●リプレイ本文
言わなくても、筒抜けになってしまう事はある。
フェリックスは見知った顔を何名か見た段階で、懸念を隠す事を諦めた。
「‥そうか、君はこのあたりの戦力は良く知っているのだったか」
「そこまでではありませんけど、一之瀬大尉とは一度任務で一緒になりました」
遠倉 雨音(
gb0338)は微笑で答えを返す。
人の縁とは不思議なもので、これだけ広い土地でも知り合いの知り合いに出会うこともある。
それで得られた情報はあまり芳しいものではなかったが‥。
「何にせよ、作戦には全力で持って当たる。編成についてだが、君達の提案通りに最終調整しよう」
フェリックスはすぐさまほかの二人の能力者を呼び寄せる。
二人への合意を持って、突入の編成は以下の通りとなった。
陽動班にヒューイ・焔(
ga8434)、冴城 アスカ(
gb4188)、番場論子(
gb4628)、
月城 紗夜(
gb6417)、トニ・バルベラ(gz0283)。
潜入は2班にわかれ、A班は遠倉、神楽 菖蒲(
gb8448)、
セラ・インフィールド(
ga1889)、スナイパーのハヴィエル一等兵。
B班は佐賀十蔵(
gb5442)、鹿島 綾(
gb4549)、ウラキ(
gb4922)、
エキスパートのグレゴリオ一等兵、の4名が務める。
中隊では早速、編成を変更した分の準備が始まった。
傭兵達もそれぞれに最後の点検を始める。
菖蒲は冴城の装備点検を手伝った。
冴城は一つ前の中国での作戦で重傷を負い、今だ本調子ではない。
近接格闘用のボディスーツを着ているため外からは見えないが、
まだ何箇所も包帯を巻いたままだ。
「ごめん、迷惑をかけるわ」
「構わん。時にはこんな日もある」
傭兵の仕事は不定期且つ大きな危険が伴う。
日程の調整をしてもこういう事態は珍しくは無い。
「紗夜、アスカをよろしくね」
本当なら自分の手でそうしたい。
だが任務の特性を考えれば今の配置が最適だ。
我を通して良い時ではない。
「任せろ。必ず守り抜いてみせる」
月城はそのやり取りで察してか、自信に満ちた声で答えた。
菖蒲は後ろ髪が引かれるような思いをしながらも、月城の言葉を信じて良くない気持ちを吹っ切った。
◆
深夜、人の眼が既に用を成さなくなりつつある時刻。
研究施設正面入り口に、数発のロケット弾が一斉に打ち込まれた。
「ヒーハァーッ! ナイターゲームの始まりよ!」
冴城が重機関銃を振り回して叫ぶ。
襲撃の混乱から立ち直れない親バグアの兵隊達には逃げ惑うばかりだ。
傷の治りきってない身体を心配されては居たが、
それでも非能力者よりも精度の高い射撃が可能だ。
ベルトマガジンを盛大に消費しながらも兵士達をなぎ払って行く。
キメラはそれでも陽動班に向ってくるが、待っていたとばかりに閃光手榴弾が投げ込まれた。
閃光が収まった頃合を見計らい、ヒューイと月城が切り込む。
戦闘よりは警戒用に調整されたキメラは、二人の剣撃であっさりと殲滅された。
「‥強化人間が来ました!」
番場が無線で警告を発する。
施設の中から飛び出してくる二つの人影があった。
片方は隆々とした体格に相応しいハルバードを携え、
もう片方も同じく隆々とした体格に相応しい狼牙棒を携えていた。
「月城、俺はハルバードのほうとやる」
「わかった。私はもう1人だな。番場とトニは援護を頼む」
「了解」
「了解しました」
4人は互いの立ち位置だけを素早く相互確認し、
突進してくる強化人間2人に立ちふさがった。
◆
A班とB班は陽動班の攻撃に紛れて施設へと侵入した。
強化人間などの戦力が陽動班に向った為に、抵抗できる者は居なくなっており、
途中までは容易に進行した。
とはいえ、潜入がばれるのもまた時間の問題。
A班は引き返して来た強化人間に発見され、戦闘になった
「おおおおっ!」
飛び交う弾を受けながらも、二本の鉈を持った強化人間は接近戦を仕掛ける。
大降りに振り下ろされた鉈をセラはタクティカルナイフで受けた。
受けつつ、滑り込ませたSMGを至近距離から打ち込んだ。
強化人間は鉈を下げながら身をよじるが、
セラから身を離したところで遠倉の真デヴァステイターのバースト射撃を受ける。
「‥っ!」
更には菖蒲が小銃「S−01」、グレゴリオがハンドガンを使い攻撃に加わる。
接近戦で乱戦に持ち込みつつ、と考えたようだが
射線が通ってしまえば逃げることもできない。
能力者4人の集中砲火を受け、鉈を持った強化人間はあっさりと駆逐された。
「‥強化人間ってこの程度なの‥?」
強化人間とは生身で初めて戦うことになる菖蒲が首を傾げる。
散々警戒した割にはあっけない幕切れであり、その感想も無理は無い。
「この人は相当弱いほうですね。僕1人でも勝てたかもしれません」
「そうですね。もっと強い人はたくさんいます」
セラと遠倉が知識を補足する。
遠倉は実際に強力な強化人間との戦闘経験があり警戒を強めていたが、これでは拍子抜けだった。
セラも同様の感想を抱いていた。
これなら以前に演習で戦った傭兵仲間の方が強いだろう。
敵がこの程度でよかったと思うべきか、自分の強さを再確認すべきか。
少なくとも検証は後に回すべきとすぐに思考から除外した。
「A班、1F制圧完了。これから地下に向う」
B班からは更に奥まで侵攻しているらしいと報告が届く。
A班側に戦力が集中した分、状況の進行が早い。
「私達は上の階を見て回るわ」
「わかりました。私達は地下に進みます」
セラと菖蒲、遠倉とスナイパーのハヴィエルは別れて屋内の探索を続行する。
侵入がばれた以上、これまで以上の手際が求められた。
◆
強化人間が出払った為、抵抗する戦力は能力者の敵ではなかった。
内部の制圧はあっさりと完了。
B班の作業はすぐさま資料収集に移行した。
「B班、地下1Fの制圧完了」
傭兵達はA班に連絡を送ると、捕虜を集めて資料の回収を急いだ。
その部屋は地下格納庫に存在する各種機器の操作室だった。
作業を停止していたため照明はついておらず、格納庫の中は暗くて見えない。
「照明はどこだ?」
「‥そこのスイッチだ」
縛られた研究者が目線で示す場所はよくわからないコンソールだらけだった。
鹿島はその中から辛うじてスイッチらしきものを見つける。
押しても反応のないパネルはなぞるように触れると静かに明滅した。
徐々に格納庫内の照明が付き、内部が明らかになる。
「‥これは‥!」
傭兵達は声を失った。
部屋からは広い格納庫が一望できる。
天井の多数の照明に照らされた内部にあったものは、
生体パーツで構成されたバグアの兵器‥。
「‥ユダじゃないか!」
鹿島が叫ぶ。
忘れられるわけが無い。
シェイド包囲網を破って現れた憎い乱入者だ。
愛機をシェイドに撃墜され、地表から眺めることしかできなかった猛威の化身。
それが3機もその場に並んでいる。
凝視する鹿島は知らず歯を強く噛み、鳴らしていた。
「‥しかし変だな?」
辺りをカメラで撮影していた十蔵がふと手を止める。
「ああ、確かに」
相槌を打つウラキを見て、鹿島ももう一度倉庫全体を眺める。
倉庫の端にはユダの装甲部分のみが大量に並んでいる。
別の場所にはエンジンらしき物体も多数。
完成品に見えたユダも良く見れば何かを取り外したような後があった。
素人目に見ても、スイッチを入れてすぐ動きそうな状態ではなかった。
「生産工場‥‥じゃないみたいだな?」
「‥乱雑すぎるな」
「ユダは未完成だって噂があったが‥そうなのか?」
傭兵達の視線が縛られた研究者達に向う。
当然のように誰も答えようとはしなかった。
だが状況から推測すれば、目の前のユダが何の問題もなく運用されているとは思えない。
痺れを切らした十蔵が更に問い詰めようとしたが、それを遮るように陽動班から無線連絡が届いた。
「撤収だ! 今すぐ施設から脱出しろ!」
外で戦闘しているはずの月城だった。
弾幕の音で声は完全には聞き取れない。
「どうした? 何があった?」
「今、陽動をしているKV部隊から連絡があった。
爆撃装備のHWが5機、こちらに向ってきている。
施設ごと情報を消すつもりだ!」
証拠隠滅。その場に居る誰もがその言葉を連想した。
そして思い至る。
大仰に配置されたKV部隊は、それを事前に察知して防ぐためでもあったのだと。
「わかった。すぐに撤収する」
「了解だ。急げ!」
4人は詰め込んだ資料だけを片手に持ち、部屋を後にしようとする。
「ま‥待ってくれ! 置いていかないでくれっ!!」
縛られた職員達が口々に叫ぶ。
鹿島は顔をしかめる。
事態を招いたのはこいつらの誰かが連絡したからだろうに、勝手な事を言ってくれる。
「‥どこへなりと行けっ」
ウラキが機械剣で縄を切ってやると、3人は転びそうになりながらも外に走る。
あの足では多分逃げ切れないだろう。
傭兵達も追いつき追い越すように、屋内を駆け抜ける。
遠くから爆撃の震動が、巨人の足音のように響いてきた。
◆
傭兵達とフェリックス隊は絨毯爆撃を掻い潜り、バグア支配地を脱出した。
大地を抉るようにと執拗に実行された爆撃によって多くの者が傷つき、
何名かは跡形もなく吹き飛んだ。
その犠牲によって得られた数多くの資料、
書類、写真、映像、捕虜などは南中央軍の将校達を歓喜させるに十分な物だった。
「つまりはユダが出てくる可能性もあったわけさ」
「だから、隠していた?」
「隠していたのは防諜の一環だろう。
依頼としてユダの情報収集と書くわけには行かないだろうからな」
それと同時に知らせたところで作戦の成功率は上がらないし、対処も出来ない。
結果、兵隊が死兵になっても已む無し。
そう判断したのだろう。
「ともかく‥だ。作戦は上手く行った。
お偉いさん方は持って帰った資料に大喜びしてる。
いい気なもんだと思うだろうが、多めに報酬を申請しておいたから
貰ったらキレイサッパリ忘れてしまえ」
「それで危ない目に遭ったほうは納得できると思うの?」
菖蒲がフェリックスを睨む。
口調はまだ大人しいが今にも噛み付きそうな勢いだ。
腹に据えかねたのは、相方が一緒だったからだろう。
仕事を選んだのは自分達でも、それだけで騙まし討ちのように危険に投げ込まれたのは我慢ならない。
「‥納得してくれ。実際どうしようもないんだ」
フェリックスは疲れた声で返事を投げ出した。
良く聞けば、声が少し枯れている。
見えない場所で、誰かの為に戦った跡がある。
しぶしぶながらも問いを引っ込めざるを得なかった。
「戦う事に‥信じる事は必要だと思うか?」
輪の外にいたウラキはぼそりとトニに漏らす。
トニはウラキを見返して、また視線をフェリックスに戻した。
わずかに沈黙が続く。
「わかりません。でも僕は、中尉を信頼しています。それで十分です」
意味の無い問いだったかもしれない。
「目の前に居ない人間を信頼しようと思っても無理ね」
冴城が右腕の包帯を器用に替えながら、そっと話を継ぐ。
「だから、目の前に信頼できる誰かが居ればそれで十分。
私もそう思うわ。貴方はどう?」
「‥‥確かにそうかもしれないね」
誰かに利用されるのは気に入らない。
だが人の器に限界がある以上、
どこかで納得するしかないことでもある。
そうでなければ、世界のあり方を変える英雄になるしかない。
冴城はまだ渋い顔をしている菖蒲に明るい笑顔を返す。
ひとまずは仲間と生きて帰れたことを祝おう。
◆
ユダは未完成。
推測を確信に変えるに足る情報を持ち帰り、
また捕虜を解しても読解不可能ではあったが、バグアの言語が書かれた貴重な資料が得られた。
この成果に歓喜した南中央軍の将校は、後日功績のあった作戦参加者に銅菱勲章を贈った。
危険の中に飛び込んでいった傭兵達も同様だったが、
その表彰が本人達にとって納得の行くものだったかどうかは定かではない。