タイトル:負け犬を追う野良犬マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/25 11:42

●オープニング本文


 ニューヨークに向うためにどうしても渡らなければならない河がある。
 バグアとの戦争の為に、この河にはこの1年で2本の橋が掛けられた。
 これによって陸軍の進行速度が大きく改善されたのだったが、
 つい先日、元からあった橋も含めて3本の橋が破壊された。
 かなりの数の工兵が投入されているらしいが、再建は一ヶ月以上は先になるだろう。
 結果として残った最寄の一本の橋に部隊は集中し、渋滞中。
 交通整備をしてようやく橋を渡っているような状況だ。

 その交通整備を眺める位置にあるジープの中に男が二人居る。
 運転席に座っているほうは几帳面さを全身から漂わせているような人間で、
 軍服も装備を丁寧に着込んでいる。今はジープの横を過ぎる部隊を確認しつつ、
 手元のメモ帳にいそいそと何かを書き込んでいた。胸にはまだ新しい少尉の徽章を胸に付けている。
 助手席に座るもう片方は胸に大尉の徽章をつけており、運転席の少尉の上官であるとわかる。
 だが勤務態度は少尉に比べて酷いものだった。
 この前線で軍服の着方がだらしない程度はまだ良いのだが‥
「大尉、煙草は休憩時間にお願いします」
「うっせーな、暇なんだから良いだろ」
 大尉は舌打ちして、灰皿にほとんど吸いさしの煙草を突っ込んだ。
 既に10本近くが無駄に消費されている。
「それで結構です。他の部隊の方も見ていますので、出来れば姿勢や衣服も正していただければ幸いです」
 煩わしいが正論には違いない。
 仕方なく退屈を紛らわすために大尉は話題を変えた。
「‥この移動が済むまであと何日だ?」
「60時間を予定していますが、この調子でいけば40時間ほどで終了するでしょう」
「そうかよ」
 余計に時間を長く感じるようになってしまったのは気のせいだろうか‥


 UPC北中央軍と北米のバグアは今もなお間断なく領土争いをしていた。
 多くはパトロール部隊同士の散発的な戦闘になるが時折規模の大きい戦闘にもなる。
 今、横を過ぎる連中もその為に派遣されていた。
 今日の渋滞の原因は他の橋が破壊されたことも大きいが、
 負け戦をした連中が大挙して戻ってきたことも大きい。
 勝って陣地を作ったり、負けて本拠地に帰ったりは良くある話だ。
 その度に居残り組が迷惑するのは勘弁してほしいが、迷惑を突っぱねるには階級が足りない。
 死人が出ないだけ分いつもよりマシ、そう思えば幾分かは気が楽ではあった。
「大尉」
 無線でどこかと通信していた少尉が思考を遮った。
 声は切迫しつつも落ち着いている。
「なんだ?」
「後方の部隊から援護の要請です。キメラの群れに襲われたので兵隊を回してほしいそうです」
「‥‥ここにそんな予備の兵隊と武器があると思うか?」
「いいえ。思いません」
 四角四面な考え方の男だが、こういうところで物分りが良くて助かる。
 大尉はこっそりそう評価していた。
「本部に傭兵を派遣してもらえ」
「了解しました。角の立たないように伝えておきます」
 ふと思う。少尉は自分をどう評価しているのだろうか
 文句を言わないあたりを考えると、マシな上司なんだろう
 無線に向って丁寧に応答する少尉を横目で見てから、
 日差しを遮るように帽子を目深に被った。



「依頼の概要を再度説明します」
 赴任地まで移動するヘリコプターの中
 依頼を受けた傭兵達に対して
 オペレーターの女性は機械のように淡々と説明を始めていた
「貴方達の仕事は後方で移動の順番待ちをしている400名の部隊と車輌の護衛です。期間は部隊の撤退が終了するまでの残り40時間です。敵は野犬のようなキメラが数十体。周囲のビルの廃墟に隠れており、歩哨に出ている分隊や負傷した兵士を狙って襲撃してきています。400名の歩兵は半分以上が負傷しており、且つ携行式のロケットやミサイルをほぼ使用済みのため大きな戦力にはなりません」
 以上です、という代わりにファイルが閉じられる。
「現地の中隊長には既に話は通っています。では、お仕事頑張ってくださいね」
 オペレーターは爽やかに営業スマイルを浮かべた。

●参加者一覧

辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
ハルトマン(ga6603
14歳・♀・JG
美空(gb1906
13歳・♀・HD
ハイン・ヴィーグリーズ(gb3522
23歳・♂・SN
矢神小雪(gb3650
10歳・♀・HD
周太郎(gb5584
23歳・♂・PN
龍鱗(gb5585
24歳・♂・PN

●リプレイ本文

◆防衛陣地

 傭兵達を乗せたヘリは白いラインを引いただけのヘリポートに着陸する。
 時刻は午前6時過ぎ頃。
 ようやく空が明るくなってきた頃合だ。
 傭兵達が降り立った野営地は、ひどく雑然としていた。
 ただ兵士達が部隊ごとに並んでは無気力に座り込んでいるだけ、というような有様だ。
「40時間とは‥また長丁場だな」
 龍鱗(gb5585)が兵士達のありさまを眺めながら呟く。
 今回の依頼は敵の強さ以前に覚醒していられる時間を上手く割り振る必要があった。
 40時間は能力者の覚醒時間と比較して長すぎる。
「長坂の戦いでありますね〜、美空は殿でがんばらせてもらうでありますよ?」
「キメラ、なんかの‥好きには‥させない‥よ‥」
 暗い雰囲気を吹き飛ばすように喋る美空(gb1906)と、
 言葉は切れ切れながらも強い意志を感じさせるリュス・リクス・リニク(ga6209)。
 他の者は特に言葉を発することは無かったが、思いは同じだった。
「お待ちしておりました」
 30代半ばぐらいの人物が走り寄り、傭兵達を敬礼で迎える。
 胸には大尉の徽章がついている。彼はこの400人の隊長だと名乗った。
「ヘリの中で説明を受けましたが、何か変化はありましたか?」
 辰巳空(ga4698)が代表して中隊長に聞く。
「いえ、何も。混乱を収拾するので手一杯です」
「全てこれからというわけですね。わかりました。防衛の準備を急ぎましょう」
 中隊長と傭兵達は一様に頷いた。
 残り39時間と少しばかり。
 こうしている間にもキメラは数を増し、目の届かない場所で弱った獲物を探している。
 急がなければならない。


◆掃討と警戒
 傭兵達はまずAとBの2班に分かれ、5時間置きのローテーションで警戒を行うことを決めた。
 中隊からは兵士150人を3班に分け、待機・警戒・警備のローテーションで行って傭兵達の眼となるように配備される。
 最初の班が警戒に出ている間に、残りは防衛陣地の構築を行い負傷した兵士を守るように陣を敷いた。
 するべきことは多々あり、最初の5時間はあっという間に消費された。

 最初の5時間の警戒を終えてA班の周太郎(gb5584)と龍鱗が戻ってくる。
 辰巳、美空は位置が近かったために二人よりは早く戻り、テントの下でお茶を振舞われていた。
 B班の矢神小雪(gb3650)とリニクの姿は既に無い。
「戻った。二人はこれから?」
「ああ、これから私とハルトマンで監視に入る」
 ハイン・ヴィーグリーズ(gb3522)が手元の地図から視線を上げ、龍鱗に答える。
 地図には兵士達の配置が書き込まれており、ハインはハルトマン(ga6603)と
 兵士の配置に関する最後の調整を行っていた。
「最後に場所だが、私は北側に行っていいか?」
「はい。うちは南側にいきます」
「頼んだ」
 警戒に向う兵士達の第2班と共に二人は分かれてそれぞれの定位置に向った。
 路地が多く視界が防がれやすいが、高い位置からの監視は有効だ。
 既に目を配りきれない路地にはワイヤーや鉄条網、余った爆薬などで作られた鳴子が設置されている。
 足止めにはならないが、キメラの来襲を告げるものとしては十分だろう。
 交代で戻ってきた兵士たちが街の地図に鳴子の配置を書き込んでいく。
 周囲を覆うように陣地が形成されているのが良く分かった。
 車輌は全て近辺の施設の中へ移動させられ、分厚い壁を背にして警戒すべき面積を圧縮。
 周囲の背の高い建物は全て占拠し、即席の見張り台と化している。
 傭兵達だけでは見回りきれない部分を、兵隊達でしっかりと補っている。
「結構そこかしこにキメラがうろついてたけど、龍鱗の担当場所はどうだった?」
「1匹居た。その場で倒してきた。周太郎は?」
「俺は2匹ほど。美空さんは?」
「美空は5匹撃破したであります!」
「へえ。すごいじゃないか」
 褒めて褒めてと言わんばかりの主張っぷりに、一同の頬が緩む。
「私は6匹でした。固まってるのに出会ってしまいました」
 辰巳が雲隠の手入れをしながら言った。
 作業を急いで始めたわりに警戒行動は成果を出している。
 目に見える範囲のキメラは既に掃討し、ひとまずの安全は確保したと思って問題ないだろう。
「そういえば、やけに活気付いてるな」
 お茶を振舞われて一息つくと周囲の様子が見えるようになってきた。
 椅子に腰掛け、周太郎がぼんやりと呟く。
「ああ、俺達が来て一段落したからな」
「小雪さんの豚汁と稲荷寿司も好評だったようですね。分量は流石に少なかったみたいですが、珍しい和食で喜んでもらえたようですよ」
 喜んでいた理由はむさい男所帯に女の子が配膳してまわって、というのもあっただろう。
 4人は知らないが、年配の兵士数名から「息子(もしくは孫)の嫁に来ないか」などのお決まりの台詞を貰っていたりする。
 もちろん「ほめたってダメですよ」と丁寧に受け流している。
 客あしらいも立派なものだった。
「第四班整列!」
 暖かいお茶を飲みながらさあ休憩という雰囲気のところに、突然野太い声で号令が掛かる。
「ようやく起きたか、寝坊助ども! ちっちゃい嬢ちゃんや坊主にケツ拭いてもらった礼をしてこい! 出発!!」
『サー、イエッサー!!!』
 並んだ兵士たちが負けず劣らずに声量で返事をして、整然と仕事に散っていった。
「‥下品だな」
 苦笑まじりに龍鱗が呟く。
 咎めるような言葉ではなく、呆れたような言葉だった。
 こういうノリはそうそう変わらないようである。
「それにしても、第4班?」
「比較的軽傷の人達が志願してきたそうです。それで再編成して1班増えたとか」
「危険じゃないか?」
「大丈夫でしょう。分をわきまえた人達です」
 辰巳はゆっくりと茶を飲み干した。
 そろそろ時刻は昼。
 日差しが一番強い時間になるが、周りの兵士達は更に活発に作業を進めている。
 見回りのために外を出ていた為だろうか。
 休憩に入った4人には、周囲の活気が伝染していくのが見えるような気がした。


◆深夜の襲撃
「北側からキメラの集団!」
「南側からもです!」
 見張りに出ていたハインとハルトマンから警告が飛ぶ。
 休みを取っていたA班が飛び起きる。
「中央の街路からもです! このっ!!」
 第4班の班長からの報告は激しい銃撃音で聞こえなくなる。
 既に防衛線の外周部では戦闘が始まっていた。


「はぁ‥はぁ‥」
 ハルトマンは荒い息をつきながらも、正確な挙動でスナイパーライフルの弾倉を交換した。
 潜む建物の下では既に歩兵の第1班がバリケードを盾に戦闘を開始している。
 第1班の観測を元にキメラを狙い撃つが、キメラの数が多すぎて襲撃を抑えきれない。
 何匹かはバリケードの内側に入ってしまっている。
 ここからは見えないが、犠牲者も何人か出ているだろう。
 ここまで単独での隠密潜行と狙撃眼を駆使しての監視と攻撃は、
 散発的に攻撃を仕掛けてくる相手には非常に有効だった。
 しかし、ここまで急激に戦力集中されると単独ゆえの火力の薄さが仇になる。
 既に1度、キメラに追われて狙撃位置を放棄しての後退を余儀なくされている。
 ここにキメラが到達するのも時間の問題だろう。
 だが撤退は出来なかった。
 スキルを使う錬力さえも既に残っていないが、周囲に能力者はハルトマンだけだ。
 自分が居なくなれば防衛線が崩壊する。
 なんとかして仲間が来るまで持たせないと、収拾がつかなくなる。
 先程発した警告を受けて、リニクと辰巳以外のA班のメンバーがこちらに向っていると返事が返ってきている。
 彼らが来るまでここは引けない。
「なんとか‥しないと」
 ハルトマンが覚悟を新たに次の標的に狙いをつけようとしたとき、背後から不穏な空気を感じた。
 振り返るとそこには目を赤く光らせたキメラが3体、ハルトマンを睨みながら唸りをあげていた。
「犬風情が‥」
 ハルトマンはスナイパーライフルを置き、ゲリュオンを構える。
 3体のキメラがタイミングをずらして時間差で飛び掛っていった。
 ハルトマンはなんとか2体をゲリュオンで薙ぎ払ったが、もう1体を迎撃し損ねる。
「うあっ!」
 押し倒され首元に鋭い牙が食い込む。
 首筋を食いちぎろうとする野犬を引き剥がせない。
 ゲリュオンの間合いの内側に入られ、押し返そうにも体勢が悪く振りほどけそうになかった。
 キメラは首をひねるように動かし、牙が更に食い込ませる。
「‥‥ぁっ!」
 喉が絞められ、意識が遠くなる。
 状況を脱出する方法を考えながら、死が頭を掠めたとき、野犬は何かに横から殴りつけられ吹っ飛んでいた。
 圧力から解放され、喉を手で庇いながら咳き込む。
 涙で滲んだ目には十字型の超大型機関銃パニッシャーを背負った龍鱗が写った。
「今の俺は機嫌が悪い‥形が残ると思うなよ‥」
 キメラは唸りを上げ、先程と同様の鋭さで飛び掛ってくる。
 龍鱗はパニッシャーをフルスイング。キメラを豪快に殴り倒した。
 吹き飛んで壁にたたきつけられたキメラに追撃。
 前方に鋭く跳び込み、起き上がろうとするキメラに渾身の力でパニッシャーを振り下ろす。
 それで終わらず今度こそ起き上がらないようにと、たたきつけるように数回。
 キメラは抵抗もできず動かなくなっていた。
「大丈夫か?」
 息を整え、龍鱗が手を差し出す。
「はい。なんとか‥」
「頑張りすぎだ。おぬしは少し休め」
 ハルトマンが立ち上がったところで、外で人工の光がはじけた。
 ハインが準備していた照明銃を打ち上げたのだろう。
 それを合図代わりに街路の中央で轟音が響き始める。
「おらおらー、やらせはしないでありますよ?」
 美空がバリケードの上から大口径ガトリング砲を撃ち、近寄るキメラを片っ端から薙ぎ払っていた。
 暗闇に紛れていただけの小さいキメラでは一溜まりも無い。
 そこかしこで悲鳴があがり、キメラの血が路上や建物の壁に撒かれる。
 その横をすり抜けて、リニクと周太郎が群を撹乱するように突っ込んでいった。
「好きにさせない」
 右左のブラッディローズが火を吹く。
 旋回速度の遅い美空に近づくキメラに容赦なく2発。
 無謀にも飛び掛ってくるキメラの迎撃に2発。
 どちらも近距離からの散弾かわしきれず全弾命中。二度と動き出すことはなかった。
 カートリッジ装填に一瞬の間隙が発生するが、すかさず周太郎が割り込み役割を代行する。
「躾のされてない犬だらけか」
 逃げる背中に「メガロマニア」を連射、追い立てる。
 襲い来るキメラは円閃を使用して振るう「パラノイア」で正確に叩き落す。
 僅かな隙の後にリニクが装填を完了。再びブラッディローズから散弾が放たれる。
 連携を発揮する能力者の激しい攻撃に、統制をなくしたキメラが徐々に数を減らしていく。
 既に戦況は決していた。



◆朝が来て
 翌日午後8時。全車両、全兵員が橋を渡りきった。
 前日の夜の戦闘で13名の死者が出たものの、それ以外では40時間中に被害は皆無。
 能力者達が守った2中隊は悠々と橋を渡っていく。
 多くの者は去り際に笑顔で手を振っていた。
「なんだか凱旋するみたいだな」
 元気良く手を振り返す小雪達を見ながら、
 苦笑気味に辰巳は言う。
「‥‥最後に‥‥かった‥から」
「そうだな」
 橋の向こうからは元気の良い故郷の歌が聞こえる。
 8人の能力者達が守ったものは命だけに留まらなかったようだ。


◆◆◆
 経費の報告
 矢神小雪:炊き出しの諸経費 30000C