥。



 弾薬庫が吹き飛んだ。
 大規模作戦の影響で備蓄量が少なかったため、
 基地ごと吹き飛ぶような騒ぎにはならなかったが、
 周辺の建物ぐらいは巻き込んで延焼している。
「ジェラード君、頑張ってくれてるね」
 白いスーツをどす黒い赤で汚しながら、
 彼は非常用階段を使って地上に現れた。
 基地の反対側では立ち上る炎が赤々と空を照らしている。
 その光景を覆うように、兵士と車輌の群れが白スーツに立ちふさがった。
「撃て!」
 居並ぶ装甲車と戦車がSES搭載の20mm機銃で弾幕を張る。
 普通の人間であれば秒に満たない時間でミンチになっただろう。
 だが、白いスーツの男は銃撃を物ともせずに飛び込んでいく。
 20mm機銃の射撃は向きから着弾範囲を見切り回避。
 歩兵達の小銃は避けなかった。
 小銃弾程度ではFFを貫通できない。
「ハッ!」
 掛け声だけは明朗に。
 貫き手は向かい合った兵士の頚動脈を容赦なく裂く。
 既に距離は肌身を触れる距離で、兵士達は同士討ちを恐れて発砲できない。
 間髪居れずに白いスーツの男は飛ぶように跳ねる。
 間隙を縫って装甲車の上に飛び乗ると、
 銃座の兵士の胸倉を掴み、顔面に拳を叩き込んだ。
 ジャブのような軽い打ち込みにしか見えないが、
 拳は兵士の鼻が砕き顔面に鋭くめり込む。
「脆いなぁ‥」
 顔面を大きく陥没させて絶命してしまった兵士を眺めながら、
 白スーツの男は邪な笑いを浮かべた。
 人間以外の生き物が人間の言葉を喋っているようなおぞましい気配。
 蛇に睨まれた蛙のように、場に居る者は誰も動けずにいた。



 拳が唸る。
 ラフな服装の2m近い巨漢が、拳一つで場を制していた。
 その動作は拳闘の動きだが、威力は既に人間の扱っている物とは別物だ。
 振るえば衝撃はアーマージャケットを貫通する。
 バンテージを巻いただけの拳が、既に能力者5名を含む多くの兵士を屠っていた。
 その傍ら、黒いドレスのような衣装を纏った女が淡い緑の光が舞うように振るう。
 光源は鋭利な2本のレーザーナイフだ。
 彼女の両腕は既に丈の長い手袋をつけたかのように、血に塗れて紅く黒い。
「‥ぐっ‥!」
 応戦していた能力者の一人が辛うじて二本のレーザーナイフを受ける。
 受けられたナイフを下げ、女は鋭い蹴りを打ち込む。
 蹴りを鳩尾に受けた能力者の腹から、尋常でない血が溢れていた。
「‥!?」
 能力者の背から、鋭くレーザーの光が飛び出していた。
 足先にスロウターのごとく備え付けられたレーザーナイフが、能力者を貫いたのだ。
 反動をつけ女は能力者の骸を蹴り飛ばす。
 同じく彼女も、能力者5人を屠っていた。
 応戦した者を残らず動かぬ肉に変えて、二人はどちらともなしに互いを流し見た。
「いつ見ても胸糞悪い戦い方だ」
「貴方が手ぬるいだけじゃない」
 低い声で告げ睨む男に、高い声であざ笑う女。
 今この場で殺し合いを始めそうな雰囲気すら漂い始める。
 その緊張を崩したのは、甲高い携帯端末の呼び出し音であった
「‥‥ちっ」
「グリフィスからだ」
 残念そうに構えを解き、二人は通話を開いた。
「順調みたいだね」
 場違いに陽気な声が聞こえる。
「ああ。順調だ」
「ジェラード」
「なんだ?」
「情けなんてかけないでトドメはちゃんと刺すように」
「‥ちっ。わかってる」
 何でもお見通しという声だ。
 巨漢の男、ジェラードは嫌悪を隠そうともしない。
「スロウター」
「何?」
「時間かけないでちゃんとトドメを刺してる?」
「刺してるわよ」
「うんうん。生き物で遊んじゃダメだからね」
「‥‥ちっ」
 同じくスロウター、レーザーナイフ使いの女も同様だ。
「あと8分で迎えが来る。それまでは予定通りにね」
「‥了解」
「‥了解」
 声が被る。
 二人して眉根を寄せて相手を見た。
 真似をするな、とでも言いたいが言ってしまえば負けてしまったような気もする。
「‥行くか」
「そうね」
 二人はお互いをまっすぐ見ないまま、血の池になりそうな廊下を歩いた。
 迷い無く基地の中心部に向って。



 地下三階に設営された基地司令室は騒然となっていた。
 絶望的な報告ばかりが飛び込み、各部隊への応答と対処で手一杯。
 既にKVの全てが最初の爆発で全て使用不能。研究施設は虐殺の後。
 これがたった数分の出来事だった。
「KV格納庫から応答ありません‥。第1、第2戦車中隊は壊滅‥!」
「第三戦車中隊、縦列にて侵入者に砲撃開始」
「歩兵中隊から援軍要請! 強化人間の侵攻が止められません」
「我が基地の能力者は!?」
「研究所に向ったメンバーは全滅。基地の西側に向った部隊も半分は既に‥」
「なんということだ‥」
「隣接する空軍基地よりKV部隊発進。到着まで10分かかるそうです」
「10分か。持てば良いが‥」
 たったの10分でさえ、守りきれるかどうか。
 それほどに激しい攻勢だった。
「あとは‥傭兵達だけが頼りか‥」
 司令は祈るような心持で、推移する戦闘を映す画面を見つめていた。

●参加者一覧

聖・真琴(ga1622
19歳・♀・GP
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
優(ga8480
23歳・♀・DF
リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD

●リプレイ本文

 基地司令から基地内に散っている傭兵達に強化人間の情報が送信される。
「弱者に手をかけるとは下らん」
 端末に送られた画像を見るなり、月城 紗夜(gb6417)はそう吐き捨てた。
「おそらく敵の目的は、我々がバグアから回収した武器のサンプルだ」
「サンプル?」
「キメラのような生体パーツを多用したライフルだ」
「‥あの時の‥!」
 射程距離2km越える化け物ライフル。
 それがこの基地に届けられていた。
 ウラキ(gb4922)と遠倉 雨音(gb0338)は実際にその威力を目の当たりにしている。
 ウラキは胸を押さえた。
 疼くような傷の痛み、何か邪悪な気配を察知していた。
「こノ淀む空気‥‥どこカで‥」
 ウラキの側を走っていたクラリア・レスタント(gb4258)も同様だった。
 口元が僅かに震えている。
「間違いない」
 ウラキは端末に送られてきた侵入者の画像を見る。
「あの視線の正体だ‥!」
「それでそのライフルは今どこに?」
「研究所にあったが音信不通だ。奴が持っていないところを見ると、既に破壊されたのだろう」
 基地司令は遠倉の質問に答えて、燃え上がる研究所の映像を送る。
 誰から見ても、遺体もサンプルも回収不可能だった。
「気をつけろ。奴は武器も持たずにたった一人で戦車中隊と渡り合う化け物だ」
 夜十字・信人(ga8235)は嫌な不安に取り付かれる二人に声を掛ける。
「それよりもだね、ちょっと考えてることがあるんだが」
 真面目な口調だった夜十字が一点、
 ラストホープの休憩室で茶のみ話をするような口調に変わる。
 それは彼を良く知る者が聞けば、何かを企んでいるときの声に聞こえただろう。




 強化人間相手に多少のバリケードは意味をなさない。
 十分な弾幕があってこそ、障害となる。
 いかに強力な武装を持っていても、通常兵器だけでは強化人間の足止めはできなかった。
「あれが強化人間」
「‥一筋縄ではいかなそうね」
 藤村 瑠亥(ga3862)、リュドレイク(ga8720)、風代 律子(ga7966
 遠倉、月城の5人はバリケードを越えて強化人間に向かい合う。
「お前たちは援護を頼む、無理な者は引け」
 藤村が下がる正規軍の面々に声を掛ける。
 軍人達はそのほとんどが動けないほどのダメージを追っていた。
 能力者の兵士も同様で、動けるのは3人のみだ。
「雨音」
「何ですか?」
「援護を頼む。けど、可能なら俺1人でやらせて欲しい」
「‥‥わかりました」
 遠倉は半歩下がって、ジェラードへの射線を確保する。
「俺の相手はお前か?」
 ジェラードは藤村に向かい、拳を向ける。
 その拳には先程とは違い、能力者達が使うような篭手が装着されていた。
 手加減ではなく、武器を隠していたのだろう。
「そうだ。相手をしてやる」
 藤村は二刀小太刀を引き抜く。
 遠倉は隙の無い二人に焦りを覚える。
 二人が本気で衝突し始めたとき、割って入って援護することができるのだろうか。
 真デヴァステイターにかけた指が震えた。
「なら、残りは私かしら」
 スロウターが二本のレーザーナイフを抜き、
 残った3人の傭兵に向かい合った。
「‥気をつけてください。こいつ、まだ武器を隠し持ってます」
「了解です」
「了解だ」
 空軍のKVが到着するまで残り7分。
 地獄の様相は更に加速する。





 第三戦車中隊は抵抗する戦力を全て失った。
「ふむ。一通りかなあ」
 仲間を助け起こす者、陰に隠れ怯える者、拳銃で抵抗を試みる者。
 どのパターンにせよ既にグリフィスの敵は居ない。
 あとはハエを叩き潰すように抵抗する者を屠るだけだ。
「‥‥来たか」
 グリフィスが向き直る。
「たった3人で襲撃たぁ〜ナメた真似してくれるね」
 炎上する基地を背景に、聖・真琴(ga1622)、夜十字、優(ga8480)の3人が立っていた。
 先頭に立つ真琴はグリフィスを睨みながら指を鳴らす。
「あげく殺戮を楽しむなンざ‥。その首、狩ってヤんよ!」
 三人は言葉と同時に突撃し、グリフィスの注意を引く。
 視線の移った隙を狙い車輌の陰からクラリアが飛び出した。
「!?」
「オルカッ!」
 迅雷と円閃を乗せた鋭い横薙ぎが振るわれる。
 グリフィスは避けきれずに左上腕で受けた。
 直撃が金属音に変わる。
 腕に金属の板を仕込んでいたのだ。
 クラリスは反撃される前に素早くさがる。
 グリフィスが攻めに転じる間を与えず、優がソニックブームで連撃を加えた。
 さすがに受けるわけには行かなかったのか、グリフィスはこれを後ろに下がって回避。
 逃げたところを車輌の上に現れたウラキが狙撃、更に夜十字が苦無を投擲し、
 グリフィスの足を止める。
「面倒な連中だ‥!」
「てめえがな!」
 飛び込んだ真琴が逃げたグリフィスに追撃を仕掛けた。
 小さく拳を打ち込み、牽制。
 グリフィスが受けたのを見計らい、足技に移行。
 ローキック、すぐさま足を戻し上段蹴り。
 軸足を変え身体の捻りと回転を加えた強烈なヒールキック。
 限界突破のスキルで得た圧倒的な速度でグリフィスを追う。
 そして更に上段を狙うと見せ掛け‥。
「う‥?」
 グリフィスの胸部に拳を押し当てる。
「食らえっ!!」
 必殺の寸打。
 全身をバネに運動量を集約し、渾身の踏み込みで拳を捻じ込んだ。
「?」
「‥うん、お上手お上手」
 当てたはずの拳にはほとんど手応えが無かった。
 効かなかったんじゃない。
 あの一撃をかわされた。
 見上げれば、グリフィスがにやりと笑みの形を作っていた。
「‥お前は‥!」
「僕も先輩としてお手本、見せてあげないとね」
「聖さん、逃げろ!!」
 異様な気配を察してウラキが叫ぶ。
 いつの間にか真琴の心臓の真上に、撫でるように手が添えられていた。
 ぞわり、と背筋に悪寒を感じて真琴は全力で後ろに飛ぶ。
 グリフィスはその動きに速度を合わせて追いすがる。
「‥てめえ!」
 真琴は足技と拳で牽制するが、一度詰まった間合いを離せない。
 粘着する糸に足を取られるような感触。
 懸命に抗うも再び手が添えられる。
「ほら、こうやるんだよ」
 発剄。
 極限まで集約された運動量は真琴の内臓を浸徹し、
 余波の衝撃が彼女の身体までも大きく跳ね飛ばす。
 真琴は破棄された装甲車に背中から衝突、そのまま地面に倒れこんだ。
 吐血、痙攣。死んでこそいないが、意識を失って完全に動けなくなっていた。
「距離を取れ!」
 生粋の武術家だ。
 武術のみに人生を費やしたような本物の。
 密着距離は結界だ。
「準備運動はこれぐらいで良いかな?」
 グリフィスは先程までとは打って変わった隙の無さで構える。
 八極拳のようで八極拳とは異質な構え。
 おそらく、彼独自の技術や理論で改良されているのだろう。
 一触即発のまま、傭兵達はじりじりとグリフィスを囲んだ。
 視界は一面火の海。赤い光が辺りを照らし続けている。
 遠くで燃料に引火した車輌が爆発する音が聞こえた。





 先に動いたのはジェラードだった。
 低く深く藤村に向って踏み込み、ラッシュの猛攻。
 藤村は疾風脚を使い下がりながら全て回避。
 伸びた腕に合わせて斬撃を返すがジェラードも慣れたもので、
 切られてしまう前に腕を引っ込める。
「ふんっ!!」
 埒が明かないとばかりにジェラードは右ストレートで藤村の胴を狙う。
 当たればコンクリートも砕くのではないかと思われた拳だが、
 藤村は紙一重で辛うじて回避。
 そのまま相手の懐に踏み込み、翼を広げるように剣を大きくなぎ払った。
「!?」
 ジェラードは危険を感じて下がるが間に合わず、
 右腕と胸部左側に切り傷を作る。
 深くはないが浅くも無い。
 血が流れる程度には深く、体力を奪うに十分な傷だった。
「ふん‥。理想には遠いが、近づいてはいる‥‥か。」
 戦える。
 藤村は戦いの手応えに確信を抱いていた。
 この速度ならば十分に見切れる。決して倒せない相手じゃない。
「どうする? 続けるか?」
「上等だ」
 ジェラードと藤村は再び睨みあい、必殺の気迫で構えをとった。



 少々の傷を受けてもカウンターで当てる。
 そう意気込んだリュドレイクだが、その考えが間違っていることを思い知らされる。
「っ! 見切れない‥!」
 相手の動きが速すぎた。
 変幻自在に舞う光は全く予測不能で、
 牽制の一撃ですら致命傷になりかねない鋭さ。
 カウンターなど狙おうものなら、次の瞬間には急所を抉られているだろう。
「甘いのよ」
 投擲。飛来するレーザーナイフを叩き落すが、開いた腕は戻せない。
「はっ!」
 開いてしまった隙間から、レーザーナイフが侵入する。
 レーザーナイフはリュドレイクの大腿を抉り、払うように肉を裂く。
「‥ぐっ!」
 深い傷を受けたリュドレイクはスロウターの蹴打で壁まで飛ばされる。
「このっ!」
 リュドレイクをカバーするべく風代が小銃でスロウターを追う。
「足の速さで私に勝つつもり‥?」
 瞬天速を用いて背面へ、という算段はあったがスロウターには意味をなさない。
 同じ土俵で戦えば、時間は持ってもそこまでだ。
 ナイフの追撃がかわしきれない。
「終わりよ」
「!?」
 風代の射撃をすり抜けて、二本のナイフが右肩と左腹部に突き刺さる。
 更に蹴りとレーザーナイフが止めを刺そうと伸びて‥
「させるか!」
 斬り込んだ月城が辛うじてそれを防いだ。
「このっ!」
 風代との距離を稼ぐべく無理に突っ込んだ月城だったが、
 1人ではスロウターと戦えなかった。
 速度が違いすぎて、防戦をするのが精一杯だ。
「貴方もこれで終わ‥」
 ナイフを月城目掛けて突き出そうとしたスロウターを、
 横合いから銃撃が襲う。
 遠倉のSMG「スコール」だった。
 その後ろから正規軍の能力者達の一斉射撃が続く。
 流石に避け切れるものでなかったのか、スロウターは大きく後ろに逃げた。
「大丈夫ですか?」
「助かった、遠倉。藤村は‥」
「ジェラード! お前は何をさぼって‥‥」
 スロウターの罵声が途切れる
 月城はスロウターに釣られて、藤村と対峙しているジェラードを見た。
「すまんスロウター。
 俺にはこいつの足止めが精一杯だ」
 事実上の敗北宣言だった。
 両の拳を構えるジェラードは、全身傷だらけだった。
 対する藤村は油断無く双剣を構えながらも、
 血を振り払うように剣で空を切る余裕もあった。
「‥残り1分。引きましょう」
「ああ」
 ジェラードは殺気を納めて後ろに下がりながらも、
 名残惜しそうに藤村を見る。
「‥‥次があれば必ず倒す」
「お互いに次があればな」
 諦めたような顔をしたジェラードは、スロウターを追って走り去る。
 傭兵達は追えない。
 追撃する余力のあるものは雨音だけだった。
 終結した戦場から兵士達が負傷者を運び出し始める。
「雨音、優達に連絡を頼む」
「了解です。‥瑠亥さん?」
「疲れた。もうあいつの拳をかわせる気がしない」
 藤村は壁に身を預けて座り込むと、大きく息を吐いた。 




 真琴との戦闘で武術家とわかった以上、
 グリフィスの攻撃も密着距離でなければ恐ろしくは無い。
 傭兵達はソニックブームの多用と多方面からの攻撃で
 グリフィスの攻撃の攻撃を抑え続けた。
 だがグリフィスに焦りは見えない。
 傭兵達の錬力や弾に限りがある以上、いつまでもこのような戦闘は続けられない。
 いつか懐に入られる。
「夜十字さん、こっちは大丈夫だ」
「よし、今だ!」
 夜十字が叫ぶ。
 グリフィスは驚いて、咄嗟にその場を離れる。
 殺気を感じたわけでもないが、自分が鈍いことを前提にした動きだ。
 攻撃が来るものとグリフィスは身構えるが、特に何もない。
「‥?」
「ああ、さっきのは嘘だ」
 その言葉を合図に傭兵達がそれぞれに銃やソニックブームを一斉に放つ。
 更には装甲車に戻った歩兵達がSES搭載の20mm機銃で辺りに弾を降らせた。
「‥ちっ!」
 グリフィスは更に後ろに飛ぶが、今度こそかわしきれない。
 何発もの銃弾を浴び、転がるように火力の外へ逃げる。
「‥‥やってくれるじゃないか」
 初めて、グリフィスの顔が真面目になった。
 スーツは傷だらけになり、整えていた髪は乱れ放題。
 敵意をむき出しに夜十字を睨み返す。
「グリフィス! 時間だ!」
 最高速度で飛来した飛来したHWが、辺りをプロトン砲で薙ぐ。
 狙いは散漫、というよりは全く狙いをつけていないようで、
 爆風にあおられる程度で済んだ。
「‥‥目的は達した。」
 苦々しくグリフィスは言う。
 握り締めた拳に更に力を込め、視線は傭兵達に向けたままだ。
 その背後に迎えのHWが下りてくる。
 傭兵達の位置から、ジェラードとスロウターが乗り込むのが見えた。
「今度会ったら、必ず潰す」
 グリフィスが踵を返してHWに乗り込むと、
 HWは飛来した方向へとマッハ6で戻っていった。
 人間の視力では追うことすら難しい。
 HWは空の向こうへあっという間に見えなくなる。
「追い払ったのか‥」
 空軍のKVがブーストでHWを追いかけて行く
 ‥多分、追いつけないだろう。
 誰もが空を見上げ、見送るしかなかった。




 消火作業に負傷者の治療に基地全体は追われた。
 武装など二の次。基地としての機能は完全に損なわれていた。
 空軍のKVが歩哨に立っている以外には何も無い。
「無事だったか、優」
「瑠亥さん。‥雨音さんも怪我は無い?」
「ありません。‥けど」
 リュドレイクと律子は深手を負いつつも死の危険とまでは行かなかったが、
 グリフィスの発剄をまともに受けた真琴の傷は深かった。
 今も集中治療室で折れた骨と内蔵を選り分けるような作業が続いている。
「敵の目的は銃の破壊、基地の攻撃はついで、だったようだね」
 口元に髭を蓄えた基地司令があらわれる。
 基地の所属の者も含め能力者達の様子を見に来たのだ。
「これから、この基地はどうなるんですか?」
「潰すわけには行かない。近くの基地から資材と人を入れて早急に復旧する。
 しばらくは大きな作戦行動は出来んだろうな」
 行き掛けの駄賃というには、大きな被害だった。



 強化人間達の攻撃は鋭く人体を容易く破壊はしたものの、
 人の身に収まる攻撃でしかなかったのは幸いだった。
「縁が己を縛るなら、それは求めぬ蜘蛛の糸。欠ける翅繋ぎあわせ、業も縁もすり抜ける。
 翅を広げよ人は蝶。脆弱な魂よ、還り逝くその場所まで飛んでいけ」
 並べられた遺体を前に月城は謡う。
「‥月城さん?」
「手向けだ。失われた者は多い」
 ウラキはまた視線を戻す。
 治療が間に合わなかった者が、また1人運び込まれてくる。
「また‥いツマでこンナ‥」
 ウラキは震えるクラリアの肩を優しく触れる。
 結局、グリフィスに一撃を与える加えることは出来たが、
 時間に制限なく戦っていれば全員止めを刺されていただろう。
 グリフィスにしても報告書に時折現れるゾディアックに比べれば弱い。
 居合わせた誰もが高く立ちはだかる壁を感じずには居られなかった。