タイトル:戦士の矜持マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/10/16 08:26

●オープニング本文


 グレッグ中尉がジゼル大尉の執務室に訪ねてきたのは、
 定例となったKV戦闘訓練の終わった午後、夕陽が沈みかけた頃合だった。 
「再訓練の実施していただけないでしょうか。志願者が既に8名を越えています」
「なんでまた、再訓練?」
 一部の傭兵達のエースの強さを見て自身喪失。
 それが主だった理由だとグレッグは総括した。
 実際に正規軍は未だにゾディアックなどの
 エースオブエースを撃墜するという功績は無い。
 エース撃墜が全てではないが、彼らが焦る気持ちもジゼルはわからないでもない。
 とはいえ、その願いをすぐに叶えることは出来そうになかった。
「‥今は軍備拡充でどこも人手が足りない。手の空いたアグレッサーなど居ないぞ。
 むしろこちらにもその仕事が回りそうなほどだ」
 北米での戦闘で北中央軍は疲弊した。
 多くの戦力が失われ、補充した新兵達の教育と訓練で手一杯。
 この部隊に教育の任が回ってこないのは、
 前線の戦力を減らすわけにはいかないからだ。
 悩ましい問題にジゼル大尉は溜息をついた。
「傭兵を雇うのはどうでしょうか?」
「傭兵を‥?」
「彼らをアグレッサーとすれば良い刺激になると思います」
 傭兵は参加者の受けた訓練が一定でなく、それゆえに発想の幅が広い。
 定石を知らない荒削りな強さがある。
 それは今や多くの者が認めるところだ。
「‥検討しよう」
「有り難うございます」
 グレッグは敬礼すると、大尉の執務室を出る。
 ジゼルはその背を見送ってもう一度溜息を吐いた。
 仕事が増えたことには変わりない。
 そろそろ参謀を増やすように中佐に進言するべきか、
 小一時間ほど考え込んだ。



 北米の最戦線の前後には、人の住まない廃棄都市が無数にある。
 戦況を見つつ徐々にライフラインを復旧してはいるが、
 一度無人になった街はそうそう元には戻らない。
 この丘の上から見える市街地もその一つだった
「事前に通達したとおり、今回の君達の役割は仮想敵だ」
 ジゼル大尉は集まった傭兵達を1人ずつ確認しながら説明を続けた。
「ここから見えるあの廃棄都市を、私の部下達が防衛している。
 君達の目標は1時間以内に市街地中央の広場を占拠することだ。
 方法は問わない。君達の発想の赴くまま、自由な作戦で攻め落として欲しい」
 この位置からはKVの姿は見えないが、時折偵察に飛行する岩龍が見える。
 向こう側も作戦を練り始めているのだろう。
「作戦開始は本日1200とする。では健闘を祈る」
 ジゼルは敬礼して、傭兵達を見送った。
 そして、ふと気が付く。
 ここ数日は大規模作戦事後処理の書類に追われて、
 執務室で一日の大半を過ごしていた。
 ゆっくり外の空気を吸うのはかなり久しぶりだ。
 そう思うと、少し気分が晴れやかになった。
 作戦開始まであと2時間、それまでは仮設テントで休ませて貰おう。
 ジゼルは大きく伸びをした。

●参加者一覧

新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
ランディ・ランドルフ(gb2675
10歳・♂・HD
堺・清四郎(gb3564
24歳・♂・AA
アーク・ウイング(gb4432
10歳・♀・ER
九頭龍 剛蔵(gb6650
14歳・♂・GD

●リプレイ本文

 日は徐々に中天へ向う。時刻は1130を回った。
 KVは装備の最終点検を終え、稼動を待つばかりである。
 慌しく人が動きまわる中、ジゼル・ブランヴィル(gz0292)は諸々の連絡や報告を受けながら、
 傭兵達の相談を眺めていた。
「ふぅん」
 ジゼルはコーヒーを飲み干す。
 広場への強行直陸、一点集中突破、案が出ては消える。
 8人も頭を付き合わせると面白そうな話もぽろぽろと出ている。
 しかし‥。
(「なんだ、使わないんだ」)
 すこしばかり残念に思う。
 勿論、奇策を使うとは言ってもただ無茶をすれば良いわけでは無い。
 確実な足場無しには奇策は上手く動かない。
 堅実な策を選ぶのもまた選択として正しい。
「そろそろ時間だ。準備は良いか」
「はい。いつでも大丈夫です」
「其方の御期待に沿える様‥頑張らせて頂きますよぉ」
 班分けをまとめていた新居・やすかず(ga1891)とヨネモトタケシ(gb0843)が答える。
 どちらも軍には少ないタイプだろうか。
 話をすること自体に不思議な感触覚えた。
「そう。じゃあよろしくお願いするわ」
 一点集中突破に決まったらしい。
 無難且つ堅実な選択でもあるが、防御側にとって力押しへの対応は基本だ。
 無難な選択だが、無難な作戦で何とかされるようには部下を鍛えていない。
 無難な策には最大の防御力となり、奇策には最低限以上の防御力になる策を組むだろう。
(「胸を借りるところが、胸を貸すことになるかな。
  ‥それでも問題ないと言えば無いか」)
 傭兵達は各々自身のKVを起動させる。
 KVの性能では傭兵達に部がある。
 どの程度細かく詰めているかは不明だが、案外良い勝負なのではないかと思う。
 傭兵達のすぐ横で、判定と救助の任務を負った2機の岩龍が飛び立った。
 1200丁度まであと少し。
 ジゼルは部下に命じて、合図の照明弾を準備させた。



 傭兵達は2機を上空偵察に回し、2機3班の編成で街路を北上した。
 偵察は周防 誠(ga7131)の骸龍が行い、護衛はアーク・ウイング(gb4432)のシュテルン。
 攻撃班は西側から九頭龍 剛蔵(gb6650)のバイパーとランディ・ランドルフ(gb2675)の翔幻、
 新居のS−01Hとヨネモトのアヌビス、堺・清四郎(gb3564)のミカガミと時枝・悠(ga8810)+ディアブロ。
 以上のような構成となっている。
 偵察隊が敵KV隊の位置情報を取得、地上班が砲撃をかわしながら北上して
 正面突破で一気に広場を制圧するという算段だ。
「アグレッサーか、ほんの少し前まではされる側だったのだがな‥」
 堺が感慨深げに呟く。
 戦線後退と共に新田原や富士からやってきた猛者達の顔が浮かんできえる。
 遠い背中のように感じた彼らと気付けば同じ場所に立っていた。
「仮想敵役は初めての経験だね。不謹慎かもしれないけど、楽しみではあるね」
「ああ、そうだな」
 アークの台詞に頷き返すが、二人の楽しみの意味はまた違った意味になった。
「ゼカリアを発見した。敵の偵察機は見えない。広場に引っ込んだみたいだ」
 上空の周防から各機にデータが送られてくる。
「ゼカリアが西に前進、東にイビルアイズ1、アンジェリカ2
 中央、広場に残り全てだ」
「ゼカリアは発見次第たたく。いこう、ディアブロ」
 時枝がブーストで装輪走行に弾みをつける。
 他の5機もそれに続いた。



 傭兵達の動きに合わせて正規軍の部隊も動き始める。
 広がっていた部隊が収束し、まず狙われたのは時枝と堺だった。
「東の3機が来るぞ」
「了解!」
「ほかはゼカリアを狙え! ここは俺達で食い止める!」
 時枝機、堺機が反転する。
 振り向けば、十字路から3機が飛び出したところだった。
 右のアンジェリカが堺機に切りかかった。
 握る武器はなく柄のみ。
「雪村か‥!」
 堺機はSESエンハンサーで強化された雪村をギリギリのところでかわす。
 紙一重の位置を抜ける圧縮レーザーが堺機の装甲を焼いた。
 堺機はかわしざまに同じく雪村を横薙ぎに振るうが、
 アンジェリカも下がって回避。
 一撃でも喰らえば致命傷になりかねない武器だ。
 堺の額を汗が伝った。
 時枝機もまたペアを気遣う余裕はなかった。
 機体性能、操縦技術共に時枝側が優位ではあったが、
 アンジェリカとイビルアイズの連携攻撃で前に進めない。
 間断なくマシンガンとレーザーカノンで狙われ反撃の隙が少ないこともあったが
 それ以上に厄介なのは‥
「ロックオンキャンセラー‥!」
 イビルアイズの特殊能力のせいでシステム側の補正が異様に小さい。
 AIの補正が乱れ、間合いを計ることすら難しい。
 慣れれば切り込むこともできるだろうが、敵の攻撃がそれを許さない。
「残った4人に任すしかないか‥!」
 堺機は雪村を構え、アンジェリカと正面から向かい合った。
 



 同じ頃、残った4機は思わぬ敵に足止めを喰らっていた。
 ヨネモト機の隠れているすぐそばのビルの壁を、重機関砲の弾丸が抉る。
 2機のバイパーがGPSh−30mm重機関砲を使い、街路を制圧していた。
 本来なら弾幕の仕様には向かないのだが、場所がらこの武器でも十分弾幕として機能していた。
 更に後方から高出力のレーザーが通り過ぎる。
 傭兵達の間でも希少な品であったが、その性能の高さから有名な装備だった。
「岩龍とウーフーがアハト・アハトを使ってます!」
 新居は通り過ぎるレーザーから身を隠しながら、無線に叫んだ。
 8.8cm高分子レーザーライフル、愛称はアハト・アハト。
 岩龍とウーフーの位置はほぼSESがぎりぎり残る最大の距離だった。
 これも本来なら精度が保証できなくなり始める距離なのだがこの狭いルートでは無視できない。
「このままじゃ前に進めませんねぇ」
 ヨネモトはスラスターライフルで応戦するが、弾幕の厚さは覆せない。
「回り込んでバイパーを落としませんか?」
「この位置からだとゼカリアに合流されてしまいます。
 偵察の二人に降りて着てもらいましょう」
 頷いて新居も反撃を再開する。
 状況は良くない方向へと転がり落ちるように向っていた。
 



 ゼカリアに向ったのは結局2機のみだった。
 本来ならば4機以上で攻撃をしたい相手だが、そうも言っていられない。
 他の機体が足止めされる間にゼカリアは進路を変更し、
 こちらを挟撃する位置に移動してきている。
 上空の偵察の二人も援護のために着陸すべく旋回しているが、
 ゼカリアの砲が傭兵達の機体を捉えるほうが早いだろう
「二人で倒せるか‥?」
「今戦わないと、やらないと撃たれるだけだ」
 配置を考えるならば、逃げばを失っている新居機かヨネモト機が餌食になるだろう。
 この状態で機体の数が相手を下回れば、勝ち目は無くなる。
 選択肢は無い。
「こっちは軽装の翔幻改修型だ。火力が無い。いけるか?」
「ああ、やつらにKV戦を教育してやる」
 2機は速度を落とさぬまま、進軍するゼカリアに接近していった。



 その十数秒の後、新居・ヨネモト班に骸龍とシュテルンが合流したが、状況は変わらなかった。
 傭兵側は4機に増えたが、正規軍側は弾幕にゼカリアが加わっている。
「九頭竜機とランディ機は落ちた。一瞬だった」
 周防は苦々しく言う。
 2機で機動力を生かして時間稼ぎを目指したが連携の担当を見切られ、
 ゼカリアのハイディフェンダーで九頭竜機が手足を折られた。
 退避しようとしてブーストと幻霧を使用して逃げたランディ機は、
 徹甲散弾を喰らって戦闘不能。
 対するゼカリアはほぼダメージなし。
 改造の進んでいないバイパーのSESの出力では、
 強化されたゼカリアに傷一つ与えることができなかった。
 さすが、エースの機体というべきだろうか。
「一度、時枝さん達と合流しようか?」
 新居は機体をビルの陰に隠しながら、同じく近くに潜む3機に呼びかけた。
「止めましょう。この位置では挟撃されるでしょうなぁ」
 この位置からでは集まれば集まるほど状況は悪化する。
「二手に分かれよう」
 周防は周辺地図データを示した。
 格子模様の街路は走り抜けるには十分な遮蔽となる。
「大回りに回り込んで、電子戦機を落とす。
 装備を考えれば接近戦まではできないはずです」
「上手く行きますかねぇ」
「ゼカリアと砲を撃ちあうよりマシだと思う」
 選択肢は狭い。
 返す返すも2機の味方を失ってしまったことが、戦術に響いていた。
  


 熾烈さを極める戦闘にもようやく終わりが見えた。 
「ここだ!」
 堺機は隠していたメアリオンでアンジェリカを狙う。
 アンジェリカは避けきれずに左手を犠牲に受け、払うと同時に雪村を振り下ろした。
「!」
 堺機のミカガミの右腕が落とされる。
 残る近接武器はメアリオンのみだが、ロックオンキャンセラーの分、狙いが定まらない。
 更にアンジェリカが追撃をしようとして‥
「堺!」
 時枝機が横手からスラスターライフルでアンジェリカの腕を吹き飛ばした。
 本部の偵察機から戦闘不能判定が来る。
 2機は満身創痍になりながらもぎりぎりのところで3機を撃退した。
「なんとかなったけど‥‥」
「‥ここまでだな」
 判定と救助のために旋回する岩龍から情報が入ってくる。
 傭兵側は他の6機が全て大破、もしくは大破判定。
 正規軍側はバイパー1機と岩龍を撃破するも、ゼカリア、ウーフー、もう1機のバイパーが健在。
 ウーフー、バイパーには損傷を与えたとヨネモトとアークから通信で聞いているが、ゼカリアはほぼ無傷とも聞いている。
 それに大して傭兵側は片腕を切り落とされたミカガミと、ダメージで今にも足の折れそうなディアブロだけ。
「どうする? 最後まで頑張ってみるか?」
 正規軍のゼカリアのパイロットが呼びかける。
「降参だ。ここまでにしよう」
 どちらの機体も次の砲撃で落ちるだろう。
 戦術レベルで大敗した以上、訓練としてはもう個人技の修練以外に意味がなかった。





 岩龍がパイロットを回収した後、破壊された機体は整備班が引き取りに向った。
 幸い修理不可能な機体は無いようで、代替パーツなどもフルに使えば、
 1週間以内に全て元通りとなると診断された。
 ただ、機体は元に戻ってもパイロットのメンタルはそうも行かなかった。
「作戦は失敗か‥」
 戻ってきた傭兵達はそれぞれに顔を見合わせる。
 幸い誰も後に残るような怪我はしていないが、流石に皆疲れた顔をしていた。
「話にならん」
 ジゼルは眉根を寄せる。
 戦力は偏っていたとはいえ、傭兵がかなり優位だった。
 それが相打ち以下である。
「まず偵察に戦力を割きすぎだ。そして得た情報も生かしきれていない。
 優先順位の設定もなっていない。ゼカリアを避ける選択肢もあっただろう
 連携もただ集まっているだけだ」
 ジゼルは一通り傭兵達を流し見ると、一人に視線を合わせた。
「新居」
「はい」
 名前を呼ばれ背筋が伸びる。
「‥貴様は立ち位置は間違っていない。よく連携を取っていた」
「あ、ありがとうございます」
 辛辣な評を予想していた新居は、肩透かし気味に気が抜ける。
「こんなところか。ハンス、貴様達の反省会は明日だ。
 データを揃えてみっちりやるから覚悟しておけ」
「イエッサー!」
 正規軍のパイロット8人はジゼルに敬礼すると、
 駆け足でそれぞれの作業に取り掛かる。
 余剰のKVで回収を行う者、動くKVの動作チェックを行う者、
 運搬の予定を相談しにいく者、他様々だ。
 傭兵達はその最中に取り残された。
「‥あの、大尉‥」
「なんだ?」
「すみません。報酬分も働けず‥」
「‥‥‥」
 時枝の言葉にジゼルは溜息で答えた。
 言葉を選ぶような、もしくは迷うような間があった。
「良いか。力の使い時を間違えるな。
 偵察が悪いわけでも、力押しが悪いわけでもない。
 ただ、それ一つに頼ってはいけないということだ
 そして、この大敗が訓練の中であったことを喜べ」
 ジゼルの表情は怒っているというよりは、不安に疲れたような顔だった。
 もしこれが訓練でなかったら、そういう懸念は彼女のような部隊長にとって一番大きな心労になる。
「貴様達の仕事は終わりだ。高速艇が向えに来るまでゆっくりすると良い」
 ジゼルは敬礼すると、傭兵達に背を向け他の作業の監督に戻る。
 その後、迎えの高速艇で撤収するまで、傭兵達とジゼルが顔を合わせることはなかった。