タイトル:【白】エスピオナージマスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/22 09:21

●オープニング本文


 コロンビア攻略作戦の発動と共に軍全体が慌しくなる中、
 ある地域の諜報部隊は全くと言って良いほどに機能していなかった。
 南米は諜報戦・ゲリラ戦が物を言う地域ではあるが、
 その混沌とした戦場の中に鬼が現れたからである。



 ブエノスアイレスは未だに平穏を保っている。
 南中央軍の本拠地と言う立地もあるが、バグアの侵攻が本気でないことも理由にあがるだろうか。
 集結する戦力だけみれば軍事都市の様相を呈しつつあるが、
 夕方にもなれば公園にコーヒーを飲みながら談笑する人で溢れる。
 夕暮れ時のそんなのどかな風景の中に二人、異質な存在がぽっかりと浮かぶ。
 片方は軍服の男、肩には佐官の階級章をつけている。
 だが軍人と言うには筋骨隆々という風ではなく、
 スーツに着替えればどこかの企業の社員として通るだろう。
 もう片方は妙齢の女性、ボロいジャケットにジーンズという服装でどうにも女ッ気が薄い。
 顔立ちはきれいなほうで長い黒髪とそこそこに膨らむ胸元、
 女性らしい部分は多いのにやけに中性的な雰囲気がする。
 二人はコーヒーショップの店先に置かれた机を挟んで、囁くように言葉をやりとりしていた。
「ジョシュフォード・白石、エイブラム・烏丸、
 そして‥グリフィス・司馬。名乗った名前は色々あるわね」
 白いスーツを着た男の写真を手にとって、女性はうなずく。
「バグアが本格的に活動する以前から、スパイをやっていた男よ。
 確かに今の南米を撹乱するのに相応しい人間ね」
「他の二人に心当たりは?」
「さあ? 手駒のことまでは知らないわ。
 そこまで深い付き合いじゃなかったもの」
 巨漢のボクサーと血まみれドレスの女性に関しては首を振る。
 女性は白スーツの彼の写真も机の上に戻す。
 出されたコーヒーには手をつけていなかった。
「南中央軍の抱えている諜報部隊の多くが、こいつにやられています。
 本城さん、なんとか力を貸してもらえないでしょうか?」
 焦れた軍人が本題を切り出す。
 その為に彼女の素性を調べ、ようやくのことでここに呼び寄せたのだ。
「お断りよ」
 だが返事は素っ気無く考える素振りも無い。
 本城と呼ばれた女性は面倒だと言わんばかりに写真を投げ出した。
「何故です? 貴方はこれまで奴を追ってきたのでしょう?」
「違うわ。私達はお互いに居場所だけやり取りしてただけ。
 いつか殺し合うその日に向けてね‥でも彼は一方的に降りてしまった」
 女性は言いながら拳をそっと握る。
 女性にしては長く太い指だった。
「同門派の使い手が、バグアにいることが気にならないのですか‥?」
「流派の良い宣伝に使えるじゃない」
 人の感情に訴えるような言い方に、女性は始めて笑う。
 嘲笑するように。
「何か勘違いしてるみたいだけど、私のところは武術を教えてるだけ。
 道は教えてないの。だから貴方達が幻想する力の暗黒面とかそういう考えは無いわけ。
 拳の強さに良いも悪いも無いのよ。正直人類がどうとかも私には興味ないわ」
 自分の間違いを悟った軍人が項垂れる。
 彼女を説得することは出来ないと諦めた。
「仕方ないわね‥。じゃあ、一度だけチャンスをあげるわ」
 同情や情けではなく興味のような何か含んだ言葉で、彼女は言葉を続けた。



 どの国にとっても難民の流入は深刻な問題だった。
 どんなに安定した街でも、文化の違いはいざこざにつながり、
 街の治安を大きく下げかねない。
 そうでなければ住み分けが発生する。
 この街もそう言った場所だった。
 人類の勢力圏とは言え競合地域ぎりぎりの場所。
 必死になって軍隊が防衛線を張っているが、キメラが紛れ込んできたりは日常茶飯事だ。
「この街のどこかに、私の隠れ家があるの」
 区画を区切る大通りの十字路の真ん中に彼女は立っている。
 集められた傭兵達に「ここからここまで」と示すように腕を振る。
「今日の昼12時丁度から7日間、貴方達に時間をあげる。
 その期間の間に私を見つけて捕まえれば貴方達の勝ち。
 要はかくれんぼで鬼ごっこね」
 茶化すように笑う。
 だが5km四方はありそうな場所を逃げ場所と考えれば笑い事ではない。
 統計は取れていないが人口も5万人を越えるらしいと聞けばなおさらだ。
「覚醒とスキル禁止。貴方達の人を探す能力ってのを見せてもらうわ。
 まあ、頑張ってちょうだい。じゃあね、また会いましょう」
 最後に淡い笑みを見せると、本城は悠然と街の路地へと消えていく。
 見送る目はそれぞれに複雑だった。
「‥なんとしても、彼女を引き込みたい。頼んだぞ」
 苦い顔をして依頼人の佐官が呟いた。

●参加者一覧

新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
木場・純平(ga3277
36歳・♂・PN
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
翡焔・東雲(gb2615
19歳・♀・AA
冴城 アスカ(gb4188
28歳・♀・PN
サンディ(gb4343
18歳・♀・AA
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
ジャン・ブランディ(gb5445
35歳・♂・FT
フィルト=リンク(gb5706
23歳・♀・HD

●リプレイ本文

 剥げ落ちた漆喰の壁が道路沿いを埋める。
 本来ならば美しかったであろう街並みは、いまや面影だけを残し荒れ放題だ。
 ただ人の気配はそこかしこにあり、町に多国籍な趣を飾っている。
 住処こそ本来の住人達の使うままだったが、
 住む人々は他の地域からの移住者ばかりだった。
 場所によってはオーストラリアやアフリカからの難民も混ざっており、
 通訳を何人つけても意思疎通が完璧に行かないような様相であった。
 確かにこれなら不和や対立が起きてもおかしくない。
 そんな街中にサンディ(gb4343)と遠倉 雨音(gb0338)は二人で乗り込んでいった。
 二人が感じた第一印象は『違和感』だった。
「‥かえって拍子抜けよね」
 街は奇妙なまでに治安が良かった。
 それは近くにまで軍が居ることが原因ではないだろう。
 声を掛けてきた顔にピアスの兄さん達の行動が、親切の域を決して出ない。
 ただそれが何の理由も無いわけでないことはわかった。
 気の良い者達が大半だったが、何かを恐れるように手を引っ込める者も多い。
「トラブルが発生し難いのは好都合です。その分、かかわりを避けられても居ますが‥」
 雨音は地図と街並みを照らし合わせながら進む。
 彼女の思ったとおり、街の様相は古い地図どおりにはいかない。
 まずは地形の把握と街へ浸透を最優先にしなければならないだろう。
「彼女はなんとしても捕まえなければなりません」
「‥白いスーツの男を追うためにも?」
「そうです。鍵になる人物ならなんとしても‥」
 雨音は混沌とした街を見据えながら、静かにそして強く言葉を切った。
 燃える街のイメージに邪悪な笑みがフラッシュバックされる。
 雨音はこの戦いが悪魔を追い詰める予行演習でもあることに気付いていた。
 だからこそ失敗もできない。
 サンディは遠くを見つめる雨音の手をしっかりと握っていた。
 
 


 傭兵達は各人が自身の外見や能力を生かし、個々に街へと潜入した。
 警戒を避けるためでもあり追跡を誤魔化すためでもある。
 何重かの理由を兼ねた偽装策は功を奏し、特に疑われることなく街へと溶け込んでいった。
 特に冴城 アスカ(gb4188)とブランディ(gb5445)は気さくな性格と酒飲みという性質を生かし、
 早々と街の人間に溶け込んでいた。
「見ない顔だな?」
「最近来たばかりなの。色々教えてくれる?」
 冴城が色気を混ぜて微笑みを浮かべてみると親切半分・下心半分な酒飲みがすぐに集まった。
 お国柄か若い男性も多いが女性も多い。
 暗い室内に猥雑な印象はなく、陽気な明るさで満ちていた。
 少し不満だったのは、男達の視線が自慢の胸よりは尻に向ったことだった。
 こんなところでまでお国柄が見えることに、冴城は内心こっそりと苦笑していた。
「この街のことも詳しく知りたいんだ。良い街だからね」
 違う酒場の違う状況でブランディも同様に輪の中に溶けていく。
 褒めておだててと情報を巧みに引き出していた。
 住む街を褒められて悪い気がする人間は居ない。
 興味でもって街を語り続けるブランディは、
 気付けば意気投合した男達と肩を抱き合うほどになっていた。
 量は雑多で確度も低いが、多くの有力な情報を二人は集めていった。


 片や硬派に道場やジムを探した木場・純平(ga3277)も
 早い段階で本城の足取りを掴んでいた。
「へえ、そんな強い人が。会ってみたいですね」
 木場の出向いた道場では、狙い通り本城の話題は容易に引き出せた。
 ただ強いだけなら能力者という存在が居るが、技術を身につけた者が多いわけじゃない。
 確固とした技術を持つ本城はその点、この道場でも目標・憧れとしての地位を確立していた。
 いつ彼女が現れるか、どこに現れるのか。
 おおまかではあるが重要な情報が無造作に転がっていた。
「そんなことよりキバさん。貴方の国のカラテの話ももっとお願いしますよ」
「あ、ああ。私の国の話で良ければ幾らでも」
 ちょっとばかり誤算だったのは、この道場では木場も本城と同じような尊敬の対象であったということだ。
 能力者であることは勿論明かさなかったが、格闘技でもってキメラと戦って来た彼は
 町の住人にとって異次元ともいえる貫禄を持つ存在だった。
 木場は矛盾が起きないように能力者になる前の経験を選んで話す。
 集まってくる人だかりは子供も大人も、異国の戦士に興味津々といった風だった。
 この道場での収穫は非常に多かったが、流した情報のほうが多かったかもしれない。



 傭兵達は個々に街へ潜伏する一方、集合場所ともなる拠点を何箇所か構えた。
 それは定期的な情報交換の為でもあったが、最大の理由は
 彼らの切り札となる陽動策の準備の為でもあった。
 軍から協力する諜報員も使っていざこざを装い、強引に本城にアクションを起こさせる。
 下手をすれば街に余計な火種を持ち込むことになりかねないが、
 依頼の完遂だけを考えれば最終手段として有効な作戦だった。
「設定だけであとは半ばアドリブのほうが良いかな」
「そうだね。決まりきった会話じゃ横槍を防げない」
 新居・やすかず(ga1891)は自身の提案したいざこざの偽装を中心に準備を進めていた。
 軍からの協力者から貰った情報から配役を決定し、台本を作っていく。
 他のメンバーも随時参加する予定だが基本的には個別の潜入・調査が主であるし
 偽装の中で口論する事を考えるとあまり接触もできない。
 ウラキ(gb4922)は既に宿無しの若者、という設定で町にもぐりこむことに成功し、
 必要な準備の為にこっそりと新居の元を訪れていた。
「見つかると思う?」
「どうだろうね。調査に使える期間も短いし、探す相手もかなりの実力者と聞く。
 ‥僕自身は逃がすつもりはさらさら無いけどね」
 視線を虚空に逸らしたまま事も無げに断言する。
 彼自身の矜持が言葉を躊躇わせない。
「そうだね。考えられるだけ作戦も考えたし、全力を尽くすしかない」
「だが、思ったよりも難しそうだな」
 藤村 瑠亥(ga3862)と翡焔・東雲(gb2615)が揃って姿を現した。
「どうかしたのか?」
「上から下まで、街の人間は口が固い」
 翡焔は口元に手をあて、溜息交じりに語る。
 二人は他のメンバーと同様街に溶け込みがてら本城の調査を行っていた。
 藤村が主に権力に遠い人間に、翡焔は権力に近い人間へと遡っていたのだが‥
「本城がどういう立場の人間か皆知っているからな。
 名前は出るし、どんな人間かも教えてくれるがそれ以上は出てこない」
「下のほうの人間は厄介事を避けるために誰もが知らない事を維持している。
 なかなかに厄介だぞ」
 力に見合わない情報は命を縮める。
 不安定な時期があった街だからこその無関心という護身術が残っているのだ。
 それは街の顔役とも言える権力者であっても事情は変わらなかった。
 戦いが人と人の時代であっても暗殺を防ぐのは難しかったのだ。
 能力者という唯一の対抗手段を雇えない以上、より慎重になるのは当然の帰結だった。
 情報は拡散せず街の中へ薄められて消えていく。
 それが今はなにより障害になっている。
「だが、手が無い事も無い」
「え?」
「残りのパズルはフィルト次第だな」
 視線の集まる中、藤村は不敵な笑みを浮かべた。

◆ 

 街の中央に程近い場所に、本城の拠点はあった。
 備品は壊れ放題だが立地上狙撃の心配もなく、逃げ道は八方に広がっている。
 だが五日経った今、その条件は覆されてしまった。
 朝からかけて建物の周囲は人の気配が徐々に濃くなっていた。
 昼を回ろうかというころ、コンコンと軽快に扉をたたく音がして、
 傭兵達が彼女の居室に現れた。
「こんにちは、本城さん」
「いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思ったわ」
 本城は入ってきた能力者達、フィルト=リンク(gb5706)、
 サンディ、雨音、藤村を横目に見ながら変わることなくコーヒーを淹れていた。
 蒸らして、注いで、流れ落ちる液体を眺めている。
 芳しい匂いがゆっくりと部屋に充満する。
「逃げないんですか?」
「どうせこの部屋を囲んでるんでしょ?」
 裏口に2人。屋上に2人、外の道路に2人。
 配置の位置から人数までピタリと当てる。
「‥それにしてもあの子達、口が軽いわね」
 本城は腕組みをしながら大きく溜息をついた
 彼女の拠点であるこの部屋を突き止める決め手となった情報はフィルトがもたらしたものだった。
 フィルトはスラムの少年グループを味方につけて調査を行う算段だったのだが、
 その手法自体がそもそも本城がこの街に乗り込んだ際と同様の方法であり、
 入ってみれば情報の宝庫であった。
 そして大人達よりも邪気がなく、大人達よりも口が軽い。
 事情を説明してから短い時間でおおよその見当をつけるにまで至った。
 もちろんそれそのものの情報は無かったが、
 他のメンバーの情報と組み合わせた時に大きな役割を果たしたのは確かだ。
「‥本城さん」
 サンディが一歩前に進み出る。
 本城は虚空を見たままだった。
「なに?」
「こんなの逃げてるだけじゃないですか」
 強い意志を垣間見せる瞳で、サンディは本城を見つめる。
「貴方を必要とする人達がいるのに‥どうして貴方は逃げてばっかりなんですか‥」
「そう前向きに考えられるのは、貴方に立ち向かう力と理由があるからでしょ?
 貴方にとって力と覚悟、どっちが先だったのかしら?」
 本城の視線がサンディに注がれる。
 瞳を覗き込まれた時、言いようの無い不安をサンディは覚えた。
「これだけ研鑽してもあの島の誰一人にも勝てない。
 弱いキメラをいなして精一杯。虚しいと思わない?」
「それなら尚更、貴方にはわかるはずです。力の無い人の気持ちが‥」
「‥くだらない」
 本城は重たい溜息を吐く。
 サンディには彼女が泣き出しそうになっているように見えた。
 どうしてそう思ったのかはわからない。
「‥外で張り込んでる人、戻してあげて。
 降参、ゲームセットよ」
 本城は寂しそうな笑いを浮かべながら、不揃いのカップを並べ始めた。



 空はいつの間にか灰色。
 今にも降り出しそうな天気だった。
 時刻はそろそろ夕暮れに近く、じきに空は赤くなるだろう。
「私が出来るのは見つけてきて誘導するところまで。
 目処がついたら連絡するわ。連絡が無い時は死んだ時だから忘れてちょうだい」
 本城は笑いながら、街の雑踏に消えていった。
 ブランディから酒の誘いはあったがそれは断っていた。
 武術家らしく、酒や煙草なんかの嗜好品は止めているとのことだ。
「彼女の苦しみも‥わかる気がするよ」
 木場は去っていく本城の背中に向けてぼそりと呟く。
「私達は超人になった。もう一般人の大会には出られない。
 それとは逆に彼女は私達とは戦えない。能力者と一般人の埋められない溝の犠牲者なんだ」
 見え難いだけでラストホープにも夢を諦めた人物は多いのだろう。
 不安になる。もしも能力者だと明かしてしまった時、あの道場で同じような位置を得られたかどうか。
「そもそもいつから、能力者・一般人と人を最初に分けて考えるようになったのかしらね‥」
 冴城も同じく、風に消えそうな声で呟く。
 必要があったからいつの間にかそうなっていた。
 年端の行かない少年少女に戦争をさせる一方で、
 世界の命運を担わせてしまった事、担えなかった事。
 大人達の苦しみはいつもそこに集約する。
 羨望からくるネガティブな感情であればどれだけ気が楽かわからない。
「能力者だろうが一般人だろうが関係ないさ。
 自身の領分で戦わなければいけないのは、皆同じだ」
 藤村は煙草を取り出し、しばし悩んでから火を付けた‥。