タイトル:【白】街路に潜む鬼マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/03 05:57

●オープニング本文


 能力者の少尉はもう一度、周囲を見渡した。
 人気の絶えた街には動くものの気配はない。
 いや、自分が気付けないだけだ。
 敵は近くに居るというのに、
 探査の眼のスキルを使っても一向に敵を発見できない。
「‥どこだ‥。どこだバグアめ‥!」
 彼には能力者の部下が4人居た。
 皆、激動の南米戦線を共に渡り歩いた猛者ばかりだった。
 それがわずか10分で、たった一人の強化人間に倒されてしまった。
 下手人は少尉を嘲笑うように無人の街の中へと消え、
 まだこちらを伺っているはずだ。
 少尉はSES付き散弾銃「ブラッディローズ」を構える。
(「どこから来る‥?」)
 背後で砂を踏みしめるような僅かな物音。
 少尉は振り向きざまに散弾銃を撃つ。
 衝撃が腕に伝い、風の音が途切れる。
 手応え無し。
 再び風が流れる音が耳に届く。
「‥気のせ‥」
 焼くような激痛が言葉を遮られる。
 鎖骨を穿つように鋭利なナイフが刺さっていた。
 その一瞬、少尉には何が起こったかまるで理解できなかった。
「あら、意外に頑丈ね。心臓に届かなかったみたい」
 楽しそうな笑い声が耳元で聞こえる。
 振り向けば黒いドレスを着た女が居た。
 いつ近づいたのか、気配を掴むことができなかった。
 少尉はむりやり身体を離すと散弾銃を放つ。
 だが、無理な体勢での射撃では女を捕らえることはできない。
 銃撃をすりぬけた女は鋭いキックを少尉の腹部に見舞う。
 少尉は蹴り飛ばされ、道の脇に追い詰められた。
 起き上がろうとしても体に力が入らない。
 腹部からも暖かい感触が溢れているのに気付く。
 女の靴から鋭いナイフが飛び出ているのが見えた。
「面白かったわ。また遊びましょ」
 視界が暗転し始める。
 見えない瞼に移ったのは、故郷に置いてきた愛しい女性の顔だった。
 助けを求め無意識に伸ばした手の甲に、無慈悲な刃が突き刺さった。




 ブラジル北部沿岸の都市は、そのほとんどが競合地域となっている。
 UPC南中央軍の陸軍は、この地域の防衛及び奪還を目指し、
 日々一進一退の攻防を続けている。

 事件はある陸軍大隊の進軍途中に起こった。
 キメラの掃討に向った軍属の能力者達が、
 街に潜む強化人間に次々と殺害されていったのだ。
 見えない刺客の襲撃で、大隊は完全に浮き足だっていた。
 斥候の情報を信じるなら敵は強化人間ただ一体。
 正面から戦えば勝てない相手ではないが、この類の戦い方をされては手も足も出ない。
 能力者を全て駆逐されてしまったときが、
 この部隊の命日になることは誰の眼にも明らかだった。
「10年前、アメリカの都市一つを恐怖させた殺人鬼スロウター。
 容姿と名前を信じるなら彼女のはず。
 投獄されていた刑務所はバグアに破壊されたって聞くし、8割方間違いないでしょうね」
 本城は暢気にコーヒーを飲みながら、焦る大隊長に説明する。
 隣に士官が控えているとはいえ、軍属達の中で私服姿が浮いていた。
「‥それで倒せるのか?」
「倒せるかどうかわからないけど、追い払うのは簡単よ。この街を更地にしたら良いわ」
「それが出来たら苦労しない」
 僅かに声を荒げて少佐が言う。
 怒気の篭った声だったが、本城は平然としたままだ。
「‥街を残さないと勝つ意味が無い。そんな事は百も承知よ。
 でも私が受けた依頼は強化人間の捜索と討伐方法の模索だけ。
 街がどうとか知ったことではないわ」
 本城の言う理屈も、佐官にはわかった。
 今でこそ能力者無しでも、火力の飽和攻撃でキメラを撃退できるが、
 それは飽和攻撃ができる環境があってこそである。
 隠れ潜む相手にはそれこそ更地にするしか手が無いのも事実だ。
「傭兵に頼んでも良いけど、この条件だと高くつくわよ。
 それに、勝てるかどうかもわからない」
「‥致し方ない。それで街が手に入るならな」
 溜息を付く佐官をみて、本城も溜息を付く。
 この場で戦わなければならない佐官には同情しないが、
 それに付き合わされる傭兵は、このままでは無駄死にだろう。
「‥‥仕方ないわね」
 本城は用意していた別のメモを開く。
 細かい文字の書かれたそれは、一見では読解できない文字と記号が並んでいた。
「‥当時、彼女を捕縛する為に100名を越える警官が動員されて、
 1週間のうちに10名が刺し殺されたわ。
 スロウターを逮捕出来たのは、偶然彼女の個人情報が判明して、
 住居を押さえられたからよ」
 本城はメモに目を走らせながら、一つ一つ情報を並べて行く。
「だから、スロウターが警官の捜査から逃げ切った手管は、まだ種明かしされていないの
 種を暴かない限りは、何人送り込んでも同じ結果になるわよ。
 彼女が強化人間になった今ならなおさらね」
「‥ならどうすれば?」
「種はスロウターの庭にある。
 その庭を破壊できない以上、庭から種を探さないとダメでしょうね
 人間で出来ることだから必ず穴があるはずだけど‥、私は探せないわ。
 私は庭に入るには脆弱すぎる。そこから先は傭兵達に任せるしかないわね」
 傭兵がどこまで探せるかわからない。
 信じて賭けるしかないという点では、
 陸軍佐官も本城も全く同じだった。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
聖・真琴(ga1622
19歳・♀・GP
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
鬼非鬼 ふー(gb3760
14歳・♀・JG
九頭龍・聖華(gb4305
14歳・♀・FC
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA

●リプレイ本文

 薄暗い曇天。
 雨が降るような気配ではないが、薄気味悪い雰囲気が漂っている。
 恐怖が街を跋扈する今、誰もが心臓を握られたような緊張を覚えていた。
 いや、一人だけは平然としている。
 感覚が麻痺したのか自殺志願者か。
 本城は日向の下と何も変わらないかのようにコーヒーを楽しんでいる。
「‥何人かは見た顔ね」
 本城が顔を上げる。
 それに釣られて陸軍の佐官を始めとする幹部達が視線を集中させた。
 完全装備の傭兵達が到着したのだ。
「伝えたとおり、スロウター撃破は至難よ。何か作戦はあるの?」
「向こうから来てもらうようにするさ」
 須佐 武流(ga1461)が不敵に笑う。
「鬼が来たからには、かくれんぼはもうおしまいね」
「あの白スーツのツレだろ。逃がしゃしないよ」
 鬼非鬼 ふー(gb3760)と聖・真琴(ga1622)もそれにならう。
 見回せば二人ほどで無いにしろ、それぞれにやる気に満ちている。
「‥‥状況的に厳しかったとは言え、前回の基地襲撃の時に彼女を倒しておけば、
 これだけ被害が拡大することもなかったはず」
 俯き気味の遠倉 雨音(gb0338)も静かに告げる。
「今度こそ倒してみせます」
 闘志に満ちた面々を見て、大隊の指揮官達も嬉しそうに頷いている。
「頼もしいわ」
 だというのに、本城は相変わらず投げやりだった。
「作戦は任せるわ。私からのお願いは一つだけ。
 スロウターの首を取ることだけよ。後は好きにして頂戴」
 本城は興味を失ったような顔で、コーヒーに口をつけた。



 傭兵達の作戦はスロウターの襲撃を誘い、
 後の先を取って目標を撃破する、という方針で纏められた。
 先行するB班が捜索と囮を兼任し、
 A班は襲撃に対してのバックアップとした。
 スロウターを見つけ出す方法が無い以上、来てもらうのが良い、
 とは考えたが、それは最初の想定ほど甘いものではなかった。
「しっかし、殺人鬼ってのは意味のわからん人種だ」
 調査をしながら須佐がぼそりと漏らす。
 建物の壁面や小道を調べて行くが、成果はない。
「人を殺すだけで大きいリスク背負って何が楽しいのやら‥」
 全く理解できない。
「殺すことが楽しいのよ。肉を細切れにして寸断し、踏み躙ることがね」
 加賀・忍(gb7519)が補足する。
 十人十色、千差万別と言った言葉があるように、人の個性は多様だ。
 何億もの人間が居れば当然、そういう趣味の人間が居てもおかしくない。
 本来なら社会に出た瞬間に駆逐され、記憶に残らないことのほうが多い。
 それが駆除されずに目の前に出現した、それだけのことだろう。
「見てきたように言うんだな?」
 月城 紗夜(gb6417)が鋭い視線で加賀を見る。 
「理由はわかるでしょ?」
「‥同類の匂いか」
「貴方と同じでね」
 加賀は笑って月城の視線を受ける。
「どちらも変わらないよ。いつ殺したかの違いだ」
 ウラキ(gb4922)の顔に表情は無い。
「淡白なのね」
「そうだろう? 本質的には何も変わらない。人殺しは人殺しだ」
「そういう分類、好きじゃないな。個性を否定してるみたい」
 加賀はすこし不機嫌そうに言う。
「どんな人も職業や肩書きだけで同じに扱って欲しくないはずよ。
 それがサラリーマンでも政治家でも、殺人鬼でも同じ。
 同じに扱ったら、致命的なミスをする」
「‥じきにわかるさ。奴が殺人鬼としてどんな人間かぐらいはな」
 須佐が言葉を切る。
 B班は大きな通りを抜けて、小さな路地に入る。
 そこには殺された能力者の少尉の遺体が転がっていた。
 ここからは確実に、スロウターのテリトリーだ。



 A班は何度目かの角を曲がる。
 死角という死角に視線を向け、敵意の気配をさぐる。
 変わらず何もなし。
 4人の傭兵はゆっくりと武器を下ろす。
「思ったより‥‥やり辛い‥ですね」
 九頭龍・聖華(gb4305)も剣を構えなおす。
 確かに何かが居る気配はあっても、一向に仕掛けて来る気配がない。
「B班からは何も?」
「B班も何も見つけられてないみたいだね」
 手がかりの無い捜索に突き当たっていた。
「‥ん?」
 聖が立ち止まる。
 空気に変化があった。
 ひゅーっっと空気を切るような音。
 グレネードが飛ぶ音に似ていた。
「伏せろ!」
 聖が叫び、弾かれたようにみな姿勢を低くする。
 飛来したグレネードは爆炎の代わりに、白い煙幕を撒き散らした。
 毒も含まれておらず、人間側の兵器と変わらないようだが、
 それでも視界が塞がれることに変わりは無い。
「来るぞ!」
 側面から光が見える。
 白い靄を切り裂いて、薄緑の光弾が降り注ぐ。
「うっ‥!」
 ジュッっと肉のこげる音がして、遠倉がしゃがみ込む。
「大丈夫ですかっ!?」
「‥足をやられた」
 九頭龍は遠倉の肩を支え、路地の影に潜む。
 貫通力は大したことはない。
 狙いも散漫で機械のブレがそのまま反映されている。
 素人が機関砲を振り回しているようにも見える。
 だが、出るに出れないのは確かだ。
「スロウターは!?」
 声の主はB班の月城だった。
 前方に展開していたB班がぞくぞくとA班に合流する。
「わからない‥。まだ姿を現していないけど、撃って来てる」
 B班がばらばらになりそうなA班のバックアップに入り、ようやく形勢を整える。
 傭兵達は円陣に固まって襲撃に備えた。
「これがスロウターの手口か?」
 加賀が怪訝な顔で月城の顔を見た。
 月城は首を横に振る。
 正確にはわからないが、この手の道具を器用に使う人間には見えなかった。
 いつ敵が襲うかもしれない長い緊張の中、
 心臓の鼓動が聞こえそうなほどに神経を研ぎ澄ます。
 再びグレネードが投げ込まれ、白煙があたりを埋め尽くす。
「‥来るのか‥?」
「来る‥。見られている」
 ウラキが白煙の向うを注視する。
 必ずそこにいると、何か確信めいたものを感じていた。
 傭兵達は五感に神経を集中し、わずかな物音さえも逃すまいとする。
 1分、2分、気付けば5分。
 光弾はいつの間にか途絶えていた。
 白煙がすっかり晴れたころ、殺気すらもきれいに消え去っていた。
「‥‥どういうつもり‥?」
 聖が構えをとく。
 あたりを見ても、何かが居た痕跡自体がない。
 一部の壁にレーザーが開けた穴、
 スモークを吐いたあとのグレネードが二発。
 本当にスロウターはこの街に居たのかとさえ、疑いかねないような静けさだった。
「今のは‥‥本当にスロウターだったのか?」
 ウラキがぼそりと呟く。
 その言葉の意味を他の誰かが問いただす直前、
 タイミングをはかったように本部から呼び出しが来る
「こちら指揮車、傭兵の皆、聞こえるかしら?」
 声の主は本城だった。
「聞こえている。どうかしたのか?」
「作戦中止。撤退していいわよ」
「‥中止? どうして?」
「スロウターが逃げたわ。
 封鎖した北の幹線道路を突っ切ったそうよ」
 伝えられた時刻はついさっき。
 白煙で足止めをしている間に、スロウターは逃げ去ったのだ。
 状況が理解できなかった。
 あれだけしつこく陸軍を攻撃してきたスロウターが、
 こうもあっさり引き上げるものなのだろうか?
「‥戻ってきなさい。そこに居ても何もないわ」
 通信は一方的に途切れる。
 期待していなかったのかのように、本城の反応は淡白だった。



 報告を終えた傭兵達は、スロウターの手際の良さを改めて思い知ることになる。
 傭兵達は本城と共に、全滅した小隊の車載カメラの映像を確認するが、
 ほとんど何も映っていない。
 代わりに飛び散る血がカメラに付着する。
 画面の向うで兵士50人と戦車3台が瞬く間に壊滅していく。
「‥変ね」
 防衛線に切り込むスロウターの動画を見ていた本城が、
 怪訝な顔で動画を巻き戻す。
 眉根を寄せたまま、画面の一点を注視している。
「何がですか?」
「逃げ方が必死すぎる」
 僅かに映るスロウターの表情は、確かに余裕が無かった。
 以前に確認された時のように、楽しんでいるような節が微塵もない。
 前回直接交戦した経験のある遠倉と月城には、その変化はよく分かった。
「何かわかったことはない?」
 本城はメンバーを見回してもう一度報告を確認する。
「‥もしかしたら‥」
 ウラキが声をあげ、視線があつまる。
「ずっと監視されてる感触が合ったけど、何か妙だった」
「妙って?」
「わからない。ほとんど勘みたいなものだ。
 殺気にムラがあったというか‥、なんというか」
 あまりにも漠然としすぎていて言葉に出来ない。
 彼のスナイパーとして培った経験が何かが違うと訴えているが、
 それが何か自分でも分析できないのだ。
「ウラキ、貴方が正解を引いたのかもしれないわ」
「‥そうなのかな?」
「ばれた、と思ったのでしょうね」
 だから逃げた。
 勝てるか勝てないかではなく、次があるかないか。
 そういう計算が彼女を撤退に追い込んだと本城は言う。
「だが、仕留め損ねたのには変わりない」
 須佐が悔しげに言う。
 多かれ少なかれ同じ思いを抱く者ばかりで、場が静まりかえる。
「いや、十分だ。少なくとも我々は、この成果に感謝している」
 それまで黙っていた佐官が唐突に口を挟んだ。
 傭兵達の顔は一様に怪訝な表情だ。
「‥ここは我々の誰かにとっての生まれ故郷だ。
 人が住んでないとは言え、破壊して更地になどしたくない。
 ‥一時しのぎかもしれないが、少なくともこの街にまた人が戻る事が出来る。
 その事に、私は感謝したい。ありがとう」
 佐官がその場で足音を軽快に響かせながら敬礼を行う。
 幹部達も事前に打ち合わせたかのように、一斉に敬礼をした。




 本城の指摘したとおり、以後しばらくスロウターは出現しなくなった。
 このため、陸軍の作戦は本来の予定通りに進行。
 街二つからキメラを駆除し、人類の勢力圏を拡大する。
 問題を先送りにしただけともいえるが、それでもこの場を凌ぐには十分な結果だった。